襤褸ぼろ)” の例文
襤褸ぼろシャツをまくりあげた二の腕に「禍の子」「自由か死か」という物凄い入墨の文字が顔を出しているのをも、彼は見逃さなかった。
いずれ支那兵あたりが使用したものであるが、いまはそれも見世物で、私達が近よってゆくと、五つ六つの襤褸ぼろをまとった女の子が
中支遊記 (新字新仮名) / 上村松園(著)
彼の思想は物置場であり、ユダヤ人の古物店であって、珍稀な器物、高価な布、鉄くず襤褸ぼろなどが、同じ室の中にうずたかく積まれていた。
溝にわたした花崗石みかげいしの橋の上に、髪ふり乱して垢光りする襤褸ぼろを着た女乞食をなごこじきが、二歳許りの石塊いしくれの様な児に乳房をふくませて坐つて居た。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
明日あしたから引っ込んでるがいい。店へなんぞ出られると、かえって家業の邪魔になる。奥でおん襤褸ぼろでもつづくッてる方がまだしもましだ。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
襤褸ぼろを着てこんな真似をしてこんな親に附いて居ようより、一層いっその事い処へ往って仕舞おうとお前に愛想あいそが尽きて出たのに違いない
文七元結 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
が、左の手は、ぶらんと落ちて、草摺くさずりたたれたような襤褸ぼろの袖の中に、肩から、ぐなりとそげている。これにこそ、わけがあろう。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は物貰ひのやうに襤褸ぼろきれを身に纏つて、日がな一日ぼりぼりと微かな歯音をたてて、そこらの葉つぱをかじるのに余念がない。
独楽園 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
その真ん中に、襤褸ぼろを着た女がすわって、手に長い竿さおを持って、雀の来てついばむのをっている。女は何やら歌のような調子でつぶやく。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
私は今迄に不具者や、襤褸ぼろの着物を着た者や、変な着物が、ひやかされたり、騒ぎ立てられたりしたことを、只の一度も見ていない
これが石油を襤褸ぼろまして、火を着けて、下からほうげたところですと、市川君はわざわざくずれた土饅頭どまんじゅうの上まで降りて来た。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
犬が飛びつく、血だらけの襤褸ぼろみたいなもの、半分になった鷓鴣を持って来る。拳骨が、残りの半分をふっ飛ばしてしまったのである。
ただ残っていたものは、掛けぶとんと自ら言っていた襤褸ぼろと、床にひろげた一枚の敷きぶとんと、わらのはみ出た一脚の椅子だけだった。
表を通る襤褸ぼろを下げた奴が矢張己れが親類まきで毎朝きまつて貰ひに來る跣跋びつこ片眼めつかちの彼の婆あ何かゞ己れの爲の何に當るか知れはしない
わかれ道 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
持つつもりでございますが、さて故郷というところは案外予言者を入れぬもので、襤褸ぼろを纏った私などはさぞ虐待されることでございましょう
雨がれると水に濡れた家具や夜具やぐ蒲団ふとんを初め、何とも知れぬきたならしい襤褸ぼろの数々は旗かのぼりのやうに両岸りやうがんの屋根や窓の上にさらし出される。
水 附渡船 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
彼は、他の者よりは大胆だったので、骸骨のずっと近くへ行っていて、衣服の襤褸ぼろを調べていたのだ。「ともかく、これぁ船乗の服だ。」
土塊どくわいごとうごかぬかれ身體からだからはあはれかすかなけぶりつてうてえた。わら沿びたとき襤褸ぼろかれ衣物きものこがしたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
姐さんといふのは一時は日本一とまで唄はれた程聞えた美人で、年は若いが極めて落ちついた何事にも襤褸ぼろを見せないといふたちの女である。
梅龍の話 (旧字旧仮名) / 小山内薫(著)
襤褸ぼろ商人の家の二階の格子窓こうしまどの前の屋根の上に反古籠ほごかごが置いてあって、それが格子窓にくくりつけてある。何のためか分らぬ。
車上の春光 (新字新仮名) / 正岡子規(著)
花を盛つた桜は彼の目には一列の襤褸ぼろのやうに憂欝だつた。が、彼はその桜に、——江戸以来の向う島の桜にいつか彼自身を見出してゐた。
或阿呆の一生 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
斯う呼びながら、其処へ、腰抜け同様になって長い間床に就いているお婆さんが、襤褸ぼろを曳摺って奥の部屋から這出して来た。
黒い地帯 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
まなこの光にごひとみ動くこと遅くいずこともなくみつむるまなざし鈍し。まといしはあわせ一枚、裾は短かく襤褸ぼろ下がり濡れしままわずかにすねを隠せり。
源おじ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
それは恐らく、どこかの多くの男たちの姿の中から、つぎはぎに引き摺り出された襤褸ぼろのようなものだったにちがいない。——
上海 (新字新仮名) / 横光利一(著)
それらの洗濯物は、そうやってぬれて綱にはられているからこそ洗濯ものとよばれるけれど、どれもみんな襤褸ぼろばかりだった。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
アルマンが「可笑をかしなかあさんだこと。こんな物を眺めて、流行遅れの襤褸ぼろばかしぢやありませんか」と云ふと、マドレエヌは目に涙をうかべて
巴里より (新字旧仮名) / 与謝野寛与謝野晶子(著)
筆を入るれば入るるほど統一が破れて襤褸ぼろが出る感じがするので、一二文字の末を改めたほかは、いったん加筆した部分もすべて取り消して
