じっ)” の例文
で、またとぼとぼと杖にすがって、向うさがりに、この姿が、階子段に隠れましたを、じっると、老人思わず知らず、べたりと坐った。
白金之絵図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
三吉は姉の肉声を通して、暗い座敷ろうの格子に取縋とりすがった父の狂姿を想像し得るように思った。彼はお種の顔をじっと眺めて、黙って了った。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
怒鳴られたので僕は喫驚びっくりして泣きながら父の顔を見てると、父もしばらくは黙ってじっと僕の顔を見て居ましたが、急に涙含なみだぐんで
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ぶるぶるとしてハッと気が付くと、隊の伍長のヤーコウレフが黒眼勝のやさしい眼で山査子さんざしあいだからじっ此方こちらを覗いている光景ようす
二郎はその合歓の木蔭に来て鎌や、なたほうり出して、芝生の上に横になって何を考うるともなくじっと池の上を見下している。
稚子ヶ淵 (新字新仮名) / 小川未明(著)
声をかけて置いて、じっと聞き耳を立てたが、吾声わがこえ攪乱かきみだした雑木山の静寂せいじゃくはもとにえって、落葉おちば一つがさとも云わぬ。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「何しろどこだ知らん。薄気味悪さに、かしらもたげて、じっと聞くと……やっぱり、ウーと呻吟うなる、それが枕許のその本箱の中らしい。」
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
旦那様がじっと奥様の横顔を御眺めなさるときは、もう何もかも忘れて御了いなすって、芝居好が贔負ひいき役者に見惚みとれるような目付をなさいます。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『ア、ア、アッ、アッ!』と叫んで突起つったったかと思うと、又尻餅しりもちついじっと僕を見た時の顔色! 僕は母が気絶したのかと喫驚びっくりしてそば駈寄かけよりました。
運命論者 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
其れから彼はもちでもやると容易よういに食わず、じっと主人の顔を見て、其れ切りですか、まだありますかと云うかおをした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
赤目の女は暫時ざんじ扉の隙から見守っていたが、容易に翁が身動きもせずにじっとしているので、そのまま音を盗んで扉を閉めて、自分等の室に歩みを返しててしまったという。
(新字新仮名) / 小川未明(著)
そして、ぱっちりした、うるみのある、涼しい目を、心持俯目ふしめながら、大きくみひらいて、こっちに立った一帆の顔を、向うからじっと見た。
妖術 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
洋燈ランプの光がその玻璃ガラスに映った、三吉は火の影をじっつめて、何をお俊が母親に語りつつあるか、と想像してみた。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
自分は学校の窓から裏庭うらて羅漢松くさまきの芽の新なる緑をじっ見入みいって色々の空想にふけっていた。するとベルが鳴ってハーン先生が来たのである。この日初めて先生の顔を見るのだ。
一円紙幣で百枚! 全然まるで注文したよう。これを数える手はふるえ、数え終って自分は洋燈ランプの火をじっと見つめた。直ぐこれを明日銀行に預けて帳簿のおもてを飾ろうと決定きめたのである。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
百合 真夏土用の百日ひでりに、たとい雪が降ろうとも、……(と立ちながら、納戸の方をじって、学円に瞳を返す。)御機嫌よう。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
お福がコワいようだと言ったは、三吉の学校を卒業する頃の写真で、じっと物をつめたような眼付に撮れていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すべてこれ等の苦々にがにがしい情は、これまで勤勉にして信用厚き小学教員、大河今蔵の心には起ったことはないので、ああ金銭かねが欲しいなアと思わず口に出して、じっと暗い森の奥を見つめた。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まあ、顔が真蒼まっさお、と思うと、小雪さんはじっと沖を凝視みつめました、——其処に——貴方のおつむりと、真白な肩のあたりが視えましたよ。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
いや、暑いにも何にも。おまけに風通しは悪いと来てる。僕なぞはあの窓のところに横に成ってサ、こうじっと身体を
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
敷居に立って豆洋燈を高くかかげて真闇の隅々すみずみじっと見ていたが、かまどの横にかくれて黒い風呂敷包が半分出ているのに目が着いた。不審に思い、中を開けて見ると現われたのが一筋の女帯。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
まして得三高田等は、驚き恐れつ怪しみて、一人立ち、二人立ち、次第に床の前へ進み、じっと人形を凝視みつめつつ三人みたり少時しばらく茫然たり。
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
奥様がそれを引寄せて、御畳みなさるところを、御客様は銜煙管くわえぎせるで眺入って、もとの御包に御納おしまいなさるまで、じっと視ていらっしゃいました。思いついたように
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
返事がないので、磯は丸く凸起もちあがった布団を少時しばらじっていたが
竹の木戸 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
お婆さんの御新姐の手から冷酒を三杯たてつづけて、袴に両手をついて、じっとうつむいた。が、渋苦しぶにがい顔して、ほろほろと涙ぐんだ。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
名倉の阿爺おとっさんなぞは、君、今に僕が共潰ともつぶれに成るか成るかと思って、あの通りじっと黙って見てる……決して僕を助けようとはしない。実に、強い人だネ。僕もまた、痩我慢やせがまんだ。
