“涙(なんだ)” の例文
少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別(わかれ)のためにいだしたる手を唇(くちびる)にあてたるが、はらはらと落つる熱き涙(なんだ)をわが手の背(そびら)に濺(そそ)ぎつ。
舞姫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
『ボズさん!』と僕(ぼく)は思(おも)はず涙聲(なみだごゑ)で呼(よ)んだ。君(きみ)、狂氣(きちがひ)の眞似(まね)をすると言(い)ひ玉(たま)ふか。僕(ぼく)は實(じつ)に滿眼(まんがん)の涙(なんだ)を落(お)つるに任(ま)かした。(畧)
都の友へ、B生より (旧字旧仮名) / 国木田独歩(著)
と翳(かざ)す扇の利剣に添えて、水のような袖をあて、顔を隠したその風情。人は声なくして、ただ、ちりちりと、蝋燭(ろうそく)の涙(なんだ)白く散る。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
驚きたる武男は、浪子の遺書を持ちたるまま、涙(なんだ)を払ってふりかえりつつ、あたかも墓門に立ちたる片岡中将と顔見合わしたり。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
『いや、分かっている、殿は、何もいわれぬが、いわぬお心を、おれは酌(く)むのだ。おれは、こよいの御酒を、涙(なんだ)なしには、いただけぬわい』
取寄(とりよせ)忠八に渡し此品にて候と云にぞ忠八手に取て一目見に黒地(くろぢ)に金にて丸に三ツ引の紋(もん)散(ちら)し紛ふ方なき主人喜内が常に腰に提られし印籠なれば思ず涙(なんだ)を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
この凄じき厳冬の日、姪の墓前に涙(なんだ)をそそぎし我は、翌(あく)る今年の長閑(のどか)に静なる暮春のこの夕(ゆうべ)、更にここに来りて父の墓に哭(こく)せんとは、人事畢竟(ひっきょう)夢の如し。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
其(そ)れで私(わたくし)は反應(はんおう)してゐます。即(すなはち)疼痛(とうつう)に對(たい)しては、絶※(ぜつけう)と、涙(なんだ)とを以(もつ)て答(こた)へ、虚僞(きよぎ)に對(たい)しては憤懣(ふんまん)を以(もつ)て、陋劣(ろうれつ)に對(たい)しては厭惡(えんを)の情(じやう)を以(もつ)て答(こた)へてゐるです。
六号室 (旧字旧仮名) / アントン・チェーホフ(著)
季弟(きてい)孝友(こうゆう)また逮(とら)えられて将(まさ)に戮(りく)せられんとす。孝孺之を目して涙(なんだ)下りければ、流石(さすが)は正学の弟なりけり
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
雪江さんは言(げん)ここに至って感に堪(た)えざるもののごとく、潸然(さんぜん)として一掬(いっきく)の涙(なんだ)を紫の袴(はかま)の上に落した。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
燭台の蝋燭(ろうそく)は心が長く燃え出し、油煙が黒く上ッて、燈(ともしび)は暗し数行虞氏(すうこうぐし)の涙(なんだ)という風情だ。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
もはや一週間内にて、死する身なれば、この胸中に思うだけをば、遺憾(いかん)なく言い遺(のこ)し置かんとの覚悟にて、かの書翰(しょかん)は認(したた)めしなれば、義気(ぎき)ある人、涙(なんだ)ある人もしこれを読まば
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
いよ/\蓮太郎が身の素性を自白して、多くの校友に別離(わかれ)を告げて行く時、この講師の為に同情(おもひやり)の涙(なんだ)を流すものは一人もなかつた。蓮太郎は師範校の門を出て、『学問の為の学問』を捨てたのである。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
されど涙(なんだ)や笑聲(せうせい)の惑(まどひ)を脱し、萬象(ばんしやう)の
海潮音 (旧字旧仮名) / 上田敏(著)
燈火(ともしび)は暗し数行虞氏(すうこうぐし)が涙(なんだ)——
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
念願せちに涙(なんだ)たる
滝 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
涙(なんだ)は凍(こほ)る威海湾(ゐかいわん)
寡婦の除夜 (新字旧仮名) / 内村鑑三(著)
少女は驚き感ぜしさま見えて、余が辞別(わかれ)のために出(いだ)したる手を唇にあてたるが、はら/\と落つる熱き涙(なんだ)を我手の背(そびら)に濺(そゝ)ぎつ。
