嬌態しな)” の例文
金縁の目金めがねを掛けたる五ツ紋の年少わか紳士、襟を正しゅうして第三区の店頭みせさきに立ちて、肱座ひじつきに眼を着くれば、照子すかさず嬌態しなをして
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ちょうど女の歩きつきの形のままに脱いだ跡が可愛かわいらしく嬌態しなをしている。それを見ると私はたちまち何ともいえない嫉妬しっとを感じた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
けれども葉子はもう左手の小指を器用に折り曲げて、左のびんのほつれ毛を美しくかき上げるあの嬌態しなをして見せる気はなくなっていた。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
そのうえ上半身や左右の手や腰部などで、種々なるところの挙動を示すが、これは柔軟体操ではなくしていわゆる「嬌態しな」であるらしい。
長屋天一坊 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
もっともそれには、向うは夫人同伴であるから、薄手の嬌態しなをつくるわけには行かない。かなり高等な技術が要る。
パーティ物語 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
眉根を挙げ眼をぱっちり見開いて、頸筋をしなやかにかしげながら、小娘にしては喫驚するような嬌態しなをしてみせた。
悪夢 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
一寸嬌態しなをして、そして受取る。思ひの外にその後も尚ほ三四杯を重ね得た。私は内心驚かざるを得なかつた。
姉妹 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
「あら、三河町の親分さんでしたか。どうもしばらく」と、お六はいやに嬌態しなをつくりながら挨拶した。
半七捕物帳:11 朝顔屋敷 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
おつぎはどうかするとへん雀斑そばかすが一しゆ嬌態しなつくつてあまえたやうなくち利方きゝかたをするのであつた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
侍がからだを揺すぶるのが、わざと嬌態しなをつくるとしか見えない、威嚇おどしのきかないことおびただしい。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
娘は真赤になって、嬌態しなを作り作り万平の前に来て、振袖を重ねた。いい匂のする桃割髪ももわれを下げた。
芝居狂冒険 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
處へもツて來て、一日々々に嬌態しなを見せられるやうになツて行くのだから耐らぬ。周三がお房を詮議せんぎする眼は一日々々にゆるくなツた。そして放心うつかり其の事を忘れて了ツた。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
人間ならとしをした梅干婆うめぼしばあさんが十五、六の小娘こむすめ嬌態しなを作って甘っ垂れるようなもんだから、小滛こいやらしくてり倒してやりたい処だが、猫だからそれほど妙にも見えないで
二葉亭余談 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
女房はその賛辞に動かされて、びられた怪物が嬌態しなを作るような様子で言った。
時々、彼女は物に驚いた蛇か孔雀のやうな、をのゝくやうな嬌態しなを作つて、首をもたげる。すると銀の格子細工のやうに頸を捲いてゐる高いレースの襞襟ひだえりがをのゝくやうに動くのである。
クラリモンド (新字旧仮名) / テオフィル・ゴーチェ(著)
じょは活発な足どりで、つかつかと舞台の前面に歩み出で、しなやかな襟頸えりくびから肩の筋肉を、へびけようとする人間のように、妙にくるくると波打たせながら、怪しい嬌態しなを作って
小僧の夢 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
やがて板に掛けられた所を見ると、喜び、泣き、嬌態しなを作るべき筈の女形をんながたが、男の樣な聲で物を言ひ、男の樣に歩き、男も難しとする樣な事を平氣でた。觀客は全く呆氣あつけに取られて了つた。
所謂今度の事:林中の鳥 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
出来上った娘の姿を見て「この娘には、まるで女の嬌態しなが逆についている」
(新字新仮名) / 岡本かの子(著)
そして、頭の毛の薄くなった四十男が、何か恥かしそうな嬌態しなをした。
一寸法師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
さうとも知らない若い夫人は、一寸嬌態しなをつくつて博士の前に立つた。
そして今は、姿見に全身を映してみて、さかんに嬌態しなを作っている。
「だってえ……尋常ただのじゃあ……」と甘たれた嬌態しなをする。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
印東はくねくねと色っぽく嬌態しなをして
魔都 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
お宮は五円札を一枚やるとうれしさを押し包むようにくちをきゅっと引き締めて入口まで送って出た私の方を格子戸こうしどを閉めながらさも思いを残してゆくような嬌態しなを見せて
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
と、とっさに看取した櫛まきお藤、おちょぼ口を袖でおさえると、ひとりでに嬌態しなをつくった。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
……血の道らしい年増の女中が、裾長すそながにしょろしょろしつつ、トランプの顔を見て、目で嬌態しなをやって、眉をひそめながら肩でよれついたのと、入交いれまじって、門際へどっと駈出かけだす。
怨霊借用 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
良人おっと沼南と同伴でない時はイツデモ小間使こまづかいをおともにつれていたが、その頃流行した前髪まえがみを切って前額ひたいらした束髪そくはつで、嬌態しなを作って桃色の小さいハンケチをり揮り香水のにおいを四辺あたりくんじていた。
三十年前の島田沼南 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
お嬢さんは嬌態しなを作つて小説家に話しかけた。
乳を隠す嬌態しならしい、片手柔いひじを外に、指を反らして、ひたりと附けた、そのおとがいのあたりをおおい、額も見せないで、なよなよとむしろに雪のかかとを散らして、しずかに、行燈の紙の青い前。
陽炎座 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「どうも遅くなって済みませんでした。」優しく口を利いて、軽く嬌態しなをした。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
「年増だって!」と嬌態しなをつくって、「年増じゃないわねえ」
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
婦人記者は金糸雀のやうに一寸嬌態しなをした。
こひか、三十日みそかかにせたのは、また白銅はくどうあはせて、銀貨入ぎんくわいれ八十五錢はちじふごせんふのもある……うれしい。ほんこゝろざしと、藤間ふぢま名取なとりで、嬌態しなをして、水上みなかみさんのたもとれるのがある。……うまい。
九九九会小記 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
文字若は、嬌態しなを作って、足を引っこめようとした。
そのかげから、しなやかなもすそが、土手のみどりを左右へ残して、線もなしに、よろけじまのお召縮緬めしちりめんで、嬌態しなよく仕切ったが、油のようにとろりとした、雨のあとのみちとの間、あるかなしに
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
せいもすら/\ときふたかくなつたやうにえた、婦人をんなゑ、くちむすび、まゆひらいて恍惚うつとりとなつた有様ありさま愛嬌あいけう嬌態しなも、世話せわらしい打解うちとけたふうとみせて、しんか、かとおもはれる。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
せいもすらすらと急に高くなったように見えた、婦人おんなは目をえ、口を結び、まゆを開いて恍惚うっとりとなった有様ありさま愛嬌あいきょう嬌態しなも、世話らしい打解うちとけた風はとみにせて、神か、かと思われる。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おのずから肩の嬌態しな、引合せた袖をふらふらと、台所穿ばきをはずませながら、傍見わきみらしく顔を横にして、小走りに駆出したが、帰りがけの四辻を、河岸の方へ突切ろうとする角に、自働電話と
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ッたが、初心うぶですからね、うじうじ嬌態しなをやっていた、とお思いなさい。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と云って、肩でわざとらしくない嬌態しなをしながら、片手でちょいと帯をおさえた。ぱちんどめが少しって、……薄いがふっくりとある胸を、緋鹿子ひがのこ下〆したじめが、八ツ口からこぼれたように打合わせの繻子しゅすのぞく。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
えりの白さを、なめらかに、長く、傾いてちょっと嬌態しなる。
古狢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)