乙女おとめ)” の例文
片方は十八の青年、片方は十七の乙女おとめ。二人は外界をみな敵にして秘密の中で出会うのです。自然とこいが芽生えて来たのも当然です。
鯉魚 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、そこに、男のではなくて、豊満なる乙女おとめの肉体を見出した時、私が男であったことをうち忘れて、さも当然の様にほほえんだ。
火星の運河 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あきづけば、をばなが上に、おく露の、けぬべくもわは、おもほゆるかもと長良ながら乙女おとめの歌を、繰り返し繰り返すように思われる。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
『美しき水車小屋の乙女おとめ』(JD一〇一—三、JE一〇一—七)と『白鳥の歌』(JE一一四—七、JD一〇五七—九、名曲集六六八)
京も荒れて、盗賊の多いこの頃の秋の夜に、乙女おとめひとりの夜道は心もとないと父も最初はしきりにとめたが、藻はどうしてもかなかった。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
母親と乙女おとめとの心をそなえてひそかに恋に燃えている、ねたみ深いまたやさしいキャスルウッド夫人は、彼女にとっては姉妹のように思われた。
その健気けなげ乙女おとめごころを天もあわれんだものか、彼女はゆくりなくも、きょう伊那丸いなまると一とうの人々に落ちあうことができた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は兄妹きょうだいのように話をまじえて、彼女を人間らしく、乙女おとめらしく思わせようとするようなある者と、相並んで歩いているのではないかと思った。
が、姿は天より天降あまくだつたたええんなる乙女おとめの如く、国を囲める、其の赤く黄にただれたるみねたけつらぬいて、高く柳のあいだかかつた。
伯爵の釵 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
言わずともわが身——世馴よなれぬ無垢むく乙女おとめなればこうもなろうかと、彼女自身がそうもなりかねぬ心のうちを書いて見たものと見ることが出来よう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
そこで、宿禰は奴国の宮の乙女おとめたちの中から、優れた美しい乙女を選抜して、長羅の部屋へ導き入れることを計画した。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
酔いしれたようにその頑丈がんじょうな、日に焼けた、男性的な顔を見やる葉子の、乙女おとめというよりももっと子供らしい様子は
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そして八月の炎天にもかかわらず、わが空想のその乙女おとめ襟附えりつき黄八丈きはちじょうに赤い匹田絞ひったしぼりの帯を締めているのであった。
夏の町 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
明け放したる障子にりて、こなたを向きて立てる一人の乙女おとめあり。かの唄のぬしなるべしと辰弥は直ちに思いぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
歌舞伎かぶきの舞台では大判事清澄の息子久我之助こがのすけと、その許嫁いいなずけ雛鳥ひなどりとか云った乙女おとめとが、一方は背山に、一方は妹山に、谷にのぞんだ高楼たかどのを構えて住んでいる。
吉野葛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
ふと皆鶴みなづる姫にいでたちました乙女おとめの姿をながめたとき、私の心はまるで夢現になってしまったのでございます。
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
わたくしはここに前記をいで抽斎歿後第四十一年以下の事を挙げる。明治三十三年には五月二日に保の三女乙女おとめさんが生れた。三十四年には脩が吟月ぎんげつと号した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その夕方のことであるが、艶かしい十八九の乙女おとめが一人、まことに上品な扮装みなりをして、魚屋方へ訪れて来た。
郷介法師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
まだ十七の乙女おとめには。めずらしきまでさとりたる顔はすれども。しかすがに弟の心。き親のことを思えば。思わずもそらにしられぬ袖の雨。顔をそむくる折も折。
藪の鶯 (新字新仮名) / 三宅花圃(著)
そのはにかんでいる様子は、今日まで多くの男をだまして来た女とは露ほども見えないで、清浄無垢しょうじょうむく乙女おとめがその衣物を一枚一枚がれて行くような優しさであった。
耽溺 (新字新仮名) / 岩野泡鳴(著)
誰も知る人はないが、このきゃしゃな神殿は、私が嬉しくも愛した一人のコリントの乙女おとめの数学的形像だ。この神殿は彼女独自の釣合を忠実に現わしているのだ{5}
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
たちま盤上ばんじやうたままろばすがごとひゞき、ピアノにかみ宿やどるかとうたがはるゝ、そのたへなる調しらべにつれてうたいだしたる一曲ひとふしは、これぞ當時たうじ巴里パリー交際かうさい境裡じやうり大流行だいりうかうの『きくくに乙女おとめ
勿論もちろん彼女かれをつとは、彼女かれ以上いじやう、あきらめてゐるにちがひない。かれは、松葉杖まつばつえにすがつた、さびしい乙女おとめであつた彼女かれあはれなつまである彼女かれよりも、らないのであつたから。
追憶 (旧字旧仮名) / 素木しづ(著)
されど治子は一度われをこの泉のほとりに導きしより二年ふたとせに近き月日を経て今なおわれを思いわれを恋うてやまず、昨夜の手紙を読むものたれかこの清き乙女おとめあわれまざらん。
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
