小禽ことり)” の例文
種々な小禽ことりの声が、ひのきの密林にきぬいていた。二人の頭脳は冷たく澄み、明智あけちしょうを落ちて来てから初めてまことわれにかえっていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
何たる優雅な贅沢ぜいたく! マターファの父は、「小鳥の王」といわれた位、小禽ことりどもの声を愛していたそうだが、其の血が彼にも伝わっているのだ。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
落着きもなく手擦てすぎわへ出て庭を眺めたり、額や掛け物を見つめたりしていたが、階下したに飼ってある小禽ことりかすかな啼き声が、わびしげに聞えて来た。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
小禽ことりが何百羽はいっていようかと思われるほどの大鳥かご万燈まんどんのような飾りもの、金、銀、紅、白のはすの造花、生花はあらゆる種々な格好になってくる。
七兵衛が去った後の裏庭は閑静しずかであった。旭日あさひの紅い樹の枝に折々小禽ことりの啼く声が聞えた。差したるかぜも無いに、落葉は相変らずがさがさと舞って飛んだ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
傾きやすき冬日の庭にねぐらを急ぐ小禽ことりの声を聞きつつ梔子の実をみ、寒夜孤燈の下にこごゆる手先をあぶりながら破れた土鍋どなべにこれを煮る時のいいがたき情趣は
十日の菊 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
べつうつくしいほどでもありませぬが、体躯からだ大柄おおがらほうで、それにいたって健康たっしゃでございましたから、わたくし処女時代むすめじだいは、まった苦労くろうらずの、丁度ちょうどはる小禽ことりそのまま
小禽ことりが可愛くさへづつてゐた。ゆつくりと窓を開けると、かあつとした高原の空と、緑は、お互ひに、上と下とが反射しあつてゐるかのやうな爽涼さうりやうさであつた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
羽翼はね美しい小禽ことりを、わが手先きまで引き寄せながら、きゅっと捉まえる事が出来ずに、また飛び立たしてしまうような、どこまでも残り惜しく恨めしいのが、わが居間から
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
よく肥えた小禽ことりをクチバシのところでつまんで少々塩にまぶし、砂嚢を抜き、上手に口の中に入れ、歯でおさえて、指のごく近くの所で噛み切り、そのまま勢よく噛むのである。
倫理の矢にあたつてちる倫理の小禽ことり。風景の上に忍耐されるそのフラット・スピン!
測量船 (新字旧仮名) / 三好達治(著)
花畠はなばたけむぎの畠、そらまめの花、田境たざかいはんの木をめる遠霞とおがすみ、村の小鮒こぶな逐廻おいまわしている溝川みぞかわ竹籬たけがき薮椿やぶつばきの落ちはららいでいる、小禽ことりのちらつく、何ということも無い田舎路ではあるが
野道 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
こまごまとちらばり寒き小禽ことりのかず木々の時雨に今朝けさも遠く見ゆ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
小禽ことり藪鶯やぶうぐいすの声がひっきりなしにきこえて来る。
雲仙岳 (新字新仮名) / 菊池幽芳(著)
チチ、チチと、小禽ことりの声がする。客殿の戸のすきまから仄白ほのじろい光がさす。夜明けだ。頼朝は、声なく、叫びながらふすまを蹴って起きた。
源頼朝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
こんな話に時の移るのを忘れているうちに、庭にさえずる小禽ことりの声も止んで、冬の日影はほど薄くなった。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
ヴェランダへ通じる硝子戸ガラスどを開けると、運河はすぐ眼の前に光つてゐた。ビルマネムの大樹が運河添ひに並木をなして、珍しい小禽ことりの声が騒々しくさへづつてゐた。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
捲毛まきげのカナリヤのかごの側で、庸三はよく籐椅子とういすに腰かけながら、あまり好きでないこの小禽ことりの動作を見守っていたものだが、いくらかの潜在的な予感もあったので
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
風は沈静して、高い枯草の間から小禽ことりの群が鋭い声を放ちながら、つぶてを打つようにぱっと散っては消える。曳舟の機械の響が両岸に反響しながら、次第に遠くなって行く。
放水路 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
彼女も昨日までの華やかな世界を捨て、小禽ことりのようにおどおどとして舅姑しゅうとにつかえたのだろう。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
木々うつる寒き小禽ことりの羽のたたき時雨明りに濡れしぶきつつ
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
と、門のうちの遠い坂の上から、ぽたぽたとはやい跫音が聞えて来た。跫音におどろいて立つ小禽ことりのつばさが、八方に、小さな虹を描く。
宮本武蔵:03 水の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
地球の上には、かうした夢のやうな国もあるものだと、ゆき子は、小禽ことりのさへづりを聴いたり、運河の水の上をんやり眺めてゐたりした。燕も群れをなして飛んでゐる。
浮雲 (新字旧仮名) / 林芙美子(著)
昨夜ゆうべ、空を通つた、足の早い風は、いま何處を吹いてゐるか! あの風は、殘つてゐたふゆを浚つてつて、春の來た今朝けさは、誰もが陽氣だ。おしやべりは小禽ことりばかりではない。
(旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
お清は笑いながら奥へ入ってしまった。人通りのすくない往来には、小禽ことりあさっていた。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
