一束ひとたば)” の例文
「多加ちゃんがあすこへはいるとすぐに、日曜学校の生徒からだって、花を一束ひとたば貰ったでしょう。さあ、お花だけにいやな気がしてね」
子供の病気:一游亭に (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「こういう時は、根を刈らねばならん。およそ漢朝の旧臣と名のつく輩は、その位官高下を問わず、一束ひとたばにして、鄴都へ送りよこせ」
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
赤シャツの農夫はのそばの土間に燕麦えんばくわら一束ひとたばいて、その上に足をげ出してすわり、小さな手帳てちょうに何か書きんでいました。
耕耘部の時計 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
病人びやうにんはK夫人ふじんかほしたで、小兒こどものやうにあごうなづいてせた。うへはう一束ひとたばにしたかみが、彼女かのぢよを一そう少女せうぢよらしく痛々いた/\しくせた。
彼女こゝに眠る (旧字旧仮名) / 若杉鳥子(著)
それは(実際はそんな物をお持ちになりませんけれど、)私から昔あなたへお上げした手紙の一部である五六通が一束ひとたばになつた物なのです。
遺書 (新字旧仮名) / 与謝野晶子(著)
それもお値段ねだんによりけり……川向かはむかうに二三げんある空屋あきやなぞは、一寸ちよつと紙幣さつ一束ひとたばぐらゐなところはひる、とつてた。
月夜 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
突然疑惑のほのおが彼女の胸に燃え上った。一束ひとたばの古手紙へ油をそそいで、それを綺麗きれいに庭先で焼き尽している津田の姿が、ありありと彼女の眼に映った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
震災に、なんにも持たずにのがれ出たが、一束ひとたばの手紙だけは——後に焼きすてたというが、——あの中で、おとしたらばと胸をおさえて語ったお友達がある。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
落合の兄哥あにきに遠慮して、土地の若い男は、門並かどなみ御遠慮申上げているんだ。お菊にれただけの男なら、一束ひとたばや二束はあるが、お菊を手に入れたのは手前だけよ。
(数枝)(睦子の手に握られてある一束ひとたばの線香花火に気附いて)おや、これは何? どうしたの?
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
「おばさん、はなってきましたのよ。これをかいでごらんなさい、きっと今年ことしは、しあわせなことがありますから。」といって、少女しょうじょ一束ひとたばはなおんなわたしました。
ある冬の晩のこと (新字新仮名) / 小川未明(著)
それは来年にはずっと統一されて、主観的素材のもの、客観的素材のものとが、一つの現実への情熱のなかにとかされるようになり、それで初めてやっと一束ひとたばのものとなります。
子供が其れをって来て、十五夜の名月様に上げる。萱は葺料にして長もちするので、小麦からの一束ひとたば五厘に対し、萱は一銭も其上もする。そこで萱野かやのを仕立てゝ置く家もある。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
もとはかんたんに四方から葺きあげて中央にまとめ、上へ一束ひとたばの藁をひろげてのせてもよく、またはしまいの藁を折り曲げても置いたか知らぬが、こんな事では長くはもっていない。
母の手毬歌 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
われは東京市中の閑地あきち追々おいおい土木工事のためにり開かるべきことを憂ひて止まざるものなれば、やがては矢筈草生ずる土手もなくなるべしと思ひ、その一束ひとたばをわがの庭に移し植ゑぬ。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
一束ひとたばの鍵が、手にさわった。私は狂喜きょうきした。それこそ、あの人造人間の指揮塔の扉の鍵だったのである。私はニーナの手をとって、階段づたいに、人造人間のいる三階へ、かけのぼって行った。
人造人間の秘密 (新字新仮名) / 海野十三(著)
最後に神尾主膳が、槍を投げ出して両手で抱え込んだのは一束ひとたばの薪です。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「そんぢや南瓜たうなすもらつてえゝんだな、馬鹿ばかけえ南瓜たうなすぢやねえかな、明日あしたまでいてくろうな」おつたは始終しよつちう笑顏えがほつくつてところみなみ女房にようばうねぎ一束ひとたばわらでくるんだのをかゝへてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
書簡一束ひとたば
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
