日和ひより)” の例文
何処からか飼いうぐいすの声も聞えてくると言った長閑のどかさ、八五郎の哲学を空耳に聴いて、うつらうつらとやるには、申分の無い日和ひよりです。
次の日はあまり涼しくもなく、あまり暖かくもなく、よい日和ひよりであった。そよ吹く風もやわらかで、自然はほほえむようにもみえた。
式台の下には、いきな女下駄や、日和ひよりや、駒下駄や草履が、いっぱいに並んでいた。取次について、長い一間廊下を、書院まで通ると
(新字新仮名) / 吉川英治(著)
いや、尼どころか、このくらい悟り得ない事はない。「お日和ひよりで、坊さんはお友だちでよかったけれど、番傘はお茶を引きましたわ。」
遺稿:02 遺稿 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
おしお やがてもう暮れるというに、姉妹きょうだいの方々は何をしてござるのやら……。このごろの日和ひよりくせで、又降って来たようじゃが……。
平家蟹 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
旅するものに取ってはこの上もない好い日和ひよりだった。汽車が国府津の方へ進むにつれて、温暖あたたかい、心地こころもちの好い日光が室内にあふれた。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
そういうかがやかしい日和ひよりを何か心臓がどきどきするほど美しく感じながら、かわいそうなお前の起きてくるのを心待ちに待っていた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
「は、は、は、故実まで研究しての上の御執心ではかなわぬ、いずれそのうち海路の日和ひよりというものもござろう、気永く待つことじゃ」
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
老夫人と差向いの時に「お日和ひよりがこう続いては麦の肥料こえが利くまいのう」とか、「悪い時に風が出たなあ。非道ひどうならにゃえが」
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
可吟の句はそれほどはっきりした場合ではないが、桶の尻を干す日和ひよりである以上、日の照っている栗の花であることはいうまでもない。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
甚「ヘエ傘の無いのでびしょぬれになりました、うも悪い日和ひよりで、日和癖で時々だしぬけに降出して困ります…エヽお母様っかさん御機嫌よう」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
道みちの町や村でも、日和ひよりのつごうさえよければ、ちょっとした興行こうぎょうをやって、いくらかでも収入しゅうにゅうをかき集めて、出発するようにした。
非常に寒くはあつたが、その日は晴れておだやかな日和ひよりだつた。長い朝の間ずつと書齋に坐つたきりじつとしてゐるのに私は飽きた。
船の通いの間遠まどおにして年々続き、風待ち日和ひより待ちの長かった日本海側の湊場みなとばなどで、こういう女性の利用せられたことはいうまでもない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
呼て只今番頭樣ばんとうさまより今日はことによき日和ひよりゆゑ出帆しゆつぱんすべしとの事なり我等も左樣さやうに存ずればいそ出帆しゆつぱんの用意有べしといふ水差みづさし是を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
次の日曜がまた幸いな暖かい日和ひよりをすべてのつとにんに恵んだので、敬太郎は朝早くから須永を尋ねて、郊外にいざなおうとした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
風一つない穏やかな日和ひよりが続き、クラン・マッキンタイア号は静か過ぎる位いしずかな航海を持ってケエプ・タウンへ入港したのだとも言う。
沈黙の水平線 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
小春こはる日和ひよりをよろこび法華経寺へお参りした人たちが柳橋を目あてに、右手に近く見える村の方へと帰って行くのであろう。
葛飾土産 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
「いや、さぞかし面白いお話が伺えることでしょう。そういえば、今日は何だか昔を思い出す様な日和ひよりではありませんか」
二癈人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
日和ひよりおりなどにはわたくしはよく二三の腰元こしもとどもにかしずかれて、長谷はせ大仏だいぶつしま弁天べんてんなどにおまいりしたものでございます。
風花かざばなの空にちて、日和ひよりうららよとの。遠山は霜月祭、新野にひのにては睦月むつき西浦にしうれ田楽でんがく北設楽きたしだらは花祭とよの。さてもめでたや、雪祭のとりどり。
黒檜 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
歯のすり減った下駄のようになった日和ひよりを履いて、手のやにでべと/\に汚れた扇を持って、彼はひょろ高い屈った身体してテク/\と歩いて行った。
子をつれて (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
よく晴れた麗しい日和ひよりで、空気のなかには何か細かいものが無数になごみあっているようだった。中央公民館へ来ると、会場は既に聴衆で一杯だった。
永遠のみどり (新字新仮名) / 原民喜(著)
ときには、晴れた、気持のよい日和ひよりもあった。海洋は浅みどりに輝き、浪もおだやかで、方船の動揺もほとんどなかった。
怪奇人造島 (新字新仮名) / 寺島柾史(著)
あのような日和ひよりでございましたので、さすがに、繁華街にある、『でぱあと』の中も、人はまばらでございました。
両面競牡丹 (新字新仮名) / 酒井嘉七(著)
どこを見ても白チョークでも塗ったような静かな道を、私はたばこをふかしながら、かなり歯の低くなった日和ひより下駄をはいて、彼と並んでこつこつ歩いた。
蒼白い月 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
