にく)” の例文
旧字:
非常に素直で内気な、どんな事があつても、余程意地くね悪い人でゝもなければ彼女をにくむことは出来ない程善良な人でありました。
背負ひ切れぬ重荷 (新字旧仮名) / 伊藤野枝(著)
野を焼くをにくむ発想に到らないはずはない。「今日はな焼きそ」の一種叙事詩化した以前、既に幾多の怨み歌が出てゐたに違ひない。
でも博士はにくんでも悪んでも悪み足りない人です。わたし、すっかり申し上げますから、どうぞ新聞に書くことだけは許して下さい。
或る探訪記者の話 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
しこの歌が止んだなら全く浮世と繋がる一筋の糸も断ち切られてしまうので、にくむべき敵ながら、その歌う歌の調子に涙ぐまれた。
捕われ人 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「音に聞えし真柄殿、何処どこへ行き給うぞや、引返し勝負あれ」と呼びければ、「引くとは何事ぞ、にくい男の言葉かな。いでもの見せん」
姉川合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
源氏の縁坐で斯様かやうの事も出来たのであるから、無暗むやみに将門をにくむべくも無い、一族の事であるからむし和睦わぼくしよう、といふのである。
平将門 (新字旧仮名) / 幸田露伴(著)
また内乱の源を尋ぬれば、もと人の不人情をにくみて起こしたるものなり。しかるにおよそ人間世界に内乱ほど不人情なるものはなし。
学問のすすめ (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
今までにどこか罪な想像をたくましくしたというましさもあり、まためんと向ってすぐとは云いにくい皮肉なねらいを付けた自覚もあるので
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
二人並んでは歩きにくいほどのきわめて狭い横穴が長々と延びているだけであったが、左右の岩壁に平行して岩棚が二筋作られてあり
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
漢の鄒陽の上書中に、燕人蘇秦が他邦から入りて燕にしょうたるをにくみ讒せしも燕王聞き入れず、更に秦を重んじ駃騠けっていを食わせたとある。
まだまだずゐぶんひどくにくまれ口もきゝ耳の痛い筈なやうなことも云ひましたが誰も気持ち悪くする人はなく話が進めば進むほど
税務署長の冒険 (新字旧仮名) / 宮沢賢治(著)
さう云ふ時のさびしい、たよりのない心もちは、成人おとなになるにつれて、忘れてしまふ。或は思ひ出さうとしても、容易に思ひ出しにくい。
世之助の話 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
「うううむ。これは意外千万な事を聞くものじゃ。あれ程の大家の娘が、あられもない賭博なんどとは……ちと受取りにくいが……」
見合わせにくいものだが、われわれはお互いに先覚者である。私は君にこれから一つ打ち明けて話をしよう。私は私の哲学を持っている。
以前から父親の悪行をにくんでいたのですが、今夜こそ、もう耐らなくなって、いっそ父親を警察へ引渡そうと決心したのでしょう。
魔術師 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そして彼等は、何よりも浪漫派の女らしい、涙っぽい、ぐにゃぐにゃした自由主義の精神と、その甘たるくメロディアスな美をにくんだ。
詩の原理 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
博士は国文学者には珍しい気焔家だけに、布哇ハワイやカリフオルニヤでは日本人を集めて、国語教育について随分にくまれぐちを利いたものだ。
しかし斯ういうのは殊に答えにくい。まさかその通りとも言えないし、安いと褒めれば今度は高くするにきまっている。そこでお母さんは
親鳥子鳥 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
小「ヤイ大野、其の方は卑怯な奴であるぞ、何うあっても汝の首を提げて屋敷へ帰らねば武道がたゝぬ、実ににくむべき奴であるぞ」
おかみさんは黒人くろとの出の人だとかで、短気な、気に入りにくかたであつた。それへ大勢のお子たちがあつたりして、勤め辛かつた。
桑の実 (新字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
平常つねの美登利ならば信如が難義のていを指さして、あれあれあの意久地なしと笑ふて笑ふて笑ひ抜いて、言ひたいままのにくまれ口
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
昨夜二更一匹の狗子くし窓下に来ってしきりに哀啼あいていす。筆硯ひっけんの妨げらるるをにくんで窓を開きみれば、一望月光裡いちぼうげっこうりにあり。寒威惨かんいさんとしてゆるがず。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
然レドモ人トリ気ヲとうとビ、厳峻げんしゅんヲ以テ自ラはげまス。すこぶ偏窄へんさくニシテ少シク意ニ愜カザルヤすなわ咄咄とつとつトシテ慢罵まんばス。多ク人ノにくム所トナル。
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
よく似た話だがこれも神霊がこれをにくむのか否かは分らぬ。内地の小豆飯はむしろこの類の神の好むところと考えられている。
山の人生 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
この感覚かんかくうちにおいて人生じんせい全体ぜんたいふくまっているのです。これをにすること、にくむことは出来できます。が、これを軽蔑けいべつすることは出来できんです。
六号室 (新字新仮名) / アントン・チェーホフ(著)
高潔崇高なる詩人哲学者はこと/″\く、戦争の邪念をにくむ、しかして英雄中の英雄なる基督に至りては堅く万民の相戦ふを禁じたり。
想断々(1) (新字旧仮名) / 北村透谷(著)
子供の頃から頭の中にある、悪いことばかりしていて、その割ににくめない八戒の姿そのままがひょっくり出て来たので、大変なつかしかった。
『西遊記』の夢 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
それから、これは一寸お嬢様には申し上げにくいことなのですが、お姉様のおやすみになった寝台には何者か男性がいたことが確認されました。
赤耀館事件の真相 (新字新仮名) / 海野十三(著)
昨晩、江戸城内を抜け出して来た七兵衛の頭では、公方様くぼうさまは決してにくむべきお方ではなく、むしろかわいそうなお方である。
大菩薩峠:25 みちりやの巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
井沢香央の人々、七四かれにくこれかなしみて、もは七五しるしをもとむれども、七六ものさへ日々にすたりて、よろづにたのみなくぞ見えにけり。
(あの男は俺を逃げて来た口だろうと言ったが、あれは単ににくまれ口か、それとも俺の態度から何かを嗅ぎ出したのか?)
