真暗まっくら)” の例文
旧字:眞暗
家中うちじゅう無事か、)といったそうでございますよ。見ると、真暗まっくらな破風のあいから、ぼやけた鼻がのぞいていましょうではございませんか。
政談十二社 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
空は真暗まっくらに曇って、今にも雨が降って来そうに思われながら、烈風に吹きちぎられた乱雲の間から星影が見えてはまた隠れてしまう。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
すると一人の男、外套がいとうえりを立てて中折帽なかおれぼう面深まぶかかぶったのが、真暗まっくらな中からひょっくり現われて、いきなり手荒く呼鈴よびりんを押した。
牛肉と馬鈴薯 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
源氏は宮が恨めしくてならない上に、この世が真暗まっくらになった気になって呆然ぼうぜんとして朝になってもそのまま御寝室にとどまっていた。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
だが、外は真暗まっくらであった。その上雨風がはげしく、この山中をたたいていた。時おり、ぴかぴかと電光が光って、ものすごさを加えた。
火星兵団 (新字新仮名) / 海野十三(著)
その光によって又もや穴の中を窺うと、底の底は依然として真暗まっくらであったが、彼は幸いに或物を見出した。それは一条の細い綱である。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
日はとっぷりと暮れて四辺あたり真暗まっくらになる。とお繼は気味が悪いから誰か人が来ればいと思うと、うしろの方からばらばら/\/\/\
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
空井戸の中を覗くと、真暗まっくらであった。けれど、彼は、その井戸はいつかいろいろのもので埋っていて、其様そんなに深くないことを知っていた。
過ぎた春の記憶 (新字新仮名) / 小川未明(著)
外が真暗まっくらになってから家の中へ入った。やはり来ていたのは刺繍の先生であった。米のその夜の夕餉ゆうげの様は常日とは変っていた。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
姉妹達? あたし達どうしましょう? あたし達はみんな真暗まっくらだ! あたし達の眼を返して下さい! あたし達のたった一つの、大切な
わたしなどの故郷では、夏のなかばの真暗まっくらな晩に、この炬火の長い行列をながめるのは、虫送りとともに美しい見ものであった。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
夜になると時々寝汗ねあせをかく。汗で眼がさめる事がある。真暗まっくらななかで眼がさめる。この真暗さが永久続いてくれればいいと思う。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
一度眠ってから眼を醒ましたら、まだ馬車に乗っていた事を記憶おぼえています。そうして夕方、真暗まっくらになってから或町の宿屋へ着きました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
真暗まっくらな晩だった。そして広い道から狭い道へ曲った頃から雨が降り始めた。その狭い道には、わだちの跡が幾本も入り乱れて、深くついていた。
黄色な顔 (新字新仮名) / アーサー・コナン・ドイル(著)
船大工ふなだいくの与兵衛は仕事場の中で煙草をんでいました。焚火たきびだけが明りで、広い仕事場がガランとして真暗まっくらでありました。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
真暗まっくらなヴェランダに出て懐中電燈でんとうを空に向けて見ると、底なしの暗い空の奥から、数知れぬ白い粉があとから後からと無限に続いて落ちて来る。
雪雑記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
列車れっしゃは、くまと自分とを真暗まっくらやみの貨車かしゃの中にとじこめたまま、なにも知らずに、どんどんとはしっている。少し速度そくどがゆるんできたようだ。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
そのうちそら真暗まっくらくなって、あたりの山々やまやま篠突しのつくような猛雨もううめにしろつつまれる……ただそれきりのことにぎませぬ。
『ここへあかりってるように言付いいつけますから……どうしてこんな真暗まっくらところにいられましょう……我慢がまんれません。』
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
僕はねむたくなって、ゴロリと横になると、帽子を顔にかぶせて眼をとじた。まぶたの部屋の中は真暗まっくらだが、うずのような七色のものがくるくる舞っている。
魚の序文 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
何日いつだったか、一寸ちょっと忘れたが、ある冬の夜のこと、私は小石川区金富町こいしかわくきんとみちょう石橋思案いしばししあん氏のうちを訪れて、其処そこを辞したのは、最早もう十一時頃だ、非常に真暗まっくらな晩なので
青銅鬼 (新字新仮名) / 柳川春葉(著)
「それ見ろ」といわんばかりの顔をして子供達は憎らしそうに僕の顔をにらみつけました。僕のからだはひとりでにぶるぶる震えて、眼の前が真暗まっくらになるようでした。
一房の葡萄 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
「二人ともすっかり身をくるんでおりましたし、真暗まっくらな晩でしたし、それに私たちは皆一向に口も利きませんでしたので、それさえもお請合うけあいは出来ません。」
あらかじめ観客の注意を散在せしめないために、階下の一帯を消燈しておいたので、廊下の壁燈がほんのりと一ついているだけ、広間サロンも周囲の室も真暗まっくらである。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
そこは、昼でも真暗まっくらなものですから、スタディオにはもってこいの場所で、映画の道具一式そこに置いてありますし、スクリーンも、そこの壁に張ってあるのです