「奉行、町与力、同心、岡ッ引。それらを一束ひとたばに、世間では、不浄役人といっておる。おれひとりがいって悪いはずはない」
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
一人にてはくことなかれと、やさしき姉上のいひたりしを、かで、しのびて来つ。おもしろきながめかな。山の上のかたより一束ひとたばたきぎをかつぎたるおのこおりきたれり。
竜潭譚 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
常子はやむを得ず荷造りに使う細引を一束ひとたば夫へ渡した。すると彼はその細引に長靴の両脚をしばりはじめた。彼女の心に発狂と言う恐怖のきざしたのはこの時である。
馬の脚 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
私に私の宿命がある通り、妻には妻のまわり合せがあります、二人を一束ひとたばにして火にべるのは、無理という点から見ても、痛ましい極端としか私には思えませんでした。
こころ (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
すなわち谷川のふちの水がひとところ、うずを巻いているのが珍らしいので、正月の松を刈りに来た爺さんが、その松を一束ひとたば投げ込んで見たところが、くるくると廻ってつぶりと沈んで行くのが
海上の道 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
一束ひとたばの手紙を出した。桂は、ぺらぺらと封だけを繰っている。驚いたのは露八である。どうして自分の家の用箪笥ようだんすの底にあったものが、奇兵隊へ渡っているのか。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、撫子なでしこ一束ひとたばいたが、かごつて、はたとどぶなかてると、かろ翡翠かはせみかげひるがへつてちた。
艶書 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
生死とは緩急かんきゅう、大小、寒暑と同じく、対照の連想からして、日常一束ひとたばに使用される言葉である。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その八百屋の前を通った時、お君さんの視線は何かの拍子ひょうしに、葱の山の中に立っている、竹に燭奴つけぎを挟んだふだの上へ落ちた。札には墨黒々すみくろぐろ下手へたな字で、「一束ひとたば四銭よんせん」と書いてある。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
鑢屋やすりやの子の川島は悠々と検閲を終ったのち、目くら縞の懐ろからナイフだのパチンコだのゴムまりだのと一しょに一束ひとたば画札えふだを取り出した。これは駄菓子屋だがしやに売っている行軍将棋こうぐんしょうぎの画札である。
少年 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
「床にけたは、白の小菊じゃ、一束ひとたばにしてつかみざし、喝采おお。」とめる。
歌行灯 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
同時に世の中には、法律とか、法則とかいうものがあって、これは外圧的に人間というものを一束ひとたばにしようとする。貴方がたも一束にされて教育を受けている。十把一じっぱひとからげにして教育されている。
模倣と独立 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
あげるは早いぞ。信長公の一兵まだここにまかりある。乱賊どもの首一束ひとたば持たぬうちは、泉下の御主君にお目にかかってもあの世で手持ち不沙汰。いざ来い。松野平介の一卜槍うけて末代の語りぐさとなせ
新書太閤記:07 第七分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
問 予は予の机の抽斗ひきだしに予の秘蔵せる一束ひとたばの手紙を——しかれどもこは幸いにも多忙なる諸君の関するところにあらず。今やわが心霊界はおもむろに薄暮に沈まんとす。予は諸君と訣別けつべつすべし。
河童 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
彼はふと眼を転じて、あらわな白いかいなの傍に放り出された一束ひとたば書物かきものに気を付けた。それは普通の手紙の重なり合ったものでもなければ、また新らしい印刷物を一纏ひとまとめくくったものとも見えなかった。
道草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
こんな事を話している中に、サルーンのドアがあいて、黒坊くろんぼのボイがはいって来た。藍色あいいろの夏服を着た、敏捷びんしょうそうな奴である、ボイは、黙って、脇にかかえていた新聞の一束ひとたばを、テーブルの上へのせる。
Mensura Zoili (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)