奥座敷の縁側に出してある、大きなかごいている小禽ことりの声が、時々聞えていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
夕立おそいきたる時窓によって眺むれば、日頃は人をも恐れぬ小禽ことりの樹間に逃惑うさまいと興あり。巣立して間もなき子雀蝉とともに家のうちに迷入ること珍らしからず。是れ無聊を慰むる一快事たり。
夕立 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
はらら飛ぶ小禽ことりあはれと觀つつゐて霜の葉おほき木々に驚く
白南風 (旧字旧仮名) / 北原白秋(著)
耳を澄ますと、四山の樹々には、さまざまな小禽ことりむれ万華まんげの春に歌っている。空は深碧しんぺきぬぐわれて、虹色の陽がとろけそうにかがやいていた。
牢獄の花嫁 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝雨にあらわれたあとの、すがすがしい空には、パチパチとはじける音がして、明治神宮奉祝の花火があがっている。小禽ことりが枝から飛立つぶきに、ふちべにの、淡い山茶花さざんかが散った。
大橋須磨子 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
浴場の窓からは、草の根から水のちびちびしみ出している赭土山あかつちやまわびしげに見られ、檐端のきばはずれに枝を差交さしかわしている、山国らしいたけのひょろ長い木のこずえには、小禽ことりの声などが聞かれた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
「あめりか物語」中最終の短篇にも書いた通り紐育ニユウヨオク湾頭の離島はなれじまよる小禽ことりが鳴く「六月のの夢」を見たのは、丁度々々ちやうど/\このやうな古びたペンキ塗りの水道も電灯もない田舎家の一室であつたのだ。
海洋の旅 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
はらら飛ぶ小禽ことりあはれと観つつゐて霜の葉おほき木々に驚く
白南風 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
丹左が、顔を上げると、葉の落ちているくぬぎばやしのこずえから、その顔の上へ、灰色の小禽ことりの毛が、綿を舞わしたように飛んで来た。
宮本武蔵:04 火の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すすきの穂が飛んで、室内へやのなかの老爺さんの肩に赤トンボがとまろうと、桜が散り込んで小禽ことりが障子につきあたって飛廻っても、老爺さんには東京なのか山の中なのか、室内なのかおもてなのか
たてきってあったような、その新建しんだちの二階の板戸を開けると、直ぐ目の前にみえる山の傾斜面にひらいた畑には、麦が青々と伸びて、蔵の瓦屋根かわらやねのうえに、小禽ことりうれしげな声をたてていていた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
何やら知らぬ小禽ことりさえずりは秋晴のあしたに聞くもずよりも一層勢が好い。
つゆのあとさき (新字新仮名) / 永井荷風(著)
桃園の梢のうみを、秋の小禽ことりが来てさまざまな音いろをまろばした。陽はうらうらと雲を越えて、朝霧はまだ紫ばんだまま大陸によどんでいた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
如月きさらぎは名ばかりで霜柱は心まで氷らせるように土をもちあげ、軒端のきばに釣った栗山桶くりやまおけからは冷たそうな氷柱つららがさがっている。がけ篠笹しのざさにからむ草の赤い実をあさりながら小禽ことりさえずっている。
豊竹呂昇 (新字新仮名) / 長谷川時雨(著)
持ち主の知合いに頼まれて、去年の冬から住むことになったその家は、蔵までついていてかなり手広であった。薄日のさした庭の山茶花さざんかこずえに、小禽ことりの動く影などが、障子の硝子越ガラスごしに見えた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さながら隠れし小禽ことりのひそかに飛去るごとく
向嶋 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
衣笠きぬがさのふきおろしは、小禽ことりの肌には寒すぎた。チチチチチ野に啼く声もおさなく聞えて耳に寒い。人々は、さやの中の刀から腰の冷えて来る心地がした。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ある時は少年のように朗らかに挙動ふるまい、朝の森に小禽ことりさえずるような楽しさで話すのだったが、一々こたえもできないような多弁の噴霧を浴びせかけて、彼を辟易へきえきさせることがあるかと思うと
仮装人物 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
わが窓に鳴く小禽ことりの如くに。
偏奇館吟草 (新字旧仮名) / 永井荷風永井壮吉(著)
午さがりの空は、うす寒く曇って、吹上苑ふきあげをつつむ桜花はなの蔭に、チチ、チチ、と小禽ことりの音はあるが、何となく浮いていない。
新編忠臣蔵 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
にしき小禽ことりその棲木とまりぎに居眠れば
新しくえた果樹もずいぶん多い。湖沼こしょうを利用して養魚をすすめることも忘れなかった。小禽ことりけもののたねまで、えきするものは、山野へ放った。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「さもあらん」と、曹操もほくそ笑んで、あたかも森林の中で、美しい小禽ことりでも追い廻している少年のような心理に似て
三国志:09 図南の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
杉に囲まれた村社の境内ではないか、お通は、寒げに叫ぶ小禽ことりの声に、ふと、何か自分が危険な線をおかしている気がして
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ぴゅっ——と、低くかすめてゆく小禽ことりの影が、魚のように腹を見せてゆく。やわらかい枯草と枯葉の中に、一足一足を沈め込むようにして歩いていた。
宮本武蔵:05 風の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)