山中やまなか)” の例文
九州の窮介きゅうすけ、吉野のくず山中やまなかの片栗というような本場ものでやると、料理も完全なものになる。そんな葛も築地の珍味店に行くとある。
琥珀揚げ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
池の面は黒ずんで、合歓に渡る風が一きわ高く、静かな山中やまなかの夜は物凄い程に寂然ひっそりとしている。……耳を澄ますと虫の音が聞こえて来る。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
信州の山中やまなかに於て密かに爆烈彈を製造してゐる事が發覺して、其一團及び彼等と機密を通じてゐた紀州新宮しんぐうの同主義者が其筋の手に檢擧された。
所謂今度の事:林中の鳥 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
現に今から百余年ぜん、天明年間に日向国ひゅうがのくに山中やまなかで、猟人かりゅうどが獣を捕る為に張って置いた菟道弓うじゆみというものに、人か獣か判らぬような怪物がかかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
清水しみづ清水しやうづ。——かつら清水しやうづ手拭てぬぐひひろた、とうたふ。山中やまなか湯女ゆな後朝きぬ/″\なまめかし。清水しやうづまできやくおくりたるもののよし。
寸情風土記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花(著)
四明しめいたけの天井を峰づたいに歩いて、山中やまなかを経て滋賀しがに下りてゆけば、ちょうど三井寺のうしろへ出ることができる。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
九谷という村は、加賀の山中やまなかという温泉から、六、七里ばかりも渓流に沿って上った所にある山間の僻地へきちで、今でもよほどの物好ものずきでないと行けぬ位の山奥である。
九谷焼 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
つけて一軒の茶店ある所まで連れ行きこゝにて待たれよ我は先へ行きて車を見つけ迎ひによこすべければと頼もしくいはるれどたつきも知らぬ山中やまなかに一人殘されては車を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
荒物屋じゃア仕様がございません、それに今度金沢から大聖寺たいしょうじ山中やまなかの温泉の方へ商いに行きたいと思いますのさ、ついては小間物を仕込みたく存じますが、資本もとでが有りませんから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
馬込まごめは谷おほき里、とりよろふ丘の岬々さきざき、朝に夜に狹霧立ち立つ。高窻や東に開き、西をあけ、南もあけて、うち透かす賑ふあかり山中やまなかのみ湯のさまかも、月さへも紫明る。霧はおもしろ。
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
「そんな秘し隠しをしなくともいいじゃありませんか。別に悪いところにいるというのじゃないし、女を買うわけでもないんですもの。山中やまなかなんかへ行ってるよりか、よほど安心なもんや」
挿話 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
就中なかんずく能登の輪島わじまは盛な生産地であり、これに次いで加賀の山中やまなかがあります。金沢も上ものを作る所として知られます。しかしこの国の漆器といえば誰も輪島を筆頭に挙げるでありましょう。
手仕事の日本 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
昔から人跡じんせきの到らない処であるから、仙道修行にはまたと無い処じゃ、わしはもと大和の国の神官で、山中やまなかと云う者であったが、わしが人間界におった時は、足利義満あしかがよしみつ義持よしもちが将軍になって
神仙河野久 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
山中やまなかといふ所にいたる。経来へきたり磴路とうろ崖谷がいこくみな眼下指頭にあり。東南のかたひらけて武蔵下野上野、筑波日光の諸山を望む。今春江戸の回禄せしときも火光を淡紅にあらはせりと、茶店ちやてんの老婦語れり。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
洗ひうがひなどしてあつさしのやすらひ居たり此處は景色もよく後ろは須走すはしり前は山中やまなかの湖水と打眺うちながめ居る彼方のさかより行衣ぎやういたすきかけ金剛杖こんがうづゑを突ながらすゞともに來る富士同者ありかれも此處に休み水を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
朝夕のたつきも知らざりし山中やまなかも、年々の避暑の客に思わぬけぶりを増して、瓦葺かわらぶきのも木の葉越しにところどころ見ゆ。尾上おのえに雲あり、ひときわ高き松が根に起りて、いわおにからむつたの上にたなびけり。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
知らず、彼等はなにの故に相率あひひきゐてこの人目まれなる山中やまなかにはきたれる。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
