ほとば)” の例文
經濟の苦しみに對する義男への輕薄な女の侮蔑が、こんなところにもそのほとばしりを見せたものとしきや義男には解されなかつた。
木乃伊の口紅 (旧字旧仮名) / 田村俊子(著)
伊豆はそこまで云いかけると咄嗟に自分もじたばた格好をつくったが、希代きたいな興奮に堪え難くなってほとばしるように笑いだした。
小さな部屋 (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
しかし不動のその姿からは形容に絶した一道の殺気が鬱々うつうつとしてほとばしっている。どだい武道から云う時はまるで勝負にはならないのであった。
三甚内 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
そうでなしと争う可き余地もない程に述べ来るは全く熱心のほとばしりて知らず知らず茲に至る者と見える、余は唯聞き惚れて一言をもさしはさまぬ
幽霊塔 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
が、水のほとばしるように、自然に豊富に、美しい発音をもって、語られている言葉は、信一郎の心を魅し去らずにはいなかった。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
『アレツ!』『アレツ、新坊さんが!』と魂消たまぎつた叫声さけび女児こどもらと智恵子の口からほとばしつた。五歳いつつの新坊が足をさらはれて、あつといふ間もなく流れる。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
血もほとばしらんばかりさかんだった滝太郎のおもてを、つくづく見て、またその罪の数をみまわして、お兼はほっという息をいた。
黒百合 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と叫んだ新九郎にも、一念のほとばしるところ、おのずから凜々りんりんたる気魄があって、彼の圧倒へ全力をこめて反抗した。
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
厚い大きな唇がすばらしく早く動いて、調子の狂った楽器のような、ひどくれた声が止めどもなくほとばしり出た。
日本婦道記:萱笠 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
という悲鳴が思わずほとばしった。と同時に、彼は廻転中の木馬から、真逆様まっさかさまに転落して、地面に叩きつけられた。
地獄風景 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
取りえられたガーゼは一部分に過ぎなかった。要所をがすと、血がほとばしるかも知れないという身体からだでは、津田も無理をしてうちへ帰る訳に行かなかった。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
武家にあっては武士道の義理、市井しせいの人には世間の義理である。義理のためには親子の間の愛情も、恋人同士のほとばしるような愛の奔流も抑圧してきた時代である。
竹本綾之助 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すなは熊公くまこうくちから自然しぜんほとばしりた『たまのでんぐりかへる』といふ大膽だいたん用語ようごむし奇拔きばつでいゝね。
ハガキ運動 (旧字旧仮名) / 堺利彦(著)
右の手首は、車輪に附着くっついて行ったものか見当らず、プッツリと切断された傷口から、鮮血がドクリドクリとほとばしり出て、線路の横に茂り合ったよもぎの葉を染めている。
空を飛ぶパラソル (新字新仮名) / 夢野久作(著)
其の平生深く自信する精神的義侠の霊骨を其鋭利なる筆尖ひつせんほとばしらしめて曰く、社界の不平均を整ふる非常手腕として侠客なるものは自然に世に出でたるなりと、た曰く
徳川氏時代の平民的理想 (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
欝結うっけつし、欝結して今は堪えがたくなったものが、一つのはけ口を見出してほとばしりずるそれは声なのである。人々はこの声々に潜むすべての感情を、よくみつくし得るであろうか。
(新字新仮名) / 島木健作(著)
優しい言葉でなだめ慰めると同時に、妻のある一色への不満を訴えた。しゃべりだすと油紙に火がついたように、べらべらと止め度もなく田舎訛いなかなまりの能弁が薄いくちびるいてほとばしるのだった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
サッポロビールの活動照明、ビール罎の中から光の噴泉が花火のようにほとばしる。
病院風景 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ほとばしらせたから気合いとともに、打ちこむと見せてサッ! と引くが早いか
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
救ひを求むる言葉が、笹紅さゝべにを含んだ小染の唇からほとばしりました。
あふどろとともくちいてほとばしったきみたちのさけびは
「さて、これからが愚老の領分じゃ」老師は悠々沈着おちつきながら法衣の下に隠していた例の幻灯の機械を引き出し、シューッと光をほとばしらせた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
時々光を、幅広くほとばしらして、かッと明るくなると、燭台しょくだい引掛ひっかけた羽織の袂が、すっと映る。そのかわり、じっと沈んで暗くなると、紺の縦縞が消々きえぎえになる。
吉原新話 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
眼のくぼんだ、煤色すすいろの、背の低い首斬り役が重たに斧をエイと取り直す。余の洋袴ズボンの膝に二三点の血がほとばしると思ったら、すべての光景が忽然こつぜんと消えせた。
倫敦塔 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
彼女の美しい目から、真珠のような涙が、ハラ/\とほとばしることを待っていた。悔恨かいこん懺悔ざんげとの美しい涙が。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
「いかさま、これは革命者の心胆しんたんほとばしりだ。世をのろうやつの声だ。鄆城県うんじょうけんの人、宋江とは一体だれだろう」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
