やわら)” の例文
しかしながら色は必ずしも白色でなければならぬとは限らない、印度インドの女の皮膚の色には別なやわらかみとなめらかな光沢があって美しい
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
高い土塀どべいと深い植込とに電車の響もおのずと遠い嵐のようにやわらげられてしまうこのの茶室に、自分は折曲げて坐る足の痛さをもいとわず
銀座 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
愈々いよいよ引き上げという前になって、私は今一度十勝へ上った。もう三月の声をきくのも間もないこととて、流石さすがに寒さはずっとやわらいでいた。
雪後記 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
側に鬢盥びんだらいというものがあって、チョイチョイ水をつけ、一方の壁には鬢附け油が堅いのとやわらかいのとを板に附けてある。
小松林の中にはすすきの繁りやはぎの繁りがあった。芒のやわらかな穂が女の子の手のように見える処があった。白い犬はその芒の中に姿を消すことがあった。
岐阜提灯 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
硬きがごとくしてやわらかく、柔らかきがごとくして固く、つるぎをとる要領で算盤そろばんを持つのだ。剣をとるには、濡れ手ぬぐいを絞るようにやんわり持つ。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
其の鳥打帽とりうちぼう掻取かきとると、しずくするほど額髪ひたいがみの黒くやわらかにれたのを、幾度いくたびも払ひつゝ、いた野路のじの雨に悩んだ風情ふぜい
二世の契 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
由「鯉の鱗なしはやわらかい、羊羹ようかんをしゃぶったようで、鯉の鱗なしは不思議で、こりゃア頂戴……鉄火煮はうがす……ウム、ゴソ/\するのは何んです」
霧陰伊香保湯煙 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
三十七八の品よい夫人で、もののいい黒っぽい服装、やわらかそうな髪の毛から下駄の爪先まで、落着いて素直な感じであった。膝の横にある洋傘も黒であった。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
ここだけの話だけど、苜蓿うまごやしなんか、サラダとおんなじにやわらかいよ。つまり、油とをつけないサラダさ。
にんじん (新字新仮名) / ジュール・ルナール(著)
庭園の土はやわらかだったけれど、そこには庭下駄にわげた以外の跡はなく、玄関前には敷石が敷きつめてあった。
悪霊 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
あのかよわそうなえだぶりや、繊細せんさい楕円形だえんけいやわらかな葉などからして私の無意識の裡に想像していた花と、それらが似てもつかない花だったからであったかも知れない。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
仲居なかいと舞子に囲繞とりまかれつつ歓楽に興ずる一団を中心として幾多の遠近おちこちの涼み台の群れを模糊もことして描き、京の夏の夜の夢のような歓楽のやわらかい気分を全幅にみなぎらしておる。
通常愛といえば、すぐれて優しい女性的な感情として見られていはしないか。好んで愛を語る人は、頭のやわらかなセンティメンタリストと取られるおそれがありはしまいか。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
もっと葉のやわらかなような、色の緑色のほうきを立てたように鬱然こんもりとした、而して日の弱い光りを浴びてろうのような、りんの燃えるような、或時は尼が立っているとも見え、或時は
日没の幻影 (新字新仮名) / 小川未明(著)
越前屋の主人の口から静かに吐き出す温かい息がやわらかに耳朶みみたぶでるように触れるごとに、それが彼女自身の温かい口から洩れてくる優しい柔かい息のように感じられて、身体が
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
... ことに若い鶏の肉ならば、もうほんとうにやわらかでおいしいことと云ったら、」先生は一寸ちょっとつばをのみました、「とてもお話ではわかりません。食べたことのある方はおわかりでしょう。」
茨海小学校 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
あたかも彼らがムスクトンの顔を美なりと称し、クロードの風采ふうさいを尊厳なりと称すると同一である。天空の星座とやわらかき泥地に印するあひるの足跡の星形とを、彼らは混同するのである。
と妻がう。ペンをさしおいて、取あえず一わんかたむける。銀瓶ぎんびんと云う処だが、やはりれい鉄瓶てつびんだ。其れでも何となく茶味ちゃみやわらかい。手々てんでに焼栗をきつゝ、障子をあけてやゝしばし外を眺める。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
それは蝸牛の肉をでてやわらかくしたものを上等のバタと細かくきざんだ薄荷はっかとをこねあわせたものと一緒にしてからに詰めるだけのことである。しかしこの簡単な料理にもなかなか熟練じゅくれんを要するという。
異国食餌抄 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
郭公は姉なるがある時いもを掘りて焼き、そのまわりのかたきところを自ら食い、中のやわらかなるところを妹に与えたりしを、妹は姉の食うぶんは一層うまかるべしと想いて、庖丁ほうちょうにてその姉を殺せしに
