たち)” の例文
僕はかわいい顔はしていたかも知れないがからだも心も弱い子でした。その上臆病者おくびょうもので、言いたいことも言わずにすますようなたちでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ややもすればたちの悪い私たちの馬は駈け出そうとするので、坂道の上に近づくと、わたしの心臓の動悸はいよいよ激しくなってきた。
同時に彼等の持前とする殺戮さつりくと兇暴なたちも、野に返った野獣と同じで、とても人間の仕業しわざとは解し得ないことを平然とやって歩いた。
剣の四君子:03 林崎甚助 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
きりやうも良いが、身體も丈夫ですよ、少し位のことを氣に病むたちぢやありませんが、この夏頃から變なことが續くんださうです。
関のおばさまが江戸でこのように評判になったのも、私はきっとたちの悪い感冒の、はやった年などが始めであったろうと思っています。
日本の伝説 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
顏色かほいろ蒼白あをじろく、姿すがたせて、初中終しよつちゆう風邪かぜやすい、少食せうしよく落々おち/\ねむられぬたち、一ぱいさけにもまはり、往々まゝヒステリーがおこるのである。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
前にも申し上げた通りそのお丸という女は顔に似合わない、たちのよくない女で、つまり今日こんにちでいう不良少女のお仲間なんでしょう。
半七捕物帳:22 筆屋の娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「硫黄を——たちのいい硫黄を製造して——硫黄の出る山はウンと見てあるのだけれど——お前のお父さんが承知さえしてくれれば……」
旧聞日本橋:08 木魚の顔 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼の頭は濁流の渦巻くように混乱して、しばらくは考えを統一することも困難だった……彼は道之進の明敏なたちに一目おいていた。
夜明けの辻 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
子供のころから姿振なりふりに無頓著すぎるたちであったとはいえ、近ごろはあまり見いい風をしていないのが、姉妹たちの手前恥ずかしかった。
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
その近所の山々から沢山出ましてその中にたち善悪よしあしはありますけれどもどうしても本場と申すだけ西京辺のは全体に良いようです。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
だが手前たちがどんなたちの連中か己は知ってる。現なまを船に積み込み次第しでえ、己は島で奴らをやっつけねばなるめえ。なさけねえやり方さ。
僕もよく話してあげるけれど、何しろふみちゃんの家の人は皆、言い出したら最後、後へはひかんというたちだから始末がわるいよ。
プリヘーリヤは甘ったるい感じがするほどではないまでも、感じやすい、臆病おくびょうな、おとなしいたちだったが、それもある程度までである。
其年そのとし京都きやうとふゆは、おとてずにはだとほ陰忍いんにんたちのものであつた。安井やすゐこの惡性あくしやう寒氣かんきてられて、ひどいインフルエンザにかゝつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
數「其様そんなに出世をしてはく処があるまい、中々どうして男はし、弁に愛敬を持ち、武芸も達しておるから自然と昇進をするたちだ」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「お前は、偉くなろうと思えば、きっとなれるたちだ。うんと勉強をし、吉村さんのように主人が洋行させてくれるかもしれない」
日は輝けり (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
さもなければたちの悪い婦人関係か、とにかく外交官には秘密が多いから、そうそう単純に片附けてしまうわけにはゆきませんよ。
情鬼 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
常子のほかには徳次郎と二つ違ひの妹の鶴子がゐたが、これは二階からその声の聞きとれるほどの活溌なたちではないらしかつた。
朧夜 (新字旧仮名) / 犬養健(著)
器用なたちだったらしく、兄や私のためにも、木片に船を彫ったり、竹細工に渋紙を張ったりなどして飛行機の模型を作ってくれたりした。
生い立ちの記 (新字新仮名) / 小山清(著)
盗人ではあるが、自分はたちの悪い盗人ではないと言いだすと、主膳が、世間に質の良い盗人というものがあるのか、と変な面をしました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
俗語でかかるものを「下手げて」な品と呼ぶことがあります。ここに「下」とは「並」の意。「手」は「たち」とか「類」とかのいい
民芸とは何か (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
姐さんといふのは一時は日本一とまで唄はれた程聞えた美人で、年は若いが極めて落ちついた何事にも襤褸ぼろを見せないといふたちの女である。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
「旦那、こりゃあどうもたちのよくねえ狂言ですぜ。とにかくこの自滅にゃあ不審がありやすから、すこし詮議をさせていただきやしょう。」
一体平素から心を色に現さぬたちではあったけれど、余り平気すぎる。彼は始終例の髪の毛をモジャモジャやりながら、黙り込んでいるのだ。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
二人の荷持にもちのうち一人は非常に大きな男でごく果断なたち、一人は甚だ温順ですがちょっと読み書きも出来るという訳で大分に自負心も強い。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
