唐紙からかみ)” の例文
僕はどうしようかと思って、暫く立ちすくんでいたが、右の方の唐紙からかみが明いている、その先きに人声がするので、その方へ行って見た。
百物語 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
唐紙からかみへ手をかけると、建付けの悪いに似ず、心持よく滑って少し荒らした古畳の六畳が、おおうところなく一と目に見られるのでした。
いかさま古い建物と思われて、柱にさびがある。その代り唐紙からかみの立てつけが悪い。天井はまっ黒だ。ランプばかりが当世に光っている。
三四郎 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ちょっと一つの部屋へやから隣の部屋へ行く時にも必ず間の唐紙からかみにぶつかり、縁側を歩く時にも勇ましい足音を立てないでは歩かない人と
子猫 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
だから自然、聞く人は皆その周囲に端坐したり、柱にもたれたり、障子や唐紙からかみをうしろにしたりしているということがわかります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そこへ茶の間の唐紙からかみのあいたところから、ちょいと笑顔えがおを見せたのは末子だ。脛かじりは、ここにも一人ひとりいると言うかのように。
(新字新仮名) / 島崎藤村(著)
戸と云う戸、障子と云う障子、窓と云う窓を残らず開放あけはなし、母屋おもやは仕切の唐紙からかみ障子しょうじを一切取払うて、六畳二室板の間ぶっ通しの一間ひとまにした。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
御免なされとふすま越しのやさしき声に胸ときめき、かけた欠伸あくびを半分みて何とも知れぬ返辞をすれば、唐紙からかみする/\と開き丁寧ていねい辞義じぎして
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
この唐紙からかみの左右の壁際かべぎはには、余り上等でない硝子戸の本箱があつて、その何段かの棚の上にはぎつしり洋書が詰まつてゐる。
東京小品 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
その上に琉球唐紙からかみのような下等の紙を用い、興に乗ずれば塵紙ちりがみにでも浅草紙にでも反古ほごの裏にでも竹の皮にでもおりふたにでも何にでも描いた。
こけむしたる古井のもとに立ちて見入るに、唐紙からかみすこし明けたるひまより、一三〇火影ほかげ吹きあふちて、一三一黒棚のきらめきたるもゆかしく覚ゆ。
唐紙からかみのはいった置きだなの戸をあけて紙を選び出したり、筆を気にしたりして源氏が書いている返事はただ事であるとは女房たちの目にも見えなかった。
源氏物語:10 榊 (新字新仮名) / 紫式部(著)
此方こつちへお出でなはツとくれやす。』と女は、むつかしい字の書いてある唐紙からかみを開けて、二人ふたりを次ぎの十疊へいざなふた。
東光院 (旧字旧仮名) / 上司小剣(著)
それではこの時代じだい繪畫かいがといふものはのこつてゐるかといひますと、もちろんふすま唐紙からかみき、じくにしたなどは、この時代じだいにはないばかりでなく
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
それからほうきをとって掃くときに、押入れの唐紙からかみ(ふすま)でも、次の間とのあいだの唐紙でも、また縁側の障子でも、すべて一枚一枚あけて掃くこと。
女中訓 (新字新仮名) / 羽仁もと子(著)
をしまず大工だいく泥工さくわんを雇ひ俄に假玄關かりげんくわんを拵らへ晝夜の別なく急ぎ修復しゆふくを加へ障子しやうじ唐紙からかみたゝみまで出來に及べば此旨このむね飛脚ひきやく
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
北の八番の唐紙からかみをすっとあけると中に二人ふたり。一人は主人の大森亀之助かめのすけ。一人は正午ひる前から来ている客である。
疲労 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
「どうかねえ。お頼み申しますよ」と、お熊は唐紙からかみ越しに、「花魁、こなたの御都合でねえ、よござんすか」
今戸心中 (新字新仮名) / 広津柳浪(著)
その時、突然一枚の唐紙からかみが激しい音を立てて、内側へ倒れて来た。それと同時に、秋三と勘次の塊りは組み合ったまま本堂の中へ転り込んだ。一座の者は膝を立てた。
