あぶ)” の例文
あの太陽が、一旦、ギラギラと光り出して、地獄と名づくる精神病者の一大解放治療場の全面をあぶりまわし初めたらナカナカ止めない。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
国吉はそう云って走ってゆき、まもなく戻って来ると、なにかの草の葉をあぶったような、べっとりした物をさわの指の患部にり着けた。
榎物語 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
公益を重んじて来た老人たちの眼の冴え光っている慎しさに、しばらく部屋が鳴りをひそめあぶる手さきだけ温かい。そのうち膳部が出た。
ここのあるじは、郭常かくじょうという人の良さそうな人物だった。羊をほふってあぶり肉にしたり、酒を温めて、一同をなぐさめたりしてくれた。
三国志:06 孔明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「どうしてそれが罪にならないのか? ばかなことを言え、そんな口をきくとまっすぐに地獄へ突き落とされて、羊肉のようにあぶられるぞ」
とりわけ、焼いて食うのが一番美味い。焼きたてならばそれに越したことはないが、焼きましのものは、改めて遠火であぶって食べるがよい。
鱧・穴子・鰻の茶漬け (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
堅くなった蓬餠でもあぶりながら、三年会わなかった弟の勇吉が駅で自分を見それて、吃驚びっくりしたように誰かと思ったと云った話もしたいのであった。
三月の第四日曜 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
そうなるとまた反古紙を貼り直し、またそれをあぶり、またまたその上へ鳥の子を、またまたそれを火で乾かすのだった。
小説 円朝 (新字新仮名) / 正岡容(著)
脳天をあぶりつける太陽が宛然まるで火の様で、そよとの風も吹かぬから、木といふ木は皆死にかかつた様に其葉を垂れてゐた。
二筋の血 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
ただ最近多少昂奮こうふんし易くなったことは事実で、そういう時、数年間まるで忘却していた姿の或る情景などが、あぶり出しの絵の様に、突然ありありと
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
それから部屋の隅にかかッている竹筒の中から生蝋きろうを取り出して火にあぶり、しきりにそれを髪の毛に塗りながら。
武蔵野 (新字新仮名) / 山田美妙(著)
「御支配、朝あけからあぶられつづけでは、御老体にさわりましょう。チト日蔭に入って、涼まれては、いかが」
ひどい煙 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
傾きやすき冬日の庭にねぐらを急ぐ小禽ことりの声を聞きつつ梔子の実をみ、寒夜孤燈の下にこごゆる手先をあぶりながら破れた土鍋どなべにこれを煮る時のいいがたき情趣は
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
年長の芸妓は物事の真面目まじめな相談にあずかるように、私が押し出してやってある長火鉢に分別らしく、手をあぶりながら、でもその時急に私の方を顧慮する様子をして
河明り (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
それで、ときどき、陸に引きあげて、船の裏をきれいにこそぎ落し、火をたいてあぶる。これを方言で、「たでる」というが、仕事休みの日を利用して行われる。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
と蒙古鍋を持ち込み、焚火の上に羊肉をあぶる。一同は剣の尖に突き差して立食する。月いよいよ冴える。
家庭へ持ち帰ると細君の智慧ちえで焼鳥風にやつてみることゝなり、肉を串にさして昆炉こんろの炭火であぶつたところ、脂肪が焼けて濃い煙が、朦霧のやうに家中へ立ちこめ
たぬき汁 (新字旧仮名) / 佐藤垢石(著)
黒紋付羽織の姿をあぶらせながら、一息に云って来たが、俄に口をつぐんで、当惑したように総司を見た。
甲州鎮撫隊 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
若いせいかも知れないけれども、蝉のあぶられるようなそうぞうしさ。池のほとりを高等学校の生徒が灰色の服を着て下駄ばきで歩いている。みんなりりしく見える。
新版 放浪記 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
帰期かえりらせに来た新造しんぞのお梅は、次の間の長火鉢に手をかざし頬をあぶり、上の間へ耳をそばだてている。
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
メァリーは、顏を上げて、私を見つめた。彼女が火にあぶつてゐる二羽のひな肉汁にくじふを垂らしてゐた柄杓ひしやくは、凡そ三分間位の間何もないところにつき出されたまゝだつた。
入れてテンピへ入れますのは下から湯で蒸され上からは火であぶられて極く塩梅あんばいになるのです。
食道楽:秋の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
夏場の市はからきし不景気で、ななツ半時分だと露天みせ日覆ひおいの影もそう長くは延びていない頃だのに、みちは人影もまばらで、熱い陽あしがはすかいに背中をあぶるばかりだった。
蕎麦の花の頃 (新字新仮名) / 李孝石(著)
見附の火の見やぐら遠霞とおがすみで露店の灯の映るのも、花の使つかいながめあえず、遠火であぶらるる思いがしよう、九時というのに屋敷町の塀に人が消えて、御堂みどうの前も寂寞ひっそりとしたのである。
菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
福治爺は、豚小屋のような、小さくって穢い家の中で、炉端に犬の皮を敷いて、垢に汚れたどてらを著込んで、ふくろうが身顫いした時のように、丸くなって、焚火に腹をあぶって居た。
(新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
あぶってみたり、水にらしてみたり、薬を塗ってみたり、いろいろ工夫をしたんだろう。
