午過ひるすぎ)” の例文
それから二三日は、代助も門野かどのも平岡の消息をかずにごした。四日目よつかめ午過ひるすぎに代助は麻布あざぶのあるいへへ園遊会に呼ばれてつた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
これと毫厘がり寸法の違はぬ女が、昨日の午過ひるすぎ、伯母の家の門に来て、『おだんのまうす、おだんのまうす。』と呼んだのであつた。
葬列 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
お前は金銭かねの事で屈託してゐるらしいが、さう心配するが物はない。今日午過ひるすぎに、お前の主人が頭が病めるといひ出す。
私は先日の取りかへしをする積りで心うれしく、イソ/\して居るところへ私の従妹いとこ二人からその言伝ことつてがあつて、あくる日の午過ひるすぎに遊びにくるといふことでした。
黄金機会 (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
この日丁度午過ひるすぎからごく軽い風が吹いて、高い処にも低い処にもまろがっていた雲が少しずつ動き出した。そして銀色に光る山の巓が一つ見え二つ見えて来た。
木精 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
午過ひるすぎにポチが殺されたという木村といううちの前へ行って見た。其処か此処かと尋ねて見たけれど、もう其らしいあともない。私は道端にたたずんで、茫然としていた。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
翌日よくじつ牛込改代町うしごめかいたいちやうたふさふらふせつは、ぜに貫文くわんもん海苔鮨のりずしぼんそれより午過ひるすぎ下谷上野町したやうへのまちたふさふらふせつたゞきう
行倒の商売 (新字旧仮名) / 三遊亭円朝(著)
祭礼まつりちぎりを結んだ女の色香に飽きたならば、直ちに午過ひるすぎ市場フエリヤきての女の手を取り給へ。
黄昏の地中海 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
シドニイから届いたばかりの私の服も、イソベルの・白い・縁とりのドレスも、さんざんの目に逢う。午過ひるすぎ、泥だらけになって、やっとマリエに着く。母達のカヌー組は既に着いていた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
物を見れば唯涙ただなみだこぼれ、何事とも無きに胸塞むねふさがり、ふとすれば思迫おもひつめたる気に相成候て、夜昼と無くはげしく悩み候ほどに、四日目には最早起き居り候事も大儀に相成、午過ひるすぎよりとこに就き候まま
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
それ、その日時計ひどけい淫亂すけべい午過ひるすぎしるしとゞいてゐるわさ。
午過ひるすぎの日は新しい住居すまいの二階の部屋に満ちた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
それは珍らしく秋の日の曇った十一月のある午過ひるすぎであった。千代子は松本の好きな雲丹うにを母からことづかって矢来やらいへ持って来た。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
平日は晴れた日の午過ひるすぎにも門内に敷詰めた小砂利の上には馬蹄や車輪の跡もなく鳥の聲のみ靜に囀る大使館の玄關前には、此の日已に二三臺の馬車の待つてゐるのを見た。
新帰朝者日記 (旧字旧仮名) / 永井荷風(著)
聞いて見ると、先刻さつき一返御出おいでになりましたが、此案排ぢや、どうせ午過ひるすぎだらうつて又御帰りになりましたといふ答である。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
午過ひるすぎ川端かはゞたはます/\しづかになつて犬さへ歩いて来ないところから、流石さすが長吉ちやうきちも自分は何故なぜこんなにまりを悪がるのであらう臆病おくびやうなのであらうと我ながら可笑をかしい気にもなつた。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
午過ひるすぎかへつてると、御米およね金盥かなだらひなか雜巾ざふきんけて、六でふ鏡臺きやうだいそばいてゐた。其上そのうへところだけ天井てんじやういろかはつて、時々とき/″\しづくちてた。
(旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
竹格子たけごうしの裏窓を明けると箕輪田圃みのわたんぼから続いて小塚原こずかっぱらあかりが見える河岸店かしみせの二階に、種員は昨日きのう午過ひるすぎから長き日を短く暮すとこの内、引廻した屏風びょうぶのかげに明六あけむツならぬ暮の鐘。