日和ひよりを見さだめて、俵の切りほどきにかかったが、そのうちに芽をふいている籾が一俵あった。日頃は落着いている船頭の左太夫が、それを見るなり
藤九郎の島 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
秋の日和ひよりと豊かな果樹園とに寄ってくるはえの群れしか君は見ていない。勤勉な蜜蜂みつばちの巣、働きの都、研鑚けんさんの熱、それを君は眼に留めたことがないんだ。
風恬かぜしづかに草かをりて、唯居るは惜き日和ひより奇痒こそばゆく、貫一は又出でて、塩釜の西南十町ばかりの山中なる塩の湯と云ふに遊びぬ。かへればさびしく夕暮るる頃なり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
この句の咏嘆しているものは、時間の遠い彼岸ひがんにおける、心の故郷に対する追懐であり、春の長閑のどか日和ひよりの中で、夢見心地に聴く子守唄こもりうたの思い出である。
郷愁の詩人 与謝蕪村 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
日曜日は近頃に無い天下晴れ、風も穏かでちりたず、暦をくって見れば、旧暦で菊月初旬きくづきはじめという十一月二日の事ゆえ、物観遊山ものみゆさんにはもって来いと云う日和ひより
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
からすの啼かない日和ひよりはあっても、先生の口から小言の出ない日和、まずもってあるものじゃアございませんな」
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
子供の時、春の日和ひよりに立っていて体が浮いて空中を飛ぶようで、際限はてしも無いあくがれが胸に充ちた事がある。
圭一郎は丁寧にお叩頭じぎして座を退り齒のすり減つた日和ひよりをつつかけると、もう一度お叩頭をしようと振り返つたが、衝立ついたてに隱れて主人の顏は見えなかつた。
業苦 (旧字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
うららかな日和ひよりで、霊屋のそばは桜の盛りである。向陽院の周囲には幕を引き廻わして、歩卒が警護している。
阿部一族 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
これから真っ直ぐに築土つくどまんへ廻って、何か口実を作って、琴二郎に会ってみようか——それとも、もうすこし日和ひよりを見ようか——坊主頭を頭巾ずきんに包んで
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
そういうの悪い日和ひより出逢でくわして、初日から半月位の景気はまるで一時の事、後はお話にもならないような不景気となって、これが七月八月と続きました。
芭蕉が奥の細道で『あつき日を海に入れたり最上川』と詠んだのはこの酒田の日和ひより山といふところであつた。
最上川 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
由三はうるさゝうに謂ツて、そとを見る。あをい空、輝く日光にツくわう……其の明い、静な日和ひよりを見ると、由三は何がなし其の身が幽囚でもされてゐるやうな感じがした。
昔の女 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
上総かずさは春が早い。人の見る所にも見ない所にも梅は盛りである。菜の花も咲きかけ、麦の青みもしげりかけてきた、この頃の天気続き、毎日長閑のどか日和ひよりである。
春の潮 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
かわいい下駄げたが入っている。下駄は朱ぬりの中歯の日和ひよりだった。それに若葉色の鼻緒がすがり、同じ緑のつま皮に赤い折鶴が一羽、あざやかに浮き出ていた。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
待てば海路の日和ひより、そのうちには小生の方へも、お鉢が回ってくるに違いないと、下の狐はしばしがほど、辛抱に辛抱を重ねて、上の狐が青年共の隙を狙って
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
ところが待てば海路の日和ひよりとでもいうべきか、鯉坂君が腕を揮うべき犯罪が実際に行われたのであります。
新案探偵法 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
それで股引しり端折ぱしょり日和ひより下駄、古帽子や手拭の頬冠ほほかむり、太巻毛繻子の洋傘を杖にして、農閑の三、四月から続々上京、五人六人連れ立って都大路を練り歩く。
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
ほんとうに、のびのびとした、いい日和ひよりがつづきましたので、おしろ門番もんばんは、退屈たいくつしてしまいました。
お姫さまと乞食の女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
明くる日は雪晴れのうらうらした日和ひよりであった。その日一日じゅう、小平太はどこをどう歩いていたのか、人も知らず、おそらく自分でも分らなかったに相違ない。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
呼止められて、日和ひより下駄の音をとめたおみつが、女らしい不安を浮べて居るのを見て、三田は不※口ごもつた。何處へつれて行つて話をしたらいゝか迷つたのである。
大阪の宿 (旧字旧仮名) / 水上滝太郎(著)
「まあとにかくこれじゃあしようがない、当分のあいだ日和ひよりを見るんですね、いかに成敗を度外にするからといって、このありさまでは指一本動かせやしませんから」
新潮記 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
美しく澄み渡った暖かい晴朗な日和ひよりであった。それは八月の末のことであった。長老との会見は昼の弥撒ミサのすぐあと、だいたい十一時半ごろということに決まっていた。
「ホ、ホ、これはお仕事の邪魔をしはせなんだかの? あまり日和ひよりのよいままに、ついお訪ねをいたしたが、おせわしくば又の日を楽しみに、このままおいとま致そうかな」
艶容万年若衆 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)