“眉根(まゆね)” の例文
立派な紳士でさえ「沙汰(さた)のかぎりだ」という言葉で眉根(まゆね)をひそめただけで、彼女に対する一切を取片附けてしまったのが多かった。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
すると、その時まで眉根(まゆね)をよせるようにしてかれの顔を見つめていた大河が、急に、真赤な歯ぐきを見せ、にっと笑った。そして
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
持ち前で眉根(まゆね)をしかめていた。漠然と横目を流した掴みどころのない表情で、癇(かん)の立った馬の背に乗ってぐるぐる廻(まわ)っていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
テナルディエは右手を額の所まで上げて目庇(まびさし)を作り、それから目をまたたきながら眉根(まゆね)を寄せたが、それは口を軽くとがらしたのとともに
見つめらるる人は、座客(ざかく)のなめなるを厭ひてか、暫(しば)し眉根(まゆね)に皺(しわ)寄せたりしが、とばかり思ひかへししにや、僅(わずか)に笑(えみ)を帯びて、一座を見度(みわた)しぬ。
うたかたの記 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
剛造の太き眉根(まゆね)ビクリ動きしが、温茶(ぬるちや)と共に疳癪(かんしやく)の虫グツと呑(の)み込みつ「ぢやア、松島を亭主にすることが忌(いや)だと云ふのか」
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
老紳士の顔は、すこし弾んで棗(なつめ)の実のような色になった。青年は相変らず、眉根(まゆね)一つ動かさず、孤独でかしこまっていた。
母子叙情 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それを見ると、金椎の眉根(まゆね)が不安の色に曇り、思わず窓の外から海の方を見ますと、真の闇ながら、空模様が尋常でない。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
君は眉根(まゆね)の所に電光のように起こる痙攣(けいれん)を小うるさく思いながら、むずかしい顔をしてさっさとにぎやかな往来を突きぬけて漁師町(りょうしまち)のほうへ急ぐ。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
綱雄はむずかしき顔も崩(くず)さず、眉根(まゆね)を打ち寄せて黙然たり。見るにこなたも燃え立つ心、いいわ、打っちゃっておけ!
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
夫人は片手に鞭(むち)を持って、こころもち気むずかしそうに眉根(まゆね)を寄せながら、練習している人々の足元を睨(にら)んで
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
繰返して言ふが、僕はさうした青年の野心を、尊敬はしないが(とそこで小幡氏は、何やら遠いむかしの悔恨とでもいつたものの影に、ふと眉根(まゆね)を曇らせて)
灰色の眼の女 (新字旧仮名) / 神西清(著)
ヘヒトは眉根(まゆね)一つ動かさなかった。あたかもクリストフがそこにいないかのように、泰然と言いつづけた。
をぢさんは、いつもは子供にむだ口なんかきいてくれるいい人ですが、けふは、何かほかのことで腹を立ててゐたと見えて、太い眉根(まゆね)をぴくぴくと動かしながら
かぶと虫 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
それは、両手を胸に組み、深い雛(しわ)を眉根(まゆね)に寄せて、顔には何やら、悩ましげな表情を漂わせていた。
紅毛傾城 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
病気休暇(きゅうか)でかえっていた父に、ふたたび乗船命令が出たとき、大吉がまっさきにいきおいづいて、並木たちとさわぎたてると、母は眉根(まゆね)をよせて、おさえた声でいった。
二十四の瞳 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
蒼(あお)い顔に眉根(まゆね)を寄せて、今にもべそをかきそうなようす。いったいどうしたということだろう。
つづれ烏羽玉 (新字新仮名) / 林不忘(著)
留(と)まると、折屈(おりかが)みのある毛だらけの、彼(か)の恐るべき脚(あし)は、一(ひと)ツ一(ひと)ツ蠢(うごめ)き始めて、睫毛(まつげ)を数へるが如くにするので、予(かね)て優しい姉の手に育てられて、然(そ)う為(し)た事のない眉根(まゆね)を寄せた。
蠅を憎む記 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
「はあ。どうかその疼くだけでも留ったらとそう思うんだけどね……自分も苦しいだろうが、どうも見ていて傍(はた)がたまらないのさ」とお光は美しい眉根(まゆね)を寄せてしみじみ言ったが
深川女房 (新字新仮名) / 小栗風葉(著)
十歳(とを)ばかりの頃(ころ)までは相應(さうおう)に惡戯(いたづら)もつよく、女(をんな)にしてはと亡(な)き母親(はゝおや)に眉根(まゆね)を寄(よ)せさして、ほころびの小言(こごと)も十分(ぶん)に聞(き)きし物(もの)なり、今(いま)の母(はゝ)は父親(てゝおや)が上役(うわやく)なりし人(ひと)の隱(かく)し妻(づま)とやらお妾(めかけ)とやら
ゆく雲 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
「私(わし)あ甘うて……。」と、可愛らしい顔を赧(あか)くして、甥が眉根(まゆね)を顰(しか)めた。
黴 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「やうやく、眉根(まゆね)を開きましたね。」リヴァズ氏が云つた。
(ちょっと眉根(まゆね)を寄せる)あらいやだ。桐(きり)のがらだわ。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
もっとも彼の眉根(まゆね)には薄く八の字が描かれていた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
冬木刑事が眉根(まゆね)に皺(しわ)をぐっと寄せた。
五階の窓:03 合作の三 (新字新仮名) / 森下雨村(著)
今は憂鬱(ゆううつ)に眉根(まゆね)を寄せて苦い薬を飲まされたような、頸(くび)を縊(し)められた人のような、神秘な表情をしているのですが、私は彼女のこの寝顔が大へん好きでした。
