蒼白あおじろ)” の例文
蒼白あおじろい、仮面のような顔に、ゆがんだ嘲笑が、刻みつけられでもしたように動かず、血ばしった眼は、けものめいた光りを放っていた。
やぶからし (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
が、姿は雨に、月のおぼろに、水髪の横櫛、うなじ白く、水色の蹴出し、蓮葉はすはさばく裾に揺れて、蒼白あおじろく燃える中に、いつも素足の吾妻下駄。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
もしこの蒼白あおじろい青年が、ついに紙幣さつの方へ手を出さないとすると、小林のこしらえたせっかくの狂言も半分はぶちこわしになる訳であった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
顔も細長く蒼白あおじろかった。貞子は丸顔で、そうしてただ騒ぎ廻っている。その夜も貞子は、三浦君の傍に附き切りで、すこぶるうるさかった。
律子と貞子 (新字新仮名) / 太宰治(著)
唄と囃が一時にやみ、風が落ちて海がいだような広間の上座から、播磨守がかんを立てた蒼白あおじろんだ顔で次の間のほうをめつけながら
鈴木主水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
色の蒼白あおじろい、美しい女である。今まで飯の給仕に来たり、昼寐の床を取りに来たりした女中とはまるで違って、着物も絹物を着ている。
青年 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
その肩にほおを寄せかけるやうにして、うつとりと祭壇の方を見あげてゐる蒼白あおじろい横顔が、姉さまだといふことはすぐ分りました。
死児変相 (新字旧仮名) / 神西清(著)
けれども音楽それ自身は、少しも変わっていなかった。いつもきまって、穏和で、蒼白あおじろくて、縮み込み、貧血し、衰弱していた。
近く寄るとあの蒼白あおじろい顔の色がろうのように冷たくなっている、けれども、蝋よりも滑らかになっているのに、あの唇からは火のような毒。
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は、夫人の至上命令のため、むなく自動車に乗ったものの、内心の不安と苦痛と嫌悪けんおとは、その蒼白あおじろい顔にハッキリと現われていた。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
蒼白あおじろいガスのと澄み渡った夜の空との光の中に、樹木の幹は如何に勢よく、屈曲自在なる太い線の美を誇っていたであろう。
霊廟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
脂肪の多い蒼白あおじろい肉体が章一の頭をかすめた。章一は目黒駅の片隅に人の視線を避けて己を待っている彼女のことを思いだした。
一握の髪の毛 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
椋島技師は、緊張にこまかくふるえながら、普段から真白い顔色を、一層蒼白あおじろくさせて、大臣の一ごんに聞き入っていた。
国際殺人団の崩壊 (新字新仮名) / 海野十三(著)
顔色かおいろ蒼白あおじろく、姿すがたせて、しょっちゅう風邪かぜやすい、少食しょうしょく落々おちおちねむられぬたち、一ぱいさけにもまわり、ままヒステリーがおこるのである。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
四月に入ってから、芳子は多病で蒼白あおじろい顔をして神経過敏に陥っていた。シュウソカリを余程多量に服してもどうも眠られぬとて困っていた。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
その窓からは、あの秋子あきこ蒼白あおじろい顔ばかりでなく、父親の吉川よしかわ機関手が、真っ黒い髯面かおのぞけていることがあったことを。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「みよーさん、(娘の名)貴嬢あなたは、まあ如何どうして、こんな所へ来なすっただ」とたずぬると、娘はその蒼白あおじろい顔をもたげて、苦しそうな息の下から
テレパシー (新字新仮名) / 水野葉舟(著)
しかし明日から、彼らと同じく病的な蒼白あおじろい投影のない生活をすることができるのである、それが愉快な予想となって彼の心にあらわれ初めた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
山谷が驚いて豹一の顔を見ると、怖いほど蒼白あおじろみ、唇に血がにじんでいた。子供に似合にあわぬうらみの眼がぎらぎらしていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
少女むすめの両眼には涙が一ぱい含んでいて、その顔色は物凄ものすごいほど蒼白あおじろかったが、ひとつは月の光を浴びたからでも有りましょう
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
雨が少し小止こやみになって、雷が激しくなってきますと、ぴかりとする稲妻いなづま蒼白あおじろい光りを受けて、濡れた金の日の丸が、なお一層輝いてきました。
雷神の珠 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
そこには、まる天井の高い窓から、蒼白あおじろい月の光がさして、白い紗に蔽われた森厳な巨像は、銀色に照らされていました。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
風が静かな吐息といきを送って、苜蓿うまごやしの薄い葉をひるがえすと、蒼白あおじろいその裏が見える。そして、畑一面に身ぶるいが伝わる。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
つまり、クリヒの蒼白あおじろい、丸いほおを二つばかり大きな音をたててなぐりつけることだ。一面から言うと、それはもちろん、大いによいことなのだ。
審判 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
このとき、蒼白あおじろかおをして、一人ひとり兵士へいしが、部隊長ぶたいちょうまえすすて、自分じぶんもぜひこのなかくわえてくださいといったのです。それは、徳蔵とくぞうさんでした。