古い土佐のことわざに、遠火とおびに物をあぶって火のとどかないことを、手結山ていやまの火と云ったものだ。
宇賀長者物語 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
茶器を引寄せ、無造作に入れて、濃く熱いやつを二人の客にも勧め、自分も亦茶椀を口唇くちびる押宛おしあながら、かうばしくあぶられた茶の葉のにほひを嗅いで見ると、急に気分が清々する。
破戒 (新字旧仮名) / 島崎藤村(著)
一度燃えついた火焔かえんのいきおいは、積みあげた木の間にいまわっていた。湿りけをぱちぱちとはじきだすのだ。あぶりだされてまっ赤になった戸田老人は、あきらかに生気を取り戻した。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
新「じゃア伯父さん提灯を一つ貸して下さいな、弓張でもぶらでもなんでもいから、え、蝋燭ろうそくが無けりゃア三ツばかりつないで、え、箸を入れてはいけませんよ、あぶればようございます」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
庭が狭いのとへいが高いので、日の射し込む余地もなかったが、その代り風の通る隙間すきまにも乏しかった。ある時は湿しめっぽい茶座敷の中で、四方から焚火たきびあぶられているような苦しさがあった。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
とろとろ辻占の紙をあぶり、酔眼をかっと見ひらいて、注視しますと、はじめは、なんだか模様のようで、心もとなく思われましたが、そのうちに、だんだん明確に、古風な字体の、ひら仮名が
愛と美について (新字新仮名) / 太宰治(著)
「さうだな衣物きものあぶえゝだやうねえなそんぢや褞袍どてらでもからつてつとえゝな、蒲團ふとんだけぢやぬくとまれめえこら」かれすこ權威けんゐつた態度たいどでいつた。せま小屋こや焚火たきびえてた。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
暑さで融けた樹脂やにのくっついた衣服を着て、あぶられるような思いをしながら坐っていて、自分の周りには血がたくさん流れているし、あたり中に死体がごろごろ横っているので、それを見ていると
それと同じように、一羽の鳩にしても、いぎりすの眼には資本帝国主義のあらゆる美名家として映るだろうし、ホッテントットにとっては単にあぶり肉の晩餐を聯想させるに過ぎないかも知れないのだ。
踊る地平線:09 Mrs.7 and Mr.23 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
行燈型の枠を取付けた白角い七輪のトロ火であぶり乾かして、麦稈むぎわらを枕大に束ねて筒切りにしたホテというもの一面に刺して天日に乾かす。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
裁きのことをなにかきくかと思ったが、もちろんそんなことは口にせず、やまどりが手に入ったから、あぶり焼きとおわんにしましたと云った。
改訂御定法 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
身屋むや贄殿にえどのの二つのすみには松明が燃えていた。一人の膳夫かしわでは松明のほのおの上で、鹿の骨をあぶりながら明日の運命を占っていた。
日輪 (新字新仮名) / 横光利一(著)
同時に、東儀与力の脳裡には、つい先程、「時雨しぐれの笛」の中から出た手紙の署名——あの郁次郎という文字を、あぶり出しのように思いうかべた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
埃と白墨チヨオクみた詰襟の洋服に着替へ、黒いボタンを懸けながら職員室に出て来ると、目賀田は、補布つぎだらけな莫大小メリヤスの股引の脛を火鉢にあぶりながら
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
もともと秋冬あきふゆのない島だが、夏の季に入るなり、一帯の岩島が日輪にあぶりつけられて火煙ひけむりをあげるほどに熱し、岩層に手足をつけるとたちまち大火傷やけどをする。
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
伸子は、ゆったりおさまっていたベッドの下が急にあぶられて熱くなりだしたような眼で素子に相談しかけた。
道標 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
乾燥したくちこ、すなわち、このこは網の上に載せ、火にあぶって、そのまま食ったり、椀種わんだねにしたりする。
くちこ (新字新仮名) / 北大路魯山人(著)
山女魚や岩魚を山径の傍らでにわか作りの熊笹の串に刺し、塩をまぶしてあぶった淡味とは、ともに異なった環境を心に配して、それぞれ独特の食趣を舌に覚えるのである。
雪代山女魚 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
破れふすぶれた障子を陽にあぶらせて立っていたが、その障子が、内側から細目に開き、一人の武士が、身を斜めに半身を現わし、蒼味がかった、幽鬼じみた顔を覗かせた。
血曼陀羅紙帳武士 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
はずんだ勢いから、わたくしは同じ火鉢に手をあぶり合っている池上の煙草を持たない方の左の手首を「いや」というほどつねってしまいましたのは自分ながら愕くほどでした。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
あぶつて見たり、水にぬらして見たり、藥を塗つて見たり、いろ/\工夫をしたんだらう。
血腥ちなまぐさいことにならなければよいがと云う気持ちと一緒に、隆吉が思いきりよく、新しい嫁を選んでくれればいいと云った様々な思いが、千穂子の頭の中をあぶるようにぜているのだ。
河沙魚 (新字新仮名) / 林芙美子(著)
芝居が休みで、女形おやま自宅うちにいるようだ。海苔のりか何かあぶりながら、一本つけている。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
四隻ともよく船裏を磨き、火であぶって、コールタールを塗ると、仕事は終りである。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)