口上こうじょう)” の例文
宿屋やどやへ帰っておいで」とかれは言った。「犬といっしょに待っておいで。あとで口上こうじょうで言ってこすから(ことずてをするから)」
それはな、首へ市蔵と書いたふだをぶらさげて、私は以来市蔵と申しますと、口上こうじょうを云って、みんなの所をおじぎしてまわるのだ。
よだかの星 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
ふたりのものはこしもかけないで、おまえが口上こうじょうもうしてくれ、いやおまえがと、小声こごえってる。老人はもとより気軽きがるな人だから
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
あの方が、好意をもって出てくださることを、『虫』は別番附べつばんづけにしますから、あの方の待遇は別に御出演下さる口上こうじょうを書いて添えます。
朱絃舎浜子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「日蓮記」のあいだで、特にかれが快癒出勤の披露をすることになって、師匠の団十郎が羽織袴で登場して彼のために長い口上こうじょうをのべた。
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
こういって、ちいさなたにしが、りっぱに、ごあいさつの口上こうじょうをのべたので、長者ちょうじゃ屋敷の人たちも、ほんとうにびっくりしてしまいました。
たにしの出世 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
はらからかまえどりをきめて蛾次郎太夫がじろうだゆう邪念じゃねんをはらって独楽こまを持ちなおし、恬然てんぜんとして四どめの口上こうじょうでのべたてた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
留じいさんが口上こうじょうをのべますと、正坊はクロのせなかから、コロリところげ落ちてみせました。見物人はどっとわらって、手をたたきました。
正坊とクロ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
「チョンチョンチョン。とざい、とーざい。」と一寸法師は、むねり、あたりを見まわしながら口上こうじょうをのべはじめました。
曲馬団の「トッテンカン」 (新字新仮名) / 下村千秋(著)
口上こうじょうとともに、釜は舞台の上をはなれて、見物席の上へとんでいった。そこでひらりひらりと、まるでこうもりのように飛びまわるのであった。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
御城代さまごけらいのお話によれば、かくかくしかじかで……と、佐平治からきかされたとおりの、口上こうじょうだったのです。
亡霊怪猫屋敷 (新字新仮名) / 橘外男(著)
いや、三度目には打ち合せて置こうと思って電話をかけたが、御主人は一切電話口へお出になりませんという口上こうじょう要領ようりょうを得ない。威張っていやがる。
凡人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「御前試合の下命があったから、この使者と同道で登城されたい、悪くは計らわぬから……」そういう口上こうじょうだった。
薯粥 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
半井広明はやむことをえず、こういう口上こうじょうを以て『医心方』を出した。外題げだいは同じであるが、筆者区々まちまちになっていて、誤脱多く、はなはだ疑わしき麤巻そかんである。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
……口上こうじょう申通もうしつうじたばかり、世外せがいのものゆえ、名刺の用意もしませず——住所もまだ申さなんだが、実は、あの稲荷の裏店うらだなにな、堂裏の崩塀くずれべいの中に住居すまいをします。
菊あわせ (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
義理堅い旧舗で、父が歿くなってからも、急に止めたらこちらも御不自由でしょう、まあ当分はという口上こうじょうを添えて呉れるものはいつまでも続けられていました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
丁髷鬘ちょんまげかずら赤陣羽織あかじんばおり裁付袴たっつけばかまおやじどもが拍子木にかねや太鼓でラインしゅとかの広告ひろめ口上こうじょうをまくし立てる。
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)
若者は口にメガフォンを当てて、嗄声しわがれごえをふりしぼり、夢中になって客寄せの口上こうじょうを呶鳴っている。
悪魔の紋章 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
運んできたという例は一つも無いにかかわらず、きまって迎えの使者の口上こうじょうの中には、ニルヤでは今ちょうど正月の松が無くて、もしくは花なり薪なりが手に入らぬので
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
人が集りますと、何やら口上こうじょうをいいながら、袋から一握りの砂を出して、人の方へ向けてずんずん書き始めますが、字もあり絵もあり、その器用なのに誰も感心いたします。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
延宝元禄の頃続狂言つづききょうげん道具どうぐ口上こうじょうなど始まり俳優には中村伝九郎、中村七三しちさ永島茂右衛門ながしまもえもん、宮島伝吉、藤田小三郎、山中平九郎、市川団十郎ら声名ありし時代を中昔なかむかしとなしぬ。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
例によって口上こうじょうが思いのほか長引いたが、先年僕の滞米たいべい中諸方の卒業式の演説の中について、最も僕の面白く思ったものは実業的道徳に関するもののはなはだ多い一条である。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
私は、それ以来九里丸の頭が少し怖ろしくなって、つい、いも助の方へ、なるべく賛助して歩くようになってしまった。そして同じ口上こうじょうを幾度でも暗記するまで、ついてあるいた。
めでたき風景 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
と、娘は私を見上げながら、口上こうじょうでいった。私は、しばらく思い出せなかった。
軍国歌謡集 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
