存外ぞんぐわい)” の例文
沢山ならこれで切り上げるが、世間には自分の如く怪しげな書画をもてあそんで無名の天才に敬意を払ふの士が存外ぞんぐわい多くはないかと思ふ。
鑑定 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もつともと一面いちめん竹藪たけやぶだつたとかで、それをひらとき根丈ねだけかへさずに土堤どてなかうめいたから、存外ぞんぐわいしまつてゐますからねと
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
およそ其半なるをたしかめたり、利根山奥は嶮岨けんそひとの入る能はざりしめ、みだりに其大を想像さう/″\せしも、一行の探検に拠れば存外ぞんぐわいにも其せまきをりたればなり
利根水源探検紀行 (新字旧仮名) / 渡辺千吉郎(著)
心掛候に付きへだて候へども伊豆守御役宅に於て天一坊樣御面部をひそかに拜し奉りしに御目とほゝの間に凶相きようさうあり存外ぞんぐわいなるたくみあるの相にて又眼中がんちう赤筋あかすぢあつひとみ
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
多日たじつやまひしようして引籠ひきこもり、人知ひとしれず諸家しよか立入たちいり、内端うちわ樣子やうすうかゞるに、御勝手ごかつてむなしく御手許おてもと不如意ふによいなるにもかゝはらず、御家中ごかちう面々めん/\けて老職らうしよく方々かた/″\はいづれも存外ぞんぐわい有福いうふくにて
十万石 (旧字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
ひげのないとおもつたのに、ひげやしてゐるのと、自分じぶんなぞにたいしても、存外ぞんぐわい丁寧ていねい言葉ことば使つかふのが、御米およねにはすこ案外あんぐわいであつた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
一般いつぱんの種々な物事を見てゐても、日本では革命かくめいなんかも、存外ぞんぐわい雑作ざふさなく行はれて、外国で見る様な流血革命のさんを見ずに済む様な気がする。
拊掌談 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
いとはずゆふ申刻過なゝつすぎより右の寺へ參り暫時物語等致し居存外ぞんぐわいおそなはり夜亥刻よつどきちかころ上伊呂村迄歸り來りし時河原にて何やらにつまづきたれども宵闇よひやみなれば物の文色あいもんは分らずたゞ人の樣子ゆゑさけゑひし者のふせり居し事と心得氣のせくまゝ能もたゞさず早々歸宅仕り其夜は直樣すぐさま打臥うちふし翌朝よくてうおき出門の戸を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
はなはだ失礼な申し分ながら、どうも速水氏や何かの画を作る動機は、存外ぞんぐわい足もとの浮いた所が多さうに思はれてならぬのである。(十一月一日)
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
小六ころく一寸ちよつとした好奇心かうきしんたため、二人ふたり會話くわいわ存外ぞんぐわい素直すなほながれてつた。御米およねうら家主やぬしの十八九時代じだい物價ぶつか大變たいへんやすかつたはなしを、此間このあひだ宗助そうすけからいたとほかへした。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
そこがこの頃になつて見ると、だんだんあいつの気になり出したんだ。あれで君、見かけよりや存外ぞんぐわい神経質な男だからね。
南瓜 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
借家しやくやは或実業家の別荘の中に建つてゐたから、芭蕉ばせうのきさへぎつたり、広い池が見渡せたり、存外ぞんぐわい居心地のよい住居すまひだつた。
身のまはり (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
もしあの盛衰記の島の記事から、辺土へんどに対する都会人の恐怖や嫌悪けんをを除き去れば、存外ぞんぐわい古風土記こふうどきにありさうな、愛すべき島になるかも知れない。
澄江堂雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
しかし当人の男ぶりは紋服たると燕尾服えんびふくたるとを問はず独立に美醜を論ぜらるべきである。「女と影」に対する世評は存外ぞんぐわいこの点に無頓着むとんぢやくだつたらしい。
続野人生計事 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
第一の幽霊 (さもがつかりしたやうに、朦朧もうろうと店さきへ姿を現す。)此処ここにも古本屋が一軒ある。存外ぞんぐわいかう云ふ所には、品物が揃つてゐるかも知れない。
LOS CAPRICHOS (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
麦藁帽をかぶつた労働者の一人ひとり矢張やはり槌を動かしたまま、ちよつと僕の顔を見上げ、存外ぞんぐわい親切に返事をした。
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
が、実際は存外ぞんぐわい、女の誘惑する場合も……言葉で誘惑しないまでも、素振そぶりで誘惑する場合が多さうである。
世の中と女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かう云ふ階級は存外ぞんぐわい狭い。おそらくは、西洋よりも一層狭いだらう。僕は今、かう云ふ事実の善悪を論じてゐるのではない。唯事実として一寸ちよつと話すだけである。
小説の読者 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
亜米利加アメリカにはポオやホウソオンがあるが、幽霊——或は一般に妖怪えうくわいを書いた作品は今でも存外ぞんぐわい少くない。
近頃の幽霊 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
鈴木三重吉すずきみへきち久保田万太郎くぼたまんたらうの愛読者なれども、近頃は余り読まざるべし。風采瀟洒せうしやたるにもかかはらず、存外ぞんぐわい喧嘩けんくわには負けぬ所あり。支那にわたか何か植ゑてゐるよし。
学校友だち (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それから廊下に接した南側には、殺風景さつぷうけい鉄格子てつがうしの西洋窓の前に大きな紫檀したんの机を据ゑて、その上にすずりや筆立てが、紙絹しけんの類や法帖ほふでふと一しよに、存外ぞんぐわい行儀ぎやうぎよく並べてある。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
世の中には嘘のやうな話、存外ぞんぐわいあるものなり。皆小穴一遊亭をあないちいうていに聞いた。(七月二十三日)
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
かう云ふ日米関係は、英吉利語文学が流行しないだけに存外ぞんぐわい見落され勝ちのやうである。
点心 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
実際また、女のミカドといふものは、古今ここんに少くはないのである。たしかに日本の女の位置は、家畜や奴隷のやうに売買されるにもかかはらず、存外ぞんぐわい辛抱しんばうの出来る点もないではないらしい。
日本の女 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
それは或は半ば以上、天賦てんぷの才能によるものかも知れない。いや、精進の力などは存外ぞんぐわい効のないものであらう。しかしその浄火の熱の高低は直ちに或作品の価値の高低を定めるのである。
「子供の時に大きいと思つたものは存外ぞんぐわいあとでは小さいものですね。」
本所両国 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
この時も高が風邪かぜなれど、東京、大阪、下の関と三度目のぶり返しなれば、存外ぞんぐわい熱も容易にはさがらず、おまけに手足にはピリンしんを生じたれば、女中などは少くとも梅毒患者ばいどくかんじや位には思ひしなるべし。
病牀雑記 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
僕は懐中時計を置き火燵ごたつの上に置き、丁寧ていねいに針を十時へ戻した。それから又ペンを動かし出した。時間と云ふものはかう云ふ時ほど、存外ぞんぐわい急に過ぎることはない。掛け時計は今度は十一時を打つた。
春の夜は (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
家具家財の荷づくりをなすも、運び難からんことを察すればなり。人慾もとよりきはまりなしとは云へ、存外ぞんぐわい又あきらめることも容易なるが如し。に入りて発熱三十九度。時に○○○○○○○○あり。
勿論文体すなはち作品と云ふ理窟なければ、文体さへ然らばその作品が常にあらたなりとは云ふべからず。されど文体が作品の佳否かひに影響する限り、絢爛けんらん目を奪ふ如き文体が存外ぞんぐわい古くなる事は、ほとんど疑なきが如し。
雑筆 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)