托鉢たくはつ)” の例文
四国しこくしまわたって、うみばたのむら托鉢たくはつしてあるいているうちに、ある日いつどこでみち間違まちがえたか、山の中へまよんでしまいました。
人馬 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
この一聯いちれんの前の二句は、初心の新発意しんぼちが冬の日に町に出て托鉢たくはつをするのに、まだれないので「はち/\」の声が思い切って出ない。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
僧衣を著けて托鉢たくはつにさへ出た。托鉢に出たのは某年正月十七日が始で、先づ二代目烏亭焉馬うていえんばの八丁堀の家のかどに立つたさうである。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
彼が、一年中の托鉢たくはつに得た浄財は、ほとんど、自分が樹下石上の生活につかう極く微少なついえのほかは、みなこの米問屋へ送っていた。
大岡越前 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
日の照りつける時は、傘を持たせると忘れたり破ったりするからと、托鉢たくはつのお坊さんのかぶるような、竹で編んだ大きな深いかさかぶります。
鴎外の思い出 (新字新仮名) / 小金井喜美子(著)
彼岸の来るころには中日までに村じゅうを托鉢たくはつして回り、仏前には団子だんご菓子を供えて厚く各戸の霊をまつり、払暁ふつぎょう十八声の大鐘、朝課の読経どきょう
夜明け前:04 第二部下 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
時に兄の利吒りた托鉢たくはつなしてを得んと城中まちに入りしが、生憎あやにく布施するものもなかりければ空鉢くうはつをもてかえらんとしけるが、みちにて弟に行遇ゆきあひたり。
印度の古話 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
寝てをつてもうぐひすや、ほととぎすのいい声を聞くことが出来る。托鉢たくはつにゆけば、みんなが米をめぐんでくれる。子供達は喜んでわしと遊んでくれる。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
この頃では、世話人ももう滅多めつたにはやつて来なかつた。かれ等は自分の勝手に托鉢たくはつに出たかれの行為を不快に思つた。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
鉢坊主は托鉢たくはつする乞食僧の俗称である。「鉢チ」と「チ」の字を送ったのは、「ハッチ」と読ませるためであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
たのまれたこと手廻てまはしに用済ようずみとつたでな、翌朝あけのあさすぐにも、此処こゝ出発しゆつぱつおもふたが、なにる……温泉宿おんせんやど村里むらざと托鉢たくはつして、なにとなく、ふら/\とおくつた。
神鑿 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
つまりは一種の中間法師すなわち下司法師の亜流で、三昧聖さんまいひじりと呼ばれて葬儀の事にもあずかり、兼ねて警察事務、托鉢たくはつ、遊芸その他駆使・雑職に従事した者であった。
間人考 (新字新仮名) / 喜田貞吉(著)
「タコノバッチョ」と呼ばれている、禅宗僧が托鉢たくはつのときに用いる、大きな笠を被っている。
花と龍 (新字新仮名) / 火野葦平(著)
私はこの頃は西行や芭蕉などの行脚あんぎゃ托鉢たくはつして歩くような雲水のような心に同感します。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
勿論、貧乏寺で碌々に檀家もないのですから、住職も納所もそこらを托鉢たくはつに出歩いたりして、どうにか寺を持っていたらしい。ところが、ここに一つの不思議な事件が出来しゅったいしたのです
身過ぎ世過ぎは托鉢たくはつをして人樣の門に立つても、御迷惑はおかけいたしません——と
四十五歳より一生の托鉢たくはつの間、この木喰戒を守り、転々の一生を送ったのだが、与えられない時は、木の葉や草の葉で飢えをしのいでいた。最も好んで食べたのは蕎麦粉そばこであったという。
大菩薩峠:35 胆吹の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
ういふわけ黄金餅こがねもちなづけたかとまうすに、しば将監殿橋しやうげんどのばしきは極貧ごくひんの者ばかりがすん裏家うらやがござりまして金山寺屋きんざんじや金兵衛きんべゑまうす者の隣家となりるのが托鉢たくはつばうさんで源八げんぱちまうす者
黄金餅 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
見ろ。峩山がざんと云う坊主は一椀の托鉢たくはつだけであの本堂を再建したと云うじゃないか。しかも死んだのは五十になるか、ならんうちだ。やろうと思わなければ、横にはしたてにする事も出来ん
虞美人草 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それ仏僧は乞食托鉢たくはつむねとする。喜捨の人はその功徳くどくによつて仏果を得る。
ハビアン説法 (新字旧仮名) / 神西清(著)
首尾の松の釣船つりぶね涼しく椎木屋敷しいのきやしき夕蝉ゆうせみ(中巻第五図)に秋は早くも立初たちそめ、榧寺かやでら高燈籠たかとうろうを望む御馬屋河岸おんまやがし渡船とせん(中巻第六図)には托鉢たくはつの僧二人を真中まんなかにして桃太郎のやうなる着物着たる猿廻さるまわ
江戸芸術論 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
菊池さんは「死学者しにがくしゃ」だ。この人は会社の重役だけれど、いつも洋書を手に携えている。読書家らしい。しかし植物学の出でないから、反感を持って、死学者と呼ぶのらしい。竹内さんは「托鉢たくはつ」だ。
変人伝 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
竹管ちくかんをもって托鉢たくはつする者は、誰でも宿泊できるが、弦之丞は京都寄竹派きちくはの本則をうけているので、この寺とはまったくの派違いだ。
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
実は今朝托鉢たくはつに出ますと、たて町の小さい古本屋に、大智度論たいちどろんの立派な本が一山積み畳ねてあるのが、目に留まったのですな。
独身 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