南北 (新字新仮名) / 横光利一(著)
八風斎はっぷうさいの鼻かけ卜斎ぼくさいは、さてこそ、秀吉ひでよしのまわし者でもあろうかと邪推じゃすいをまわして、そこの唐紙からかみたおすばかりな勢い——間髪かんはつをいれずにあとを追いかけていった。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
悪い癖で宿屋の褞袍どてらを着ることの嫌いな私は、ほんの七八日の旅なのに、わざわざ鞄に入れて来た着物と着換えて、早目に床を延べてくれた奥の小間の唐紙からかみを締め切り
雨の宿 (新字新仮名) / 岩本素白(著)
首はとび甚だ意地の悪いもので地べたへ落ちてもぐりこんでしまへばいゝのにフワリフワリと宙に浮いて壁につき当り唐紙からかみにはぢかれ柱の角で鼻をこすつてシカメッ面を
オモチャ箱 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
唐紙からかみのところには、巨大な徳利が数え切れないほど立ち並んでいる。すみの方で女中を相手に飲んでいたらしい一群の間から、歌をうたおうじゃないかと言う声がした。
風宴 (新字新仮名) / 梅崎春生(著)
人知れずお露は、唐紙からかみのかげで歯ぎしりをして、泣き沈んだのでしたが、これはたちさってゆく左膳の耳にはむろん、となりの部屋の萩乃、源三郎にも聞こえなかった。
丹下左膳:03 日光の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
何のつもりか岡田はまだ寝ている太田の部屋の唐紙からかみを開けて見て、何かものを言いたげにしたが、そこに一枚のうすい布団を、柏餅かしわもちにして寝ている太田の姿を見ると、ほっ
(新字新仮名) / 島木健作(著)
妾宅はあがかまちの二畳を入れて僅か四間よまほどしかない古びた借家しゃくやであるが、拭込ふきこんだ表の格子戸こうしど家内かない障子しょうじ唐紙からかみとは、今の職人の請負うけおい仕事を嫌い、先頃さきごろまだ吉原よしわらの焼けない時分
妾宅 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
いわゆる出居でいは拡張せられて客座敷というものができた。それから紙の利用が自由になって、あか障子しょうじ唐紙からかみ間仕切まじきりができ、家の中の区画が立って食物はようやく統一を失った。
木綿以前の事 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
友之助はおこったの怒らないのじゃアない、借着の※袍どてら姿なり突然いきなり唐紙からかみを明けて座敷へ飛込みまして物をも云わせずお村のたぶさを取って二つ三つ打擲致しましたから、一座の者は驚いて
業平文治漂流奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
半七もつづいて登ってゆくと、二階は狭い三畳ひと間で、殆ど物置も同様であったが、それでも唐紙からかみのぼろぼろに破れた一間の押入れが付いていた。隠れ家はこの押入れのほかに無い。
半七捕物帳:56 河豚太鼓 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
間の唐紙からかみをたて切る女中の後からちらとその客の様子を見て取つた。夫婦ではなさ相な若い男女の二人連であつた。廂髪ひさしがみつて羽織を着流したすらりとした肩付は、商売人ではない。
二黒の巳 (新字旧仮名) / 平出修(著)
又子供の身体の活溌を祈れば室内の装飾などはとても手に及ばぬ事と覚悟して、障子唐紙からかみを破り諸道具にきず付けてもず見逃がしにして、大抵な乱暴には大きな声をして叱ることはない。
福翁自伝:02 福翁自伝 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
書齋の唐紙からかみを開けると明るいランプの下に井田はソフォクレースを讀んで居た。
半日 (旧字旧仮名) / 有島武郎(著)
立ったついでにといった弁解を心に設けて、小部屋の唐紙からかみをそっとあけると、なまめかしい蒲団が敷いてある。女郎買いでは人にヒケを取らない俺なのに、まるでウブな男になっていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
ばかりの別棟で、廊下で四方に連絡されているのだったが、かしの部厚な板戸で仕切った上に、荒目な格子、その内に木襖、更に、普通の唐紙からかみや障子が入れてあるという工合で、更に
