たぐい)” の例文
で、あのひどく荒唐無稽こうとうむけいな「黄金仮面」の風説も、やっぱりその、五十年百年に一度の、社会的狂気のたぐいであったかも知れないのだ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
イギリスが海上で覇をなしたのはああいうたぐいの人がいたればこそだと言って、彼に敬服するような顔をする連中さえもいたのである。
こはかれが家の庭を流れてかのちまたを貫くものとは異なり、遠き大川より引きし水道のたぐいゆえ、幅は三尺に足らねど深ければ水層みずかさ多く
わかれ (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
暁方あけがた近くなって、お絹をはじめ踊りに出た連中が帰って見た時分には、土蔵も、本宅も、物置のたぐいも、すっかり焼け落ちていました。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
当世人とうせいじんの趣味は大抵日比谷公園の老樹に電気燈を点じて奇麗奇麗と叫ぶたぐいのもので、清夜せいやに月光を賞し、春風しゅんぷうに梅花を愛するが如く
一の宮に特殊な神事という鶏毛打とりげうちの古楽にはどのくらいの氏子が出て、どんな衣裳いしょうをつけて、どんなかねと太鼓を打ち鳴らすかのたぐいだ。
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
「君の説も一応は道理もっともように聞えるが、五個の庄の住民ははり普通の人間で、決して𤢖や山男のたぐいでは無いと云うじゃアないか。」
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
有りふれた例をあげてみれば、当時相対死あいたいしと言った情死をはかって、相手の女を殺して、自分だけ生き残った男というようなたぐいである。
高瀬舟 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
すずめしてはまぐりたぐいにもれず、あらかた農を捨てて本職の煙火師に化けてしまったというのが伝えられているこの郷土沿革なのである。
銀河まつり (新字新仮名) / 吉川英治(著)
時の唇薄き群臣どもは、この事実をもって、アグリパイナのたぐいまれなる才女たる証左となし、いよいよ、やんやの喝采かっさいを惜しまなかった。
古典風 (新字新仮名) / 太宰治(著)
冬向は一切浴客よっかくはありませんで、野猪しし、狼、猿のたぐいさぎしん雁九郎かりくろうなどと云う珍客に明け渡して、旅籠屋は泊の町へ引上げるくらい。
湯女の魂 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ロセツの申出はついにおこなわれざりしかども、彼が日本人に信ぜられたるその信用しんようを利用して利をはかるに抜目ぬけめなかりしはおよそこのたぐいなり。
取りあえず亀の井別荘の亀楽園きらくえんに憩う。この別荘は瀟洒しょうしゃたる小さい別荘であるが、竹縁たけえんに腰を下ろして仰ぐ由布の尖峰はたぐいなく美しい。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
人々はこれを伝え聞いて、「左内が金をためているのは貪婪どんらん強欲ごうよくというようなたぐいではないのだ。ただ当世にはめずらしい一奇人なのだ」
元より薄色の袿と申しましても、世間にたぐいの多いものではございますが、もしやあれは中御門なかみかどの姫君の御召し物ではございますまいか。
邪宗門 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
楠浦の弥兵衛以下二千人、上津浦の一郎兵衛、下津浦の治右衛門、島子の弥次兵衛以下三千七百人、部将皆郷士豪農のたぐいである。
島原の乱 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかしメルキオルは、他人が期待してることやまた自分みずからが期待してることとは、常に反対のことを行なうようなたぐいの男であった。
妖怪変化、悪魔のたぐいが握っているのだか、何だかだかサッパり分らない黒闇〻こくあんあんの中を、とにかく後生ごしょう大事にそれにすがってしたがって歩いた。
観画談 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
例えば、我は越後の者なるが、何月何日の夜、この山路やまみちにて若き女の髪をれたるに逢えり。こちらを見てにこと笑いたりというたぐいなり。
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
こういうたぐいの演奏はもともと邪道ではあるけれども、数ある中には捨て難いものもあるから、これらは「室内楽・雑」という類に入れる。
いつしかわたくしのことをにもたぐいなき烈婦れっぷ……気性きしょう武芸ぶげい人並ひとなみすぐれた女丈夫じょじょうぶででもあるようにはやてたらしいのでございます。
読物のたぐいは行われて居りますけれども、その他は寺でない限りはほとんど普通人民の子供は教育されるということはないのです。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
荷物と云っても、ビールばこで造った茶碗ちゃわん入れとこしの高いガタガタの卓子テーブルと、蒲団ふとんに風呂敷包みに、与一の絵の道具とこのようなたぐいであった。
清貧の書 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
後にて弟子たちが「我らいかなれば逐い出しえざりしか」とお尋ねしたところ、「このたぐいは祈りによらざれば、いかにすとも出でざるなり」
「しからばさよう致しましょうか。たとい凶と出ようとも、ただ斬り払って通るまで。もしまた狐狸のたぐいならば退治して災を除くまでじゃ」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
