いしずえ)” の例文
西塔はすでに崩壊して、わずかに土壇どだんいしずえを残すのみであるが、東塔はよく千二百年の風雨に耐えて、白鳳の壮麗をいまに伝えている。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
そのいしずえ花崗岩みかげいしと、その扉の下半分とが、ぼうと薄赤く描き出されていた。どうした加減か一つのびょうが、鋭くキラキラと輝いていた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
私は理知的な現代人が、わずか鼻頭で嘲り去るこの見方に、動かしがたい真理のいしずえを見出す。人々はどこに思想の自由があるかを難詰する。
工芸の道 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
荒廃した土塀どべいいしずえばかり残った桑畠なぞを見、離散した多くの家族の可傷いたましい歴史を聞き、振返って本町、荒町の方に町人の繁昌はんじょうを望むなら
千曲川のスケッチ (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
出はいりなく平らに、層一層と列をととのえ、雲までとどかせるつもりの方尖碑オベリスク巌畳がんじょういしずえでもあるかのような観を呈した。
兵燹へいせんのために焼かれた村落の路には、いしずえらしい石が草の中に散らばり、片側が焦げて片側だけ生きているような立木が、そのあたりに点在して
太虚司法伝 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
石のうちけぬ性質を帯びたのは、先刻既に焼け砕けて、灰となり、微塵みじんと変じた。家々のいしずえまでも今は残らず粉である。
暗黒星 (新字新仮名) / シモン・ニューコム(著)
生物学を知らずして精神科学を修めるものはあたかもいしずえなしに家を建てるようなものであるゆえ、いつ倒れるやもしれぬと覚悟しなければならぬ。
誤解せられたる生物学 (新字新仮名) / 丘浅次郎(著)
徳川の御代はすでに万代不易まんだいふえきいしずえも定まり、この先望むところは只御仁政一つあるのみじゃ。ましてや天台の教えは仏法八宗第一の尊い御教みおしえじゃ。
島を囲む黒いさざなみがぴたぴたとそのいしずえを洗うごとくに、夜よりも暗い無数の房々ふさぶさがその明るい大広間を取り巻いている。
こう考えたら、何よりも、御当家のいしずえを根として、われわれもお前方も、枝や花と茂って、子孫までも共に栄え、利得することを考えずばなるまい。
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本丸から火を出して、グラついた江戸城のいしずえを立て直すほどの火を出してみろ。小盗賊のやるようないたずらはよせ
大菩薩峠:22 白骨の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
納屋にも池にも貯うること乱杭逆茂木らんぐいさかもぎを打ったるごとく、要害堅固にいしずえを立てた一城の主人あるじといってもい、深川木場の材木問屋、勝山重助の一粒種。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今少してば、おれの中の人間の心は、獣としての習慣の中にすっかりうもれて消えてしまうだろう。ちょうど、古い宮殿のいしずえが次第に土砂に埋没するように。
山月記 (新字新仮名) / 中島敦(著)
かくありて後と、あらぬいしずえを一度び築ける上には、そら事を重ねて、そのそら事の未来さえも想像せねばやまぬ。
薤露行 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
初代もなかなか苦労人でかつ人徳があったが、淡島屋の身代のいしずえを作ったのは全く二代目喜兵衛の力であった。
今横浜の三渓園に移されている賀茂かもの塔なども、いしずえの下に非常な宝物が埋めてあると伝えられていた。で、移すときに大勢の人夫を雇ってその発掘を始めた。
古寺巡礼 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
お前の個性に生命の泉を見出し、個性をいしずえとしてその上にありのままのお前を築き上げなければならない。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
遊女の成因とも名づくべきものについても、問題はまた未来の解決にゆだねられている。女は普通には家に結びつけられ、家はまた土に動かぬいしずえを打ち込んでいる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
三年前まで、万両分限の栄華を誇った菱屋の跡は、取壊した跡のいしずえと、少しばかりの板塀を残すだけ。
つら/\此住居すまゐを見るに、いしずえもすえず掘立ほりたてたるはしらぬきをば藤蔓ふぢづるにてくゝりつけ、すげをあみかけてかべとし小きまどあり、戸口は大木のかはの一まいなるをひらめてよこ木をわたし
系図が作られたということはそのとき自家のいしずえが定まったことを意味するものであろう。
安吾史譚:02 道鏡童子 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ころは春五月の末で、日は西に傾いて西側の家並みの影が東側の家のいしずえから二三尺も上にい上っていた。それで尺八を吹く男の腰から上はあざやかな夕陽ゆうひに照されていたのである。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
老人ろうじんは、そんなら青年せいねんんだのではないかとおもいました。そんなことをにかけながら石碑せきひいしずえこしをかけて、うつむいていますと、いつからず、うとうとと居眠いねむりをしました。
野ばら (新字新仮名) / 小川未明(著)
それ、国民の元気を養い、その精神を独立せしむるの術、すこぶる少なからず。然れどもその永遠の基を開き、久耐のいしずえを建つるものに至ては、だ学問を独立せしむるに在るのみ(大喝采)。
祝東京専門学校之開校 (新字新仮名) / 小野梓(著)
綱宗さまの御逼塞ごひっそくこのかた、御本城のいしずえをゆるがしかねないような騒ぎが、幾たびとなく起こっているようです、わたくしは隠居の身で、御政治むきのことには一向に不案内ですけれども
婿むこの松方何とか云ふ奴の為に煉瓦れんぐわの建築をはじめたのだ、僕は其前を通るたびに、オヽ国民の膏血かうけつわたくしせる赤き煉瓦の家よ、汝が其いしずえの一つだにのこらざる時のきたることを思へよと言つてのろつてやるンだ
