こた)” の例文
旧字:
水、水というけれども、木莓きいちご一株を見つけ出してさえ、十一人の眼の色が変るくらいですから、その腹のこたえは思いやらるるのです。
大菩薩峠:05 龍神の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
胸倉を取って小突かれるように、強く此方こなたこたえるばかりで、見るなか、けか、去れだか、来いだか、その意味がさっぱり分らぬ。
星女郎 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
呼びかけ、いどみかけ、おどしつける——しかし「もう一つの」は、きまった時間にでなければこたえない。で、それも答えるのではない。
泣きながら云うあによめの言葉は途切とぎれ途切れにしか聞こえなかった。しかしその途切れ途切れの言葉が鋭い力をもって自分の頭にこたえた。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
と屏風を開けて入り、其の人を見ると、秋月喜一郎という重役ゆえ、源兵衞はきもつぶし、胸にぎっくりとこたえたが、素知そしらぬていにて。
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
私があれほど教えてくださいと懇願こんがんしていることに博士がこたえてくださらない限り、私は博士の有ること無いことを書きなぐって
落合おちあいです」と云うと、「落合」とおうむ返しにこたえて、私のなりふりには少しも注意せずに、部屋の中まで杖にすがって歩いていた。
貸家探し (新字新仮名) / 林芙美子(著)
「オーイ、剛力ィ——。オーイ、剛力ィ——」と叫んで見たが、こたうるものは木精こだまばかり、馬糞うまくそ剛力どこをマゴ付いている事やら。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
あらゆる罵詈ばり、あらゆる嘲蔑ちょうべつ——武蔵の胸には少なくもそうこたえた——を堂衆たちは彼に浴びせかけて、ぞろぞろと帰って行った。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
吸物のふたを取ると走りの松蕈まつたけで、かうばしい匂がぷんと鼻にこたへる。給持きうぢ役僧やくそうは『如何どうだ』といつた風に眼で笑つて、してつた。
茸の香 (新字旧仮名) / 薄田泣菫(著)
しかし、なんのこたえもなかったのです。このことは、どんなに、あかちゃんをさびしく、またたよりなくかんじさせたかわかりません。
はてしなき世界 (新字新仮名) / 小川未明(著)
私は怒ったわけじゃなかッたけれども、助役の語があまりはげしく私の胸にこたえたので、それがただの冗談とは思われなかったからである。
駅夫日記 (新字新仮名) / 白柳秀湖(著)
さういふ彼の気持にこたへるものが自分のなかにもあることを、彼女は否定できなかつた。が、車は容赦なく家の曲り角で止つた。
双面神 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
そうこたえて案外上手じょうずに舟をいだ。倉地は行き過ぎただけをいそいで取って返して来た。そして三人はあぶなかしく立ったまま舟に乗った。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
確かに巻物らしいものが這入っているのがコトコトと手にこたえて来ましたので、余りの事にビックリして胸がドキドキしました。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
(かぎタバコをかぐ)お気持はありがたいと思うけれど、それにおこたえできないの。それだけのことよ。(タバコ入れを差出して)いかが?
宗五郎はいつもの大いなせでなく、堅気な道理の解つた男といふ腹ありて、親の腹立をなだめ「虫を殺して居ますのさ」といふ処こたへたり。
「昨日の久能山にはわしも弱ったよ。何しろ千五十何段という石段だから、脂肪質のものにはこたえるさ。今日は山登りをすると承知しないぜ」
ぐうたら道中記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
遊佐はひて微笑を含みけれど、胸にはひしこたへて、はや八分の怯気おじけ付きたるなり。彼はもだえて捩断ねぢきるばかりにそのひげひねり拈りて止まず。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
目のさめて明告鳥あけつげどりの息長に啼き呼ばふ声、そことなくこたふる声の裾野原揺りどよもすに、おのづ覚め我は在りけり、目はさめて我もありけり。
「お前の一番好きな作曲家は?」と聞かれたら、私はなんの躊躇ちゅうちょもなく「ヘンデルとそしてシューベルト」とこたえるだろう。
楽聖物語 (新字新仮名) / 野村胡堂野村あらえびす(著)
それにしても幽香嬰女は懐しみをもって笑いかけるように現われたからこそわたくしもそれにこたえる気持で見たのであるが
幽香嬰女伝 (新字新仮名) / 佐藤春夫(著)
男は一種の口笛を吹くと、それにこたえるようにほうほうという啼き声がきこえて、又もや一羽の鳥がどこからか飛んで来た。
小坂部姫 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
民さんは二三日の留置場の生活がよほどこたえたと見え、まつの手入れをしていながら、ここでこうしていた方がどれだけいいか分らないといった。
生涯の垣根 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
家にいる他のたちはまたそれを面白がって、対手になって戯弄からかうと、彼女は生真面目きまじめな顔をしてそれに受けこたえをしているという有様である。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
よくはわからぬけれど、兄の言つて居る事が一一道理いちいちもつともな様に胸にこたへる。斯んな家に皆が一日も居ては成らぬ様な気が為た。