痴人の愛 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
美妙な曲線を長く描いてのどかに開いた眉根(まゆね)は痛ましく眉間(みけん)に集まって、急にやせたかと思うほど細った鼻筋は恐ろしく感傷的な痛々しさをその顔に与えた。
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
津下君は色の蒼白(あをじろ)い細面(ほそおもて)の青年で、いつも眉根(まゆね)に皺(しわ)を寄せてゐた。私は君の一家の否運が Kain のしるしのやうに、君の相貌の上に見(あら)はれてゐたかと思ふ。
津下四郎左衛門 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
眉根(まゆね)をひそめ、唇(くちびる)をきっと結び、不快な表情をして、彼を押しのけた。彼は言いつづけた。彼女はもってた仕事を下に投げ捨て、扉(とびら)を開いて、出て行こうとした。
次郎は真暗(まっくら)な中で思わず眉根(まゆね)をよせ、五体をちぢめた。温い夜具をとおして、何か冷やりとするものが、彼の心臓のあたりに落ちて来たような感じだったのである。
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
おじさんは、いつもは子どもにむだ口なんかきいてくれるいい人ですが、きょうは、何かほかのことで腹(はら)を立てていたとみえて、太い眉根(まゆね)をぴくぴくと動かしながら
小さい太郎の悲しみ (新字新仮名) / 新美南吉(著)
それにあのたあ様は眉根(まゆね)一つ動かさずにむしろその男につりこまれたかのように聞いておられた。
九条武子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
「風邪?——」と阿賀妻は咎(とが)めるように云った。眉根(まゆね)をしかめてしげしげと松岡を見つめていた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
一言の叫びをも言葉をも発する者はなく、皆一様に身を竦(すく)めながら眉根(まゆね)を寄せていた。
米友は、いよいよ不審の眉根(まゆね)を寄せながら、ついにその結び文を解いて見ました。
大菩薩峠:14 お銀様の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
十歳(とを)ばかりの頃までは相応に悪戯(いたづら)もつよく、女にしてはと亡(な)き母親に眉根(まゆね)を寄せさして、ほころびの小言も十分に聞きし物なり、今の母は父親(てておや)が上役なりし人の隠し妻とやらお妾(めかけ)とやら
ゆく雲 (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
お増は眉根(まゆね)を顰めた。
爛 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼女は完全にクリストフを認めた。買い手たちと話しながら、その頭越しに、眉根(まゆね)をよせて自分の賛美者を観察していた。彼女は法王のように威儀堂々としていた。
と、沢崎はいよいよ顔を曇らせて、眉根(まゆね)に深い皺(しわ)を寄せた。未亡人はもう追究するのを止(や)め
細雪:03 下巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
田川は、それまで、眉根(まゆね)をよせ、小首をかしげて、いやに深刻そうに畳(たたみ)の一点を見つめていたが、だしぬけに自分の名をよばれて、飯島とはちがった意味で、あわてたらしかった。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
少し眉根(まゆね)を寄せながら、手紙に読みふける木村の表情には、時々苦痛や疑惑やの色が往(い)ったり来たりした。読み終わってからほっとしたため息とともに木村は手紙を葉子に渡して
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
彼自ら自分を昔罪ありし者とほほえみながら言っていただけに、彼は少しも苛酷(かこく)なことがなかった、そしていかめしい道学者のごとく眉根(まゆね)を寄せることもせずに一つの教理を公言していた。
初夏の清々(すがすが)しい日光と風とを入れ、その膝のところに、ようやく這(は)うばかりになった男の子を遊ばせて、自分はその子の単衣(ひとえ)を縫っている若い女房は、ちょっと眉根(まゆね)を顰(ひそ)めて男の方を見やりました。
並(なら)べ立(た)てなば力車(ちからぐるま)に牛(うし)の汗(あせ)何(なん)の積(つ)み載(の)せきれるものかは言(い)はぬが花(はな)ぞお前(まへ)さまは盛(さか)りの身(み)春(はる)めき給(たま)ふは今(いま)の間(ま)なるべし薦(こも)かぶりながら見送(みおく)らんと詞(ことば)叮嚀(ていねい)に氣込(きごみ)あらく齒(は)の根(ね)きり/\と喰(く)ひしばりて釣(つ)り上(あ)ぐる眉根(まゆね)おそろしく散髮(さんぱつ)斜(なゝ)めに拂(はら)ひあげて白(しろ)き面(おもて)に紅(くれなゐ)の色(いろ)さしも優(やさ)しき常(つね)には
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
始終人から距(へだ)てをおかれつけた内田を喜ばしたので、葉子が来ると内田は、何か心のこだわった時でもきげんを直して、窄(せま)った眉根(まゆね)を少しは開きながら、「また子猿(こざる)が来たな」といって
或る女:1(前編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
俊亮は、一瞬、眼をつぶって眉根(まゆね)をよせたが、すぐわざとらしく笑い出して
次郎物語:02 第二部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
神経を押えつけて手を震わせまいとした。眉根(まゆね)を寄せて堅くなった。汗は両の頬(ほお)に流れた。一言も口をきかなかった。しかしときどき、癇癪(かんしゃく)を起こして飛び上がった。それからまた打ち始めた。
男と対談する間にも時々夢のような瞳を上げて、天井を仰いだり、眉根(まゆね)を寄せて群衆を見下ろしたり、真っ白な歯並みを見せて微笑(ほほえ)んだり、その度毎に全く別趣の表情が、溢れんばかりに湛(たた)えられる。
秘密 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
竜之助に言われて、山崎は眉根(まゆね)を寄せ、眼を光らかして
ふだんは、美しくひらいた眉根(まゆね)が、引きつるように、よっていた。
次郎物語:05 第五部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)