薔薇ばら)” の例文
胸のところに、小さい白い薔薇ばらの花を刺繍ししゅうして置いた。上衣を着ちゃうと、この刺繍見えなくなる。誰にもわからない。得意である。
女生徒 (新字新仮名) / 太宰治(著)
おれは昨夜ゆうべあの混血児あひのこの女がはうりこんだ、薔薇ばら百合ゆりの花を踏みながら、わざわざ玄関まで下りて行つて、電鈴の具合ぐあひを調べて見た。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
階前の薔薇ばらの花が少し咲きかけた初夏の庭のながめには濃厚な春秋の色彩以上のものがあった。自然な気分の多い楽しい会であった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
ここにも夜店がつづき、ほこらの横手のやや広い空地は、植木屋が一面に並べた薔薇ばら百合ゆり夏菊などの鉢物に時ならぬ花壇をつくっている。
濹東綺譚 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
鹿子色かのこいろの光が、林の間の至る所にひらめいていた。そして牧場からは、透き通ったさふらんの小さな薔薇ばら色の炎が立ちのぼっていた。
今日まだ目録カタログに残っているが、『薔薇ばらの騎士』の「円舞曲」(四五〇九四)などと共に、この人のレコードの代表的なものであろう。
毛糸なぞも編むことが上手で、青と白とで造った円形の花瓶かびん敷を敷いて、好い香のする薔薇ばらでその食卓の上を飾って見せたものだ。
刺繍 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
もや金色こんじきの残照に包まれ、薔薇ばら色した黄、明るいねずみ、そのすそは黒い陰の青、うるおいのある清らかさ、ほれぼれとする美しさだ。
たけなす薔薇ばら、色鮮やかな衝羽根朝顔つくばねあさがお、小さな淡紅色ときいろの花をつけた見上げるようなたばこ叢立むらだち、薄荷はっか孔雀草くじゃくそう凌霄葉蓮のうぜんはれん、それから罌粟けし
薔薇ばら色、丁子色、朱色、土耳古トルコだま色、オレンジ色、群青、すみれ色——すべて、繻子しゅすの光沢を帯びた・其等の・目もくらむ色彩に染上げられた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
亞麻色あまいろ薔薇ばらの花、華車きやしや撫肩なでがたにひつかけた格魯謨色クロオムいろの輕い塵除ちりよけのやうな亞麻色あまいろよりも強いと見える、僞善ぎぜんの花よ、無言むごんの花よ。
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
薔薇ばらの花びらで吸口を巻いたシガレットをくゆらしながら、いかにも外遊中の日本紳士らしくぽうっとしてそこに腰かけている。
その婦人は約束の時間よりもやや遅れてやって来たが、それを待っている間、リルケはその客に与えようとして、庭に出て薔薇ばらを摘んだ。
雉子日記 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
例えば天上の星のように、瑠璃るりを点ずる露草つゆくさや、金銀の色糸いろいと刺繍ししゅうのような藪蔓草やぶつるくさの花をどうして薔薇ばら紫陽花あじさいと誰が区別をつけたろう。
かの女の朝 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
壁廓の背後には、薔薇ばらを絡ませた低い赤格子の塀があって、その後が幾何学的な構図で配置された、ル・ノートル式の花苑かえんになっていた。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ナオミはソオファへ仰向けにねころんで、薔薇ばらの花を持ちながら、それをしきりに唇へあてていじくっていたかと思うと、そのとき不意に
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
亜歴山アレキサンデル大王は身体に薔薇ばらの臭いがしたという位で、吾輩みたいな偉人の体臭は、犬にとっても忘れられないものがあると見える。
超人鬚野博士 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そして薔薇ばらに埋もれたスパセニアなぞの、五、六枚の写真を撮りましたが、私はその後二年ばかりたって竦然ぞっとするような事件のために
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
『そんなことめ!』と女王樣ぢよわうさまさけんで、『眩暈めまひがする』それから薔薇ばら振向ふりむいて、『なにをお前方まへがた此處こゝでしてたのか?』
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
卯木垣のことは知らぬが、山茶花さざんか薔薇ばらの垣根なども、花は外向についていることが多いようである。垣根の山吹なども外へ咲き垂れる。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
黒い上衣と短いズボンと白い靴足袋くつたびと白い手袋とをつけたバスクは、これから出そうとする皿のまわりにそれぞれ薔薇ばらの花を配っていた。
鬼灯色ほおずきいろの日傘をさし、亀甲かめのこうのようなつやをした薔薇ばら色の肌をひらいて、水すましのように辷っては、不思議なうすいあいばんだ影を落していた。
ヒッポドロム (新字新仮名) / 室生犀星(著)
細っこい白い木柵もくさくに、あか薔薇ばらをからませた門がありました。石を畳みあげてそのうえにガラスを植えつけた塀がありました。
都の眼 (新字新仮名) / 竹久夢二(著)
百合と薔薇ばらとを取りかへて部屋へやくらさをわすれてゐると、次ぎにはおいらんさうが白と桃色もゝいろくものやうに、庭の全面ぜんめんみだれた。
美しい家 (新字旧仮名) / 横光利一(著)
ある日、山の茶園で、薔薇ばらの花を折って来て石榴の根元に植えていたら、商売から帰った父が、井戸端いどばたで顔を洗いながら、私にこう云った。
風琴と魚の町 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
