手水鉢ちょうずばち)” の例文
袖にまつわるあぶを払いながら、老人は縁さきへ引返して、泥だらけの手を手水鉢ちょうずばちで洗って、わたしをいつもの八畳の座敷へ通した。
三浦老人昔話 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
手水鉢ちょうずばちで、おおいの下を、柄杓ひしゃくさぐりながら、しずくを払うと、さきへ手をきよめて、べにの口にくわえつつ待った、手巾ハンケチ真中まんなかをお絹が貸す……
白花の朝顔 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
今でも古いおやしろのそばには御手洗川みたらしがわが流れており、またそれをもっとも簡略にしたのが、多くの社頭に見られる銅や石の手水鉢ちょうずばちである。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
姉は感心したようにことばをかけた。お島はたすきがけの素跣足すはだしで、手水鉢ちょうずばちの水を取かえながら、鉢前の小石を一つ一つ綺麗きれいに洗っていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「あっ」とびっくりしましたが、はつはすぐに障子を開け拡げて、縁先にあった瀬戸の大きな手水鉢ちょうずばちを取るなり火燵こたつへ投げつけました。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
まだらな雪、枯枝をゆさぶる風、手水鉢ちょうずばちざす氷、いずれも例年の面影おもかげを規則正しく自分の眼に映した後、消えては去り消えては去った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
手水鉢ちょうずばちの向かいの梅の枝に二輪ばかり満開したのがある。近づいてよく見ると作り花がくっつけてあった。おおかた病人のいたずららしい。
どんぐり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
路地の内ながらささやかな潜門くぐりもんがあり、小庭があり、手水鉢ちょうずばちのほとりには思いがけない椿の古木があって四十雀しじゅうから藪鶯やぶうぐいすが来る。
花火 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
手水鉢ちょうずばちの向うの南天と竹柏なぎの木とにだいぶ積って、竹柏の木の方は飲み過ぎたお客のように、よろけて倒れそうになっていた。
心中 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
池のほとりに植えた守護木の松に近い四方仏よほうぶつ手水鉢ちょうずばちに松葉が茶色になって溜まり、赤蜻蛉とんぼがすいすいと池のおもてをかすめて飛び交って居る。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
そこは突き当りの硝子障子ガラスしょうじそとに、狭い中庭をかせていた。中庭には太い冬青もちの樹が一本、手水鉢ちょうずばちに臨んでいるだけだった。
お律と子等と (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
また那智で一丈四方ほどの一枚いわ全くこの藻をかぶりそれから対岸の石造水道を溯って花崗石作りの手水鉢ちょうずばちの下から半面ほど登りあるを見た
とよは碁石の清拭きよぶきせよ。利介りすけはそれそれ手水鉢ちょうずばち、糸目のわん土蔵くらにある。南京なんきん染付け蛤皿はまぐりざら、それもよしかこれもよしか、光代、光代はどこにいる。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
それは丁度吃又どもまたの芝居の如きものでしょう。あの又平またへいが、一生懸命になって手水鉢ちょうずばちかみしもをつけた自画像を描きます。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
あたかも日本の神社に詣ずる人が手水鉢ちょうずばちで手を洗い、口をそそぐがごとくに、ユダヤ人は食事をする前には、手に水をかけて宗教的な潔めをしました。
こんな時には早く寝てしまった方がと……かわやから出て手水鉢ちょうずばちの雨戸を一尺ばかりあけて見ると、外は闇の夜です。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
自分で自分に感心しながら今松は、この間の晩の大雪がまだ消え残っている、枯れ松葉をいっぱい敷きつめた小意気な庭先の手水鉢ちょうずばちへ、ふッと目をやった。
寄席 (新字新仮名) / 正岡容(著)
縄の末端は、大樹の向う三間ほど先にある手水鉢ちょうずばちの台のような飛び出たいわおの胸中に固く縛りつけられてあった。
棺桶の花嫁 (新字新仮名) / 海野十三(著)
八五郎の指す方を覗くと、戸袋の下に据えた大自然石の見事な手水鉢ちょうずばち、その上に掛けた手拭に、水にぼけた血のあとらしいものが付いているではありませんか。
家は腰高こしだか塗骨障子ぬりぼねしょうじを境にして居間と台所との二間のみなれど竹の濡縁ぬれえんそとにはささやかなる小庭ありとおぼしく、手水鉢ちょうずばちのほとりより竹の板目はめにはつたをからませ
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
省作は手水鉢ちょうずばちへ水を持ってきて、軒口の敷居に腰を掛けつつ片肌脱ぎで、ごしごしごしごし鎌をとぐのである。省作は百姓の子でも、妙な趣味を持ってる男だ。
隣の嫁 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あるいは手水鉢ちょうずばちの側に置きたる処をも写し、あるいは盆栽棚に並べたる処をも写し、あるいは種々の道具に配合したる処をも写し、色々に写しやうは可有之と存候。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
火鉢ばかりの店もあればかなだらいや手水鉢ちょうずばちが主な店もあり、ふすま引手ひきてやその他細かいものの上等品ばかりの店もあり、笹屋という刃物ばかりのとても大きな問屋もあった。
旧聞日本橋:02 町の構成 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
用をしてから出て来て見ると、手水鉢ちょうずばちに水が無い。小女ちびは居ないかと視廻みまわす向うへお糸さんが、もう雑巾掛ぞうきんがけも済んだのか、バケツを提げてやって来たが、ト見ると、直ぐ気が附いて
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
無間むけんの鐘や、うめ手水鉢ちょうずばちじゃああるめえし、そんなにおめえの力で——」
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