元来僕はね、一度友達に図星を指されたことがあるんだが、放浪、家をなさないというたちに生まれついているらしいんです。
ある崖上の感情 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
もし私がたちのわるい幽霊であったらば、ヒンクマン氏より他の人の幽霊になったほうが、さらに愉快であると思うでしょう。
女は何気なく黙礼したらしかったが、そこに予期しないお光を見出してはっとすくんだらしかった。赤くなるより青く沈むたちであるらしかった。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
そんな辣腕らつわんたちちがつても、都合上つがふじやう勝手かつてよろしきところくるまへるのが道中だうちう習慣ならはしで、出發點しゆつぱつてんで、とほし、とめても、そんな約束やくそくとほさない。
麻を刈る (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
然も互いに妻子を持てる一ぱしの人間であるのに、磊落らいらくと云えば磊落とも云えるが、岡村は決して磊落なたちの男ではない。
浜菊 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
わたしは生れつき不器用なたちでして、連之助さんや寿女さんの足もとにも寄れないんですから、あの人たちの二倍は年季を
痀女抄録 (新字新仮名) / 矢田津世子(著)
そして、自分は家臣共からはまったくたちの違った優良な人格者であるという確信を、心の奥深く養ってしまったのである。
忠直卿行状記 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
レムにきまってる——あいつ、恐ろしく調子に乗るたちの子供だから、黙っておくとこれからも何を仕出すか知れやしない。
思ふ事は何でも言ふといつた様な淡白きさくたちで、時々間違つた事を喋つてはみんなに笑はれて、ケロリとしてゐる児であつた。
札幌 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
そういうたちの智慧のある人であるから、今ここにおいて行詰まるような意気地無いくじなしではなかった。先輩として助言した。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
すなわち豊吉はたちまち失敗してたちまち逃げて帰って来るような男ではない、やれるだけはやって見るたちであった。
河霧 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
種類としてはたちのいいふななのを校長はすぐ見てとった。利根川とねがわを渡って一里、そこに板倉沼というのがある。沼のほとりに雷電らいでんを祭った神社がある。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
けれど、幹子はそんな事を少しも気にかけないで、学科の勉強とか運動とか、つまり、少女のすべきことだけをやってのけると言ったたちの少女でした。
大きな蝙蝠傘 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
大師匠はとおの時からやっている。それも元来たちの好いのを認められてのことだ。子供の時からだと芸が身体の中に織り込まれて身体と一緒に発育する。
妻の秘密筥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
一たい彼は賑やかな事が好きで、下らぬことに手出しをしたがるたちだから、すぐにやみの中を探ってくと、前の方にいささか足音がするようであった。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
磊落なこせつかないたちの紳士と云うものは、『か』と云うような子供の遊戯から殺人罪に到るまで何でも覚悟していると云うようなことを云って
それに前にいった様に温雅な——むしろ陰気と言う方のたちだったから、あえて立派なとこへ嫁に行きたいと云う様なのぞみもない、幸いことは何よりも好きの道だから
二面の箏 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
師匠の家にも三毛猫が一匹いるが、裏口うらぐち合せの長屋ながやの猫がたちが悪く、毎度こちらの台所を荒らすところから、疑いはその猫に掛かっている様子であります。
それを面白がって、わやわや騒ぎ立てているとは、大学も、このごろはたちが落ちたものさ。幽霊に、ハムレットの発狂。三文芝居にでもありそうな外題げだいだ。
新ハムレット (新字新仮名) / 太宰治(著)
天国にあるその恋人の神聖な幻にでもね。こんな、漆喰しっくいの人形のような女のむくろなんぞにささげられべきたちのものではないわ。あたしちゃんと知っててよ。
「え、よろしいどころなものですか、今日もお医者から……」と言いして、お光は何と思ったか急にことばを変えて、「何しろたちのよくない病気なんですもの」
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
人の気を見るというと、甚だたちが悪いように聞えるが、それでなければ政治は出来るものでない。人の心の上に働く技術である。始終刺激を与えることである。
政治趣味の涵養 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
其の代り、また非常に飽きっぽいたちで、惚れて/\惚れ抜いて、執拗しつこい程ちやほやするかと思えば、直きに餘熱ほとぼりがさめて了い、何人となく女房を取り換えます。
幇間 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
主人も好きな道と見えて、覗き込んで、仕立屋はなかなかたちが好いようだとか、そこに好い手があるとか、しきりと加勢をしたが、そのうちに客の敗と成った。
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)