滝太郎は左右をみまわし、今度ははばからず、袂から出して、たなそこに据えたのは、薔薇ばらかおり蝦茶えびちゃのリボン、勇美子が下髪さげがみを留めていたその飾である。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
四月の太陽は既に沈み、行き着く所に行き着いたように、じっと動かない雲の上に、薔薇ばら色の輝きが残っているばかりだった。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
濛靄もやのかかったような銀子の目には、誰の顔もはっきりとは見えず、全身薔薇ばらの花だらけの梅村医師の顔だけが大写しに写し出されていた。
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
白地の仏蘭西縮緬フランスちりめんの丸帯に、施された薔薇ばら刺繍ししゅうは、におい入りと見え、人の心を魅するような芳香が、夫人の身辺を包んでいる。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
薔薇ばらにも豌豆えんどうにも数限りもなく虫が涌く。地は限りなく草をやす。四囲あたりの自然に攻め立てられて、万物ばんぶつ霊殿れいどのも小さくなってしまいそうだ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
今日はカロラインまでが珍しく靴下と靴とをはいていた。ふと其処そこにファニーが素足のままで手に一輪の薔薇ばらを捧げて急がしくはいってきた。
フランセスの顔 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
……これは互に成人してからの事である。夏をいろどる薔薇ばらの茂みに二人座をしめて瑠璃るりに似た青空の、鼠色に変るまで語り暮した事があった。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
白羊羅紗はくようらしゃの角を折った范陽帽子はんようぼうしには、薔薇ばら色のふさをひらめかせ、髪締めとしている紺の兜巾ときんにも卵黄らんこうの帯飾りをつけている。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
其の教師の机から窓框の所が一杯に薔薇ばらの花で埋ずまっているので、どうした事かとたずねようとするうちに、先方から
アラメダより (新字新仮名) / 沖野岩三郎(著)
金色の髪がふさふさと肩に垂れ、海のように青い眼をし、薔薇ばら色のほほをして、肌は大理石のようになめらかでまっ白でした。
手品師 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
正三しょうぞうはべつに気にもとめず、山手のほうへ大股おおまたに登っていくと、空地の角にある音楽家の住居で、近所から薔薇ばら屋敷と呼ばれている邸の門前にも
(新字新仮名) / 山本周五郎(著)
光沢つやのある真珠の歯は、愛らしい微笑のときに光りました。彼女が少しでも口唇くちびるを動かすときに、小さなえくぼが輝く薔薇ばら色の頬に現われました。
薔薇ばらの花はかしらに咲て活人は絵となる世の中独り文章而已のみかびの生えた陳奮翰ちんぷんかんの四角張りたるに頬返ほおがえしを附けかね又は舌足らずの物言ものいいを学びて口によだれ
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
欄干の隅の花鉢に近づいてその中から一輪の薔薇ばらを取り上げてみると、それはみんな硝子ガラスで出来ている造花であった。
(新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
家の前庭はひろく砥石といしのように美しい。ダリヤや薔薇ばらが縁を飾っていて、舞台のように街道から築きあげられている。
温泉 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
それから、薔薇ばらの花で飾った帽子を取って、髪粉を塗った仮髪かつらをきちんと刈ってある白髪しらがからはずすと、髪針ヘヤピンが彼女の周囲の床にばらばらと散った。
ワーニャ めでたく仲直りのしるしに、今すぐ薔薇ばらの花束を持ってくるとしましょう。今朝はやく、あなたにあげようと思って作っておいたのです。
この花は普通濃い桃色か薔薇ばら色で、いい香をはなつ。行商人は売物の梅の小枝や枝を持って、家から家を歩き廻る。
薔薇ばらのような甘い香と鋭いとげとが、ふたつながら含まれていたのも漸くわかってくると、お君は我知らずポーッと上気してまたもかおが真赤になりました。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
にぎやかな竜宮劇場の客席で聞けば、赤星ジュリアの歌うこの歌も、薔薇ばらの花のようにあでやかに響くこの歌詞ではあったけれど、ここは場所が場所だった。
恐怖の口笛 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼が在る所、四囲みな彼が如き人を生ず、これ何に由りて然るか、薔薇ばらの在る所、土もまたかんばしというにあらずや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
東の方の空が少しずつあかるんできました。やがて、雲の間から太陽が現れました。薔薇ばら色の雲の間かられて来る光は、といのところの羽子を照らしました。
屋根の上 (新字新仮名) / 原民喜(著)
ところでそこにきれいなきれいな赤薔薇ばらの色をした小さい花がさいて巴旦杏はたんきょうのようなにおいをさせていました。
窓の外の一本の木から、一つのしずくが見えていました。それは不思議にかすかな薔薇ばらいろをうつしていたのです。
ガドルフの百合 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
薔薇ばらなどがきれいな花瓶かびんにさしてありまして、そのせいですか、どうですか、軽い柔らかな、いいかおりが、おりおり暖かい空気に漂うて顔をなでるのです。
あの時分 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)