たゞ)” の例文
果して然らば、たゞに国体を維持し、外夷の軽侮を絶つのみならず、天下之士、朝廷改過のすみやかなるに悦服し、斬奸の挙も亦あとを絶たむ。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たゞに徳川氏を仆したるのみならず、従来の組織を砕折し、従来の制度を撃破し尽くすにあらざれば、満足すること能はざること之なり。
嗚呼あゝ近世の小説は歓天喜地愉快を写さずして、総て悲哀を以て終らざる可からざると。小説の真味たゞに消極的の運命を写すのみならんや。
舞姫 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
かくの如くする時はたゞに料理通の旨味にして滋養に富める食品を得るのみならず、湖畔を逍遙する貴夫人も又鱷の游泳するを見て楽む事を得べく
かさねしも女房お光が忠實敷まめ/\しく賃裁縫ちんしごとやら洗濯等せんたくなどなしほそくも朝夕あさゆふけむりたてたゞをつとの病氣全快ぜんくわいさしめ給へと神佛へ祈念きねんかけまづしき中にも幼少えうせうなる道之助の養育やういく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
平家物語を読むものの馬鹿々々しと思ふ処ならん、たゞに後代の吾々が馬鹿々々しと思ふのみにあらず、当人たる平家の侍共さむらひどもも翌日は定めて口惜しと思ひつらん
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
普通ふつう出來できてゐる水道鐵管すいどうてつかんは、地震ぢしんによつて破損はそんやすい。たゞ大地震だいぢしんのみならず、一寸ちよつとしたつよ地震ぢしんにもさうである。とく地盤ぢばんよわ市街地しがいちおいてはそれが著明ちよめいである。
地震の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
友の眠に就きし後、われは猶やゝ久しく出窓に坐して、かたを眺め居たり。こゝよりはたゞに廣こうぢの隈々くま/″\迄見ゆるのみならず、かのヱズヰオの山さへ眞向まむきに見えたり。
武村兵曹たけむらへいそうこの將來しやうらい非常ひじやう有望いうぼう撰手せんしゆであるとかたつたがたゞ野球やきゆうばかりではなくかれ※去くわこねんあひだ櫻木海軍大佐さくらぎかいぐんたいさ嚴肅げんしゆくなる、慈悲じひふかしたしく薫陶くんとうされたこととて
その一言が聞けない以上、青年の千百の慰め言や、勇気づけの感想は、彼にとつてたゞに煩さい無駄口であるに止まらず、更に彼の忘れかけてゐる傷口を新しく掻き破る丈けの事である。
然るに今や忽然こつぜんとして或る未知の女が現れて来て、この一切の好意に反抗しようとする。そいつはたゞに周囲の援助を妨礙ばうがいしようとするばかりでは無い。却つて反対の方向に働かうとする。
復讐 (新字旧仮名) / アンリ・ド・レニエ(著)
今、御辺の御人相を見るに、只今の御話と相違せる事、雲泥もたゞならず。思ふ事、云はで止みなむも腹ふくるゝ道理。的中あたらずば許し給へかし。御辺は廻国の六十六部とは跡型あとかたも無き偽り。
白くれない (新字新仮名) / 夢野久作(著)
自分の全身にはほとん火焔くわえんを帯びた不動尊もたゞならざる、憎悪ぞうを怨恨ゑんこん嫉妬しつとなどの徹骨の苦々しい情が、寸時もじつとして居られぬほどにむらがつて来て、口惜くやしくつて/\、忌々いま/\しくつて/\
重右衛門の最後 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
たゞに美しい顔、美しい肌とのみでは、彼は中々満足する事が出来なかった。江戸中の色町いろまちに名を響かせた女と云う女を調べても、彼の気分にかなった味わいと調子とは容易に見つからなかった。
刺青 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
たゞに話巧者で愛想が好い許りでなく、葬式に行けば青や赤や金の紙で花を拵へて呉れるし、婚禮の時は村の人の誰も知らぬ「高砂」の謠をやる、加之のみならず何事にも器用な人で、割烹の心得もあれば
天鵞絨 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
敬すべきが如し、然れども是れ銅臭紛々たる人に非ずんば、黄金山を夢むるの児なり、其中に於て高潔の志を有し、慷慨の気を保つもの、即ち晨星しんせいたゞならじ、束髪峨々がゝとして緑鬖りよくさん額をつゝみ
程途ていと何ぞたゞ一万里のみならん、戸口べて無し三百家。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
たゞげきとしてねむるかな
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
わたくしは後にめぐむさんに聞いた所を以て此に補記しようとおもふ。しかしそのまさに補ふべき所のものは、たゞに安石の上のみではない。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