遠野物語 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
「それじゃね、晩にお刺身を一人前……いいかえ。」と言って、お国は台所の棚へ何やらしまい込んでから、茶のへ入って来た。やわらかものの羽織を引っけて、丸髷まるまげに桃色の手絡てがらをかけていた。
新世帯 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
ガスを送るゴム管はやわらかい薄肉うすにくのものでないと、取扱とりあつかいに不便である。手勝手の悪い操作をするのが、大切な容器をこわす一番の原因となる。
実験室の記憶 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
彼は紅絵に見るが如く空間を白紙はくしのままに残す事を許さず、壁、天、地等にそれぞれ淡くやわらかき色を施し以て画面に一種の情調を帯ばしめたり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
一本の草、一枚の葉の弱々しいあのやわらかなものが、夏になると、この地上を完全におおいつくしてしまう。
讓は眼前めさきが暗むような気がして内へ逃げ込んだ。その讓の体はやわらかな手でまた抱き縮められた。
蟇の血 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
こわすぎずやわらかすぎぬクッションのねばり工合、わざと染色を嫌って灰色の生地のまま張りつけた、鞣革なめしがわの肌触り、適度の傾斜を保って、そっと背中を支えて呉れる、豊満なもた
人間椅子 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
私はなんだかいやな気がして、その女から眼をそらしながら、ふとその眼を私がときどきふんづける小さなやわらかなものの方へ持って行くと、それが三鞭酒シャンパンせんらしいことを認めた。
旅の絵 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
渠は話児はなしを釣るべき器械なる、渠が特有の「へへえ」と「なるほど」とを用いて、しきりにその顛末てんまつを聞かんとせり。乙者おつも劣らず水を向けたりき。髭ある人の舌本ぜっぽんはようやくやわらぎぬ。
義血侠血 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「ああ、君が膝にわがひたいを押当てて暑くして白き夏の昔を嘆き、やわらかにしてきいろき晩秋の光をあじわわしめよ。」という末節の文字があきらかに読まれます。
監獄署の裏 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかしながら、こんな場合の用意にと思ったわけではありませんが、山がまるくて、鍔がそれはうんと巻き上った黒のやわらかい帽子をマルセイユで、買って置いたのでした。
楢重雑筆 (新字新仮名) / 小出楢重(著)
艶子はやっと気づいた様に、低い叱責しっせきの声と共に、握られた手を引込めて、併しまだ逃げ出そうともせず、鉛筆を動かしていた。その調子が、妙にやわらかく、すきだらけに見えた。
が、縄目は見る目に忍びないから、きぬを掛けたこのまま、留南奇とめきく、絵で見た伏籠ふせごを念じながら、もろ手を、ずかと袖裏へ。驚破すわ、ほんのりと、暖い。ぶんと薫った、石の肌のやわらかさ。
縷紅新草 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それらのアカシアの花ざかりだった頃は、その道はあんなにも足触あしざわりがやわらかで、新鮮しんせんな感じがしていたのに、今はもう、あちこちに凸凹でこぼこができ、きたならしくなり、何んだかいやなにおいさえしていた。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
栗の木には強いにおいの花が咲き、柿の若葉はかえでにもまさって今が丁度新緑の最もやわらかな色を示した時である。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ずかずか山のすそを、穿りかけていたそうでありますが、小児こどもが呼びに来たについて、一服いっぷくるべいかで、もう一鍬ひとくわ、すとんと入れると、急に土がやわらかく、ずぶずぶとぐるみにむぐずり込んだで。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
庭の無花果いちじくの木かげに一枚の花莚はなむしろを敷いて、その上でそれ等の赤まんまの花なんぞでままごとをしながら、肢体したいに殆どじかに感じていた土の凹凸おうとつや、何んともいえない土のやわらか味のある一種の弾性や
幼年時代 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
北斎は従来の浮世絵に南画なんがの画風と西洋画とを加味したる処多かりしが、広重はもっぱら狩野かのうの支派たる一蝶の筆致にならひたるが如し。北斎の画風は強くかたく広重はやわらかくしずかなり。
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
春章がこの時代の板画は役者絵風俗画共にその曇りてやわらかき色調、専ら春信にならふ処多かりしが、明和末年より安永にるやその筆力はたちまち活気を帯びその色彩は甚だ絢爛けんらんとなり
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
しかし今わたくしが親しく窓から見る風景と、親しく身に感じる気候とは、かくの如き過去の記録をして架空な小説のようにしか思惟させない。それほどまでに、風景はおだやかに気候はやわらかなのだ。
冬日の窓 (新字新仮名) / 永井荷風(著)