たが)” の例文
たちまちたがを外して、年甲斐もなく鍵を掛けた妻の寝室の扉に体当りでもしかねまじいのを、自分ながらハッと恐れたからであった。
陰獣トリステサ (新字新仮名) / 橘外男(著)
段々監督がたがをゆるめ、馬鹿らしいちゃりを入れ出したので、終りまで見る気がなくなったが、私はそこまで可なり愉快であった。
茶色っぽい町 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
私の云ふ束縛とは若樹を縛る麻縄の如きものであつて、かのまさに倒れんとする老樹を辛うじて支ふる鉄のたがの如きものではないのである。
恋愛と道徳 (新字旧仮名) / エレン・ケイ(著)
こっちへ追われ逃げ場をなくして松の木へ飛び付きやっと呼吸いきを吐いたなんて、へ、それでも稼人かせぎにんけえ? 鼠小僧もたがが弛んだな。
善悪両面鼠小僧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
紀久子は身体のたがが全部緩んだような気がしながら、目が熱くなってきてなにも言うことができなかった。正勝は微笑みながら繰り返した。
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
子供が急にゲラゲラ笑いをやり出したのは、かんのせいで、笑神経のたががゆるんだのか、そうでなければ、対象物が変ったのだ。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
それは縦に多くの板をよせ集めたぶかっこうなもので、上の方の板は下の方のものより広く、皆横に打ちつけた長い鉄のたがで止めてあった。
右衛門七が羽織を放さないので、その上から彼の首をつつみ、背後うしろから鉄のたがかと思われるような両腕をまわして締めつけた。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
真鍮のたがをたくさんはめた盥みたいなもののまはりに日の丸の小旗がぐるりとたつて、旗竿のさきに鴛鴦鳥をしどりの形をした紅白の飴がついてゐる。
銀の匙 (新字旧仮名) / 中勘助(著)
腰の廻りに荒目昆布のごときびらびらのついた真紅しんく水浴着マイヨオを一着におよび、クローム製のたが太やかなるを七八個も右の手頸てくびにはめ込んだのは
今度はかちあるきであるからはかどらず、元の宿まで帰り着いた頃には夜が明けて、かの老人は店さきで桶のたがをはめていた。
樽はごろごろっと転がり落ちて、たががはじけ、酒店の戸口のすぐ外のところの敷石の上に止って、胡桃の殻のようにめちゃめちゃに砕けたのだ。
ある朝、八五郎がたがはづれたをけ見たいに、笑ひながら飛び込んで來ました。九月もやがて晦日みそか近く、菊に、紅葉に、江戸はまことに良い陽氣です。
「可愛がられた竹の子も、いまは抜かれて割られて、桶のたがに掛けられて締められた——ってのはどうでえ。勘弁ならねえや。ざまあ見やがれ。」
「口が悪い! 性分は仕方がありませんよ、大山さん。あんただって、たがを嵌めたように瘠せているじゃありませんか」
山内さんが内地へ引上げて内閣を組織されるようになった大正五年以後、折角せっかく、引締まっていた各道の役人のたががグングンゆるんで来たものらしい。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
ちょうど村の子供の間にはおけたがを回して遊び戯れることが流行はやって来たが、森夫も和助もその箍回しに余念のないような頑是がんぜない年ごろである。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
巴里の婦人等といつたら、それこそその華奢な體姿の腰のところに、わざとらしい曲線をうたせ、特別な歩き方をし、鯨髯のたがをはめて、飛び𢌞つた。
長さは三フィート半、幅は三フィート、深さは二フィート半あった。鍛鉄たんてつたがでしっかりと締め、びょうを打ってあって、全体に一種の格子こうし細工をなしている。
黄金虫 (新字新仮名) / エドガー・アラン・ポー(著)
……というほどのことはなくっても、その間に、へんにどこかたがのゆるんで来たような、ホゾの外れて来たようなかたちのあるのがかれに感じられて来た。
春泥 (新字新仮名) / 久保田万太郎(著)
彼らは、大楽匠を踏み台にしておのれの腕前をふるい、広く世に知られてる作品をかたなしにしようとつとめ、ハ短調交響曲のたがの飛びぬけをやってるのだった。
天秤棒は細手の、飴色あめいろみがきこんだ、特別製のようであり、手桶はすぎ柾目まさめで、あかたががかかっていた。
青べか物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
何程なんぼ心細こゝろぼせえかわかんねえもんですよ、もつともこれ、ものせえあんだからうしてられんな難有ありがてやうなもんぢやあるが、そんでも四斗樽とだるふてたがところむぐつたとき
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
鼻のさきを、そのが、暗がりにスーッとあがると、ハッくさめ酔漢よっぱらいは、細いたがはまった、どんより黄色な魂を、口から抜出されたように、ぽかんと仰向あおむけに目を明けた。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女は足で自分の椅子を押し退けた。そして鉄のたがはずすように、自分の頭を病人の手から引き放した。
みれん (新字新仮名) / アルツール・シュニッツレル(著)
田舎の農夫等が年中大人しく真面目に働いているのが、鎮守ちんじゅの祭とか、虫送りとか、盆踊りとか、そういう機会に平生のたがをはずして、はしゃいだり怠け遊んだりした。
雑記(Ⅰ) (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
お櫃はたがをみがき、すしはんぼは紙やすりをかけた。それらの製品はできるしだいに姿を消していく。つまり重吉は気に入るとそれを持ってあちこちへ出かけるのである。
(新字新仮名) / 壺井栄(著)
あるい畳針たたみばりかって来て畳のおもてえ、又或は竹を割っておけたがを入れるような事から、そのほかの破れ屋根のりを繕うまで当前あたりまえの仕事で、皆私が一人ひとりでして居ました。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
