あざ)” の例文
素破すは。狼藉よ。乱心者よと押取おつとり囲む毬棒いがばう刺叉さすまたを物ともせず。血振ひしたるわれは大刀を上段に、小刀を下段に構へてあざみ笑ひつ
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
油断してはならぬというそのものの声と、何をこれしきのことと——鼻であざけるいらいらした声が、彼の頭のなかでわめきあっていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
あなたは確信していらっしゃる、厭でたまらないって? (スヴィドリガイロフは目を細めて、にやりとあざけるように笑った)。
そう言って、さもあざけるように笑っている。事実、顔の浅黒い娘がくびにだけ真白にお白粉しろいをつけているのが変てこだと思っているのである。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ことばにつれて、如法の茸どもの、目をき、舌を吐いてあざけるのが、憎く毒々しいまで、山伏はりんとしたうちにもかよわく見えた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
他の者があざけるやら大騒動をやってきゃっきゃっと騒いで居るが、ありゃまあどうしたことであろうか、と不思議に思って帰ったそうです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「はい有難う存じます。……けれど、乱れた戦国の世に、他国の女がうかうかと甲州の地へ行けましょうか?」あざけるようにお銀は云った。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「万倍もでしょうよ!」と、ゲオルクは父をあざけるためにいった。しかし、まだ口のなかにあるうちにその言葉はひどく真剣な響きをおびた。
判決 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
子供ができて後に生活が苦しくなり、恥を忍んで郷里にかえってみると、身寄りの者は知らぬうちに死んでいて、笑いあざける人ばかり多かった。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
隣人はあざけるような語気で云った。る特定の人か事かを嘲けるのではなく、自分自身をもひっくるめた社会全体を嘲けるようなものであった。
遺産 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
「また来たわね。ふん、いやんなつちまうね」と、ぞんざいな妙にガサガサした声で保姆さんは言ふと、千恵の顔にちらりとあざけるやうな眼を投げ
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
笑ふにもあらず、ひそむにもあらず、やや自らあざむに似たる隆三の顔は、燈火ともしびに照されて、常には見ざるあやしき相をあらはせるやうに、貫一は覚ゆるなりき。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
そうして現に驚いている自分をあざけるごとく見た。自分は今の兄と権現社頭ごんげんしゃとうの兄とを比較してまるで別人のかんをなした。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
下宿屋げしゆくや下婢かひかれあざけりてそのすところなきをむるや「かんがへることす」とひて田舍娘いなかむすめおどろかし、故郷こきやうよりの音信いんしんはゝいもととの愛情あいじやうしめして
罪と罰(内田不知庵訳) (旧字旧仮名) / 北村透谷(著)
血からめて、落着きをとり戻すと、角三郎は、死骸の弁馬を愍然びんぜんあざむように、っ伏しているその衣服きもののすそで、刀の血糊のりをふきながら呟いた。
御鷹 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
高田 (自分をあざけられたような軽い不快を感じながら。)私もその迷信のお仲間かも知れませんよ。はははははは。
青蛙神 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
内証話のようなかすれ声で、あざけるがごとく、あわれむがごとく、ともすれば泣いているのではないかと思われるような不思議な声で、笑いつづけた。
暗黒星 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
房一は怒つたやうなあざけるやうな調子であつた。その顔は何故か黒ずんで見えた。そして、目がぎらついてゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
ゆくゆくは「立派な官員さん」でも夫に持ッて親に安楽をさせることで有ろうと云ッて、あざけるように高く笑う。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
もう何年かかった後、老にしおれた私のすがたを、この絵すがたが眺めたなら、どんなにあざけりわらうことだろう。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
寝たまま富岡先生は人をしつけるような調声ちょうし、人をあざけるような声音こわねで言った。細川は一語も発し得ない。
富岡先生 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
語を訳すことの易くして意を伝ふる事の難きは、かゝる事の多ければなり。前にあげたる光俊の歌を訳して支那の村老野人に示さんには、恐らくはあざみ笑はれん。
雲のいろ/\ (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