拍子木を打っているのは、幇間たいこもちの胡蝶屋豆八、頓狂な黄色い声で、口上こうじょうを述べる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
野々宮君はただはあ、はあと言って聞いている。その様子がいくぶんか汽車の中で水蜜桃すいみつとうを食った男に似ている。ひととおり口上こうじょうを述べた三四郎はもう何も言う事がなくなってしまった。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
従兄は口上こうじょうにこう言ったりした。僕は従兄を見つめたまま、この言葉にはなんとも答えなかった。しかし何とも答えなかったことはそれ自身僕に息苦しさを与えないわけにはかなかった。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
お艶にこれだけスラスラと初対面の口上こうじょうを言わせたのだったが、そのあとで
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
塚本の口上こうじょうでは、連れ添ふ女房を追ひ出して余所よその女を引きずり込むやうな不実な男に、何の未練もないと云ひたいところだけれども、やつぱり今も庄造のことが忘れられない、恨んでやらう
猫と庄造と二人のをんな (新字旧仮名) / 谷崎潤一郎(著)
口上こうじょうまがいで叫ぶ者がある。
この老人は応対おうたいのうまいというのが評判ひょうばんの人であったから、ふたりの使つかいがこの人にむかってのびと口上こうじょうはすこぶる大役たいやくであった。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
これはうちの親方の使う口上こうじょうの一つであった。わたしはなるべくかれと同じようなしかつめらしい言い方でやろうとつとめた。
かれは城下じょうか馬場ばばはずれに立って、さらまわしの大道芸人だいどうげいにん口上こうじょうをまね、れいの竹生島ちくぶしま菊村宮内きくむらくないからもらってきた水独楽みずごま曲廻きょくまわしをやりだした。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
往来おうらいの人たちは、ふしぎな看板かんばんとおもしろそうな口上こうじょうられて、ぞろぞろ見世物小屋みせものごやめかけてて、たちまち、まんいんになってしまいました。
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
まるで見世物の口上こうじょういいのように、石太郎はよくをひること、どんな屁でも注文どおりできること、それらには、それぞれ名まえがついていること等等とうとう
(新字新仮名) / 新美南吉(著)
あとは前芸のお花がすこし繋いでいて、それから太夫病気の口上こうじょうを述べて、いつもより早目に打ち出した。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
一向いっこう気のない、くうで覚えたような口上こうじょうことばつきは慇懃いんぎんながら、取附とりつのない会釈をする。
国貞えがく (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見世物の熊娘にひきつけられたていで、くしまきに、唐桟とうざん半纏はんてんで、咽喉のどに静脈をふくらませて、真赤になって口上こうじょうしゃべっている、汚い姉御あねごの弁舌に、じっと聞き惚れているんだ。
猟奇の果 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
突然いきなり松浦さんに会ってしまったものだから、教えられた口上こうじょうを考え出す暇がなかった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
浅黄あさぎ幕が落ちて、口上こうじょうから世話場せわばがあいたというところだな」栄二はなにも聞かなかったような口ぶりで云った、「——うちで心配しているといけないから帰る、ありがとうよ」
さぶ (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
里で散々さんざん練習をして来たよい口上こうじょうで、新たな家の姥と対談している姿を、眼をまんまるくして傍聴していた小娘たちが、それを自分たちの遊戯の名とし、または中心としようとした気持は
こども風土記 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
中村座なかむらざ市村座いちむらざやぐらにはまだ足場がかかっていたけれど、その向側の操人形座あやつりにんぎょうざ結城座ゆうきざ薩摩座さつまざの二軒ともに早やその木戸口に彩色の絵具さえ生々しい看板とあたる八月はちがつより興業する旨の口上こうじょうを掲げていた。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
と雨谷が、ここぞと声をはりあげての口上こうじょうだ。
金属人間 (新字新仮名) / 海野十三(著)
歳にはませた口上こうじょうぶりで
いざ小手こてしらべは虹渡にじわたりの独楽こま! 見物人けんぶつにんかさのご用心! そんな口上こうじょうをはりあげて蛾次郎がじろう、いよいよ独楽こままわしのげいにとりかかろうとしていた。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その口上こうじょうを聞いていると、よくもきまりが悪くないと思われるほど親方は思い切って大げさなふいちょうをした。
ようやくのこと、すこし年上としうえらしいほうの男が、顔のようすをつくろうて、あらたまった口調くちょう口上こうじょうをのべる。
告げ人 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
まずまちさかに一けん見世物小屋みせものごやをこしらえて、文福ぶんぶくちゃがまの綱渡つなわたりとかれおどりのをかいた大看板おおかんばんげ、太夫元たゆうもと木戸番きどばん口上こうじょういを自分じぶん一人ひとりねました。
文福茶がま (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
市川海老蔵えびぞうの名を継いだので、「川中島」の狂言のなかで団十郎と菊五郎とが猟夫になってその改名の口上こうじょうを述べ、海老蔵が山賊になって山神さんじんやしろからあらわれて
明治劇談 ランプの下にて (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
翌朝、母親が手ずから着物を着せて、父親が口上こうじょうを教えてくれた。嫁を貰う息子を未だ子供だと思っている。新太郎君は羽織袴に昨夜散髪の帰途かえり大徳だいとくへ廻って特に吟味ぎんみして来たタスカン帽。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)