地は黒塗で、牡丹の花弁かべんは朱、葉は緑、幹は黄、これに金箔きんぱくをあしらいます。蓋には二つのさん、胴には二段のたが、その間に線描せんがきの葉を散らします。作るのは盛岡であります。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
肥桶のたがを黄金で造ると言うたそうであるが、天国もそのとおりで、エスキモーの天国にはにしきのごときアザラシが泳いでい、インドの天国には車輪のような蓮花れんげが咲いている。
我らの哲学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
フップとは北窻翁が、「たがかけのたがたがかけて帰るらん」と吟じたたがすなわち桶輪だ。
一向平気の十兵衛笑って、病人あしらいにされるまでのことはない、手拭だけを絞ってもらえば顔も一人で洗うたが好い気持じゃ、とたがゆるみし小盥こだらいにみずから水を汲み取りて
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いわんや僕は既にわかくはない。感激も衰え批判の眼も鈍くなっている。たがゆるんでいる。
申訳 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
父は店先でトン/\と桶のたがれてゐたし、母は水汲に出て行つた後で私は悄然せうぜんと圍爐裏の隅にうづくまつて、もう人顏も見えぬ程薄暗くなつた中に、焚火の中へ竹屑を投げ入れては
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
さすがの迷亭もこの不意撃ふいうちにはきもを抜かれたものと見えて、しばらくは呆然ぼうぜんとしておこりの落ちた病人のように坐っていたが、驚愕きょうがくたががゆるんでだんだん持前の本態に復すると共に
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
四壑のために鉄より堅牢なるたがぐらしたるもの、曰く鍋冠山、曰く霞沢山、曰く焼嶽、或ものは緑の莢を破りて長く、或ものは、紫の穂に出て高きが中に、殊に焼嶽(中略)は
たがの弛んだ桶のように壊裂し易い状態にあった中流の部分から、先ず恐る可き破壊作用を開始して、終に今日見るような深い峡谷を造るに至った導火線となったものではあるまいか。
黒部峡谷 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
身体を締めつけていたたがを外した途端にぷうとふくれたといったような、その奇妙な肥り方を美佐子も示していて、まだ若いのだろうに、年増としま贅肉ぜいにくのような、ちょっといやらしいのを
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
来て見れば予期以上にいよいよ幻滅を感じて、案外くみしやすい独活うどの大木だとも思い、あるいはたがゆるんだおけ、穴のいた風船玉のような民族だと愛想を尽かしてしまうかも解らない。
二葉亭追録 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
額にたがを締められたような気分で、そしてふと気がつく。ああ、きょうも誰とも口をきかなかったと。これはよくない。きっと僕は浮腫むくんだような顔をしているに違いない。誰とでもいい。
落穂拾い (新字新仮名) / 小山清(著)
後日私に継いで政柄せいへいを執り、琉球にかねたがをはめるのはこの児であろうといったとの伝承がございますが、この寧馨児ねいけいじこそは他日薩州と琉球とを融和させた所の羽地按司はねじあんじ向象賢であります。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
やまきたの濃染手拭、酒の名の「うしほ」の盃、引出よと祝ふとわけて、我が老舗しにせ酒はよろしと、あらの桝酒にみがくと、春や春、造酒みき造酒みきよと、酒はかり、朱塗の樽のだぶすぬき、神もきかせとたがたたき
夢殿 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
彼等は肥っているが美食に疲れその皮膚は不自然にたがになってゆるんでいる。彼等は美しい女を見ても本能を食慾の方へ導いてうまそうだと思う。肝や臓物を多く食うので胆石病にかかり易い。
食魔に贈る (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それが今はもう石油が出なくなったので、人々は此方こちらの小屋を見捨てて、彼処かしこに移ってしまったのだろう。この桶も、もうたがが腐って、石油をれる役には立たないのですててあるものと見える。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
もっとも「女夫して……酔はしぬ」とある句法から見ると初めは住持の方はそれほどたがはずしていなかったのを、女夫して遂に酔わしてしまったというような、多少強迫的なところも見ゆるのである。
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
日本人の家では床の間へ三百円も五百円もする名画をかけておきながら台所へ往ってみるとたがはまった七厘の下を妻君が破れた渋団扇しぶうちわあおいでいるような事もある。随分間違っているではないか。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
今日まで如何なる難題にも、邪推にも、悪罵にも、あてこすりにも十二分に堪えていた温良な嫁も、むざむざ良人との愛をかれるこの不法と苛酷に対して、思わず自制のたがはずしてかッと逆上した。
姑と嫁について (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
きゅうと、胸が、ワイヤのたがででも、締めつけられるようである。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
けい たがが外れてバラバラになっても困りますもの。
女の一生 (新字新仮名) / 森本薫(著)
弥撒集いのりぼんに突ツ込み、鉛のたが