いだ)” の例文
旧字:
聴覚機関の故障を発見した翌日は出勤前に寄ったと見えて、晩に報告があった。初老に興味をいだいている僕は無論聞き落さなかった。
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
甲州屋の親たちも内々のうたがいをいだいていながら、迂闊うかつにそんなことを口外することは出来ないので、わざと自分のあとを追わせて
半七捕物帳:35 半七先生 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
あの男が少壮にして鉅万きょまんの富を譲り受けた時、どう云う志望をいだいていたか、どう云う活動を試みたか、それは僕に語る人がなかった。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
こういう開化の影響を受ける国民はどこかに空虚の感がなければなりません。またどこかに不満と不安の念をいだかなければなりません。
現代日本の開化 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ついに専ら恐怖をいだいて猛獣を神として祭りいけにえしてその害を避けんとするは自然の成り行きだ、『大英類典』インドの条にまた曰く
もとより一定の主義と見識とを持って居らぬところのチョェン・ジョェは、たちまち恐怖の念をいだいて大いに私を弁護しようという気で
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
これは鹿島槍または五竜いずれの方面から来た人でも、等しくその感をいだくに充分なる程、附近の山谷の模様が威嚇的であるからだ。
八ヶ峰の断裂 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
何時もは、此の二人の令嬢を、世の中で最も幸福な女の子だと思って居た譲吉は、今日は全く反対の考をいだかねばならなかった。
大島が出来る話 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
すくなくとも希望をいだいて励むといふ風情は何事に就ても見受けられず、妻子もなく、財産もなく、時々住む家もなかつた。
雨宮紅庵 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
そういう心持をいだいて、もう一度がらんとした寒い廊下と階段を上がって、そうしてようやく目的の関門を通過して傍聴席の入口を這入った。
議会の印象 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
ここで少しく筆路が脱線するが、私にこうした、考えをいだかせた支那の文献について、一瞥を投じて見たいと思うのである。
獅子舞雑考 (新字新仮名) / 中山太郎(著)
将門はもと検非違使佐けびゐしのすけたらんことを求めて得ず、憤をいだいて郷に帰り、遂に禍をはじむるのみ、後に興世おきよを得て始めて僣称せんしようす。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
外国の事情じじょうに通ぜざる日本人はこれを見て、本国政府の意向いこう云々うんぬんならんとみだり推測すいそくして恐怖きょうふいだきたるものありしかども
このことは、まことに如何いかんともしがたいことで、師匠没後早々にもこうした感情を少しでも互いにいだいたことは悲しむべきことでありました。
それが出来ないなら、むしろ、「かつ粗衣そい)をて玉をいだく」という生き方が好ましい。生涯しょうがい孔子の番犬に終ろうとも、いささかのくいも無い。
弟子 (新字新仮名) / 中島敦(著)
いわんや草莽そうもうの中に蟄伏ちっぷくし、超世ちょうせいの奇才をいだき、雄気勃々ぼつぼつとして禁ずる能わざるものにおいてをや。いわゆる智略人に絶つ、独り身なきをうれう。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
ぱっぱっとするお島の遣口やりくちに、不安をいだきながらも、気無性きぶしょうな養父は、お島の働きぶりを調法がらずにはいられなかった。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
国の臣等とともに深い哀愁をいだき、諸共に発願して、三宝に祈念し、一の釈迦如来の像——太子と等身なるを作り、その功徳くどくを以て、御病平癒へいゆ
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
陣痛の苦と新生の輝かしい希望とをいだいて、永く忍び、永く忍びつつ、しかもき進むべくして衝き進みつつ、ああ、彼女ら成牝カウの大群が来る。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
よく正確な推理と混同され易いものですからね……甥の当九郎はホントウに青雲の志をいだいていたので、そのまま一直線に外国へ行ってしまって
復讐 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
しかし映画を見るべくあの廊下にひしめいている日本の少年たちのおそらく幾人が、これだけの考えをいだきながら廊下をそぞろ歩いていただろうか。
ナリン殿下への回想 (新字新仮名) / 橘外男(著)
彼らは常にその良人に見捨てられては、たちまち路頭に迷わんとの鬼胎おそれいだき、何でもかじり付きて離れまじとはつとむるなり。
妾の半生涯 (新字新仮名) / 福田英子(著)
ゆえに高く金さえ出せば出すほど良いものが得られ、金を出さずして得るものは安いもの悪いもの、つまらぬものという観念をいだくようになった。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
永遠に私の文章に就いて不安をいだいてくれる人は、この井伏さんと、それからの津軽の生家の兄かも知れない。このお二人は、共にことし四十八歳。
十五年間 (新字新仮名) / 太宰治(著)
夜が明けたばかりの寂しい街路を、周平は電車にも乗らず、何物にも眼を止めず、怪しく乱れながら落着いてる気持をいだいて、真直に下宿へ帰った。
反抗 (新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
