ことごと)” の例文
旧字:
既に決定せられたがように、たとえこの頂きに療院が許されたとしても、それは同時にことごとくの麓の心臓が恐怖を忘れた故ではなかった。
花園の思想 (新字新仮名) / 横光利一(著)
しかれどもこれ聯想の習慣の異なるよりして来る者にして、複雑なる者をとっことごとくこれを十七字中に収めんとする故に成し得ぬなり。
俳諧大要 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
妻、その子、弟の彦之助も、相次いで、くれないの中に伏した。一族の三宅肥前、老臣の後藤将監基国、小森与三左衛門などもことごとじゅんじた。
黒田如水 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
碌々ろくろく飲みもせずに提げて来た石油缶の水をことごとく彼の積み上げた石にそそいで甲武信岳の霊に手向け、四時頂上を辞して下山の途に就いた。
奥秩父の山旅日記 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
犯罪発見後数時間を出でざる本日午後三時に至り、その裏面の秘密をことごとあばきつくせる事実を、本社は遺憾なく探知するを得たり。
暗黒公使 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
かつてシャンパンユの平和なる田園に生れて巴里パリーの美術家となった一青年が、爆裂弾のために全村ことごとく破滅したその故郷に遊び
深川の散歩 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
俸禄も厚く、信任も重く、細大の事務ことごとく掌裡に帰して裁断を待ち、監督川島不在の時は処務を代理し、隠然副監督として仰がれていた。
二葉亭四迷の一生 (新字新仮名) / 内田魯庵(著)
今日の会費は二円と定めてありますがその二円をことごとく料理の材料に向けて其処そこにある通りのメニュー即ち献立表を作りました。
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
重い荷物はことごとく駄馬に着けて、近道を黒羽くろばね町まで送り届けて貰う事とし、黒羽町の宿屋は△△屋というのが一等だと聴いたのでそこと取極とりき
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)
どんな建物でも、また特に際立った印象を与えるものでさえあれば、何でもことごとくが私を引き留め、私を驚かせるのであった。
或はかかる現象を以てことごとく病的となすかも知らぬがその果して病的なるか否かは合理的なるか否かに由って定まってくる。
善の研究 (新字新仮名) / 西田幾多郎(著)
そしてその話をきいたので、その後自分も穴釣りをする気になつて試みてことごとく失敗に終つたのであつたのかも知れない。
釣十二ヶ月 (新字旧仮名) / 正木不如丘(著)
うりを投じて怒罵どばするの語、其中に機関ありといえども、又ことごと偽詐ぎさのみならず、もとより真情の人にせまるに足るものあるなり。
運命 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
何にせよ別府の大いなる強味は地下ことごとく温泉であるということである。土地の人は泉都せんとと唱えて、日本の別府でない、天下の別府であると誇っている。
別府温泉 (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
平素の身汚なさをことごとく払い落し、服装から姿態から眼鏡迄、あの水々しい淫売宿のおふささんに成り済ませて……。
陳情書 (新字新仮名) / 西尾正(著)
そこにおいて永遠に隠されたる秘密を探り得ざる人智の弱さを見よとの意である。十八節には「汝地の広さを看究みきわめしや、もしこれをことごとく知らば言え」
ヨブ記講演 (新字新仮名) / 内村鑑三(著)
白昼凝って、ことごとく太陽の黄なるを包む、混沌こんとんたる雲の凝固かたまりとならんず光景ありさま。万有あわや死せんとす、と忌わしき使者つかいの早打、しっきりなく走るはからすで。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
乃至菩薩究竟地くきょうちニモことごとク知ルコト能ワズ、ただ仏ノミ窮了ス——とあるそれでございます、これが即ち真如、無明、梨耶、三体一味の帰結なのでございます
大菩薩峠:32 弁信の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼の美き友を択ぶはもとよりこの理に外ならず、まことに彼の択べる友は皆美けれども、ことごとくこれ酒肉の兄弟けいていたるのみ。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
たゞに書のことごとく信ずべからざるのみではない。古文書と雖、尽く信ずることは出来ない。漳州の牽牛花の種子は何年に誰から誰に伝はつても事にさまたげは無い。
伊沢蘭軒 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
七郎は蓄えてある革をしらべてみると、それは虫がって敗れ、毛もことごとけていた。七郎はがっかりすると共に武から金をもらったことをひどく後悔した。
田七郎 (新字新仮名) / 蒲 松齢(著)
ことごとく無根の捏造説ねつざうせつであることを断言します——そもそも此の誣告ぶこくを試みたる信用すべき人物とは、何物でありますか
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
そして根際ねぎわになったところもことごとく内へ入って、前の盆のようにひろかった腫物とは思われなかった。そこでうすものの小帯から佩刀はいとうをぬいた。その刀は紙よりも薄かった。
嬌娜 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
この役に、関西方に附いた真田家の一族は、ことごとく戦死した。甥幸綱、幸堯ゆきたか等は幸村と同じ戦場でたおれた。
真田幸村 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
そして遂には朱雀門や大極殿、大学寮、民部省等の重要な建築を一夜の中にことごと灰塵かいじんとしてしまった。
現代語訳 方丈記 (新字新仮名) / 鴨長明(著)