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
次郎は真暗まっくらな中で思わず眉根まゆねをよせ、五体をちぢめた。温い夜具をとおして、何か冷やりとするものが、彼の心臓のあたりに落ちて来たような感じだったのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
この房は外の光線が通らないで真暗まっくらがり真の闇という形ち、そのやみからの小さな房の真中に、青い青い火がちょろちょろちょろと燃えたり、消えたり息をついている。
怪談 (新字新仮名) / 平山蘆江(著)
ただ平等に真暗まっくらな天地となってしまった。その中に灯火ともしびのみがきらきらとしていた。海岸には一帯のがあった。水晶のすだれのような灯のかたまりが港を囲んでいた。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
恋人の不在は、死の仮面の一つにすぎない。自分の心の最も大事な部分が消えせるのを、生きながら見るのである。生命は消えてゆく。真暗まっくらな穴である。虚無である。
しかしその物音は近いのか遠いのかわからないほどかすかであって、この広い屋敷の壁の中から響くのか、または真暗まっくらな庭の木立の奥から聞えてくるのか、それさえも分らない。
私は真暗まっくらになるのを待っために腰を下して坐り、堅パンをたらふく食べた。その夜は私の目論もくろみには万に一つという誂え向きの夜だった。霧はその時は空をすっかり蔽うていた。
うして大阪近くなると、今の鉄道の道らしい川を幾川いくつわたって、有難ありがたい事にお侍だから船賃はただかったが、日は暮れて暗夜やみよ真暗まっくら、人に逢わなければ道を聞くことが出来ず
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
京都きょうとった時分にもあった、四年ばかり前だったが、冬の事で、ちらちら小雪が降っていた真暗まっくらな晩だ、夜、祇園ぎおん中村楼なかむらろうで宴会があって、もう茶屋を出たのが十二時すぎだった
狸問答 (新字新仮名) / 鈴木鼓村(著)
厚い五、六尺もあろうと思われる壁の中に——真暗まっくら咫尺しせきも弁ぜぬ——獄舎の中に何年何十年と捕われていた時に彼は何を友としたか。暗闇くらやみにちょろちょろ出てくる鼠を友人としたのだ。
イエスキリストの友誼 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
地平は真暗まっくらになっていた。それはただ夜のやみばかりのためではなかった。低くたれた雲のためでもあって、雲は丘の上に立ちこめているらしく、しだいに昇って、空をも蔽わんとしていた。
真暗まっくらなところに麺棒めんぼうをもってこねた粉をのばしていると、傍に大がまがあって白い湯気が立昇たちのぼっていたり、また粉をふるっている時は——宅の物置のつづきのさしかけで、かどの小さな納屋の窓から
いつも真暗まっくらで、いつも変なにおいがして、そうぞうしい音や、人の声がしております。蟹は日本から来た学者たちに生きた標本として、とらわれたのでした。けれども自分ではそんなことは知りません。
椰子蟹 (新字新仮名) / 宮原晃一郎(著)
春重はるしげはこういいながら、いきなり真暗まっくら戸棚とだななかくびんだ。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
外は真暗まっくらで、雨の音は例の如くザアッとしている。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
真暗まっくらで飛び込んでさ。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
不思議に、蛍火ほたるびの消えないやうに、小さなかんざしのほのめくのを、雨と風と、人と水のと、入乱いりみだれた、真暗まっくら土間どまかすかに認めたのである。
光籃 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
漢青年が見上げていた硝子ガラス天井が、突然真暗まっくらになった。あの、カンカン日の当っていた硝子天井が、一瞬間に光を失ってしまったのだ!
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
ただ今のことを伺いましたら、急に真暗まっくらな気持ちになりまして、身体からだも苦しくてなりません。私はここで休みますからお許しくださいませ
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
川沿の公園の真暗まっくらな入口あたりから吾妻橋の橋だもと。電車通でありながら早くから店の戸を閉める鼻緒屋はなおやの立ちつづく軒下。
吾妻橋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下女が心得て立って行ったかと思うと、宅中うちじゅうの電灯がぱたりと消えた。黒い柱とすすけた天井でたださえ陰気な部屋が、今度は真暗まっくらになった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
自分は、ぎょっとして、そちらを見すかしたが、真暗まっくらやみの中で、よくは見えないが、くまは戸口に前足をかけたまま、うごかずにいるようだ。
くまと車掌 (新字新仮名) / 木内高音(著)
夜の九時過ぎのことで、しかも燈火とうか管制のやかましい最中のこととて、何処どこも此処も真暗まっくらである。それに雪がまた少し強く降り出して来ている。
I駅の一夜 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
梶は真暗まっくらな夜道を子供を尋ねて歩きながら、ふと自分も今自分の子供と同じような眼にあっているのではないかと思った。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
が、それはべつはなし、あのときなにをいうにも四辺あたり真暗まっくらでどうすることもできず、しばらくうでこまねいてぼんやりかんがんでいるよりほかみちがなかった。
そうしてその次の瞬間にはクルリとうしろを向いて、どこか判らぬ真暗まっくらになった田舎道を一直線に駆け出していた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)