流転るてん)” の例文
旧字:流轉
しかし盲目の母を引き連れて流転るてんするのは難儀のことと察しられるから、村方一同はかれに代って母の一生を扶持すべしとあった。
半七捕物帳:24 小女郎狐 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
そうして、大きな空を仰いで、彼の前に突如としてやんだように見えるこの劇が、これから先どう永久に流転るてんして行くだろうかを考えた。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
そして、梶原景時は、府を追われて、駿河路するがじで兵に殺された。武門の流転るてんは、激浪のようである。法門の大水たいすいは、吐かれずしてよどんでいる。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
あれからいったいどういう流転るてんをへて、あんな橋の下に、小屋を張っているのだろうと、与吉のあたまは、数多あまたの疑問符が乱れ飛んで、飛白かすりのようだ。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
叔父はその後友人の負債の責任をしょって東京にいられなくなり、各地を流転るてんしたあげくに、ほとんど誰も知らないような状態で、北海道で死んでしまった。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それから幾千年かを隔てたのち、この魂は無数の流転るてんけみして、また生を人間じんかんに託さなければならなくなった。それがこう云う私に宿っている魂なのである。
尾生の信 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
だからお前は、絶えず流転るてんをかさねている。宇宙のなかで、常住不変のものがあれば、それはただ霊魂だけだ。
上から下方へ、また下から上方へ、絶えず楕円形だえんけいを描きつつ流転るてんしているわけだ。同様のことは小仏ながら、たちばな夫人念持の白鳳仏にもうかがわれると思う。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
それでも旅から旅へうつる瞬間には、どうしてもこの哀愁をのがれることができない。哀愁に伴うて起る愛惜あいじゃくの念が、流転るてんきわまりなき人生に糸目をつける。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
続いて貧道座に上り、くわしく縁起の因果を弁証し、六道りくどう流転るてん輪廻転生りんねてんしょうことわりを明らめて、一念弥陀仏みだぶつ即滅無量罪障そくめつむりょうざいしょう真諦しんたいを授け、終つて一句のを連らぬ。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
今の人は譲歩と云ふことの真意義を知らない。けれども姑息こそくの妥協は、政治、経済の上では勿論、学問の上にも屡々行はれて、それで大きな勃発もなしに流転るてんして行く。
計画 (新字旧仮名) / 平出修(著)
流転るてん、無常を差別相の形式と見、空無くうむ涅槃ねはんを平等相の原理とする仏教の世界観、悪縁にむかって諦めを説き、運命に対して静観を教える宗教的人生観が背景をなして
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
すべての生物はみな無量のカルパの昔から流転るてんに流転を重ねて来た。流転の階段は大きく分けて九つある。われらはまのあたりその二つを見る。一つのたましいはある時は人を感ずる。
ビジテリアン大祭 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
真夜中まよなかごろ、は、あたまうえを、あおほのおをひいてながれるほしました。なんとなく、宇宙うちゅう存在そんざいするいっさいのものが、運命うんめい支配しはいされ、流転るてんすることをかたるごとくにかんじたのです。
しんぱくの話 (新字新仮名) / 小川未明(著)
中之島公園の川岸にたたずんで死を決していた長藤十吉君(当時二十八)を救って更生こうせいへの道を教えたまま飄然ひょうぜんとして姿を消していた秋山八郎君は、その後転々として流転るてんの生活を送った末
アド・バルーン (新字新仮名) / 織田作之助(著)
売笑という語をもし文字通りに取るならば、粗野なる田舎の笑いには彼らから買うものが最も多かったろう。そうしていわゆる流転るてんの生活も、彼らが最も適切に是を体現していたといえる。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
此処から来路らいろを見かえると、額縁がくぶちめいた洞門どうもんしきられた宇治川の流れの断片が見える。金剛不動の梵山ほんざん趺座ふざして、下界流転るてんの消息は唯一片、洞門をひらめき過ぐる川水の影に見ると云う趣。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
人はそこに、常なく定めなき流転るてんの力に対抗する偉大な山嶽さんがく相貌そうぼうを仰ぎ見ることができる。覚明行者かくみょうぎょうじゃのような早い登山者が自ら骨をうずめたと言い伝えらるるのもその頂上にある谿谷けいこくのほとりだ。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
あらゆる物が流転るてんするのを見て感傷的になるのは、物をとらえてその中に入ることのできぬ自己を感じるためである。自己もまた流転の中にあるのを知るとき、私は単なる感傷に止まり得るであろうか。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
思ひきや月も流転るてんのかげぞかしわがこしかたに何をなげかむ
柳原燁子(白蓮) (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
流転るてんそうぼうぜむと、心のかわきいとせち
海潮音 (新字旧仮名) / 上田敏(著)
流転るてん現ずるたふときひらめきか。
(新字旧仮名) / 石川啄木(著)
流転るてん
もくねじ (新字新仮名) / 海野十三(著)
「なにさま……」と、尊氏は雨露うろや泥にまみれた無数の旗を見まわして「——浮きつ沈みつの、流転るてんそのまま、波間の泡ツブでも見るようだわえ」
私本太平記:11 筑紫帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかし僕はO君と一しよに両国橋を渡りながら、大川おほかはの向うに立ち並んだ無数のバラツクを眺めた時には実際烈しい流転るてんさうに驚かないわけにはかなかつた。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
田島さんの報告によれば、小牧は東京にて相当の生活をいとなみいたりしが、磯貝の父のために財産を差押えられ、妻子にわかれて流転るてんの末に、鹿沼の町にて職工となりたる也。
慈悲心鳥 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
