かまえ)” の例文
羽織の裾を払って、長いのを側へ置くと、扇を斜に、少し気取ったかまえになるのでした。年の頃二十五六、何んと言っても若い三之丞です。
黄金を浴びる女 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
大きい洋風の建物が目についたり、東京にもみられないような奥行の深そうな美しい店屋や、洒落しゃれかまえの料理屋なども、物珍しくながめられた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
父蘭軒の時からの居宅で、頗る広大なかまえであった。庭には吉野桜よしのざくらしゅえ、花の頃には親戚しんせき知友を招いてこれを賞した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
言淀いいよどんで見えたので、ここへ来い、とかまえを崩して、すきを見せた頬杖ほおづえし、ごろりと横になって、小松原の顔を覗込のぞきこみつつ
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あのかまえで電話があるように見えますかね」と答えた岡田の顔には、ただ機嫌きげんい浮き浮きした調子ばかり見えた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
細田氏の宏壮なかまえの前には広い空地あきちがあって其の中を一本の奇麗な道が三十間程続いてその向うに小ぢんまりとした借家しゃくやが両側に立ち並んでいました。
三角形の恐怖 (新字新仮名) / 海野十三(著)
役所らしいかまえは見当らない。男はどれも煤黒い顔をして鍔の広い帽子をかぶり、女は裾の開いた袴のようなものを穿き、耳に小さな金輪をつけている。
重吉漂流紀聞 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
丈「千円の方は遅くも来月中旬までには相違なく算段するよ、これだけのかまえをしていても金のある道理はない、七ヶ年の間皆りでやって来たのだからよ」
婦人若し智なくして是を信じては必ずうらみ出来易し。元来もとより夫の家は皆他人なれば、うらみそむき恩愛を捨る事易し。かまえて下女のことばを信じて大切なるしゅうとしゅうとめ姨のしたしみうすくすべからず。
女大学評論 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
夜、湯に入りに来たかまえ内の家を貸りて居る小学の校長をつかまえてまで今日の菊太の事を話した。
農村 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
温泉宿は一軒だが二階建の大きなかまえだ。川に臨んだ左岸の崖の上を切り開いてながれに沿うて縦に長く建ててある。入口は横にあって、這入ると右の帳場の前から長い廊下が続いている。
秋の鬼怒沼 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
長崎表での蘭館への出入でいりは、常法があって、かなり厳しく取り締られていたが、カピタンが江戸に逗留中の旅館であるこの長崎屋への出入は、しばらくの間のこととて、自然何のかまえもなき姿であった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
左手にはそそり立つ大杉一幹ひともと、その下に愛宕あたごの社、続いて宮司のかまえ。竜之助はそのいずれへも行かず、正面から鳥居をくぐって杉の大木の下の石段を踏む。引返したとていくらの道でもあるまいものを。
大菩薩峠:02 鈴鹿山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
小県は草に、ふせかまえを取った。これは西洋において、いやこの頃は、もっと近くでるかも知れない……爪さきに接吻キスをしようとしたのではない。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
笑談じょうだんいっちゃいけない。これだけのかまえをしていて、その位の融通が利かないなんて、そんなはずがあるもんか」
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
これは口入くちいれの婆あさんが、こん度越して来た家の窓から、指さしをして教えてくれたのである。見れば、なる程立派なかまえで、高い土塀の外廻に、殺竹そぎだけななめに打ち附けてある。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
何処どこくかと、見えがくれに跡を附けてまいりますと、一人ひとりは川口町四十八番地の店蔵みせぐらで、六間間口ろっけんまぐちの立派なかまえ横町よこちょうの方にある内玄関ないげんかんの所を、ほと/\と叩くと、内からひらきを明け
それでもかまえはなか/\に堂々たるものでした。
斬りつけるかまえではない。
浮かぶ飛行島 (新字新仮名) / 海野十三(著)
はて心得ぬ、これだけのかまえに、乳母の他はあの女中ばかりであろうか。主人は九州へ旅行中で、夫人が七日ばかりの留守を、彼だけでは覚束ない。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そのうちくるま梶棒かじぼうが一軒の宿屋のようなかまえの門口へ横づけになった。自分は何だか暖簾のれんくぐって土間へ這入はいったような気がしたがたしかには覚えていない。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
隣の福地さんなんぞは、己の内より大きなかまえをしていて、数寄屋町すきやまちの芸者を連れて、池の端をぶら附いて、書生さんをうらやましがらせて、好い気になっていなさるが、内証は火の車だ。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
君が是だけのかまえをしてるに、僕が鍋焼饂飩を売って歩き、成程金をつかったから困るのは自業自得とは云うものゝ、君がうなった元はと云えば、清水助右衞門を殺し、三千円の金を取り
その時、角燈をぱっと見せると、その手で片手の手袋を取って、目前めさきへ、ずい、とてのひら目潰めつぶしもくわせるかまえ。で、葛木という男は、ハッと一足さがった。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