いそがしぶる乙女おとめのなまじいに紅染べにぞめのゆもじしたるもおかしきに、いとかわゆき小女のかね黒々とそめぬるものおおきも、むかしかたぎの残れるなるべしとおぼしくてなり。
突貫紀行 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
泣きのなみだのうちに乙女おとめとなったこの青春の日に、また、たった一人の、頼りに思う父に死に別れたのみか、わが夫へときまった人をこんなにおもっているのに、それも
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そうしてそのあとに豊富な果樹の収穫の山の中に死んで行く「過去」の老翁の微笑が現われ、あるいはまた輝く向日葵ひまわりの花のかたわらに「未来」を夢みる乙女おとめの凝視が現われる。
映画雑感(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
船室に持って帰って、前のペエジってみますと、——乙女おとめの君の夢よ、安かれ。
オリンポスの果実 (新字新仮名) / 田中英光(著)
加世子が純白な乙女おとめ心に父を憎んでいるということも解っていた。そしてそれがまた一方銀子にとって、何となし好い気持がしないので、彼女の前では加世子の話はしないことにしていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
空にはつんとした乙女おとめのようなえた美しい雲が飛んだ。しかし失望のような黒い長い影を地上にひいて過ぎて行った。さらに調べを変えて戦いを歌い、剣戟けんげきの響きやこまひづめの音を歌った。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
夢としか思われなかった海の神の美しい乙女おとめ、それを母とする霊なる童児、如意にょい宝珠ほうじゅ知慧ちえの言葉というような数々の贈り物なども、ただ卒然そつぜんとして人間の空想に生まれたものではなくて
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
愛する乙女おとめの君よ。君のいわゆるボーイなる私が、頭の狂った船長のもとに、わずか数週間の食物しかなくて、氷のうちにとじこめられているのが、君にはむしろ見えないほうがいいのである。
その間にも、月日はいつか過ぎて、三年ばかり経った頃、加賀国かがのくにの生れだと名乗る一人の年若い白拍子が、彗星すいせいのように現れた。ほとけという変った名前を持つ、まだ十六歳のうら若い乙女おとめであった。
花恥かしい乙女おとめが、鈴の輪を持ちまして、足ぶり面白く踊ります。
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は「いざ、乙女おとめよ、若人わこうどよ。(註六五)」と口笛を吹いていた。
頭の上に花籠をのせた花売の乙女おとめ二人、左より右へ。
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
女には、二十九までは乙女おとめにおいが残っている。
斜陽 (新字新仮名) / 太宰治(著)
一個の婦人のようにながむる乙女おとめである。
有るものを摘み来よ乙女おとめ若菜の日
六百五十句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
それとても花の乙女おとめの変え姿よ。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
しとやかなこの乙女おとめなら
古事記物語 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
用いてさまではなあるものとも覚えぬものから句ごとに文ごとにうたゝ活動するおもむきありて宛然さながらまのあたり萩原某はぎわらそれおもて合わするが如く阿露おつゆ乙女おとめ逢見あいみる心地す相川あいかわそれの粗忽そゝっかしき義僕ぎぼく孝助こうすけまめやかなる読来よみきたれば我知われしらずあるいは笑い或は感じてほと/\まことの事とも想われ仮作つくりものとは思わずかし是は
怪談牡丹灯籠:01 序 (新字新仮名) / 坪内逍遥(著)
傑作は「美しき水車小屋の乙女おとめ」二十曲、「冬の旅」二十四曲、「白鳥の歌」十四曲のほかに、一曲ずつ独立したものとしては
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
信玄の孫むすめという可憐な乙女おとめや、一門の妻女やその召使の女たちなど、みな簾中の乗物にとりついて泣き沈むやら、抱きおうて嘆くやら
新書太閤記:06 第六分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
長良ながら乙女おとめが振袖を着て、青馬あおに乗って、峠を越すと、いきなり、ささだ男と、ささべ男が飛び出して両方から引っ張る。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
美しい博学のベアトリーチェも、きっと父と同様に、乙女おとめの息のようないい匂いのする薬を、患者にあたえることだろう。それを飲む者こそ災難だ
自分が貰った新鮮で健康でカルシュームの匂いのする乙女おとめ、それを生むために何代かの人が倹約、常識、忍耐、そういうような胎盤を用意したのだ。
百喩経 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そのとき、一人の乙女おとめが垂れ下った柳の糸の中から、ふるえる両腕に水甕みずがめを持って現れた。それは兵部の宿禰の命を受けた訶和郎の妹の香取かとりであった。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
葉子は張りのあるその目を無邪気に(ほんとうにそれは罪を知らない十六七の乙女おとめの目のように無邪気だった)
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
あらず、なお一人の乙女おとめ知れり、その美しきまなこはわが鈍き眼に映るよりもさらに深く二郎がこおれる胸に刻まれおれり。刻みつけしこの痕跡あとは深く、凍れる心は血に染みたり。
おとずれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)