蓬々ぼうぼう)” の例文
手巾ハンカチ目頭めがしらにあてている洋装の若い女がいた。女学校のときの友達なのだろう。蓬々ぼうぼうと生えた眉毛まゆげの下に泣きはらした目があった。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
私たちは月見草などの蓬々ぼうぼうと浜風に吹かれている砂丘から砂丘を越えて、帰路についた。六甲の山が、青く目の前にそびえていた。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
そのうちでも取りわけて恐ろしかったのは、蓬々ぼうぼうと乱れかかった髪毛かみのけの中から、真白くクワッと見開いていた両眼であったという。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
雑草の蓬々ぼうぼうと生い繁った中に、奇妙なとんがり屋根の、青ペンキの洋館が建っていた。純然たるアトリエとして建築したものだ。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
ふと下の往来を、青い顔して髯や髪の蓬々ぼうぼうと延びた、三十前後の乞食のような服装の男が、よさよさと通って行くのが、耕吉に見下された。
贋物 (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
分けるには長すぎる髪の毛が、手入れをせぬと見えて、蓬々ぼうぼうと乱れて顔にかかっているのが、死人のような顔の色を更に痛ましく見せている。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
雨に光っている髪の毛は、蓬々ぼうぼうと耳にかぶさって、絵に描いたそのままだ。筒袖の腰きりに、縄の帯、背中まで泥濘ぬかるみの跳ねを上げている。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
余はことに彼ヤイコクが五束いつつかもある鬚髯しゅぜん蓬々ぼうぼうとしてむねれ、素盞雄尊すさのおのみことを見る様な六尺ゆたかな堂々どうどう雄偉ゆうい骨格こっかく悲壮ひそう沈欝ちんうつな其眼光まなざし熟視じゅくしした時
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
落ち葉はじめじめと朽ちて厚く散り重なって、白茅ちがや青萱あおがやの足の踏み場もないまでにはびこり放題蓬々ぼうぼうとはびこっていた。
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼等は今や、蓬々ぼうぼうとした藪が一面に生え茂って、今まで誰も住んだこともなければ来たこともなさそうな、ひっそりとした、淋しい荒野原あれのはらへ来ました。
ギックリして、声をれさせながら、鷲尾は自分のネクタイが歪み、ズリ落ちそうな帽子の下から、蓬々ぼうぼうの頭髪がハミ出してるのにあわてて気がついた。
冬枯れ (新字新仮名) / 徳永直(著)
彼は今朝、病院内の理髪屋りはつやで、のびきった髪を短く刈り、蓬々ぼうぼうひげをきれいに剃りおとし、すっかり若がえった。
脳の中の麗人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
何と、かの爺どもの胡麻塩の蓬々ぼうぼうと乱れて深い渦巻きをした髪の毛、くぼんだ黒い両眼に蔽いさがった眉毛、口髭、毛むくじゃらの胸まで長々と垂れた頤髯あごひげだろう。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
西峠の北は赤瀬の大和富士やまとふじまで蓬々ぼうぼうたる野原で、古歌にうたわれた「小野の榛原はいばら」はここであります。
何故ならば髪の毛は二月ばかり剃らんのですから充分延びて居る所へ髯が蓬々ぼうぼうと生えて居りますし
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
「才兵衛や、まあここへおすわり。まあたいへんひげが伸びているじゃないか、ったらどうだい。髪もそんなに蓬々ぼうぼうとさせて、どれ、ちょっとでつけてあげましょう。」
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
ねえや、こえ、こえ。)といいながらだるそうに手を持上げてその蓬々ぼうぼうと生えた天窓あたまでた。
高野聖 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
彼の田地は「茅山かややま」——草葺屋根の材料にする茅刈り場——そのもののごとく草蓬々ぼうぼうであった。
沼畔小話集 (新字新仮名) / 犬田卯(著)
孔乙己は立飲みの方でありながら長衫ながぎを著た唯一の人であった。彼は身の長けがはなはだ高く、顔色が青白く、皺の間にいつも傷痕が交っていて胡麻塩鬚が蓬々ぼうぼうと生えていた。
孔乙己 (新字新仮名) / 魯迅(著)
それでも念のために、彼は堤を降りて、その男の枕もとへ近よると、男は堅気かたぎの町人とも遊び人とも見分けの付かないような風体で、いが栗頭が蓬々ぼうぼうと伸びているように見えた。
渋い古大島のあわせに萎えた博多の伊達巻。髪はき上げて頭の頂天に形容のつき兼ねる恰好かっこうにまるめてある。後れ毛が垂れないうちに途中で蓬々ぼうぼうみ切れてかたまり合っている。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
むら石油せきゆりにくるおとこがありました。かみくろ蓬々ぼうぼうとした、せいのあまりたかくない、いろしろおとこで、石油せきゆのかんを、てんびんぼう両端りょうはしに一つずつけて、それをかついでやってくるのでした。
火を点ず (新字新仮名) / 小川未明(著)
われらは、たがいに見馴れて、なんとも思わぬが、面は猿のように赤く、髪は蓬々ぼうぼうひげは蓬々、手足は餓鬼のように痩せ、着ているものは藤九郎の羽根を綴りあわした天狗の装束ときている。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
外から硝子扉ガラスどにぴったり寄添って、蓬々ぼうぼうに伸びあがった髯面を突出しながら、憔悴しきった金壷眼かなつぼまなこで、きょろきょろとおびえるように屋内を見廻していたが、直ぐに立上った女の視線にぶつかると
動かぬ鯨群 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
容貌かおだちは長い方で、鼻も高く眉毛まゆげも濃く、額はくしを加えたこともない蓬々ぼうぼうとしたで半ばおおわれているが、見たところほどよく発達し、よく下品な人に見るような骨張ったむげに凸起とっきした額ではない。
女難 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
見違えるほどやつれ果てた顔に、著しく白髪しらがの殖えた無精髯ぶしょうひげ蓬々ぼうぼうと生やした彼の相好そうごうを振り返りつつ、互いに眼と眼を見交みかわした。
木魂 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