「なに、お山の方達じゃ、お山の方達とは、天狗てんぐか、木精すだまか」と、云って武士は笑ってあざけるように
山寺の怪 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
それは俺を悩ますと同時に、あざけり恥しめののしっているのじゃ。あゝ俺は貴女のその笑顔にえない。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
二年越言ひかはしたお駒が、お爲ごかしの切れ話を持出して、泣いて頼む新吉の未練さをあざけるやうに、プイと材木置場を離れて、宵暗の中に消え込んで了つたのです。
そうして彼自身の周囲に取り散らかされているものみなは、紙と言わず書物と言わず狂い廻る彼自身の心臓の跳梁ちょうりょうのためあらゆる存在をあざけるかのように飛び散った。
あめんちあ (新字新仮名) / 富ノ沢麟太郎(著)
誠という物をあざみ笑って、己はただ狂言をして見せたのだ。恋ばかりではない。何もかもこの通りだ。意義もない、幸福もない、苦痛もない、慈愛もない、憎悪もない。
あざけるように、もういちど舌打ちをして振り返った、するとすぐ眼の前に人が立っていた。
合歓木の蔭 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
目鼻だちはきりきりと利口らしけれどいかにもせいの低くければ人あざけりて仇名はつけける。
わかれ道 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「船長オ? 弔詞イ? ——」あざけるように、「馬鹿! そんな悠長ゆうちょうなことしてれるか」
蟹工船 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
「それから春になるとどうしろというのだ」と、フェリックスはあざけるように云った。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
四方よもの山々は、なんだ人間一ぴき、蚊のような声を出すなとあざけっているように見える。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
人々ぢ隠るるを、法師あざみわらひて、老いたるもわらはも必ずそこにおはせ、此のをろち只今りて見せ奉らんとてすすみゆく。閨房の戸あくるを遅しと、かのをろちかしらをさし出して法師にむかふ。
われをあざけるごとく辰弥は椅子を離れ、庭にり立ちてそのまま東の川原に出でぬ。地をい渡る松の間に、乱れ立つ石を削りなして、おのずからなる腰掛けとしたるがところどころに見ゆ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
かくるうち姿は見えずナニ幾許いくらほど近いものかハアハア云つて此上あたりに休み居るならんト三人あざみながらのぼるに道人は居ず五六丁の間は屈曲をりまがりてもよく先が見えるに後影もなししやは近きを
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
「私と一緒に? ま、うまいことを有仰おつしやるのね。」と眼にあざむ色を見せる。
青い顔 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
三人は何事をかさゝやきあひしが、小男はあざみ笑ふ如き面持して我に向ひ、あたゝかき夕のかはりに寒き夜をも忍び給へといひて立ちぬ。かれ驅歩かけあしの蹄の音をカムパニアの廣野に響かせて去りぬ。甲。
気味の悪いような、また何処かあざけるような笑いをした。
不思議な鳥 (新字新仮名) / 小川未明(著)
麗色の二なきを譏りおん位高きをあざみ頼みける才
晶子鑑賞 (新字旧仮名) / 平野万里(著)
あざみそ、われはなほわれはなほ心をさなく
思ひ出:抒情小曲集 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
かぎりも波の搖蕩たゆたひに、眠るもおぞあざみがほ
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
それに重って男女のあざけ笑いが聞えて来る。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
無見識だと身づからあざけらざるを得ない。
泡鳴五部作:05 憑き物 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
あざけるような笑い声を立てた。
桜島 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
やくなさをあざみ顏なる薫習くんじふ
有明集 (旧字旧仮名) / 蒲原有明(著)
ほろびた空想をあざける色
太陽の子 (旧字旧仮名) / 福士幸次郎(著)
からすあざけるうた
ちるちる・みちる (旧字旧仮名) / 山村暮鳥(著)
いったん解放された自由の眼で、やきもきした昨夕ゆうべの自分をあざけるように眺めた彼女が床を離れた時は、もうすでに違った気分に支配されていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが、武家同士の興亡となり、武家政治となり、今の平家の全盛になってからは「落魄おちぶ藤家とうけ」とあざけられて、面影もない存在になってしまった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あざけるように叫び出したのは充分多四郎の甘言によって江戸の華美はなやかさを植え付けられた彼女山吹に他ならなかった。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)