ふる)” の例文
と、その時、「うーん」とかすかに唸る声が聞えましたので、はっとして夫人を見ますと、眼球が不規則に動いて、唇がふるえました。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
不圖したら今日締切後に宣告するかも知れぬ、と云ふ疑ひが電の樣に心を刺した、其顏面には例の痙攣ひきつけが起つてピクピクふるへて居た。
病院の窓 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
お兼は少しふるへて居ります。岡つ引などといふ人種は何時人を縛るかわからないと言つた、無智な恐怖にさいなまれて居るのでした。
そして、身体をふるわしながら、堤の上へ這上はいあがって、又、しばらく、四辺を、警戒していたが、静かに、指を口へ入れて、ぴーっと吹いた。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
彼女は彼の顔を見詰めながら、唇をみ締めるようにしてぶるぶると身体をふるわした。彼は目を瞑るようにしてもう一度繰り返した。
或る嬰児殺しの動機 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
例の如く若干首を傾けて貴族の如く一礼をなし、さて、ふるへを帯びた細い声で感動のために澱みながら、泌々しみじみと挨拶の言葉をのべた。
盗まれた手紙の話 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
その刹那、ふるおののく二つの魂と魂は、しっかと相抱いて声高く叫んだ。その二つの声は幽谷にむせび泣く木精こだまと木精とのごとく響いた。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
誰もが感ずるであろうような、皮肉じみた笑いが片頬かたほほふるえたが——、鷺太郎は、何とはなく、不安に似た苛立いらだたしさを覚えたのだ。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
だから、もし自分のうち女房かないから手紙を投げつけられるやうな事があつたら、大抵の亭主は、小鳥のやうにふるへあがるにきまつてゐる。
ハッと唇の色を変えて、錦子はふるえあがったが、いたずらものが忍び込んだ形跡もないので家の者たちは神業かみわざだと、わざわいのせいにした。
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
クリームの色はちょっとやわらかだが、少し重苦しい。ジェリは、一目いちもく宝石のように見えるが、ぶるぶるふるえて、羊羹ほどの重味がない。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼は口をつぐむ。エロアは、そう言う場合の常として、抗議を申し立てない。彼は草稿を卓上に置く。彼の手はふるえているからである。
そのばん郵便局長ゆうびんきょくちょうのミハイル、アウエリヤヌイチはかれところたが、挨拶あいさつもせずにいきなりかれ両手りょうてにぎって、こえふるわしてうた。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
彼はやがて不意にぶるぶると全身をふるわして後退あとじさりしたが又、卓子テーブルに両手をかけて女を見入った。女に近づこうとして又立ちすくんだ。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
それぞれにもといた位置から動かされなかったので、それでなくても不安と憂愁のために、追いつめられた獣のようにふるおののいていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
びんはほつれ、眼は血走り、全身はわなわなふるえています。少女達は驚きながらわけたずねると、女はあわててどもりながら言いました。
気の毒な奥様 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
彼は門を入って格子戸こうしどの方へ進んだが動悸どうきはいよいよ早まり身体からだはブルブルとふるえた。雨戸は閉って四方は死のごとく静かである。
愛か (新字新仮名) / 李光洙(著)
「全くそうじゃ」老翁は白髯はくぜんふるわしながら答えるのだ。「これからは悪智慧わるぢえのある奴が益々増えるから、脅迫は増える一方じゃのう」
急行十三時間 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
女達はいずれも誘拐されてきた者と見え、衣服も髪かたちも区々まちまちであったが、みんな眼を泣腫なきはらして、ぶるぶるふるえている様子だった。
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
前の年よりも一しお厳しい、一しお身にみる寒さが、絶えず彼女を悩ました。彼女は寒さにふるえる手を燃えさかる焔にかざした。
初雪 (新字新仮名) / ギ・ド・モーパッサン(著)
伴蔵はふるいながらうちへ帰り、夜の明けるのを待ちかねて白翁堂勇斎の家へ飛んで往った。そして、まだ寝ていた勇斎を叩き起した。
円朝の牡丹灯籠 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
枕許まくらもとにあった水指みずさしから、湯呑に水をさしてお絹が竜之助の手に渡しました。ふるえた手で竜之助はその湯呑を受取ろうとして取落す。
大菩薩峠:07 東海道の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
姫は振り向いて見ると、橋の隅の欄干によりかかって、立派な服装なりをしていながら、白い顔をしてふるえているコスモが立っていた。
そして私には、アランがそれっきり唇を噛んで、蒼白な顔色をしながら、身体をワナワナとふるわせて黙り込んでいるのが見受けられた。
令嬢エミーラの日記 (新字新仮名) / 橘外男(著)
