とう)” の例文
今——とうって観音像を彫りにかかっているのを見ても、体がへとへとになりはしないかと思われるような情熱に燃えきっている。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「この×××らばおれにも殺せる。」——田口一等卒はそう思いながら、枯柳の根もとに腰をおろした。騎兵はまたとうを振り上げた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
二人が同時にとうふるって、出来得る限りの巧妙と迅速とを尽して、生きながら犬の皮をクルクルと剥いてしまって、それでなお
雪でつかねたようですが、いずれも演習行軍のよそおいして、真先まっさきなのはとうを取って、ぴたりと胸にあてている。それが長靴を高く踏んでずかりと入る。
雪霊続記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
鎮江ちんこうたたかいに、とらえられてばくせらるゝや、勇躍して縛を断ち、とうを持てる者を殺して脱帰し、ただちに衆を導いて城をおとしゝことあり。勇力察すし。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そういう人間に接すると、私は少なからず焦燥を感じて、何とかして苦しめてやる方法はないものかと、無闇に死体にとうを入れたのでありました。
三つの痣 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
往時むかしから仏像の創作には、一とうらいとか、精進潔斎とかやかましく言ひ伝へられてゐるが、まんざらさうばかりでもないのはこの楽書がよく証拠立ててゐる。
山と盛る鹿の肉に好味のとうふるう左も顧みず右も眺めず、只わが前に置かれたる皿のみを見詰めて済す折もあった。皿の上にうずたかき肉塊の残らぬ事は少ない。
幻影の盾 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
(自分に返って)あ、とうと言やあ、どうも何でえす、先程はありがとう存じました。お礼の申しようも……。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
その前独逸ドイツ伯林ベルリンがん病院でも、欹目やぶにらみの手術とて子供のとうを刺す処を半分ばかり見て、私は急いでその場を逃出してその時には無事に済んだことがある。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
ボイコが歩数をかぞえると、その同僚がとうを抜いて両端の地面に引っ掻き痕をつけた。柵のつもりである。
決闘 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
「柳生対馬守に、この丹波のとうが受け止められぬはずはない。失礼ながら打ちこみますぞ、対馬守様!」
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
じぶんは主君に二とうまで傷をわしたから、不忠不義の極悪人となって死なねばならぬ、それも己一人死ぬるなら好いが、父をはじめ一家一門にもそのとがめがかかって
頼朝の最後 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
とうを執る者は、虎松という九十に近い小吏だった。刑死人の死体の脂肪がにじみ出ているのではあるまいかと思われるような、赤黒い皮膚をしたすこやかな老人であった。
蘭学事始 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
を善くして、「外浜画巻そとがはまがかん」及「善知鳥うとう画軸」がある。剣術は群を抜いていた。壮年の頃村正むらまさ作のとうびて、本所割下水わりげすいから大川端おおかわばたあたりまでの間を彷徨ほうこうして辻斬つじぎりをした。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
とうのやれづかに手を掛けて此方こなたを振り向く処を、若侍は得たりと踏込みざま、えイと一声ひとこえ肩先を深くプッツリと切込む、斬られて孝藏はアッと叫び片膝を突く処をのしかゝり
ひとりの学生はなおいて見る気か、しきりにとういでる。死体は二つであった。
廃める (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
上のものは、最初気管の左を、六センチほどの深さに刺してからとうを浮かし、今度は横に浅い切創せっそうを入れて迂廻してゆき、右側にくると、再びそこへグイと刺し込んで刀を引き抜いている。
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
お前を式部卿にして、このとうをお前に授ける。
少尉はとうをひらめかし
埋れた幻想 (新字新仮名) / 今野大力(著)
と、口をむすんだ地福寺じふくじの慈音、それをはずしたとたんに黒いらんったかのごとく、とうをふりかざして才蔵の手もとへおどった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
騎兵は将軍を見送ると、血にんだとうひっさげたまま、もう一人の支那人のうしろに立った。その態度は将軍以上に、殺戮さつりくを喜ぶ気色けしきがあった。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
それで古来木理の無いような、ねばりの多い材、白檀びゃくだん赤檀しゃくだんの類を用いて彫刻ちょうこくするが、また特に杉檜すぎひのきの類、とうの進みの早いものを用いることもする。
鵞鳥 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
(自分に返って)あ、とうと言やあ、どうも何でえす、先程はありがとう存じました。お礼の申しようも……。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
やっと丹波は納得したらしく、ふしぎそうに首をかしげると同時に、グットとうをおしらした。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
しかれども予は予が画師えしたるを利器として、ともかくも口実を設けつつ、予と兄弟もただならざる医学士高峰をしいて、それの日東京府下のある病院において、かれとうを下すべき
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三年あとに信州の鳥居峠へ掛る時、悪者に出逢い、勾引かどわかされんとする時に、一とうを抜いて切結んだが、向うは二人此方こちらは一人、其の時受けた疵が斯のように只今でも残っている
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
これを初て来た日に、お時婆あさんが床の壁に立て掛けて、叱られたのである。立てた物は倒れることがある。倒れればとうが傷む。壁にもきずが附くかも知れないというのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
鋭いメスの先で一本一本神経を掘り出して行く時の触感、内臓にとうを入れるときの手ごたえに私は酔うほどの悦楽を催おし、後には解剖学実習室が私にとって、楽園パラダイスとなりました。
三つの痣 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
はやく母親に死に別れて、なつかしさのあまり自分でとうをとつてその姿を彫刻した。
堅い木をきざみにけずって、厚い木屑きくずが槌の声に応じて飛んだと思ったら、小鼻のおっぴらいた怒り鼻の側面がたちまち浮き上がって来た。そのとうの入れ方がいかにも無遠慮であった。
夢十夜 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「まさにラザレフ(聖アレキセイ寺院の死者)の再現じゃないか」と、法水はうめくような声を出した。「この傷は死後に付けられているんだよ。それが、とうを引き抜いた断面を見ても判るんだ。 ...