それには、お金を集めて大きい家を建て、よい医者を招かねばなりませんぢや。わしは二、三年托鉢たくはつをして、一生懸命に、お貰ひものをためました。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
「まア、お寺の和尚ぢやないか。托鉢たくはつに出なすつたがな。世話人たちは何うしたんぢやな、米も持つて行つて置かないと見えるぢやな、もつたいない。」
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
其の仲の兄もまた亡せたれば、孤身るところなく、つい皇覚寺こうかくじに入りて僧とり、を得んがため合淝ごうひに至り、こうじょえいの諸州に托鉢たくはつ修行し、三歳の間は草鞋そうあい竹笠ちくりゅう
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
「ほか寺の仏事の手伝いやら托鉢たくはつやらで、こちとら同様、細い煙を立てていなさるでなす。」
灯明之巻 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
身過ぎ世過ぎは托鉢たくはつをして人様の門に立っても、御迷惑はおかけいたしません——と
慈円 あの私たちは托鉢たくはついたして歩きますものでおあしを持っておりませんので。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
いたつて愚鈍おろかにしてわすれつぽい……托鉢たくはつに出て人におまへさんの名はと聞かれても、自分の名さへ忘れるとふのだから、釈迦如来しやかによらい槃特はんどくの名を木札きふだに書き、これを首にけて托鉢たくはつに出したと
(和)茗荷 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
その翌日から竜濤寺の住職と納所が托鉢たくはつに出る姿を見るものが無かった。
これが——ちょうど今日は、あい弟子の生信房といっしょになって、国府こうの町へ托鉢たくはつに出ている教順房と呼ぶ人物なのである。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
わたくしは前に壽阿彌の托鉢たくはつの事を書いた。そこには一たび假名垣魯文かながきろぶんのタンペラマンを經由して寫された壽阿彌の滑稽こつけいの一面のみが現れてゐた。
寿阿弥の手紙 (旧字旧仮名) / 森鴎外(著)
垣に梅が咲き、田のくろに緑の草がえる頃には、托鉢たくはつに出るかれの背後うしろにいつも大勢の信者が集つてついて来た。
ある僧の奇蹟 (新字旧仮名) / 田山花袋(著)
長崎から清へ渡ることに、失敗した良寛さんは、また備中玉島びつちゆうたましま円通寺ゑんつうじに帰つてゐた。そしてまた以前のやうに、座禅したり托鉢たくはつしたりして日を送つてゐた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
(千坊や、これでいのじゃ。米も塩も納屋にあるから、出してたべさしてもらわっしゃいよ。わしはちょっと町まで托鉢たくはつに出懸けます。大人しくして留守をするのじゃぞ。)
清心庵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
銭形の兄哥のところへやった上に、人殺しの疑いまでかけて。坊主になって参りました。銭形の、これで勘弁してくれ、十手捕縄は、この場でお返しして、明日から托鉢たくはつでもして歩くから
托鉢たくはつの坊主がかどに立ってかねを叩いたので、お君は出て行って一文やった。薬が煮つまって枕もとへ持ってゆくと、お絹は苦しそうにひと口すすったが、それはほんの喉を湿しめすに過ぎないらしかった。
両国の秋 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
お経の中には韋駄天いだてんが三界を駆け回って、仏の子の衣食をあつめて供養すると書いてあります。お釈迦しゃか様も托鉢たくはつなさいました。私も御覧のとおり行脚あんぎゃいたしています。でもきょうまで生きて来ました。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「そうそう、忘れていた、わしはまだ夕餉ゆうげをいただいていなかったの。——生信房や教順はもう托鉢たくはつからもどられたかの?」
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
……地蔵が化けて月のむら雨に托鉢たくはつをめさるるごとく、影おぼろに、のほのほと並んだ時は、陰気が、毛氈もうせんの座を圧して、金銀のひらめく扇子おうぎの、秋草の、露も砂子も暗かった。
木の子説法 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その川沿ひの村は、八年前、鳥右さんが托鉢たくはつに出たときさいしよにいつた村でした。そしてその村の人々はよい心の人々ばかりで、鳥右さんの話をきくと、よろこんで志を鉢の中に入れてくれました。
鳥右ヱ門諸国をめぐる (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
托鉢たくはつをして歩けばこのような事は時々あることです。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
「幽澤坊主が、昨夜托鉢たくはつに行つて——」
「町へ托鉢たくはつに行って来るでの、留守をたのむぞよ。——帰りには、そちの薬、暖かい食べもの、それから、油や米なども求めて来ねばならぬでな」
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
また、托鉢たくはつから帰って来た二人の僧は、日吉が泣きしおれているかと思いのほか、前へ行くと、にやりと笑ったので
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その親鸞の室には、もうあかりが消えていた。三名もまた、あしたの炎天の托鉢たくはつを考えて、戸を閉めて、眠りについた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
二人の住僧が近郷へ托鉢たくはつに出て行くと、日吉は、隠しておいた木剣や、手製の采配さいはいを腰に差し
新書太閤記:01 第一分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
たそがれになると、青木丹左は一日の托鉢たくはつからとぼとぼ帰って来た。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)