室に入れば野人斗酒を酌んで樽を撃ち、皿を割り、四壁に轟く濁声だくせいをあげて叫んで曰く、ザールの首をさかなにせむと。この声を聞かずや、無限の感激はほとばしつて迅雷じんらいの如く四大を響動せんとす。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
で、よく人の面倒を見るやうだから姐御だといふならば、それは甚だ非理で、そこに心からほとばしるやはらぎと、人入ひといれ稼業をかねた、傍の迷惑をかへりみぬもの好きとの區別がなければならない。
凡愚姐御考 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
なぜなら、女はその肉体の行為の最大の陶酔のとき、必ずほとばしる言葉があった。アキ子にもこんなにしてやったの! そして目が怒りのために狂っているのだ。それが陶酔の頂点にける譫言うわごとだった。
いずこへ (新字新仮名) / 坂口安吾(著)
ただ、その石のように握り締めた両手のこぶしの間から、生温なまぬるい汗がタラタラとほとばしり流れるのをハッキリと意識していたものだが、「手に汗を握る」という形容はアンナ状態を指したものかも知れん。
爆弾太平記 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
と、忽ち剣の面、煌々こうこう明々陽に輝き、四方一面天地をこめて虹の如き光りほとばしると見るや「うん!」とばかりに悶絶して五右衛門は地上にたおれた。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その時私も兄さんの口をほとばしる Einsamkeit, du meine Heimat Einsamkeit !(孤独なるものよ、汝はわが住居すまいなり)
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ふいに、そういう時の彼の筆の軸を切ったら、彼の血がほとばしるにちがいない。
田崎草雲とその子 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
洪濛こうもうたる海気三寸の胸に入りて、一心見る/\四劫しごふに溢れ、溢れて無限の戦の海を包まんとすれば、舷に砕くるの巨濤ほとばしつて急霰きふさんの如く我と古帽とに凛烈りんれつの気を浴びせかけたる事もありき。
閑天地 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
依然両手を広げたまま、地から根生ねばえた樫の木のように、無言の威嚇を続けていた。脈々とほとばしる底力が、甚内の身内へ逼って来た。強敵! と甚内は直覚した。
名人地獄 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
女は青い葉のあひだから、果物くだものを取りした。かはいた人は、ほとばしる甘い露を、したゝかに飲んだ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ほとばしる様に言つて、肩に捉つた手を烈しく男の首に捲いた。
鳥影 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
つい、反感がほとばしった。
私本太平記:02 婆娑羅帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある特別の感興を、おのが捕えたる森羅しんらうちに寓するのがこの種の技術家の主意であるから、彼らの見たる物象観が明瞭めいりょうに筆端にほとばしっておらねば、画を製作したとは云わぬ。
草枕 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
窓々からほとばしる様々の声は、高い天井や床板や、部屋部屋の壁に反響し、凄じい音を形成かたちづくったが、その音の中を貫いて、尼の叫びと車の軋りとは、次第次第に遠退とおのいて行く。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
機を覗ひ時を待つて、吾が舌端より火箭くわせんとなつてほとばしる。
雲は天才である (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
人をったものの受くる罰は、斬られた人の肉から出る血潮であると固く信じていた。ほとばしる血の色を見て、清い心の迷乱を引き起さないものはあるまいと感ずるからである。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
「南無三、笑った。あの笑いだな」庄三郎は膝を敷きピタリと大地へ跪座ひざまずいた。とたんにピューッと何物か頭の上を飛び越したが、遥か前方の立ち木へ当たりパッと火花をほとばしらせた。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
この奇人の歪める口からほとばしつた第一聲である。
雲は天才である (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
人をつたものゝ受くるばつは、られたひとにくからる血潮であるとかたしんじてゐた。ほとばしる血の色を見て、きよい心の迷乱を引き起さないものはあるまいと感ずるからである。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
槓杆こうかん一本を動かしさえすれば、大池の水がほとばしり、流れ出るのでございます」
神秘昆虫館 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しまいに突然興奮したらしい急な調子が思わず彼女の口からほとばしり出した。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とたんに、太刀影たちかげに閃めいたがドンと鈍い音がして、紋太夫の首は地に落ちた。さっと切り口からほとばしる血! と見る間にコロコロコロコロと地上の生首渦を巻いたが、ピョンと空中へ飛び上がった。
ほとばしる砂煙すなけむりさびしき初冬はつふゆの日蔭をめつくして、見渡す限りに有りとある物を封じおわる。浩さんはどうなったか分らない。気が気でない。あの煙の吹いている底だと見当をつけて一心に見守る。
趣味の遺伝 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
濃く真直まつすぐほとばしる時は、哲学の絶高頂に達したさいで、ゆるく崩れる時は、心気平穏、ことによるとひやかされる恐れがある。けむりが、鼻の下に彽徊して、ひげに未練がある様に見える時は、冥想に入る。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)