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
いしずえの下の豆菊ひ出でて
六百句 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
戦いの終った後、その廃墟に立ち、わずかに残ったいしずえの上にいかなる涙をそそぐであろうか。そういう日に、何にって悲しみに堪えようか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
天保時代の建物たる宗介天狗の拝殿も、窩人達の住居もなかったが、そのいしずえとも思われる、幾多の花崗石みかげいしは残っていた。
八ヶ嶽の魔神 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
これから捨吉が教えに行こうとする麹町の学校は高輪の浅見先生の先の細君がいしずえを遺して死んだその形見の事業であるということなぞを聞取った後で、一語ひとこと
桜の実の熟する時 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
石段をじた境内の桜のもと、分けて鐘楼のいしずえのあたりには、高山植物として、こうした町近くにはほとんどみだされないととなうる処の、梅鉢草が不思議に咲く。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
のみならず歴史の上に立つということは、丁度しっかりした大きないしずえの上に家を建てることと同じでありまして、これほど安全なまた至当なことはないでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そうした武士たちの——土中の白骨が、眼には見えぬが、今もなお、いしずえとなっていればこそ、この国はこんなにも平和に、何千年の豊秋とよあきが護られているのではないか
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「自分の寺がいつかは亡び失せる——そんなことを考える必要はない。インドの祇園精舎ぎおんしょうじゃいしずえをとどめているに過ぎぬ。重大なのは寺院によって行なう真理体現の努力である。」
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
看護婦が草履ぞうりで廊下を歩いて行く、その音一つを考えてみても、そこには明らかに生命が見いだされた。その足は確かに廊下を踏み、廊下はいしずえに続き、礎は大地にえられていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
かれは、そのてた野原のはらなかって、あしもとにらばった材木ざいもくや、もののこわれたのや、おおきなうちっていたあとらしい、いしずえなどをまわしながら、いろいろのおもいにふけったのです。
塩を載せた船 (新字新仮名) / 小川未明(著)
現実の示す通り、彼女はここに王国のいしずえを置くことになったものらしい。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一揆いっきが事を起す前に七人の同志と江戸に潜行し将軍御膝元で事を挙げるつもりでしたが、島原の乱も案外早く平定し、徳川のいしずえはいよいよ鞏固きょうこで、やせ浪人の策動ではどうにもならないと解ると
溜息ためいきをして云った。浮世をとざしたような黒門のいしずえを、もやがさそうて、向うから押し拡がった、下闇したやみの草に踏みかかり、しげりの中へ吸い込まれるや、否や、仁右衛門が
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
従者だけをそこから下城させて、スタスタとふたたび曲輪くるわへ帰りだしたのは、もと裾野では鏃師やじりしの鼻かけ卜斎ぼくさい——いまではこの城のいしずえとたのまれる上部八風斎かんべはっぷうさいだった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その仁王門のいしずえのあたりに、例によって朱色の十文字の符牒が、このたびは四つ記されてあった。
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
小竹とした暖簾の掛っていたところは仮の板囲いに変って、ただいしずえばかりがそこに残っていた。
食堂 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
の像、一基の塔、そのいしずえにはすべて人間の悲痛が白骨と化して埋れているのであろう。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
さしもに堅固けんごな王子の立像も無惨むざんな事にはいしずえをはなれてころび落ちてしまいました。
燕と王子 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その地盤の上に十二けん四面の伽藍がらんいしずえが、さながら地軸のように置かれた、堂塔内陣の墨縄は張りめぐらされ、やがてひのき太柱ふとばしらと、巨大な棟木むなぎと、荘重なはりも組まれた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
母屋もやと土蔵と小屋とを除いた以外の建物はほとんどいしずえばかり残っていると言っていい。土蔵に続くあたりは桑畠くわばたけになって、ところどころに植えてあるきりの若木も目につく。
夜明け前:03 第二部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
いうまでもないが、このビルジングを、いしずえから貫いた階子はしごの、さながら只中ただなかに当っていた。
開扉一妖帖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
神木を棟に使ってはならない。又逆木を使ってはならない。そうだ特に大黒柱にはな。運命が逆転するからよ。さて次には不祥事だ。すべて柱のいしずえへ、石臼などを置いてはならない。
天主閣の音 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はた一つ前途ゆくてを仕切って、縦に幅広く水気が立って、小高いいしずえ朦朧もうろうと上に浮かしたのは、森の下闇したやみで、靄が余所よそよりも判然はっきりと濃くかかったせいで、鶴谷が別宅のその黒門の一構ひとかまえ
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)