まま)” の例文
昔のままに現在までも続いていると云う住家はほとんんどなく、極めてまれに昔の美しさのある物を発見するのがすこぶる難しいことなのである。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
何よりも私は世間の者より狂人扱いにされる事がたまらなく苦痛なのでありまして、此のまま此の苦痛が果し無く続くものであるならば
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
ところが一五九一年に父が歿くなったので、その家族を扶養しなくてはならなくなり、そのままでは過ごすことができなくなったので
ガリレオ・ガリレイ (新字新仮名) / 石原純(著)
すると、月は物思い顔にじっと自分を見ていたが、そのまま黒い雲のうしろに隠れてしまったことを、海豹は思い出したのであります。
月と海豹 (新字新仮名) / 小川未明(著)
河に下りては山の鼻に登って、二、三度同じような事を繰り返すと、道は河の中に通じたまま両岸をいくら物色しても更に見当らない。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
六対十の比率に安心していたのもむなしく、今自分達が出て奮戦しないと、このまま懐しい故郷へ帰れないことになるらしいのであった。
空襲葬送曲 (新字新仮名) / 海野十三(著)
まさか市長に云う訳にも行かず、そのまま帰って来るのだが、買収問題さえなかったら、いっそ投げ出してしまいたい位なのである。
糞尿譚 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
彼女はしかしその間、目をつぶったまま、何か自身の考えに沈んでいた。ときどき痙攣けいれんのようなものが彼女のせたくびの上を走っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
夫の腹の中いいましたら、あないにままやった私がまるで生れ変ったみたいに態度改めましたのんが、どないうれしいか分れしません。
(新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
これをこのままにして置てはとても始末が付かぬから、何でも片付けなければならぬ。如何どうしよう。ほかに仕方がない。何でも売るのだ。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
そばには長大ちやうだい向日葵ひまわりむし毒々どく/\しいほどぱいひらいて周圍しうゐほこつてる。草夾竹桃くさけふちくたうはながもさ/\としげつたまま向日葵ひまわりそばれつをなして
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
「此間中から、お礼を申上げよう申上げようと思いながら、ついそのままになっていたのです。此間はどうも有難うございました。」
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
彼は、舞台も生活も、昔のままの役者型で押して行った。明治十七・八年頃から東京を去る二十年頃迄が、源之助の一番盛りの時であった。
役者の一生 (新字新仮名) / 折口信夫(著)
がそう思う様に目的は達せられんので晩からかけて翌日の午後の三時頃迄は村中浜へ総出のまま風の中、雨の中を立ち尽して居た。
高浜虚子著『鶏頭』序 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
お藤は喪心したように、人形よりも無力に、さるるがままに立って居りました、か弱い娘の力で、抵抗したところでうなるものでしょう。
礫心中 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
昨夜お召しに因って王君の前に出ますと、その顔容かおかたちが二十七年前に殺したかの少年をそのままであるので、わたくしも実におどろきました。
ままになるなら、自分は退いてもよいから、平田氏を三十三間堂へ立たせてみたいが、実は手前も、明日あしたの晩、頼母子講たのもしこうの金をり落して
死んだ千鳥 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
渡島國凾舘住吉町をしまのくにはこたてすみよしてう後志しりべし國余市川村、石狩いしかり空知監獄署用地ソラチかんごくしようようち日高ひだか捫別舊會所もんべつきうくわいじようら等よりは石鏃せきぞくを入れたるまま土器どき掘出ほりだせし事有り。
コロボックル風俗考 (旧字旧仮名) / 坪井正五郎(著)
「興に依りて之を作る」と左注にあるが、興のままに、理窟りくつで運ばずに家持流の語気で運んだのはこの歌をして一層なつかしく感ぜしめる。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
おまけにはこへはひる所だから、片手に袴をつかんだまま、心もち腰をかがめ加減にした、——その又恰好もたまらなかつたつけ。
好色 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その一人は、近国の門閥家もんばつかで、地方的に名望権威があって、我がままの出来る旦那だんな方。人に、鳥博士ととなえられる、聞こえた鳥類の研究家で。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自然なる希臘人の眼には現在の真意がそのままに現じたのである。今日の美術、宗教、哲学、みなこの真意を現わさんと努めているのである。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
豊かなデリケエトな唇は、不思議に末子でもあり清でもある、小さな、細い〔時にきらきらとうるんで光る〕やさしい眼は清にそのままであった。
私は父の手紙を受け取って初めて、楽しい夢幻の世界から、また現実のままならぬ世界へ、引き戻されたような気になりました。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
妾は立止ったままジッと目の間から断崖の上を見詰めていました。——すると、突然二人は争い始めたので御座居ます。そして……それから……