戸をひしめかして、男は打ちたおれぬ。あけに染みたるわが手を見つつ、重傷いたでうめく声を聞ける白糸は、戸口に立ちすくみて、わなわなとふるいぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
し、大尉が其処に居合せなかったら、自分は思わず叫声を挙げたにちがいない。自分が、それを持っている手は思わず、ふるえたのである。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ぎょッとしたようなふるえが、天蔵の足から背すじへ、明らかに走った。まさか十六歳のこの家の童僕とは思えなかったに違いない。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
女は激しい痙攣けいれんでも起したかのように、ふるえる手にいきなり鶴見の見ていた本を取り上げて、引き破って、座敷のすみに放りやった。
私をじつと凝視みつめて、彼は口をつぐんだ。言葉は殆んど現はれかけて彼の唇の上でふるへた——しかし、彼の聲はしつけられてしまつた。
お角さんと一緒に働いていたお豊さんも、その話を聴くとふるえあがって、これも俄かに気分が悪くなって寝込んでしまいました。
怪談一夜草紙 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
成は細君の話を聞いて、雪水を体にかけられたようにふるえあがった。それと共に悪戯いたずらをした我が子に対する怒りが燃えあがった。
促織 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
と、こんなときに犬どもを滅多打ちに打ち据えて、拳の下に肉塊にくふるえを感じたいという欲求が、むらむらっと込みあげて来た。
犬舎 (新字新仮名) / モーリス・ルヴェル(著)
立ち止まって、その音に何時でも耳をすましていると、急にワクワクと身体が底からふるえてくる——恐怖に似た物狂おしさが襲ってきた。
独房 (新字新仮名) / 小林多喜二(著)
余は覚えず身をふるはし申候。而も取られし手を振払ひて、逃去のがれさる決断もなく、否、寧ろ進んで闇のうちおちいりたき熱望に駆られ候。
夜あるき (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
自分は決して彼等を恐れてはいないし、又、殴られることをこわいとも思っていないのだが、それにも拘らず、彼等の前に出るとふるえる。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「お連れ致さずともお姫様ひいさまはすぐお殿様のお目の前においで遊ばすのでござります」島太夫はふるえながら手を上げて几帳きちょうかげを指差した。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
磧の草はすっかり穂をかざしながら、いまは、蕭蕭とした荒い景色のなかにふるえて、もう立つことのない季節のきびしい風に砥がれていた。
性に眼覚める頃 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
われはちじと戒むる沙門しゃもんの心ともなりしが、聞きをはりし時は、胸騒ぎ肉ふるひて、われにもあらで、少女が前にひざまずかむとしつ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
とうとう国境まで来たのかと思うと、ひえびえと私は雨の湿りにふるえたが、また、子供のように其処らを駈け廻りたくもなった。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
その白さは、唯の白さでなく、寂莫せきばくとした底の知れないような白さだった。見ているうちに、全身ふるえて来るような白さだった。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
れてガチリと音させ、よう/\錠をはずし木戸をひらき、出てまいりますと、只なんにも言わず伊之吉に取りすがってふるえております。
体じゅうが微かにふるえる。目がいらいらする。無理に早く起された人の常として、ひどい不幸を抱いているような感じがする。
が——右手に持った真白な鴕鳥だちょう羽毛はねで作った大きなおうぎがブルブルとふるえながら、その悲痛きわまりない顔を隠してしまった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが、わなわなとふるえるだけで、彼は斬ることが出来なかったのである。事なかれの外交方針にうしろからどやしつけられていたのである。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
はざまが影を隠す時、僕にのこした手紙が有る、それでくはしい様子を知つてをるです。その手紙を見た時には、僕もふるへて腹が立つた。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それだけの話ですが、『何か御用ですか』と言うと、男の方でも何でだか極りの悪るそうに先方だって声がふるえていました。
雪の日 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
此所こゝ餘裕よゆうると、これひらくのをこばんで、一狂言ひときやうげんするのであるが、そんな却々なか/\ぬ。ぶる/\ふるへさうで、いやアな氣持きもちがしてた。
そんな時朝鮮の鈴は、喬の心をふるわせて鳴った。ある時は、喬の現身うつせみは道の上に失われ鈴の音だけが町を過るかと思われた。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
私は心の底までふるえあがったが、かの幻影に悩まされていた当時のように、気違いじみた憧憬は少しも起こって来なかった。
たぶん、端艇ボートを探し廻ろうというのだろう。だが、端艇は一艘も本船に残っていない。これに気がつくと、水夫は、真蒼まっさおになってふるえ上った。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)