猫背ねこぜ)” の例文
と声があって、その衝立のうしろから現われた異様いような人物。長い中国服を着、その上に白い実験衣をフワリと着ている猫背ねこぜの男だった。
見えざる敵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そう云って、いつも炬燵こたつを前に、書物をのせた見台を左のかたわらに、そして、背中へは真綿を入れているとみえ、猫背ねこぜになって見えるのである。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
突然声をかけたのは首席教官の粟野あわのさんである。粟野さんは五十を越しているであろう。色の黒い、近眼鏡きんがんきょうをかけた、幾分いくぶん猫背ねこぜ紳士しんしである。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
みっともないほどのアバタづらで、アラビア人みたいに髪の毛が縮れて、猫背ねこぜで、がにまたで、肩章けんしょうのない軍服を着て、胸のボタンをはずしている。
はつ恋 (新字新仮名) / イワン・ツルゲーネフ(著)
「しかも曲っていらあ」「少し猫背ねこぜだね。猫背の鼻は、ちと奇抜きばつ過ぎる」と面白そうに笑う。「おっとこくする顔だ」と主人はなお口惜くやしそうである。
吾輩は猫である (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
片手に太いステッキを持ち、ほかの手でパイプをにぎったまま、少し猫背ねこぜになって生墻の上へ気づかわしそうな視線を注ぎながら私の方へ近づいて来た。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
そこには庚申塚こうしんづかが立っていた。禿はげ頭の父親が猫背ねこぜになって歩いて行くのと、茶色の帽子に白縞しろじまはかまをつけた清三の姿とは、長い間野の道に見えていた。
田舎教師 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
すると老人は、猫背ねこぜになって、顔をぐっと私の方へ近寄せ、膝の上で細長い指を合図でもする様に、ヘラヘラと動かしながら、低い低いささやき声になって
押絵と旅する男 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
猫背ねこぜな三味線の師匠は、小春日和こはるびよりの日を背中にうけた、ほっこりした気分で、耳の穴を、観世縒かんぜよりでいじりながら、猫のようにブルブルと軽く身顫みぶるいをした。
一世お鯉 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
身のたけは六フィート半もあるだろう。肩が習慣的に猫背ねこぜになっているのは、そんなにめっぽうに背が高いために必然の結果としてそうなったものらしく思われる。
少し背中を猫背ねこぜに曲げて、時々仰向いたり、軽くからだを前後に動かしたりしているのがいかにも自由な心持ちでそして三昧ざんまいにはいっているようなふうに見えた。
二十四年前 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ツァラアは少し猫背ねこぜに見える。せいは低いがしっかりした身体である。声も低く目立たない。しかし、こういう表面絶えず受身形に見える人物は流れの底を知っている。
厨房日記 (新字新仮名) / 横光利一(著)
貧相な猫背ねこぜだった。額部ひたいが抜け上がって、ほそい眼がしじゅう笑っていた。晩年はそれに、大きな眼鏡めがねをかけていた。鼻に特徴があって、横にねじれたような鼻であった。
巷説享保図絵 (新字新仮名) / 林不忘(著)
「本當ですとも、小作りで、——暗くて解らなかつたが猫背ねこぜの男でしたよ。何うも不思議だ」
駒をとどめて猫背ねこぜになり、川底までも射透さんと稲妻いなずまごとを光らせて川の面を凝視ぎょうししたが、潺湲せんかんたる清流は夕陽ゆうひを受けて照りかがやき、瞬時も休むことなく動き騒ぎ躍り
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
何かごわ/\した裲襠うちかけめいた物をまとって、猫背ねこぜの肩をかゞめて、引きずった裾が寝ている人に触らぬように、そして、衣ずれの音を少しでも殺すように、両手でつまを取っていた。
彼はルイザと同じく小柄で、せて、ひ弱で、少し猫背ねこぜだった。年齢はよくわからなかった。四十歳を越してるはずはなかったが、見たところでは五十歳かその上にも思われた。
焼山やけやまについてやすんだところで、渋茶しぶちやむのはさだめししわくたの……ういへば、みちさか一つ、ながれちかく、がけぶちの捨石すていしに、竹杖たけづゑを、ひよろ/\と、猫背ねこぜいて、よはひ、八十にもあまんなむ
十和田湖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
しり端折ぱしょりの尾骶骨かめのおのあたりまで、高々たかだか汚泥はねげた市松いちまつの、猫背ねこぜ背中せなかへ、あめ容赦ようしゃなくりかかって、いつのにかひとだかりのしたあたり有様ありさまに、徳太郎とくたろうおもわずかめのようにくびをすくめた。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