在から来たらしい屈託そうな顔をした婆さんに低い声で何やら言って聞かしていたが、髪の蓬々ぼうぼうした陰気そうな笹村の顔を時々じろじろと見ていた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夏じゅう日光に浴さなかった彼の皮膚は、明るい廊で見ると、植物性の白さをおび、七十余日のひげ蓬々ぼうぼうとしていた。
私本太平記:03 みなかみ帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行って見ると、洞穴の入口は、蓬々ぼうぼうと生い茂った雑草に覆われて、一寸見たのでは少しも分らぬ様になっていた。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
彼は多年獄中にあっての蓬々ぼうぼうたる頭髪と茫々ぼうぼうたる鬚髯しゅぜんの間から、大きくはないが爛々らんらんと光る眼に物珍らしい色をたたえて、しきりにこの室内を見廻しているのであります。
大菩薩峠:13 如法闇夜の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
その拝殿を、一旦いったんむこうの隅へ急いでげました。正面に奥の院へ通います階段と石段と。……間は、樹も草も蓬々ぼうぼうと茂っています。その階段の下へかくれて、またよく見ました。
神鷺之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
見ゆる限り草蓬々ぼうぼうたる大野原! 四周をかぎって層々たる山々が、屏風びょうぶのごとくに立ちつらなり、東北方、山襞やまひだの多い鬱然うつぜんたる樹木の山のみが、そのすそを一際近くこちらにいている。
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
自分の幼時からの悪を、飾らずに書いて置きたいと思ったのである。二十四歳の秋の事である。草蓬々ぼうぼうの広い廃園をながめながら、私は離れの一室に坐って、めっきり笑を失っていた。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
神楽は村の能狂言のうきょうげん、神官が家元で、村の器用な若者等が神楽師かぐらしをする。無口で大兵の鉄さんが気軽に太鼓をうったり、気軽の亀さんが髪髯かみひげ蓬々ぼうぼうとした面をかぶって真面目に舞台に立ちはだかる。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
蓬々ぼうぼうの草原に、降るような虫の声。
その少女は艶々つやつやしたおびただしい髪毛かみのけを、黒い、大きな花弁はなびらのような、奇妙な恰好に結んだのを白いタオルで包んだ枕の上に蓬々ぼうぼうと乱していた。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
春から夏のはじめにかけて、流人るにん親鸞の髪は蓬々ぼうぼうと伸びていた。——何とはなくこの幾月を、彼は病む日が多かった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
蓬々ぼうぼう伸びた頭髪、鼠色の着付、芝居でお馴染なじみの清玄に相違ない。それにしても、清玄には唇があった筈だが。
吸血鬼 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
博士は蓬々ぼうぼうと乱れた髪をしていたが、「よし、よし」とか何とか言って、いきなりメスをもって行った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
恐怖のうちにお玉の眼に映じたものは、その人が水色無地みずいろむじの着物を着て、坐って俯向うつむきになっていたから、蓬々ぼうぼうと生えた月代さかやきだけが正面に見えて、かおは更に見えませんでした。
大菩薩峠:06 間の山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
上下一呼吸ひといきく間もあらせず、まなこ鋭く、ほおせてひげ蓬々ぼうぼうと口をおおい、髪はおどろ乱懸みだれかかりて、手足の水腫みずぶくれに蒼味を帯びたる同一おなじような貧民一群、いまだ新らしき棺桶かんおけを、よいしょと背負込しょいこ
貧民倶楽部 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それっきり夜おそくまで帰らず、ねこねずみを取る事をたいぎがって、寝たまま炉傍ろばたに糞をたれ、家は蜘蛛くもの巣だらけ庭は草蓬々ぼうぼう、以前の秩序は見る影も無くこわされて、旦那だんなはまた、上方に於いて
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その瞬間に私とソックリの顔が、頭髪かみのけと鬚を蓬々ぼうぼうとさしてくぼんだをギラギラと輝やかしながら眼の前のやみの中に浮き出した。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
持病にくるしむとみえて、白髪まじりの髪を蓬々ぼうぼう月代さかやきにのばしているが、眼光はむかしのままな化物刑部だ。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
森を出離れて、蓬々ぼうぼうと雑草の茂った細道を歩いて行くと、くさむらの中から、ムクムクと、又しても血みどろの大犬が姿を現わし、人に驚いたのか、一目散に逃げ去った。
(新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
葉子が耳にかぶさるまで蓬々ぼうぼうと延びた彼の髪を彼女流に刈り込むようには器用に行かないので、熱い鏝の端が思わずくびに触って、彼女は飛びあがって絶叫したことがあった。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
石段が欠けて草蓬々ぼうぼうじゃ、堂前へ上らっしゃるに気を着けなされよ。
夫人利生記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
……青白く痩せこけて……髪毛かみのけをクシャクシャに掻き乱して……無精髪ぶしょうがみ蓬々ぼうぼうやして……憂鬱な黒いを伏せた……受難のキリストじみた……。
怪夢 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
お感じになったからだ。——ただ草蓬々ぼうぼうの塚をあらためてご供養するだけなら、これはご隠居さまのお名をもってなされなくても、どこかの坊さんに頼めばいいわけだからな
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は分け目もわからぬ蓬々ぼうぼうした髪をかぶり、顔も手も赤銅色しゃくどういろに南洋の日にけ、開襟かいきんシャツにざぐりとした麻織の上衣うわぎをつけ、海の労働者にふさわしいたくましい大きな体格の持主だが
縮図 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)