もっとも昔と違って今日は開明の時節であるからやり薙刀なぎなたもしくは飛道具のたぐいを用いるような卑怯ひきょうな振舞をしてはなりません。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「江戸なるかな、江戸なる哉、天明三年吉原松葉屋今の瀬川を千五百両にて身請せし大尽あり、諸侯のたぐいかと聞くに不然しからず、尋常の町家なりとぞ」
傾城買虎之巻 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
一、土鍋 土鍋があれば一番よいが、なければ銀鍋、鉄鍋のたぐいでもいい。その用意もなければ瀬戸引き、ニュームなどで我慢するほかはない。
美味い豆腐の話 (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
パンアメリカニズムとかいうのたぐいは、すべてこの民族的国家が帝国主義を行わんとする思想を説明したるものに外ならぬ。
文明史上の一新紀元 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
墓地の四辺を取り囲む深い木立は皆一様に蒼空高く梢を窄めた、欅、樅、樫、ポプラアのたぐいばかりで、又中に侘しげな柿があり無花果があつた。
竹藪の家 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
ノートのたぐいが荷物になるので、田中さんに上げたが、田中さんは「これは預っておきます。その気になったら、いつでも帰っていらっしゃい。」
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
淫靡いんぴ、精根、たぐいの無い饒舌の珍らしさに、後から後からと黒山のようにたかって、盛んに拍手し喝采もしていた聴衆も、あまりの目まぐるしさに
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
中の君は非常に美しい盛りの容貌ようぼうを、まして今夜は周囲の人たちによってきれいによそおわれていたのであったから、またたぐいもない麗人と思われた。
源氏物語:49 総角 (新字新仮名) / 紫式部(著)
など云うたぐいかえで銀杏いちょうは、深く浅く鮮やかにまたしぶく、紅、黄、かちあかね、紫さま/″\の色に出で、気の重い常緑木ときわぎや気軽な裸木はだかぎの間をいろどる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
○このたぐいの与聞(耶蘇教諸国の間につきていう)の特理は、これを至要しようの諸盟約中にくわう。これをもって一定の権力を生じたり。〈同五百十八葉〉
「いき」の形式化的抽象を行って、西洋文化のうちに存する類似の現象との共通点を求めようとするのもそのたぐいである。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
この三人の中の誰一人も、自分の見たことからは、他の二人のどちらかがどういうたぐいの人物であるか言えなかったろう。
こうしたたぐいのできごとはドイツではきわめて普通のことで、多くのよく確かめられた物語が立証している通りなのだ。
或る家では地所を拡げるために境界の石をこつそり一尺ほど外に置き換へたのだといふたぐいにいたるまで通暁してゐた。
医師高間房一氏 (新字旧仮名) / 田畑修一郎(著)
彼は恐るべきまた驚くべき色魔しきまなのだ。一切の穢濁を断じて聖浄せいじょうの楽土に住む得道出家とくどうしゅっけの身にてありながら、いたずらにただ肉を追う餓鬼畜生のたぐいなのだ。
寄木細工モザイクの広い廻り階段を導かれて登り、一つの部屋に到ると、開かれたとびらから、その部屋のたぐいなき壮麗さが全くぎらぎらときらめいて突然眼前に現われ
それを成就し得た人こそは世にたぐいなく幸福な人だ。私は見ようと欲しないではなかった。然し見るということの本当の意味をわきまえていたといえようか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
凹路おうろ災厄さいやくは彼らの大半を失わせたが、彼らの勇気を減じさせることはできなかった。彼らはその数を減ずればますます勇気を増すたぐいの勇士であった。
あるいは今日にありて斬新なりとてもてはやさるる詩文小説も、後世に至り同様の意匠を為す者多からばついには陳腐として厭嫌せられんが如きたぐいなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
彼はその触れる物象に対してたぐいまれなほど活発に反応する。そうしてその美を新鮮な味わいにおいてすくい取る。
享楽人 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
頬には一週間も剃刀かみそりを当ぬかと思うばかりに贅毛むだけの延たれどは死人にく有る例しにて死したるのち急に延たるものなる可く余は開剖室かいぼうしつなどにて同じたぐい
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
私自身も紀行のたぐいを書きながら、こういうものを一体誰が読むだろう、そう思って自信を失ったおぼえがある。
黒猫 (新字新仮名) / 島木健作(著)
兄妹としていつまでも愛して頂戴などというたぐいのたわごとが、三十代の壮年資本主義国に適用するはずがない。
また、船底につく海藻は、アオサ、ノリのたぐいが多い。貝では、カキ、カメノテ、エボシ貝、フジツボなどで、フジツボが、ふつういちばんたくさんにつく。
無人島に生きる十六人 (新字新仮名) / 須川邦彦(著)
しこうして英国革命の演劇は、実にこの二人の役者にりて演ぜられたり。松陰の事むしろこのたぐいなるからんや。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)