日の果て (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
あらぬ思いに胸を焦がして、罪もない人をねたんだり、またにくしんだりしたことのあさましさを私はつくづく情なく思うた。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
いつ見ても、にくめないのはこの人です。早く人目に懸らぬうちと、私は歯医者を勝手口から忍ばせて、木戸を閉めました。
旧主人 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
仲麿は即ち恵美押勝えみのおしかつであるが、橘奈良麿等が仲麿の専横をにくんで事をはかった時に、仲麿の奏上によってその徒党をたいらげた。
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
是非善悪をわきまえて居る者はひそかにその挙動の憎むべき事、その業の社会、国家を害することをにくんで、彼は悪魔である
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
少し藻西をにくむ者は実際より倍も二倍も悪く言い又にくみも好みもせぬ者はく何事も云うまいとするから本統の事は到底聞き出す事が出来ぬ
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
さはいえ阿Qは承知せず、一途に彼を「偽毛唐けとう」「外国人の犬」と思い込み、彼を見るたんびにはらの中でののしにくんだ。
阿Q正伝 (新字新仮名) / 魯迅(著)
村尾は愷をして犬塚某の養子たらしめた。某の妻愷をにくんで虐遇すること甚しかつた。愷は犬塚氏を去り、鎌倉の寺院に寓し、写経して口を糊した。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
富子は顔をあげて「古きちぎりを忘れ給いて、かくことなる事なき人を時めかし給うこそ、こなたよりましてにくくなれ」
蛇性の婬 :雷峰怪蹟 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
然し、そうなると、鍵をかけようとした時に、ガス管を蹴飛ばして、ガスの洩れるのも知らないで寝て終うという事も、同じように考えにくい事になる。
血液型殺人事件 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
此蹴綱に転機しかけあり、まつたつくりをはりてのち、穴にのぞんで玉蜀烟艸たうがらしたばこくきのるゐくまにくむ物をたき、しきりにあふぎけふりを穴に入るれば熊烟りにむせて大にいか
人民の利益はもっとも忌むべきにくむべき外交政略ちょう妄想のためにこれを犠牲に供し、国光国栄の妄想を主として一般人民の真実なる利益を蹂躙じゅうりんせり。
将来の日本:04 将来の日本 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
貫一のこの人に向ひて親く物言ふ今夜の如きためしはあらず、彼の物言はずとよりは、この人のにくとほざけたりしなり。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
婚家に伝はる仏教に帰依し、諦らめを知り、覚めるがゆえに夢をにくみ、傷つくがために不羈独立の志操をきらひ、市井の因循細心な安危の世界に感動した。
母を殺した少年 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
しかもっとも哀れな男の標本も寄生者たることをにくむ、否、少なくとも寄生者であると知られることを憎んでゐる。
結婚と恋愛 (新字旧仮名) / エマ・ゴールドマン(著)
二度目には鶏冠谷の入口から左岸に路のあることを知って、広河原まで二時間許りで行くことを得た。然し此路も去年より一層分りにくくなったようである。
釜沢行 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
さうすると剣突を喰つて、「どうも褌を洗ひに行きますと云ふのは、何だか申上げにくいから黙つて出ました。」
いろ扱ひ (新字旧仮名) / 泉鏡花(著)
まずしきといやしきとは人のにくむところなりとあらば、いよいよ貧乏がきらいならば、自ら金持ちにならばと求むべし、今わが論ずるところすなわちその法なり
貧乏物語 (新字新仮名) / 河上肇(著)
そのまたお松というのは、不きりょうで無口で、ちょいと扱いにくい女、こんなのがお銀の持っているらしい、暗い秘密の保持には必要なのかもわかりません。
それでも私はその谿谷がにくくなく、よく小さな焚木たきぎを拾いがてらずんずん下の方まで降りていったりする。
卜居:津村信夫に (新字新仮名) / 堀辰雄(著)