各階ことごとく見事な真珠よりなり、ことに正面のきざはしを登って塔内に入らんとする所にめられているものは、大きさと云い形といい光沢つやと云い世界にも又あるまじき逸品で
真珠塔の秘密 (新字新仮名) / 甲賀三郎(著)
船内灯火ことごとく消えて、僅かに星明りにてペンを走らすのみ。余が妻は嬰児を抱きて、石像の如く余が傍らに立てり。相顧みて千万無量の微笑、最早や凡べてはおわんぬ。
沈黙の水平線 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
塚前村観音堂へ因果塚を建立致し、観音寺の和尚道恩どうおんことごとく此の因縁を説いて回向を致しましたから、村方の者が寄集まって餅を搗き、大した施餓鬼せがきが納まりました。
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
自由主義教授達はことごとく追い出されるか時間を激減されたのであるが、頭の良くない法政の学生や若い先輩は、今更のように驚いて、之を一種の偶然な原因に帰している。
社会時評 (新字新仮名) / 戸坂潤(著)
なんじらの穀物こくもつかるときには汝等なんじらその田野たはた隅々すみずみまでをことごとかるべからずまたなんじ穀物こくもつ遺穂おちぼひろうべからずまたなんじ菓樹園くだものばたけくだもの取尽とりつくすべからずまたなんじ菓樹園くだものばたけおちたるくだもの
聖家族 (新字新仮名) / 小山清(著)
幸福といわずして幸福を楽んでいたころは家内全体に生温なまぬるい春風が吹渡ッたように、総ておだやかに、和いで、沈着おちついて、見る事聞く事がことごとく自然にかなッていたように思われた。
浮雲 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
これが秋の旅であるならば、夕風に散る木葉の雨の中を、菅笠で辿って行く寂しい味を占め得るのであるが、今は青葉が重り合って、谿々峰々ことごとく青葉の吐息にかおっている。
木曽御嶽の両面 (新字新仮名) / 吉江喬松(著)
その他自家の反対党と目指すものはその諸侯と幕臣たるとを問わず、ことごとくこれを黜罰ちゅつばつしたり。
吉田松陰 (新字新仮名) / 徳富蘇峰(著)
賈慎庵は何でも乾隆けんりゆうの末の老諸生の一人だつたと云ふことである。それが或夜の夢の中に大きい役所らしい家の前へ行つた。家は重門ことごとおほひ、げきとしてどこにも人かげは見えない。
鴉片 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もしそれ山花野艸やそうに至りてはこれに異なり、その香馥郁ふくいくとしてその色蓊鬱おううつたり。隻弁単葉といへども皆ことごとく霊活ならざるなし。自由の人におけるその貴ぶべきことけだしかくの如し。
気丈な不二子さんは僕等のまへにつひぞ今まで涙を見せたことはなかつた。これはさむらひの女房の覚悟に等しい心の抑制があつたからであらう。然るに今は他人のことごとくが眠に沈んでゐる。
島木赤彦臨終記 (新字旧仮名) / 斎藤茂吉(著)
迷わせ、最後にことごとくそれを失望させる要件がそなわっている女であればよいので、必ずしもそれを天上の仙女にしなければならぬ必要は無いのであるが、最初の作だけに昔からある話の筋を
日本精神史研究 (新字新仮名) / 和辻哲郎(著)
されど日本の農業を改良するに就いては、種々の方法があるので、ことごとく自分一人でやらなくてもい、それは到底出来ることでない。各個分業で農業の方法を漸次改良すれば宜いのである。
教育の目的 (新字新仮名) / 新渡戸稲造(著)
幸徳君らにことごとく真剣に大逆たいぎゃくる意志があったか、なかったか、僕は知らぬ。
謀叛論(草稿) (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
湖畔のゆるやかな起伏の原は、鮮かな緑で蔽はれ、古城シャトーの白い塔が一つその中に立つてゐた。すべての色が鮮明で、周囲の風物はことごとく私達が昔から持つてゐた「美しき欧羅巴ヨーロッパ」の姿であつた。
ツーン湖のほとり (新字旧仮名) / 中谷宇吉郎(著)
木幡村の一ノ瀬と云人に頼み製しめしに元来肥え物の沢山に仕込たる茶なるが故に揉む時分に手の内にねばり付き葉はことごとく丸く玉の様に出来上りたるを其儘急須きゅうすに入れ試みしに実に甘露の味ひを
植物一日一題 (新字新仮名) / 牧野富太郎(著)
鶴喜つるき離屋はなれを借りて、年に一度の参会を開いていた道具屋の一隊は、石原の利助の子分を先鋒とする、八丁堀の組子に十重二十重とえはたえに取囲まれ、多勢の怪我人まで拵えて、ことごとく召捕りになりました。
胡堂氏の話によると、村には二つとない、見事だったこの庭の良石と植木は、隣村の何兵衛にだまされことごとく持ち去られたとのことである。
千句を示せとならば千句を示すべし。しかれどもそはいたずらはんを増すのみ。千句万句ことごとく皆この種の句たることを明言しなば則ち足らん。
古池の句の弁 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
家内眷族がことごとく信用し切っている叔父さんや伯母さんを、お嬢さんや坊ちゃんがどういう訳だか好かない事があるのであります。
鼻の表現 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
信濃町権田原しなのまちごんだわら、青山の大通を横切って三聯隊裏さんれんたいうらしるした赤い棒の立っているあたりまで、その沿道の大きな建物はことごとく陸軍に属するもの
この金属は妙な特質があって外の金属がことごとくレントゲンのエッキス光線に不透明であるのにこの金属ばかりは最も透明です。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
この向島名物の一つに数えられた大伽藍だいがらんが松雲和尚の刻んだ捻華微笑ねんげみしょうの本尊や鉄牛血書の経巻やその他の寺宝と共にことごとく灰となってしまったが
故にし一の絵図が其輯製当時に於ける既知の事実をことごとく採録せるものならば、最も価値あり最も信ず可き絵図なりというを得可き道理なるも
古図の信じ得可き程度 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
焼酎と胡瓜きゅうりことごとき出したが、同時に食った牛肉は不思議にも出て参らず、胃のもなかなか都合好く出来たものかな。
本州横断 癇癪徒歩旅行 (新字新仮名) / 押川春浪(著)