無垢むく)” の例文
また遊女だからとて軽蔑けいべつするのはお師匠様の教えではありません。たとえ遊女でも純粋な恋をすれば、その恋は無垢むくな清いものです。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
即ち、かの政治社会は潔清けっせい無垢むくにして、一点の汚痕おこんとどめざるものというべし。くありてこそ一国の政治社会とも名づくべけれ。
日本男子論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
やまがに育ったから、あるいはまったくの無垢むくではないかもしれないが、情欲の本当のあまさやにがさはまだ知ってはいない筈である。
それは、想像される如何なる高さよりも高い所にある。下界の夜から眺める・其の清浄無垢むくの華やかな荘厳さは、驚異以上である。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
純粋無垢むくな鏡のごとき青年、澄徹ちょうてつ清水しみずのごとき学生! それは神武以来任侠の熱血をもって名ある関東男児のとうとき伝統である。
ああ玉杯に花うけて (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
亥「坊主を十二人頼むというので棺台などを二けんにして、無垢むくいのを懸けろというので、富士講に木魚講、法印が法螺の貝を吹く」
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
お為ごかしに理窟を言って、動きの取れないように説得すりゃ、十六や七の何にも知らない、無垢むくむすめが、かぶり一ツり得るものか。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それはあらゆる楽しい希望を含み、しかも少しも性的な陰翳いんえいを持っていない無垢むくな歓楽の頂上かもしれない。だが、あまりに清教徒的だ。
第二の接吻 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ただ清浄無垢むくな白い新しい茶筅ちゃせんと麻ふきんが著しい対比をなしているのを除いては、新しく得られたらしい物はすべて厳禁せられている。
茶の本:04 茶の本 (新字新仮名) / 岡倉天心岡倉覚三(著)
強い圧を売られた無垢むくの処女の心の上に加えて、体じゅうの血を心の臓に流れ込ませ、顔は色を失い、背中には冷たい汗が出たのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
これらの雑誌が何故なぜ困るかというと、それは余り眼新しい珍らしい科学上の知識の集成に走っていて、これでは無垢むくな読者に
科学と文化 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
煩悩の浪風荒き心のへりから、無垢むくな心の中心点へ近寄って行く。これを逃れるというなら逃れるで結構、卑怯者で結構です。
阿難と呪術師の娘 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それはまた無垢むく童貞の青年が不思議な戦慄せんりつを胸の中に感じて、反感を催すか、ひき付けられるかしないではいられないような目で岡を見た。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
鳶尾草いちはつの花、清淨しやうじやう無垢むくかひなの上にいて見える脈管みやくくわんの薄い水色、肌身はだみ微笑ほゝゑみ、新しい大空おほぞらの清らかさ、朝空あさぞらのふとうつつた細流いさゝがは
牧羊神 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
あなたは自分が無垢むくなものだから、人のずるさを見破ることができないで、つい心にもなくわれしらずそれに引込まれたのです
清浄無垢むくな美しい身体を考えると、さいころの目一つに、あらゆる身上しんしょうを張り込んだ人間のように、平次は腹の底から胴顫どうぶるいを感ずるのでした。
放逸強健な植物は養液と陶酔とに満たされて無垢むくなふたりのまわりに身を震わし、ふたりは樹木もおののくばかりの愛の言葉を言いかわした。
無垢むくな原始的な祖先日本人の思想が外来の宗教や哲学の影響を受けて漸々に変わって行く様子がうかがわれるのであるが
俳諧の本質的概論 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
敵さえ包容する大度量ともなる。この像にはその美が「天にはうたがい無きものを」という高度の無垢むくにまで至っている。
美の日本的源泉 (新字新仮名) / 高村光太郎(著)
れほどの物好ものずきなれば手出てだしを仕樣しやうぞ、邪推じやすゐ大底たいていにしていてれ、あのことならば清淨しようじよう無垢むく潔白けつぱくものだと微笑びようふくんで口髭くちひげひねらせたまふ。
われから (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
美しい無垢むくの生命が死んでゆくのに似ていた。いかにも単純に……! クリストフの精神には、それが悲痛なほどやさしい意義を帯びて映じた。
女の眼には、無垢むくも、鍍金めっきもわかりはしない。ただ黄金の光さえしていれば、容易たやすく眩惑されてしまうのだ——と主膳は冷笑気分になりました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
一切のものはその仏性ぶっしょうにおいては、美醜の二も絶えた無垢むくのものなのである。この本有の性においては、あらゆる対立するものは消えてしまう。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
(見ぬ前はそうとも思わなかったが、眼に見た織江の美しさ! 無垢むく、清浄、烈女型、真の処女きむすめの典型的の娘! それを目前に置きながら……)
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