とびよ鳴け (新字新仮名) / 小川未明(著)
が、この虚偽の感激にちた、顔色の蒼白あおじろい高等学校の生徒は当時の大導寺信輔よりも寧ろ若いジュリアン・ソレル——「赤と黒」の主人公だった。
並んだり重なり合ったりしながら、お墓のように垂直に突立っている。蒼白あおじろい、燐光りんこうの中に、真黒く、ハッキリと……数えてみると合計七本あった。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
俺をニヒリストにした怪物の巴里奴が、此のニヒリストの蒼白あおじろい、ふわ/\とした最後の希望なんか、一たまりもなく雲夢のように吹き飛ばすのさ。
巴里祭 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
悪夢にでもうなされるように、重くるしい呼吸いきが交され、はや悲痛な眼をした顔や、驚きに打たれて蒼白あおじろく変った顔が
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
自然、津村が一伍一什いちぶしじゅうを物語らねばならぬ羽目はめとなった。(星田君、一体どうしたんだろう。病人みたいに無口で、その上あの死人のような蒼白あおじろさは)
しかしある夜、喬はやみのなかの木に、一点の蒼白あおじろい光を見出した。いずれなにかの虫には違いないと思えた。次の夜も、次の夜も、喬はその光を見た。
ある心の風景 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
「私とお父つぁんとで働かなきゃあ、食えないんですもの……」お千代さんは蒼白あおじろい顔をかしげて、侘しそうに赤い絵具をベタベタ蝶々に塗っている。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
蒼白あおじろい雪の黄昏たそがれである。眼の届く限り、耳の届く限り、人通りもない、物音もしない。唯雪が霏々ひひまた霏々と限りもなく降って居る。ややひさしく眺める。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蒼白あおじろい顔をそっと少女らしく頬笑ませて、もう自分でも回復なおらないことを感じているらしかった。私は黙って室を出た。間もなくお母さんが帰ってきた。
音楽時計 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
その顔は病人らしく蒼白あおじろいが、思ったよりも肥えて頬などが円々まるまるとしている。近いころ髪を洗ったと思われて、ぱさぱさした髪を束ねて櫛巻くしまきにしている。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
あらゆる年齢の障害のうちにも、パハマンのピアノには、何がなし蒼白あおじろい情熱があり、夢の国の魔術があるのだ。
源吉は、尚も少しずつ、スピードを落しながら、ヘッドライトのひらひらと落ちるレールをにらんだ。蒼白あおじろい七十五ポンドレールの脊は弓のように曲っていた。
鉄路 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
人が箱の蓋をしっかりめるのを忘れたと見え、いっもとちがって、蒼白あおじろい光りが上の方からさして来ます。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
頭上の、蒼白あおじろい太陽から降り注ぐ、清冽せいれつな夜気の中で、渚の腐れの間から、一人の女が身をもたげてきた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
この前私が行ったとき、蒼白あおじろい顔に微笑を浮べてわずかにそのよろこびを見せたその時のようですらなかった。
広太郎の顔は蒼白あおじろい、小梅の里にいた頃より。そうして身体も弱々しい、小梅の里にいた頃より。しかしなんと晴ればれと、その眼が澄み切っているのだろう。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
三十に近い、色の蒼白あおじろい、痩せぎすの女房で、それがお留であるらしいことを半七はすぐにて取った。
半七捕物帳:13 弁天娘 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あの音が一つ一つ幾重の網を重ねたお山の木の葉からのがれて、月の色まで蒼白あおじろく驚かして行くのかと思うほどおおどかに、ひびいて来るのをきいておりますうち
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
あのせた、蒼白あおじろい、まるで幽霊ゆうれいのようなみにくい自分じぶん姿すがた——わたくしてぞっとしてしまいました。
唇を曲げて泣き出しそうな顔をしている蒼白あおじろい青年だった。あかいひげが僅かばかり生えかけていた。
(新字新仮名) / 黒島伝治(著)
お島はその八畳を通るたんびに、そこに財布を懐ろにしたまま死んでいる六部の蒼白あおじろい顔や姿が、まざまざ見えるような気がして、身うちが慄然ぞっとするような事があった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ジュピターの顔はちょっとのあいだ黒人の顔としてはこれ以上にはなれないほど、死人のように蒼白あおじろくなった。彼はあっけにとられて——きもをつぶしているらしかった。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
君長は刈薦かりごもの上にしおれている卑弥呼の手をとった。長羅の顔は刺青ほりものを浮かべて蒼白あおじろく変って来た。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
ず自然について考えれば、一般に人々は、青い海や松原があるところの、風光明媚めいびの景を詩だと言う。もしくは月光に照らされてる、蒼白あおじろい夜のながめを詩的だと言う。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
曾川の従者が、左右から、縁側から首を伸ばして、眺めていた。右源太は、油紙を一枚一枚いで、布をとり、綿をとって、蒼白あおじろくふくれて、変色している首を剥出むきだした。
三人の相馬大作 (新字新仮名) / 直木三十五(著)