旦那が達者のうちお賤に己が死んだら食方くいかたに困るだろうから、死んでも食方の付く様にといって、実は根本ねもと聖天山しょうでんやま手水鉢ちょうずばちの根に金が埋めて有るから、それをもってと言付けて有るのだ
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
霜に染みたる南天の影長々と庭にす午後四時過ぎ、相も変わらず肥えに肥えたる川島未亡人は、やおら障子をあけて縁側にで来たり、手水鉢ちょうずばちに立ち寄りて、水なきに舌鼓を鳴らしつ。
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
汲みかえられて、水晶を張ったような手水鉢ちょうずばちの水に新月が青く映っています。
茶屋知らず物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
阿弥陀の古銅仏は端然として楞伽窟の遺骸を護って居られるように見える、岩穴から流れ出る水も滾滾こんこんと尽きぬ、手水鉢ちょうずばちは充ちて居る。石燈には老師の自作を毒狼窟どくろうくつの筆で刻み込まれてある。
この句意はある日の朝手水鉢ちょうずばちなりたらいなりそういうものを見ますと、春の氷が張っているには張っているが、しかしそれは大変に薄いもので、手でもさわればすぐ消えてなくなりそうなもので
俳句とはどんなものか (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
広い舞台裏の一隅に、旧劇用の駕籠かごだとか、張りぼての手水鉢ちょうずばちだとか、はげちょろの大木の幹などと一緒に、奇術用の大道具小道具が、天鵞絨や金糸きんし銀糸ぎんし房飾ふさかざり毒々しく、雑然と置き並べてある。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そこでは、たけの高い石のいただきを掘りくぼめた手水鉢ちょうずばち捲物まきもの柄杓ひしゃくが伏せてある。その柄杓に、やんまが一ぴき止まって、羽を山形に垂れている。吹田順助すいだじゅんすけさんはこの蜻蛉とんぼの描写を特に推奨して、こういった。
方星宿ほうせいしゅく手水鉢ちょうずばちこけの蒸せるが見る眼のちりをも洗うばかりなり。
五重塔 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
十一月の末には手水鉢ちょうずばちに薄氷が張った。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
こっちの手水鉢ちょうずばちかたわらにある芙蓉ふようは、もう花がまばらになったが、向うの、袖垣そでがきの外に植えた木犀もくせいは、まだその甘い匂いが衰えない。
戯作三昧 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
南天や紅梅の如き庭木が目隠しの柴垣をうしろにして立っている有様、春のあしたには鶯がこの手水鉢ちょうずばちの水を飲みに柄杓のにとまる。
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼らの遠くなったのを見とどけて再び内へ引っ返して、手水鉢ちょうずばちの水で足の泥を洗っていると、綾衣は手拭を持って来て綺麗に拭いてやった。
箕輪心中 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
白粉草おしろいそうが垣根の傍で花を着けた。手水鉢ちょうずばちかげに生えた秋海棠しゅうかいどうの葉が著るしく大きくなった。梅雨つゆは漸く晴れて、昼は雲の峰の世界となった。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そのね、手水鉢ちょうずばちの前に、おおきな影法師見るように、脚榻きゃたつに腰を掛けて、綿の厚い寝子ねこうずくまってるのが、何だっけ、君が云った、その伝五郎。
南地心中 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
翌朝手水鉢ちょうずばちに氷が張っている。この氷が二日より長く続いて張ることは先ず少い。遅くも三日目には風が変る。雪も氷もけてしまうのである。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
手水鉢ちょうずばちを座敷のまん中で取り落として洪水こうずいを起こしたり、火燵こたつのお下がりを入れて寝て蒲団ふとんから畳まで径一尺ほどの焼け穴をこしらえた事もあった。
どんぐり (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
欄間らんま蜀江崩しょっこうくずしがまた恐れ入ったものでげす、お床の間は鳥居棚、こちらはまた織部おりべの正面、間毎間毎の結構、眼を驚かすばかりでございます、控燈籠ひかえどうろう棗形なつめがた手水鉢ちょうずばち
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
狭き庭の中垣ともいわず手水鉢ちょうずばちともいわず朝顔を這いつかせたり。蔓茘枝つるれいしの花もまじり咲く。
草花日記 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
毎晩夕飯がすんで座敷の縁側へ煙草盆をゑて煙草を吹かしながら涼んで居られると手水鉢ちょうずばちの下に茂つて居る一ツ葉の水に濡れて居る下からのそのそと蟇がひ出して来る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
平次は房楊枝ふさようじを井戸端の柱に植えて、手水鉢ちょうずばちに水をくみ入れながら、こう振返りました。
言いすてて武男はかつて来なれし屋敷うちを回り見れば、さすがにる人あれば荒れざれど、戸はことごとくしめて、手水鉢ちょうずばちに水絶え、庭の青葉は茂りに茂りて、ところどころに梅子うめのみこぼれ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
とんと掃除などを致したことはなく、れ切れた弁天堂のえんは朽ちて、間から草が生えて居り、堂のわきには落葉おちばうずもれた古井があり、手水鉢ちょうずばちの屋根はっ壊れて、向うの方に飛んで居ります。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
こけながら花に並ぶる手水鉢ちょうずばち 蕉
俳句への道 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
そうして一方の端を手桶とか手水鉢ちょうずばちとかいうものに揷 し込んで置くと、水は管を伝って一方の末端から噴き出すのである。
髪の根はまげながら、こうがいながら、がッくりと肩に崩れて、早や五足いつあしばかり、釣られ工合に、手水鉢ちょうずばちを、裏の垣根へ誘われく。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)