すこし猫背ねこぜでせいの高い
『春と修羅』 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
最後に僕の知つてゐる頃には年とつた猫背ねこぜの測量技師だつた。「大溝おほどぶ」は今日こんにち本所ほんじよにはない。叔父もまた大正の末年ばつねん食道癌しよくだうがんを病んで死んでしまつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
がんらい、家康という人、心のうちの喜怒哀楽きどあいらくを色にださないたちである。いつも、むッつりと武者むしゃずわりをして、少し猫背ねこぜになりながら、寡言多聞かげんたぶんを心がけている。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「色は白いけれど変なのよ、猫背ねこぜなのよ、桜津っていうので、うちの女中なんか殿様だの御前ごぜんだのってほど、華族の若様ぜんとしているのよ。桜津三位中将さんみちゅうじょうって渾名あだななの。」
田沢稲船 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
彼はルイザとおなじように小柄こがらで、せていて、貧弱ひんじゃくで、少し猫背ねこぜだった。としのほどはよくわからなかった。四十をこしているはずはなかったが、見たところでは五十以上いじょうに思われた。
ジャン・クリストフ (新字新仮名) / ロマン・ロラン(著)
生徒はまたりょうに「たつのおとし子」というあだ名をつけていると自分で話していた。これは彼の顔つきややせてひょろ長く、猫背ねこぜを丸くしている格好などから名づけたものであろう。
亮の追憶 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
私は猫背ねこぜになって、のろのろ歩いた。霧が深い。ほんのちかくの山が、ぼんやり黒く見えるだけだ。南アルプス連峰も、富士山も、何も見えない。朝露で、下駄がびしょぬれである。
あによめは席に着いた初から寒いといって、猫背ねこぜの人のように、心持胸から上を前の方にこごめて坐っていた。彼女のこの姿勢のうちには女らしいという以外に何の非難も加えようがなかった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
馬は一条ひとすじの枯草を奥歯にひっ掛けたまま、猫背ねこぜの老いた馭者ぎょしゃの姿を捜している。
(新字新仮名) / 横光利一(著)
猫背ねこぜで、獅子鼻ししばなで、反歯そっぱで、色が浅黒くッて、頬髯ほおひげうるさそうに顔の半面をおおって、ちょっと見ると恐ろしい容貌ようぼう、若い女などは昼間出逢であっても気味悪く思うほどだが、それにも似合わず
少女病 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
デニー博士は、頬髭ほほひげ顎髭あこひげの中から、疲れた色を見せていた。長身猫背ねこぜを丸くし、右手ににぎったステッキで歩行をたすけている。これが、かの有名な火星探険協会長のデニー博士の姿である。
火星探険 (新字新仮名) / 海野十三(著)
少々猫背ねこぜの、老紳士でしたが、横顔にどこか見覚えがある様な気がしたので、立止って、じっと見ていますと、紳士は事務所の入口で、靴を拭きながら、ヒョイと、僕の方を振り向いたのです。
目羅博士の不思議な犯罪 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「でも、猫背ねこぜとわかつて居るんだから、これはわけもなく見付かるぜ」
決して猫背ねこぜではないのであるが、肉づきがよいのでうずたかく盛り上っている幸子の肩から背の、れたはだの表面へ秋晴れの明りがさしている色つやは、三十を過ぎた人のようでもなく張りきって見える。
細雪:01 上巻 (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
外の光になれた私の眼には家の中は暗くて何も見えなかったが、その明るい縁さきには、猫背ねこぜのおばあさんが、古びたちゃんちゃんを着てすわっていた。
日光小品 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
シラーの家はいっそう質素と言うよりはむしろ貧しいくらいでした。ゲーテの家には制服を着けた立派な番人が数人いましたが、シラーのほうには猫背ねこぜの女がただ一人番していました。
先生への通信 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
向うから来た釜形かまがたとがった帽子をずいて古ぼけた外套がいとう猫背ねこぜに着たじいさんがそこへ歩みをとどめて演説者を見る。演説者はぴたりと演説をやめてつかつかとこの村夫子そんぷうしのたたずめる前に出て来る。
カーライル博物館 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし彼はどう云うわけか、誰よりも特に粟野さんの前に、——あの金縁きんぶちの近眼鏡をかけた、幾分いくぶん猫背ねこぜの老紳士の前に彼自身の威厳を保ちたいのである。……
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)