あこが)” の例文
こんなにうつくしいはなが、このなかにあるだろうかと、ちょうはおもいました。これこそ、わたしあこがれていたはなだと、ちょうはおもいました。
ちょうと怒濤 (新字新仮名) / 小川未明(著)
つく/″\と小池は、田舍ゐなかの小ひさな町に住みながら東京風の生活にあこがれて、無駄な物入りに苦んでゐるらしい母子おやこ樣子やうすを考へた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それは無心なものに視入ったりあこがれたりするときの、一番懐しそうな眼だった。それから急にほとばしるような悦びが顔一ぱいにひろがった。
苦しく美しき夏 (新字新仮名) / 原民喜(著)
彼女の若き日のあこがれは、未来の外交官たる直也なおやの妻として、遠く海外の社交界に、日本婦人の華として、咲きいずることではなかったか。
真珠夫人 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
しかして、近代になって、長岡半太郎博士は水銀を金に変化する実験に成功して、遂に人類のあこがれていた一種の錬金術を見出したわけです。
科学が臍を曲げた話 (新字新仮名) / 海野十三丘丘十郎(著)
こびるやうな、なぶるやうな、そしてなにかにあこがれてゐるやうな其の眼……私は少女せうぢよの其の眼容まなざし壓付おしつけられて、我にもなく下を向いて了つた。
虚弱 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
かのあこがるゝ微笑ほゝゑみがかゝる戀人の接吻くちづけをうけしを讀むにいたれる時、いつにいたるも我とはなるゝことなきこの者 一三三—一三五
神曲:01 地獄 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
殿下は二十七歳、白晳はくせきひたい、亜麻色の髪涼やかに、長身の眼許めもと凜々りりしい独身の容姿は、全丁抹デンマーク乙女のあこがれの対象でいらせられる。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
お銀様こそは、関ヶ原の軍記にあこがれを持つというよりも、大谷刑部少輔その人に、かねてより大いなる憧れを持っておりました。
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
百済観音の虚空こくうに消え行くごとき絶妙の姿も、思惟の像にみらるる微笑も、かの苦悩の日のひそかなあこがれであったのだろうか。
大和古寺風物誌 (新字新仮名) / 亀井勝一郎(著)
洋燈ランプの光あきらかなる四畳半の書斎、かの女の若々しい心は色彩ある恋物語にあこがれ渡って、表情ある眼は更に深い深い意味をもって輝きわたった。
蒲団 (新字新仮名) / 田山花袋(著)
世人せじんはタチバナの名にあこがれて勝手にこれを歴史上のタチバナと結びつけ、とうとんでいることがあれど、これはまことに笑止千万しょうしせんばん僻事ひがごとである。
植物知識 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
母や女房への不平がたまって、その鬱憤うっぷんり場がなくなって来るに従い、いつか再び強いあこがれが頭をもたげて、抑えきれなくなったのであった。
猫と庄造と二人のおんな (新字新仮名) / 谷崎潤一郎(著)
カフェーでヴィオラを弾き、病院でオルガンをひき、ただより高き音楽へのあこがれを持ち続けて三年の課程をおえたのである。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
だが、橘の眼はなにかにあこがれて漂渺ひょうびょうとしてけぶっているようなところに、ちらりとのぞかせた瞳の反射が美しいというよりも、気高いものだった。
姫たちばな (新字新仮名) / 室生犀星(著)
そこでまた私は、私のこのあこがれの国のことを話さなければならないが、その前にまず、この小袖部落の生活振りを一通り示さなければならない。
地上の営みに於ては、何の誇るところが無くっても、其の自由な高貴のあこがれによって時々は神と共にさえ住めるのです。
心の王者 (新字新仮名) / 太宰治(著)
併し、私達の心の中のロマンチストは、その伝説を聞き、名称の持つ美から、未知の植物にあこがれることが少なくない。
季節の植物帳 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
人類が遠く釈迦しゃか基督キリストの時代からあこがれて来た、愛、正義、自由、平等を精神とする最高価値の新生に向って、大股おおまたに一つの飛躍を取ろうとするには
激動の中を行く (新字新仮名) / 与謝野晶子(著)
彼女は一色とそうした恋愛関係をつづけている間に、彼を振り切って、とかく多くの若い女性のあこがれの的であった、画家の山路草葉やまじそうようのもとに走った。
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
これがおれのあこがれてゐた、不思議な世界だつたのだな。——おれの死骸はかう思ひながら、その玉のやうな睡蓮すゐれんの花を何時いつまでもぢつと仰ぎ見てゐた。
(新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
自己の前に置かれたるあらゆる生活の与件にかって、まっすぐに、公けに、熱誠に働きかけ、あこがれ、疑い、悩み、またよろこび、さまざまの体験を経て
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
言葉をかえていえば、盲目的なあこがれの美しさに酔った自分をなつかしみ、実際の世の中の美しくない事に悲観し、著るしく懐疑的になったのであった。
大人の眼と子供の眼 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
それで心が慰まった。高校生にあこがれて簡単にものにされる女たちを内心さげすんでいたが、しかし最後の三日目もやはり自信のなさで体がふるえていた。
(新字新仮名) / 織田作之助(著)