山中やまなかの夕日白壁やすらかに君がゐまさんことをのみこそ』
『蒲団』を書いた頃 (新字旧仮名) / 田山花袋田山録弥(著)
おじいさんは、この山中やまなかにただ一人ひとりんでいる不思議ふしぎ人間にんげんでありました。おとうとは、おじいさんの小屋こやにつれられてまいりました。
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
それでも、今からもう二十五年も昔になるが、ついに私もこの洗いを思う存分賞味する機会を得た。加賀の山中やまなか温泉に逗留とうりゅうしていた時のことである。
鮎の食い方 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
前にも記す如く、お葉は自分にも判らぬ心理状態のうち山中やまなかいざなわれ、の窟の奥に囚われてしまった。重太郎と山𤢖やまわろとは夜の更けるまで帰って来なかった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
少年も少し心着こころづいて、此処ここ何処どこだらう、と聞いた時、はじめて知つた。木曾の山中やまなかであつたのである。
妖魔の辻占 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ここの山中やまなか乞食ばかりは、長年彼が注意して見て来たところでは、せむしの男も、めくらの女も、ちんばの小娘も、老幼ことごとく同じ者がいつも同じ所に群れていた。
新書太閤記:05 第五分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
馬込まごめは谷おほき里、とりよろふ丘の岬々さきざき、朝に夜に狭霧立ち立つ。高窻や東に開き、西をあけ、南もあけて、うち透かす賑ふあかり山中やまなかのみ湯のさまかも、月さへも紫明る。霧はおもしろ。
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それから紙燭しそくけて出て来て、お武家さま斯様な人も通らん山中やまなかへ何うしてお出でなさいました、拙者は武術修業の身の上ゆえ、あえて淋しい処を恐れはせぬが如何にも追々は更けるし
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
貸さる我が羽織の上へ重ねても大きければ向ふ山風に吹き孕みてあたかも母衣ほろの如しあとの馬の露伴梅花の兩子いろ/\に見立みたてあざみ笑ふこゝは信濃の山中やまなかなり見惡みにくしとてさぶさにかへられんや左云ふ君等の顏の色を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
たまに、こうして、あなたがたずねてきていてくださるので、わたしたちは、さびしい、こんな山中やまなかにいてもなぐさめられるのです。今夜こんやは、ゆきになりそうです。
美しく生まれたばかりに (新字新仮名) / 小川未明(著)
この山代の湯ぐらいではらちあかねえさ。脚気かっけ山中やまなか、かさ粟津あわづの湯へ、七日湯治をしねえ事には半月十日寝られねえで、身体からだ掻毟かきむしって、目が引釣ひッつり上る若旦那でね。
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
無法とばせの馬車なれば(是よりして木曾の山中やまなかにも無法飛ぶのは馬車ではないかなど定めて洒落始めしならん)下手へたな言文一致のことばのやうにアツヱツ發矢はつしなど驚きて思はず叫ぶばかり山も川も只飛び過ぎ熱川にえがはより奈良井の間の諏訪峠といふ所は車の片輪を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
しかし、かれらは、ある山中やまなかみずうみうえとおったときに、ついにそこへりなければなりませんでした。
がん (新字新仮名) / 小川未明(著)
ええ……温泉でございますか、名は体をあらわすとか言います、とんだ山中やまなかで、……狼温泉——
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
しかし、としとったがんにとって、この山中やまなかみずうみかれのしかばねをほうむるところとなりました。
がん (新字新仮名) / 小川未明(著)
七十にもなって、跣足はだしで西京の本願寺へもうでるのが、この辺りの信者に多いので、これは飛騨ひだ山中やまなかあたりから出て来たのが、富山に一泊して、朝がけに、これから加州を指してくのである。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こんな山中やまなかだけれど、なに不自由ふじゆうはない。ながくここにめば、はるなつあきふゆ、いろいろのうつくしいながめもあれば、たのしみもある。おまえはいいとおもったら、いつまでもむがいい。
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「まったくだ、明日は山中やまなかへ行くつもりだ。忙しい観光団さ。」
みさごの鮨 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
かれも、たまについてたにりようとしますと、もはやけていました。そして、そこはみちもないまったく山中やまなかで、あのきばのようにたかやまは、まだとおくなってえたのであります。
白すみれとしいの木 (新字新仮名) / 小川未明(著)