魚勝と云う肴屋さかなやの前を通り越して、その五六軒先の露次ろじとも横丁ともつかない所を曲ると、行き当りが高いがけで、その左右に四五軒同じかまえの貸家が並んでいる。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
鋼鉄はがねいろの馬のりごろも裾長すそながに着て、白き薄絹巻きたる黒帽子をかぶりたる身のかまえけだかく、今かなたの森蔭より、むらむらと打出でたる猟兵の勇ましさ見むとて、人々騒げどかへりみぬさま心憎し。
文づかひ (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
但しまだ独身であるから、女は居ても何となく書生が寄合ったという遣放やりっぱなしな処があって、悪く片附かないかまえの、かくさず明らさまなのが一際奥床しい。
三枚続 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
けれどもその主人はたいてい月給を取って衣食するものとしか受け取れないかまえである。新市街という名はあるにしても、そのじつは閑静なさびれた屋敷町に過ぎない。
満韓ところどころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平たき肩をすぼめながら向うかがみに背を円くし、いと寒げなるさま見えつつ、黒き影法師小さくなりて、つきあたりはるかなる、門高きかまえの内に薄霧めて見えずなりぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そうしてこのかまえと設備では、帰りがけに思ったより高い療治代を取られるかも知れないと気遣きづかった。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いずれ、山挊やまかせぎのものか、乞食どもの疎匇そそうであろう。焼残った一軒も、そのままにしておいては物騒じゃに因って、上段の床の間へ御仏像でも据えたなら、かまえおおきい。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その他の特色を云うと、玄関の前に大きな鉄の天水桶てんすいおけがあった。まるで下町の質屋か何かを聯想れんそうさせるこの長物ちょうぶつと、そのすぐ横にある玄関のかまえとがまたよく釣り合っていた。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
かるがゆえに君子は庖厨ほうちゅうを遠ざく……こりゃ分るまいが、大尽だいじんは茶屋のかまえおおきからんことを望むのだとね。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
われ切られじと思うところに心を置けば、切られじと思うところに心を取らるるなり。人のかまえに心を置けば、人の構に心を取らるるなり。とかく心の置きどころはないとある
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
家は表から引込ひっこんでいる上に、少し右側の方へ片寄っていたが、往来に面した一部分には掛茶屋かけぢゃやのような雑なかまえこしらえられて、常には二、三脚の床几しょうぎさえていよく据えてあった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
半ば西洋づくりのかまえは、日本間が二室ふたまで、四角な縁が、名にしおうここの名所、三湖の雄なる柴山潟しばやまがたを見晴しの露台のあつらえゆえ、硝子戸がらすどと二重を隔ててはいるけれど、霜置く月の冷たさが
鷭狩 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
丸い瓦斯ガス田口たぐちと書いた門の中をのぞいて見ると、思ったより奥深そうなかまえであった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
無いとも限らん——有れば急病人のとこから駈着かけつけて、門をたたいても、内で寝入込んで、車夫をはじめ、玄関でも起さない処から、等閑なおざりな田舎のかまえ、どこか垣の隙間から自由に入って来て
沼夫人 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
母の宿はさほど大きくはなかったけれども、自分の泊っている所よりはよほど上品なかまえであった。へやには扇風器だの、唐机とうづくえだの、特別にその唐机のそばに備えつけた電灯などがあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と声ばかり沢山で、俄然がぜんとして蜂の腰、竜の口、させ、飲もうのかまえになる。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
始めのうちはさい横町を右へ折れたり左へ曲ったり、濡れた枳殻からたちの垣をのぞいたり、古い椿つばきかぶさっている墓地らしいかまえの前を通ったりしたが、松本の家は容易に見当らなかった。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
いや、下宿の三階建のかまえだったのですが、頼む木蔭に冬空の雨が漏って、洋燈ランプの笠さえ破れている。ほやの亀裂ひびを紙で繕って、崩れた壁より、もの寂しい。……第一石油の底の方によどんでいる。
雪柳 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
仮に差置いたような庵ながらかまえは縁が高い、端近はしぢか三宝さんぼうを二つ置いて、一つには横綴の帳一冊、一つには奉納の米袋、ぱらぱらと少しこぼれて、おひねりというのが捧げてある、真中に硯箱が出て
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
このあたり家のかまえは、くだんの長い土間に添うて、一側ひとかわに座敷を並べ、かぎの手に鍵屋の店が一昔以前あった、片側はずらりと板戸で、外は直ちに千仭せんじん倶利伽羅谷くりからだに九十九谷つくもだにの一ツに臨んで、雪の備え厳重に
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
穴水の俳友の住居すまいは、千石のやしきかまえで、大分ねんごろにもてなされた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
とろんこの目には似ず、キラリと出刃を真名箸まなばしかまえに取って
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)