私が私自身になり切る一元の生活、それを私は久しくあこがれていた。私は今その神殿におもむろに進みよったように思う。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
陰鬱いんうつな気候風土や戦乱のもとに悩んだ民族が明るいさちある世界にあこがれる意識である。レモンの花咲く国にあこがれるのは単にミニョンの思郷の情のみではない。
「いき」の構造 (新字新仮名) / 九鬼周造(著)
この東方に深くあこがれた詩人の『西東詩集』には、さらに色濃いオマル的な懐疑の色調が加えられたかも知れない。
ルバイヤート (新字新仮名) / オマル・ハイヤーム(著)
誰しも今夜は、見知らぬ父母にあこがれて、母の乳首のたかまり、厚い脂肪の底から伝わる、軟らかな脈打ちの音に、眠らぬ一夜を過すにちがいないと思った。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
だがそれは、自分たちが始めて考え出したことだと思ってはいけない。このわしもやはり夢をみたり、思いをせたり、あこがれをいだいたりしたことがある。
いわば博識へのあこがれとは全く縁のないものであって、現代文化の対面している情勢への見透しのためであり
中世の文学伝統 (新字新仮名) / 風巻景次郎(著)
渠は、くう恍惚うっとりと瞳を据えた。が、余りにあこがるる煩悩は、かえって行澄おこないすましたもののごとく、かたちも心も涼しそうで、紺絣こんがすりさえ松葉の散った墨染の法衣ころもに見える。
瓜の涙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
自分の理想を絶対的に充たしえぬことは、あたかも犬の鼻の前にたれている肉のごとく、いかに肉にあこがれて進んでもけっしてその望みの全部を達するときがない。
自警録 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
下人しもびとあこがれる、華かな詩歌管絃しいかかんげんうたげも、彼にとっては何でしたろう? 移ろいやす栄華えいがの世界が彼にとっては何でしたろう? 花をかざして練り歩く大宮人おおみやびとの中に
なよたけ (新字新仮名) / 加藤道夫(著)
センチメンタルな気風はセンチと呼んで唾棄だき軽蔑けいべつされるようになったが、世上せじょう一般にロマンチックな気持ちには随分ずいぶんあこがれを持ち、この傾向は追々おいおい強くなりそうである。
心洵に神にあこがれていまだその声を聴かざるもの、人知れず心の悩みに泣くもの、迷ふもの、うれふるもの、一言すればすべて人生問題につまづきずつきて惨痛の涙を味へるもの
予が見神の実験 (新字旧仮名) / 綱島梁川(著)
彼女は庭師のはさみよりすばやく檜葉を毟りながら、そして驚異とあこがれの燃えるような眼で、激しく平之助を仰ぎ見ながら、深く深くこう嘆息をもらした、「まあ、——」
風流化物屋敷 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
中庸な知力とかなり開けた精神とをもってた彼は、自由にたいするあこがれをいだいていた。けれどその憧れがどういうものであるかは自分でもはっきりわからなかった。
あこがれの小柳雅子に、ついに私は会えたのである。その素顔、その肢体したいを、間近に、いくらでもみつめることができ、なんでも話のできる状態をついに持てたのである。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
もう久しい間おぼれるほどあこがれていた一段上の社会へも、徐々に移って行こうと決心していた……一口に言えば、彼はペテルブルグへ打って出ようと決心したのである。
大人おとなたちにあこがれ、その真似まねをして無理に煙草を吸わねば、と考えたかつての子供たちとは違って、その煙草を拒否する大人なみの権利さえも、同時に配給されていたのだ。
煙突 (新字新仮名) / 山川方夫(著)
二十未満はたちみまんの女が小説で知っている東京にあこがれて、東京の何とかいう英語学校へ入って、学問で身を立てて、一生独身で通すというような乳臭い言いぐさをまじめに聞いて
入江のほとり (新字新仮名) / 正宗白鳥(著)
実はごく若い頃は、あちらの文明にあこがれたあまり、アメリカへ帰化したいと願っていたことがある。アメリカへ行くと、日本のことを皆から聞かれるだろうと思ったものだ。
明治十年前後 (新字新仮名) / 淡島寒月(著)
それでもあの時はただ漠然としたあこがれで田舎から東京へ上ったのに、今度は逆に東京から京都へ下ることであったにしても、はっきりした目標があったので勇気を与えられた。
西田先生のことども (新字新仮名) / 三木清(著)
すると、彼の心は、やがてこの領地をうけつぐことになっている乙女に恋いあこがれた。
それは人情にあこがれ、愛に活きたい心の藝術であった。永い間の酷い痛ましい朝鮮の歴史は、その藝術に人知れない淋しさや悲しみを含めたのである。そこにはいつも悲しさの美しさがある。
民芸四十年 (新字新仮名) / 柳宗悦(著)
そしてもっと美しい情操の世界に対するあこがれであったのだろうと思います。
芳川鎌子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
白鳥は元気を取りもどして立ち上がると、のぼりくる太陽のほうへ、空の旅行隊の飛び去った青みがかった岸辺きしべをめざして飛んで行きました。ただひとり胸にあこがれをいだいて飛んで行きました。
それで、またその石膏が脂土と同じように私のあこがれのたねとなりました。
可懐なつかしさと可恐おそろしさと可耻はづかしさとを取集めたる宮が胸の内は何にたとへんやうも無く、あはれ、人目だにあらずば抱付いだきつきても思ふままにさいなまれんをと、心のみはあこがれながら身を如何いかにとも為難しがたければ
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼の女は空の天気を案ずるよりも、夫の天気の変らないうちにと、早い昼飯をすませると、毎夜のあこがれである東京へ、あたふたと出かけた。心は恐らく体よりも三時間も早く東京に着いたに相違ない。