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
あれぢやたとへキモノを着てゐたところで襤褸ぼろつきれでてのひらの機械油をごしごし拭きつけた人なることは一目瞭然りょうぜんぢやないか。
三つの挿話 (新字旧仮名) / 神西清(著)
毛布やモスリンの新しい塵が加わっても、やはり昔通りにたたみを敷きつめて、その上で綿や襤褸ぼろぎれをばたばたとさせている。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
その藪の中から襤褸ぼろの小屋を架け出して何やら煙を立てゝいる物の形を何とも思わなかったし、そこに一人の出鱈目でたらめな服装をした老人がいて
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
正直そうな母が一人で襤褸ぼろをつづくっていて、お吉は今朝いつもの通りに家を出たぎりでまだ帰らないと云った。母の顔色には嘘は見えなかった。
半七捕物帳:04 湯屋の二階 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
……そのとき、その道ばたの一軒の茅葺かやぶき小屋の中から、襤褸ぼろをきた小さな子供が走り出してきて、その四つ手網を重そうに一人で持ち上げだした。
三つの挿話 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
びしょびしょな襤褸ぼろにくるまった彼女は、気味悪いばかりでした。彼女は、じっと目の前を見つめ、苦痛のあまりぽかんとした顔をしていました。
枯枝の先に襤褸ぼろをつけて、どっぷりと油をひたし、それを、火口から幾つも抛りこんで、ぱッと、燐木つけぎほのおを投げこんだ。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
人々は皆神仏かみほとけのように畏敬し、深く前の軽薄を悔いて気を失うばかり……自分の襤褸ぼろ屋敷の門内を賃借りする雑姓を追い出し——追い出すどころか
白光 (新字新仮名) / 魯迅(著)
破れ掛つた処を、襤褸ぼろ古帽子ふるしやつぽで埋めた窓が、広く開けてあつて、戸の上には、「ジヨナタン、ヅウリツトルの聯邦客舎」と塗字で書いてあります。
新浦島 (新字旧仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
何といふ寒々とした薄い影! お前の草臥くたびれた神経は飽くまで簫条と色蒼ざめて襤褸ぼろ外套の背筋にまで、何とまあ鈍く光沢なく滲み出てゐることか!
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
僕も毎日こうやってちょいちょい掛けてみてると、こいつは怪しいというような奴はだんだん襤褸ぼろが眼についてくる。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
いつぞや肺病で死んだニーナさんが寝かされていたその寝台ベッドの上に、湯タンポと襤褸ぼろ布片きれで包まれながら、裸体ぱだかで放り出されているじゃないの。
支那米の袋 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
前の棟割むねわり長屋では、垣から垣へ物干竿をつらねて、汚ない襤褸ぼろをならべて干した。栗の花は多く地に落ちて、泥にまみれて、汚なく人にまれている。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
一瞬間、縦横に入り乱れた斬っさきに、壁や天井代りの筵が、ズタズタに切り裂かれて、襤褸ぼろのようにたれさがった。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
東京中の煤掃すすはきの塵箱ごみばこを此処へ打ち明けた様なあらゆる襤褸ぼろやガラクタをずらりと並べて、売る者も売る、買う者も買う、と唯驚かるゝばかりである。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
地見ぢみ、椅子直し、襤褸ぼろッ買い、屑屋なんていうてあいが海鼠板なまこいたで囲った簡素高尚なバラックを建てて住んでいる。
犂氏の友情 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
「冗談おっしゃってはいけません、私は御覧の通りの貧乏俳諧師、逆さにふるったってびた一文ありゃしません、この襤褸ぼろを身ぐるみ脱いだところで——」
其角と山賊と殿様 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
その浪もとに立つて、みるめの樣な襤褸ぼろをまとつたシヤモやアイノが、長い紐のさきに石を結びつけたのを浪間へ投げ込んでは、昆布を拾ひあげてゐる。
泡鳴五部作:04 断橋 (旧字旧仮名) / 岩野泡鳴(著)
痩せた体に襤褸ぼろを纏つて埃だらけになつてゐる。髪は短く切つてある。足には百姓の靴を穿いて、頭には百姓の帽子を着てゐる。それが叮嚀に礼をした。
ここをくぐり、都会へ出て、めちゃめちゃに敗れて、再びここをくぐり、虫食われた肉体一つ持って、襤褸ぼろまとってふるさとへ帰る。それにきまっている。
座興に非ず (新字新仮名) / 太宰治(著)
海藻わかめつづったような、恐ろしい襤褸ぼろが、二三枚無いことはありませんでしたが、五月になるとそれを剥がれて、陽の当るうちは、岩の上でも、藪の中でも
裸身の女仙 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
月はいよいよ西に傾きて、遥かの沖の方には、綿わたの如く、襤褸ぼろの如き怪しげなる雲のしきりに動くを見たり。
片男波 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
それは、藻か襤褸ぼろかわからぬようなものを身につけていて、見ればまぎれもなく人間の男だ。胸に大きな拳形のあざがあって、ほかは、吾々と寸分の違いもない。
人外魔境:05 水棲人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)