すべての記憶は霧散し去り、己れの生年をさへ忘じ果てたるにもかゝはらず、我は一個の忘ずること能はざる者を有せり、たゞに忘ずること能はざるのみならず
我牢獄 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
思ひがけぬ心は心の底より出で来る、容赦なくかつ乱暴に出で来る、海嘯と震災は、たゞに三陸と濃尾に起るのみにあらず、亦自家三寸の丹田たんでん中にあり、険呑けんのんなるかな
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
さうしてこれが通過つうかしたあとにはたゞ火山灰かざんばひやラピリのみならず、おほきな石塊せきかい混入こんにゆうしてゐた。
火山の話 (旧字旧仮名) / 今村明恒(著)
そはたゞに我等を温めざるのみならず、却りて何時ともなくこの交を絶つべし。友誼と戀情とは別離によりて長ず。我は時に夫婦の生活のいかに我をましむべきかを思へり。
戯曲はたゞに不幸悲惨に終るもののみならず、又素志を全うして幸福嬉楽に終る者もあり。
罪過論 (新字旧仮名) / 石橋忍月(著)
たゞ本國ほんごく大祭日たいさいじつばかりではない、吾等われらためには、終世しうせい紀念きねんともなるき、海底戰鬪艇かいていせんとうてい首尾しゆびよく竣成しゆんせいして、はじめてうみうか當日たうじつであれば、その目出度めでたさも格別かくべつである。
広量かうりやう無辺むへんたゞまろ
全都覚醒賦 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
たゞに然るのみならず、厳密に言へば、九月十日を期した会が果して期の如くに行れたと云ふことも、又柳湾が独り伝へてゐるのである。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
たゞに舞蹈としての舞蹈、即ち各家々流の舞蹈に止まらず、一の白と共に一の半舞蹈あり、又た特に演者の技倆を示めすべき為に備へられたる舞蹈の機会あり。
劇詩の前途如何 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
又どの位の悪人たるを承知なるかと、あにたゞ善悪のみならん、怯勇けふゆう剛弱高下の分、皆此反問中に入るを得べし、平かなるときは天落ち地欠くるとも驚かじと思へども
人生 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
このすなたゞ細微さいびなるばかりではなく、一種いつしゆ不可思議ふかしぎ粘着力ねんちやくりよくいうしてるので、此處こゝ陷落かんらくしたものあがらうとしてはすべち、すべちてはすなまとはれ、其内そのうち手足てあし自由じゆううしなつて
当時の流言はたゞに正弘の病を云云うんぬんしたのみならず、又其死を云云した。わたくしは其一例として「嘉永明治年間録」の文を引く。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
黒雲こと/″\く魔なるに非ず、大気悉く毒なるにあらず、たゞ黒雲に魔あり、大気に毒ある事を難ぜんとするは、実際世界を見るも実世界以外を見ること能はざる非詩性論者の業として、放任して可なり。
眞志屋の末裔ばつえいが二本に寄り、金澤に寄つたのは、たゞに同業のよしみがあつたのみではなかつたらしい。二本は眞志屋文書に「親類麹町二本傳次方」と云つてある。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
たゞに其職に居つたと云ふのみではない。わたくしは壽阿彌が曇奝どんてうと號したのは、芝居好であつたので、緞帳どんちやうの音に似た文字を選んだものだらうと云ふことを推する。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
原稿には次第に種々な事を書き入れたので、たゞいさゝかの空白をも残さぬばかりでなく、文字と文字とが重なり合つて、他人が見てはなんの反古ほごだか分からぬやうになつた。
大塩平八郎 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
其中に「河内屋半兵衞、元和中より麪粉類めんふんるゐ御用相勤」云々しか/″\の文があつた。河内屋は粉商であつた。島は粉屋の娘であつた。わたくしの新に得た知識はたゞにそれのみではない。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
これは別に証拠はないが、私は豪邁がうまいの気象を以て不幸の境遇に耐へてゐた嘉心を慰めた品を、たゞ誠実であつたのみでなく、気骨のある女丈夫ぢよぢやうふであつたやうに想像することを禁じ得ない。
椙原品 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)