黒死館殺人事件 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
前方を眺めれば、見えるのは埃とうしろあたまの行列だし、あとを振向いても、見えるのは同じ埃と人の顔だけだった。……一ばん先頭にはとうを手にした四人の男が足並そろえてゆく——これが前衛だ。
接吻 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
れからその医師が光りかがやとうとってグット制すと、大造たいそうな血がほとばしって医者の合羽は真赤になる、夫れから刀の切口きりぐち釘抜くぎぬきのようなものを入れて膀胱ぼうこうの中にある石を取出すとかう様子であったが
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
対象のうごき方は、とうの速度よりも、もっとはやかった。——いやそれ以上に迅速だったのは、その敵の肋骨あばらの下から噴いて出た白刃であった。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
むしりおおせたから、おろさせると、とうに従って血はつぶつぶと出で、堪えがたい断末間の声を出して死んで終った。
連環記 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「あ」と深刻なる声を絞りて、二十日以来寝返りさえもえせずと聞きたる、夫人は俄然がぜん器械のごとく、その半身を跳ね起きつつ、とう取れる高峰が右手めてかいなに両手をしかと取りすがりぬ。
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
女中の語りおわる時、両刀を帯びた異様の男が五百らの座敷に闖入ちんにゅうして「手前てまえたちも博奕ばくちの仲間だろう、金を持っているなら、そこへ出してしまえ」といいつつ、とうを抜いて威嚇した。
渋江抽斎 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そうして支那人のうしろにまわると、腰の日本刀を抜き放した。その時また村の方から、勇しい馬蹄ばていの響と共に、三人の将校が近づいて来た。騎兵はそれに頓着とんちゃくせず、まっこうとうを振り上げた。
将軍 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
加多 今井、危ない! (仙太に)とうを引け、それは拙者の連れだ。
斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
それでも拳法の在世中は兄弟してあの道場に励んでいたものだが、父の死去をきッかけに、伝七郎はほとんど兄の道場ではとうを持ったためしがない。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
衣をいで之をばくし、とうを挙げて之をるに、刀刃とうじん入るあたわざりければ、むを得ずしてまた獄に下し、械枷かいかたいこうむらせ、鉄鈕てっちゅうもて足をつなぎ置きけるに、にわかにして皆おのずから解脱げだつ
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
その声と共に、伊織の手に白刃しらはひらめいて、下島は額を一とう切られた。
じいさんばあさん (新字新仮名) / 森鴎外(著)
加多 今井、危ない!(仙太に)とうを引け、それは拙者の連れだ。
天狗外伝 斬られの仙太 (新字新仮名) / 三好十郎(著)
とうを取る先生は、高峰様だろうね!」
外科室 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼は今、心のうちで、その母をふと思いうかべ、とうの先で彫り刻んでいる顔が、だんだん母に似てくるように思われた。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
愈々いよいよ昨日はおろかなり玉の上に泥絵具どろえのぐ彩りしと何が何やら独り後悔慚愧ざんきして、聖書の中へ山水天狗楽書やまみずてんぐらくがきしたる児童が日曜の朝字消護謨じけしゴムに気をあせるごとく、周章狼狽ろうばい一生懸命とうは手を離れず
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
木目はよし、小刀のさわりもよいが、武蔵は、彼が珍重してかないのみでなく、失敗しくじると、懸け替えのない材で——と思うと、とうの刻みが、つい硬くなった。
宮本武蔵:06 空の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
修業の功をつみし上、憤発ふんぱつの勇を加えしなればさえし腕は愈々いよいよえ鋭きとういよいよ鋭く
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして父を救うて戻ろうとしたが、かく見るや、龐徳はまた、弓を投げ、とうを舞わして躍りかかって来た。
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)