それならば情涙の涸渇こかつしたと思っていたこの薄雲太夫の後身にもやっぱり人並の思いやりはあるのだ。ただ私に対して同情をいだかないばかりなのだ。
霜凍る宵 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
盗みが渡世になってしまっているお初、雪之丞に、不思議な好奇心をいだくと同時に、妙な発願を立ててしまった。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
たけびに猛ぶ男たちの心もその人の前にはやはらぎて、つひに崇拝せざるはあらず。女たちは皆そねみつつもおそれいだけり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
すでに廃窯された諸家はその苦い経験からして今日では私同様の感をいだかれていることと存ぜざるを得ないが
私のいだいている見解の極めて優れた叙述であるから、私は読者の注意を惹くためにそれを提示せざるを得ない。
いかなる感慨をいだいたか、それはわからないが、力枝、大吉、力代といったような弟子たちを集めて、女芝居を組織したところを以て見れば、多少の義憤と
大菩薩峠:29 年魚市の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
「禍故重畳ちようでふし、凶問しきりに集る。永く崩心の悲みをいだき、独り断腸のなみだを流す。但し両君の大助に依りて、傾命わづかに継ぐのみ。筆言を尽さず、古今の歎く所なり」
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
けれども、彼が勝利の感情をいだく時に、傲慢無知と呼ばれ、身のほどをしらぬと言われるのはもっともだ。
二十歳のエチュード (新字新仮名) / 原口統三(著)
私もいつも奇麗な男になる梅之助が好きだったけれどあまりにお鶴がほめる時はかすかに反感をいだいた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
彼はその罪をいだきて眠れり、彼は直ちに眠りに就きしもその罪は生きており、種々異様の形を取り夢路をさえぎって彼を悩ませり、その最も恐ろしかりしはこれなりき
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
僧徒らみずから私にいだきたる恐怖に、まのあたり面あえりしごとく、おのおの疑惧ぎくの眼を交う。間。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
私は今日郷土史にいて鄙見ひけんを述べたいと存じます。すなわち琉球の代表的人物が自国の立場に就いて如何いかなる考えをいだいていたかということをお話致そうと存じます。
琉球史の趨勢 (新字新仮名) / 伊波普猷(著)
であるから自分は馬を書きながらも志村は何を書いているかというといを常にいだいていたのである。
画の悲み (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
予が先輩にして且知人たる成島柳北なるしまりうほく先生より、彼が西京祇園さいきやうぎをんの妓楼に、雛妓すうぎいまだ春をいだかざるものを梳櫳そろうして、以て死に到らしめしを仄聞そくぶんせしも、実に此間の事に属す。
開化の殺人 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
世人は歴史について、ややするとかかる誤想をいだきはすまいか。歴史は過去の出来事を記述したり考証したり、つまり死んだ事件を取調べる検査官のようなものであると。
文明史の教訓 (新字新仮名) / 大隈重信(著)
もしも此処ここに真に国家と個人との関係に就いて真面目しんめんぼくに疑惑をいだいた人があるとするならば、その人の疑惑乃至ないし反抗は、同じ疑惑を懐いた何れの国の人よりも深く、強く
性急な思想 (新字新仮名) / 石川啄木(著)
信仰をいだくものは、いつとはなしに本然の(宇宙および自分にもとから備わっているところの)
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
ノーベル賞金を辞された先生に不満をいだかれたり、何万ルーブルの為に先生の声を蓄音器に入れさせようとしたり、其外種々仁人じんじんとしても詩人としても心の富、霊の自由
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
私のこの苦い経験は或はランゲの説を実証したかもしれませんが、私はそれ以後、機械説なるものにあきたらぬ感じをいだきました。機械説は結局人間の希望を打ち壊すものです。
人工心臓 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
自分の夫が愛情を感ずるあらゆる女性に対していだいていた憎悪の感情が、私の身体の中に、蒼白い潜在意識となって潜んでいて、それがまだあどけない私の瞳の底に、無意識的に
(新字新仮名) / 池谷信三郎(著)
独りネビッチョけ物と成ッて朝夕勉強三昧ざんまいに歳月を消磨する内、遂に多年蛍雪けいせつの功が現われて一片の卒業証書をいだき、再び叔父の家を東道あるじとするように成ッたからまず一安心と
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
それに対してなんの疑いをもいだかしめないようにするがごときものではあるまいか。
されども渠等かれらいまだ風もすさまず、波もれざる当座とうざに慰められて、坐臥行住ざがぎょうじゅう思い思いに、雲をるもあり、水を眺むるもあり、とおくを望むもありて、その心には各々無限のうれいいだきつつ
取舵 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
すると或時あるとき神様かみさまは、そちむねいだいていることぐらいは、なにもくわしくわかっているぞ、とおおせられて、わたくしいままで極秘ごくひにしてった、あるひとつの事柄ことがら……大概たいがいさっしでございましょうが
こんな宿命的なかんがへにも誘はれた。私は急に老人としよりじみた心持をいだくやうになつた。
愛は、力は土より (新字旧仮名) / 中沢臨川(著)