「君のいうような不安は、人間全体の不安で、何も君一人だけが苦しんでいるのじゃないとさとればそれまでじゃないか。つまりそう流転るてんして行くのが我々の運命なんだから」
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
今日の社会にしても、一つの動きのある絵として見、音のある詩として聞き、光と色の錯雑し、流転るてんする世界として感じた時に、このあわただしい現実にも、自ら夢幻の湧くがごときものです。
時代・児童・作品 (新字新仮名) / 小川未明(著)
その悪果故に、又新なる悪業を作る。斯の如く展転して、つひにやむときないぢゃ。車輪のめぐれどもめぐれども終らざるが如くぢゃ。これを輪廻りんねといひ、流転るてんといふ。悪より悪へとめぐることぢゃ。
二十六夜 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
どちらもその眼差の前方に流転るてんしているのは凄惨せいさんな地獄であるはずだ。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
本有心蓮ほんぬしんれんの月の光というものは、ゆたかに私共の心のうちに恵まれるものに相違ございませんが、何を申すも無明長夜の間にさまようて、他生曠劫たしょうこうごうの波に流転るてんする捨小舟すておぶねにひとしき身でございます
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
流転るてんはげしい都から、この無変化な、原始の原貌をもったままの天地へ帰って来て、彼は、回顧のなつかしさよりも、不安に似た寂寥せきりょうにとらわれた。
平の将門 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
最後に川の上を通る船も今では小蒸汽こじようき達磨船だるまぶねである。五大力ごだいりき高瀬船たかせぶね伝馬てんま荷足にたり田船たぶねなどといふ大小の和船も何時いつにか流転るてんの力に押し流されたのであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかもこの異分子もまたB主義の名におおわれてしだいしだいに流転るてんして行くうちには、B主義の意味が一歩ごとにれて、摺れるたびに定義が変化して、変化の極は空名に帰着するか
創作家の態度 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その悪果故に、又新なる悪業を作る。斯の如く展転して、ついにやむときないじゃ。車輪のめぐれどもめぐれども終らざるが如くじゃ。これを輪廻りんねといい、流転るてんという。悪より悪へとめぐることじゃ。
二十六夜 (新字新仮名) / 宮沢賢治(著)
久しかりし流転るてん般若はんにゃは、よろこびにふるえる金吾の手にかかえられながら、改めて、万太郎の手許へ返される。
江戸三国志 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
寒山拾得かんざんじつとくは生きてゐる。永劫えいごふ流転るてんけみしながらも、今日猶この公園の篠懸の落葉を掻いてゐる。
東洋の秋 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
彼らがこの矛盾をおかして塵界じんかい流転るてんするとき死なんとして死ぬあたわず、しかも日ごとに死に引き入れらるる事を自覚する。負債をつぐなうの目的をもって月々に負債を新たにしつつあると変りはない。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
流転るてんの境涯をつづけながら、心だけは、幾年たッても、新九郎を忘れずに今日まで一念で来たことは、紀州屋敷で会ってから、この扇屋へ落ちついた晩に
剣難女難 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
如何いか万法ばんぱふ流転るてんするとはいへ、かういふ変化の絶えない都会は世界中にも珍らしいであらう。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
また内省ができるほどの心機転換の活作用に見参げんざんしなかったならば——あらゆる苦痛と、あらゆる窮迫と、あらゆる流転るてんと、あらゆる漂泊ひょうはくと、困憊こんぱいと、懊悩おうのうと、得喪とくそうと、利害とより得たこの経験と
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
世の流転るてんのはげしさ、栄華えいがのはかなさ、人心のたのみなさ、なべて、かたちのあるものの泡沫ほうまつにすぎない浮き沈みであることを、余りにも、かれは見てきた。
新書太閤記:11 第十一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
万法ばんぽふ流転るてんを信ずる僕といへども、目前もくぜん世態せたい変遷へんせんを見ては多少の感慨なきを得ない。
変遷その他 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
母のに服すこと一年、まもなく旅へ出て、泉州の南宗寺へ身を寄せ、後には大徳寺へも参じ、また、光広卿などと共に、世の流転るてんをよそに、歌行脚よし、茶三まいよし
宮本武蔵:07 二天の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
芭蕉もやはり木の葉のやうに、一千余句の俳諧は流転るてんに任せたのではなかつたであらうか? 少くとも芭蕉の心の奥にはいつもさう云ふ心もちの潜んでゐたのではなかつたであらうか?
芭蕉雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「いや、人の流転るてんはわからぬものゆえ、ひょっとしたら、やはりお通がいるのかも知れない」
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
本阿弥ほんあみ折紙をりかみ古今ここんに変ず。羅曼ロマン派起つてシエクスピイアの名、四海に轟く事迅雷じんらいの如く、羅曼派亡んでユウゴオの作、八方にすたるる事霜葉さうえふに似たり。茫々たる流転るてんさう。目前は泡沫、身後しんごは夢幻。
窮迫している様子が、その一言ひとことでわかった。彰義隊以来の思い出を語ろうでもなければ、流転るてんを慰め合おうでもない。そういう愚痴や回顧をいう余裕すらない様子なのである。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
しかしあらゆる天国も流転るてんせずにはゐることは出来ない。石鹸の匂のする薔薇の花に満ちたクリスト教の天国はいつか空中に消えてしまつた。が、我々はその代りに幾つかの天国を造り出してゐる。
西方の人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
尼とかく一との、以後の流転るてんなども聞き終り、努めて、むかしの古傷には触れずにいた。