花束の虫 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
乏しい灯影の下にずぶりっと浸りながら、三人は唯だてんでに微笑を含んだまま、殆んどだんまりのままの永い時間を過した。
みなかみ紀行 (新字新仮名) / 若山牧水(著)
そのままに居れば熱く重苦しい負担を覚え、振り放そうとすれば、あとに世にも残酷な焼跡を残しそうで、思い切れなかった。
宝永噴火 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
軍人の三人づれが改札口から出て、八が立つてゐる方へ、高声に話しながら来る。外にはたれも降りなかつたと見えて、電車はそのまま出てしまつた。
金貨 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
ただごうっと吹く風の音、ばらばらっと板屋を打つ雨の音にばかり神経は昂進たかぶるのである。新聞も読掛けてよした。雑誌も読掛けたまま投げてやった。
大雨の前日 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「武士たる者に、けがらわしい。見れば貴様は、河原者の供ではないか。身体からだに触れられて、そのままでは措けぬ。不愍ふびんながら、手打ちにするぞ」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
こうして地面と人間とが生きて見せびらかしている間は、いかに絶滅論者でも、自分の手で死なない限り、死ぬことさえがままにはなりますまい。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
頭には金冠をつけたままで、ながい髪を金の輪で束ね、白衣の上に着ていた不思議な彫刻ある鎧の胸当の両側から雪のように白い腕を垂らしていた。
後妻はいっそ毒殺してしまおうかなどとも申しましたが、何だか、後の祟りがおそろしいように思われたのでそのまま毒殺を決行せずに過ぎました。
猫と村正 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
「失礼」と云って席を換えようとすると、その客は「イヤ、どうかそのまま。僕も丁度相手がほしくっていた所ですから」
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
父親は腕を伸ばし棒を廻しながら舞い、息子は地にかがまり、其のまま何ともいえない恰好かっこうで飛び跳ね、此の踊の画く円は次第に大きくなって行った。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
翌朝よくちょうになって、家人一同が、昨夜の出来事をはなして如何いかにも奇妙だといっていたが、多分門違かどちがえでもあったろうくらいにしてそのままに過ぎてしまった。
感応 (新字新仮名) / 岩村透(著)
いま妻のベッドのわきには、近所の細君が二人づれで見舞に来ていた。テーブルの上に菊の花が乱れたままになっていた。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
オヽ道理もっともじゃと抱き寄すればそのまますや/\とねむるいじらしさ、アヽ死なれぬ身の疾病やまいこれほどなさけなき者あろうか。
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この様なる所にて犬畜生同様名も知れぬかばねさらすこと如何にも口惜しく候まま、息のあるうちに月の光を頼りに一筆書残し申候、右にしたためし條々実証也
ネネは、感極かんきわまったように、手を堅く握りしめて胸のところに合せたまま、眉一つ動かさぬ春日の横顔を見守っていた。
腐った蜉蝣 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
ああ浮世はらいものだね、何事もあけすけに言ふてける事が出来ぬからとて、お倉はつくづくままならぬをいたみぬ。
うつせみ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
勝子は婉曲えんきょくに意地悪されているのだな。——そう思うのには、一つは勝子がままで、よその子と遊ぶのにも決していい子にならないからでもあった。
城のある町にて (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
事ははなはだ簡単である。旦那の留守に以前のお客を引摺込ひきずりこんだのだから、このまま暇をやって仕舞えばよい。それでむこうも、何一ツ苦情を云うべきはずはない。
夏すがた (新字新仮名) / 永井荷風(著)
よし、堅気で辛抱したとて、喜んでくれる人でもあることか裸一貫たった一人じゃござんせんか。ハハハハ。ままよ。
瞼の母 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
その胸のあたりを、一突ひとつき強くくと、女はキャッと一声いっせい叫ぶと、そのまま何処どことも知らず駈出かけだして姿が見えなくなった。
月夜峠 (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
四十四 どうかこのままに太陽の表面を通過してくれよ、金星や水星が去る様に、暫くにして立ち去ってくれとこれも少しの間だけれど人々が心に祈った。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
わたくしはかたじけなさと心づよさに、お手をじっと握りしめたまま、しばしは物も申せなかったことでございました。
雪の宿り (新字新仮名) / 神西清(著)
先生の平生はなはだ多忙にして執筆の閑を得ずそのままに経過したりしに、一昨年の秋、る外国人のもとめに応じて維新前後の実歴談を述べたる折、と思い立ち
お母さんは、病人のくせに、とても口が達者で、それにわがままで、看護婦をやとっても、すぐに追いやってしまうのだ。姉さんでなければ、いけないのだ。
正義と微笑 (新字新仮名) / 太宰治(著)
もし西郷が言論をもって九州を風靡して立ったらおそらく天下は意のままになっていたろう、貴公そう思わんか
風蕭々 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)