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
ところが、真ッ先にその押入の唐紙からかみをあけた警官は、あけるがいなや、叫んだ。
銀座幽霊 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
幹太郎は行灯あんどんを暗くし、幸坊が寝るのを待って四畳半へゆき、唐紙からかみを閉めた。
花も刀も (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
さう云ひながら、彼女は彼の腕から逃れ、唐紙からかみを開けて奥の部屋へ姿を消した。が、それはなんにもならなかつた。ほかに誰もゐないことがわかつてゐた。彼は、大胆に、彼女の後を追つた。
髪の毛と花びら (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
細君さいくん下女げじょめいじて花前をよばせる。まもなくかれはズボンチョッキのこざっぱりしたふうで唐紙からかみそとへすわった。れいのごとくかる黙礼もくれいしただけで、もとよりものをいわずよそ見をしている。
(新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
何ともないものが、惘然ぼんやり考へたり、太息ためいきいたりしてふさいでゐるものか。僕は先之さつきから唐紙からかみの外で立つて見てゐたんだよ。病気かい、心配でもあるのかい。言つてきかしたつて可いぢやないか
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
彼は雨戸を開けて、ビシヨ/\の寝衣を窓庇まどびさしくぎに下げて、それから洗面器を出さうとして押入れの唐紙からかみを開けた。見なれた洗面器の中のうがひのコップや、石鹸箱シャボンばこや、歯磨の袋が目に入つた。
哀しき父 (新字旧仮名) / 葛西善蔵(著)
玄関の敷台しきだいに迎えた使用人の数も嘘の様に減ってはいたが、そんな事よりも、部屋、部屋の荒れかたがひどかった。壁の落ちた処、畳のり切れた処、唐紙からかみの破れなぞ、眼にあまるものがあった。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
唐紙からかみは開いていた,自分は座敷の方を向きもしなかッたが、それでいて、もウ娘が自分を見たなと知ッていたので,わざと用ありそうに早足で前を通り過ぎ、そのくせ隣座敷の縁側で立ち止まッて
初恋 (新字新仮名) / 矢崎嵯峨の舎(著)
広太郎は、ギョッとしてピタリと端坐たんざした。と、正面の唐紙からかみが、スルスルと一方へ開いたものである。現われたのは一人の老武士。やッ、その風采ふうさいのあがらないことは! 年は六十以上でもあろう。
剣侠受難 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
天井板や床の間や唐紙からかみの模様など、凡て眼新らしいその室の中が、心をそそるような冷かさに静まり返ってきて、同時に、先刻の影人形の遊びの気分がむらむらと湧いてきて、私は我知らず立上って
(新字新仮名) / 豊島与志雄(著)
ずいと上り込むとがらり境いの唐紙からかみを開けて
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
乾いた唐紙からかみはたちまち風にふかれて
智恵子抄 (新字旧仮名) / 高村光太郎(著)
細君の部屋には、為切しきり唐紙からかみ四枚の内二枚がふさがるやうに、箪笥たんすが据ゑてあつて、その箪笥の方に寄せて青貝の机が置いてある。
魔睡 (新字旧仮名) / 森鴎外(著)
と言って、唐紙からかみをあけて次の間へ入ったと思うと、早くも、二枚ばかりの蒲団を持って来て、その一枚を以前の上へかけ増して
大菩薩峠:27 鈴慕の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
変色した唐紙からかみでも、子供等に傷つけられた壁でも、実に一切のものを捨てる思いをした三年前のあらしはげしさを語っていないものは無かった。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
聞いてみるとかなりひどいゆれ方で居間の唐紙からかみがすっかり倒れ、猫が驚いて庭へ飛出したが、我家の人々は飛出さなかった。
震災日記より (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)