言わずともわが身——世馴よなれぬ無垢むく乙女おとめなればこうもなろうかと、彼女自身がそうもなりかねぬ心のうちを書いて見たものと見ることが出来よう。
樋口一葉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
なんのこだわりもない純真無垢むくな心の状態が、つまり無所得の世界です。しかも無所得にしてはじめて一切を入れる、大きい所得があるわけです。
般若心経講義 (新字新仮名) / 高神覚昇(著)
熊蔵の説明によると、平七が如何に強情を張っても、かれは無垢むくの白地でもどされて来そうもないというのである。
半七捕物帳:45 三つの声 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ああいう無垢むくな処女を神へのいけにえにするために、ああも彼女を孤独にし、ああも完全に人間性から超絶せしめ
大和路・信濃路 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「五月鯉」は傑作というほどのものではないが無垢むくなる少年の無邪気な恋を描いたものとしてかなりに評判された。
何かしら胸を騒がせることがあると、ほおが熱くなって来るような、まだ無垢むく初心うぶな自分がそこへあらわれた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
どの顔も微笑に輝き、無垢むくな喜びに照り映えて、鏡のように、永久に輝く至高な仁愛の光をほかの人に反射する。
是非なくに紛れて我家わがやに帰れば、こはまた不思議や、死人の両手は自然に解けてたいは地にち、見る見る灼々しゃくしゃくたる光輝を発して無垢むくの黄金像となりけり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
都合よく御開帳に出っくわせなかったろう、とこしなえにこのままの姿で置きたいものだ、とかくに浮世の仮飾かしょくこうむってない無垢むくなんじを、自分は絶愛する。
穂高岳槍ヶ岳縦走記 (新字新仮名) / 鵜殿正雄(著)
夫婦ともに不潔病などは親の代からおぼえがない。健全無垢むくな社会の後継者を八人も育てつつある僕らに対して、社会が何らの敬意も払わぬとは不都合だ。
去年 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
「金で買ってもわちきがなびかないゆえ、その償いにといっておどしつけ、とうとう無垢むくの清吉さんに恐ろしいどろぼうの罪を働かさせたのでござります」
失礼ながら、あなたは無垢むくです。苦笑なさるかも知れませんが、あなたの住んでいらっしゃる世界には、光が充満しています。それこそ朝夕、芸術的です。
風の便り (新字新仮名) / 太宰治(著)
そうしてそのごくけがらわしい関係からして清浄無垢むくの悟りを開かしむるというような所に落し込んであるのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
眠る時にもこの潜在識せんざいしきはひそかに働きつつある。ゆえにこの潜在識にして、純粋、潔白、無垢むくであるならば、眠る間に働く人生もまた無垢なるものとなる。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
そして、それ等の読み物が、純真無垢むくな子供等に与える感化について、深く考えざるを得ないのであります。
こうして、彼の卑劣な虚構が純情無垢むくの千葉房枝を殺してしまいました。わたしはこれから、気の毒なかの少女を慰めるべく、彼女の後を追ってまいります。
錯覚の拷問室 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
無垢むく若者わかものまへ洪水おほみづのやうにひらけるなかは、どんなにあまおほくの誘惑いうわくや、うつくしい蠱惑こわくちてせることだらう! れるな、にごるな、まよふなと
(旧字旧仮名) / 水野仙子(著)
地上ちじやうにあつて、この蒼白あをじろ苦患くげん取巻とりまかれてゐるわがは、いまこの無垢むくつてゐるしゆ幼児をさなごくび吸取すひとつてやらうと、こゝまで見張みはつてたのである。
人一倍、苦労もし、世間の浪にももまれているお綱、男を男とも思わぬ筈であるお綱が、不思議と、弦之丞の前にある時は、いつも柔順で無垢むくな一処女であった。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その無垢むくの真情、我ら中尉の友人として、ただ感謝のほかなきものではありますが、現実の問題として、すでに葬りたる中尉の墓域をあばき、遺骸をあの狂瀾怒濤
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
生めばなり、パガーニはその鬼去るの後よからむ、されど無垢むくしるしをあとに殘すにいたらじ —一二〇
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
貴下あなたは一体どなたです。無垢むくな人間を捉えて、勝手に人をきずつける様な権利でもお持ちなんですか」
偽刑事 (新字新仮名) / 川田功(著)
薔薇の木のてっぺんには、無垢むくの乙女の色をした薔薇の花が咲いている。その花が惜し気もなくき散らす芳香に、彼女は酔ってしまう。花は決して人を警戒しない。
博物誌 (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
だから、良い雑誌によって身を飾りたい、あわよくば、それによって令嬢の心をく一助ともしたい、という願望は純一無垢むくで、原稿の良非に対する追求は邪念がない。
青い絨毯 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ついでに云ふが、これは、子供の無垢むくな性質や、教育家の義務に關して、先づ子供を偶像的に熱愛せよと云ふ嚴肅な主義を抱いてゐる人々には、冷い言葉と思はれるだらう。
その母性愛の純美さと、自己の頭脳の明晰さとに品性を浄化されて、これを肉体的に発露し得るが如き心理の欠陥を有せず、無垢むくの童貞を保ちおりたるものと認めらる。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)