家:02 (下) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
しかし、気をつけて見ると、あれでもしおらしいもので、路端みちばたなどをわれがおしてるところを、人が参って、じっながめて御覧なさい。
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
こう三吉はさも草臥くたぶれているらしく答えて、それぎり黙って了った。身動きもせずにいると、自分で自分の呼吸を聞くことが出来る。彼は寝床の上に震えながら、じっと寝た振をしていた。
家:01 (上) (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
姉がじっながめていたが、何と思ったか、栄螺と蛤をもとへ直すと、入かわりに壇へ飾ったその人形を取って、俎の上へ乗せたっけ……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言われて、私は逢いに来た父親おやじよりも、逢いに来ない母親おふくろの心が恋しくも哀しくも思われました。歯医者はじっと物を考えて、思い沈んでおりましたのです。奥様はその顔を覗くようになすって
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
間の悪さは、馬蛤貝まてがいのちょうど隠家かくれが。——塩を入れると飛上るんですってねと、娘の目が、穴の上へ、ふたになって、じっのぞく。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
が、思切って、と寄った、膝を膝に突掛つッかけて、肩に手を懸けるとうっかりした処を不意に抱起されて、呆れるのを、じっと瞶め
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
(じみなんですからおっかさん似合いますよ、)と嬉しそうにいう顔をながめながら、お絹は手を通しつつふり沢山な裏と表をじっと見て
湯島詣 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
あのふすまを振向いてじっろ、とおっしゃったって、容易にゃそちらも向けません次第で、御覧の通り、早や固くなっております。
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
打見うちみに何の仔細しさいはなきが、物怖ものおじしたらしい叔母のさまを、たかだか例の毛虫だろう、と笑いながら言う顔を、なさけらしくじっと見て
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
影を映した時でした……其のや用のおもむきを言ひ聞かされた、髪の長い、日本の若い人の、じっと見るのと、ひとみを合せたやうだつたつて……
印度更紗 (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
ちっとでも涼しい心持に成りたくッて、其処等の木の葉の青いのをじっと視ていて、その目で海を見ると、やっと何うやら水らしい色に成ります。
浮舟 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
真中まんなかに、とがった銀杏返いちょうがえしで胸を突出しながら、額越ひたいごしじっとこちらをたのは、昨日きのうのお久という人で、その両傍りょうわきから躍り出した二人の少年が
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「騒がないで、じっとしていさえすれば、何事もありません。動くと申して、別にさかさに立って、裏返しになるというんじゃないのですから、」
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
なみの大きさの、しかも、すらりとした脊丈せたけになって、しょんぼりした肩の処へ、こう、おとがいをつけて、じっと客人の方を見向いた、その美しさ!
春昼 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
親か、姉か、見えない空から、手だけでおさえて、毒な酒はお飲みでない、と親身に言ってくれるように、トその片手だけじっと見たんだ。……
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
じっと顔を見ると、明の、まなじりの切れた睫毛まつげの濃い、目の上に、キラキラとした清い玉は、同一おなじ雨垂れに濡れたか、あらず。……
草迷宮 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と言いかけてと小さなといき、人質のかのステッキを、斜めに両手で膝へ取った。なさけの海にさおさす姿。思わず腕組をしてじっと見る。
春昼後刻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
一言いったきり、一樹がじっ凝視みつめて、見る見る顔の色がかわるとともに、二度ばかり続け様に、胸をでて目をおさえた。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
外套から、やがて両手を、片手でその手首を、さもいたわりそうに取って、据えると、扇子持つ手の甲をじっと重たげにて、俯向うつむいて言った。
卵塔場の天女 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
と打傾いて、遠くへな、てまえを導いて教えるような、その、目は冴えたがうっとりした顔をじっと見ながら聞き澄ますと、この邸じゃありません。
式部小路 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
って出るように水をのぞく、と風が冷かにかおを打つ。欄干にしかと両手を掛けた、が、じっと黙って、やがてしずかに立直った時、酔覚えいざめの顔は蒼白あおじろい。
日本橋 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
莞爾にっこりした流眄ながしめなまめかしさ。じっと見られて、青年は目を外らしたが、今は仕切の外に控えた、ボオイと硝子がらす越に顔の合ったのを、手招きして
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
唄いながら、草や木の種子たねを諸国にく。……怪しい鳥のようなものだと、その三味線が、ひとりで鳴くようにじった。
唄立山心中一曲 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
そして、すいたらしいッてね、私の手首をじっと握って、真黄色まっきいろな、ひらったい、小さな顔を振上げて、じろじろと見詰めたの。
悪獣篇 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)