舞姫 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
打ちうなずきて、武男はひそかに涙(なんだ)をふり落としつつ双眼鏡をあげたり。月白うして黄海、物のさえぎるなし。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
然れども思え、いたずらに哭して慟(どう)して、墓前の花に灑(そそ)ぎ尽したる我が千行(せんこう)の涙(なんだ)、果して慈父が泉下の心に協(かな)うべきか、いわゆる「父の菩提(ぼだい)」を吊(とむら)い得べきか。
父の墓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
恐怖(おそれ)と、涙(なんだ)と、笑(えみ)とは、ただその深く差俯向(さしうつむ)いて、眉も目も、房々した前髪に隠れながら、ほとんど、顔のように見えた真向いの島田の鬢(びん)に包まれて、簪(かんざし)の穂に顕(あらわ)るる。
革鞄の怪 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ひとしお他(ひと)に譲らねば人間(ひと)らしくもないものになる、ああ弟とは辛いものじゃと、路(みち)も見分かで屈托の眼(まなこ)は涙(なんだ)に曇りつつ、とぼとぼとして何一ツ愉快(たのしみ)もなきわが家の方に
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
語り来りて彼は随喜(ずいき)の涙(なんだ)に咽(むせ)び、これも俳優となりたるお蔭(かげ)なりと誇り顔なり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
思いそこにいたると、さんぜんと、涙(なんだ)なきを得ないのであった。
されど涙(なんだ)や笑声(しようせい)の惑(まどひ)を脱し、万象(ばんしよう)の
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
熱い涙(なんだ)は其顔を伝つて流れ落ちた。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
念願せちに涙(なんだ)たる。
滝 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
「ああ琴をひいている……」と思えば心(しん)の臓をむしらるる心地(ここち)して、武男はしばし門外に涙(なんだ)をぬぐいぬ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
聞き兼ねけんと猜(すゐ)するまゝ、思ひ入りて擦る数珠の音の声澄みて、と復(ふたゝ)び言へば後は言はせず、君にて御坐せしよ、こはいかに、と涙(なんだ)に顫ふおろ/\声、言葉の文もしどろもどろに
二日物語 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
昌黎(しやうれい)、言(ものい)ふこと能(あた)はず、涙(なんだ)先(ま)づ下(くだ)る。韓湘(かんしやう)曰(いは)く、今(いま)、公(きみ)、花間(くわかん)の文字(もんじ)を知(し)れりや。昌黎(しやうれい)默然(もくねん)たり。時(とき)に後(おく)れたる從者(じゆうしや)辛(から)うじて到(いた)る。昌黎(しやうれい)顧(かへり)みて、詢(と)うて曰(いは)く、此(こ)の地(ち)何處(いづこ)ぞ。藍關(らんくわん)にて候(さふらふ)。
花間文字 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
希(こいねが)わくは世の兄弟姉妹よ、血あり涙(なんだ)あらば、来りてこれを賛助せられん事を。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
蘭花(らんか)の瞼(まぶた)は恩人に会って涙(なんだ)し
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
嗚呼弟とは辛いものぢやと、路も見分かで屈托の眼(まなこ)は涙(なんだ)に曇りつゝ、とぼ/\として何一ツ愉快(たのしみ)もなき我家の方に、糸で曳かるゝ木偶(でく)のやうに我を忘れて行く途中、此馬鹿野郎発狂漢(きちがひ)め
五重塔 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
と膠(にべ)もなく、虞氏(ぐし)が涙(なんだ)を斥(しりぞ)けて
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
我(われ)清吉を突き放さば身は腰弱弓の弦(つる)に断(き)れられし心地して、在るに甲斐なき生命(いのち)ながらえんに張りもなく的もなくなり、どれほどか悲しみ歎いて多くもあらぬ余生を愚痴の涙(なんだ)の時雨(しぐれ)に暮らし
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)