蓬生 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
本丸の内にあった昔の屋敷も見とおすことが出来るのだが、それさえ深くは胸にこたえぬほど、この片隅の暮しにも馴れた。
石狩川 (新字新仮名) / 本庄陸男(著)
「ハロオ!」……と、まぶしくて私にはちっとも見えない、その海の中から、それにこたえて、「ハロオ! ハロオ!」
麦藁帽子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
それからまた蛇もです! 百もそろって一斉にしゅっしゅっというものですから、メヅサの頭の蛇もまた、魔法の袋の中からそれにこたえるのでした。
私はすぐに微笑を以て、その注意にこたえた。が、また間もなく、ウトウトやって了ったものらしい。そうして、それから、どの位時が経ったものか。
虎狩 (新字新仮名) / 中島敦(著)
「まあ! お前が帰るまでは寝られますか。何時だと思うの……」と、母親らしい叱責の言葉に、圭子はこたえもせず
貞操問答 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
ここに至りて人その言の応を知りぬ。燕王今はていたり、宮人内侍ないじなじりて、建文帝の所在を問いたもうに、皆皇后の死したまえるところを指してこたう。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
いかなる御用命にも即座におこたえするようになっておりますから、なんなりと鷹揚おうようにお申しつけくださいますよう。
顎十郎捕物帳:16 菊香水 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
その足音を聞きつけてか、奥の間で「文さんはやないと遅くなるヨ」トいうお政の声に圭角かどはないが、文三の胸にはぎっくりこたえて返答にも迷惑まごつく。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
其の人を七〇やつこのごとく見おとし、たまたまふるき友の寒暑かんしよとむらひ来れば、物からんためかと疑ひて、宿にあらぬよしをこたへさせつるたぐひあまた見来りぬ。
梅屋と本陣とは、呼べばこたえるほどのむかい合った位置にある。午後に、徒士目付かちめつけの一行は梅屋で出した福草履ふくぞうりにはきかえて、かわいた街道を横ぎって来た。
夜明け前:01 第一部上 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
『そうね』とお絹がこたえしままだれも対手あいてにせず、叔母おばもお常も針仕事に余念なし。家内やうちひっそりと、八角時計の時を刻む音ばかり外は物すごき風狂えり。
置土産 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
彼はゆがんだ声で悲しそうにこたえた。その大きな病院でも今は容易にそれが得られなかったが、その注射薬がなければ、妻の病は到底助からないのであった。
秋日記 (新字新仮名) / 原民喜(著)
長忌寸意吉麻呂ながのいみきおきまろが詔にこたえ奉った歌であるが、持統天皇か文武天皇か難波宮(長柄豊崎宮ながらのとよさきのみや。現在の大阪豊崎町)
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
というのは、ここにいるだれ一人として、彼がしたいと思っているほど彼女の音楽にこたえる者はいないのだ。彼はもう妹を自分の部屋から出したくなかった。
変身 (新字新仮名) / フランツ・カフカ(著)
旅人これを顧みこたうれば、夜必ずその棲所とまりに至り人を傷つく、土人枕の中に蜈蚣むかでを養い、頭に当て臥し、声あるを覚ゆれば枕をひらくと蜈蚣く蛇に走り懸り
それは、呼べばこたえる別室に、玄心斎、門之丞、大八の三人が、寝もやらず控えている……という心がある。
丹下左膳:02 こけ猿の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
ひたむきに鳴くのが私の胸へもこたえるほどになって来た。しばらくすると彼はまた突然に合唱のリズムをみだしはじめた。鳴く間がたんだん迫って来たのである。
交尾 (新字新仮名) / 梶井基次郎(著)
で私共の坐って居る所からガラス障子しょうじを隔てて南を望みますと、月ノ峰、龍樹りゅうじゅたけ等の諸山高くそびえて呼べばまさにこたえんとする風情ふぜいい眺めでございます。
チベット旅行記 (新字新仮名) / 河口慧海(著)
もとよりこの手紙集はそれらの解決にこたえるためにあるのではない。しかし生と人間性の根本を神学的に考えとらえんとする志向と感情とを示唆しさしうるであろう。
青春の息の痕 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
しかし余は教会と教職とに問わずしてただちに人の霊魂に訴えた。しかして数万の霊魂は余の霊魂のさけびこたえてくれた。余の執筆の業はこの小著述を以て始った。
基督信徒のなぐさめ (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
病長高人情というが如き句あるを思い得ばまたいささか慰めらるる処があろう。しかし詩興はもとより神秘不可思議のもの。招いて来らず叫んでこたえるものでもない。
雨瀟瀟 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
ミネの心にもぴんとこたえたのであったが、閑子自身はそれをどのように感じとったものであったろうか。
妻の座 (新字新仮名) / 壺井栄(著)
そして我々が孤独を超えることができるのはその呼び掛けにこたえる自己の表現活動においてのほかない。
人生論ノート (新字新仮名) / 三木清(著)
また、受けるにしてもそれに受けこたえることも出来ますが、私たちのように、まだ一向に基礎の確定しておらぬものは、生活するということからも考えねばならぬ。