散柳窓夕栄 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
午過ひるすぎに帰って来て見ると、御米は金盥かなだらいの中に雑巾ぞうきんけて、六畳の鏡台のそばに置いていた。その上の所だけ天井てんじょうの色が変って、時々しずくが落ちて来た。
(新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午過ひるすぎの川端はますますしずかになって犬さえ歩いて来ない処から、さすがの長吉も自分は何故なぜこんなに気まりを悪がるのであろう臆病おくびょうなのであろうと我ながら可笑おかしい気にもなった。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
余は朝からしばしばこの状態にった。午過ひるすぎにもよくこの蕩漾とうようあじわった。そうしてめたときはいつでもその楽しい記憶をいだいて幸福の記念としたくらいであった。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
けれども午過ひるすぎには日の光があたたかく、私は乳母や母上と共に縁側の日向ひなたに出て見た時、狐捜きつねさがしの大騒ぎのあった時分とは、庭の様子が別世界のように変って居るのをば、不思議な程に心付こころついた。
(新字新仮名) / 永井荷風(著)
空模様で判断すると、朝とも云われるし、午過ひるすぎとも云われるし、また夕方と云っても差支さしつかえない。
坑夫 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午前ひるまへ稽古けいこに来る小娘こむすめ達が帰つてのち午過ひるすぎには三時過ぎてからでなくては、学校帰りのむすめ達はやつて来ぬ。今が丁度ちやうど母親が一番手すきの時間である。風がなくて冬の日が往来わうらいの窓一面にさしてゐる。
すみだ川 (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
午過ひるすぎになつたから出掛けた。会場の入口いりぐちは運動場の南の隅にある。大きな日の丸と英吉利の国旗が交叉してある。日の丸は合点が行くが、英吉利の国旗は何の為だかわからない。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
午前ひるまえ稽古けいこに来る小娘たちが帰ってのち午過ひるすぎには三時過ぎてからでなくては、学校帰りの娘たちはやって来ぬ。今が丁度母親が一番手すきの時間である。風がなくて冬の日が往来の窓一面にさしている。
すみだ川 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
下へ降りるやいなや、いきなり風呂場ふろばへ行って、水をざあざあ頭へかけた。茶の間の時計を見ると、もう午過ひるすぎなので、それを好い機会しおに、そこへわって飯を片づける事にした。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
暖かい日の午過ひるすぎ食後の運動がてら水仙の水を易へてやらうと思つて洗面所へ出て、水道のせんねぢつてゐると、其看護婦が受持のへやの茶器を洗ひに來て、例の通り挨拶をしながら
変な音 (旧字旧仮名) / 夏目漱石(著)
暖かい日の午過ひるすぎ食後の運動がてら水仙の水をえてやろうと思って洗面所へ出て、水道のせんねじっていると、その看護婦が受持のへやの茶器を洗いに来て、例の通り挨拶あいさつをしながら
変な音 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その日は東京から杉本さんが診察に来る手筈てはずになっていた。雪鳥君が大仁おおひとまでむかえに出たのは何時頃か覚えていないが、山の中を照らす日がまだ山の下に隠れない午過ひるすぎであったと思う。
思い出す事など (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
午過ひるすぎになつてから、代助は自分が落ち付いてゐないと云ふ事を、漸く自覚しした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
ただ車夫ていの男が一人縁側に腰を懸けて烟草をんでいた。聞いてみると、先刻さっき一返御出おいでになりましたが、この案排あんばいじゃ、どうせ午過ひるすぎだろうって又御帰りになりましたという答である。
それから (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
それが午過ひるすぎになってまただんだん険悪におちいったあげく、とうとう絶望の状態まで進んで来た時は、余が毎日の日課として筆をりつつある「彼岸過迄ひがんすぎまで」をようやく書き上げたと同じ刻限である。
三山居士 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
春の日の午過ひるすぎなどに、私はよく恍惚うっとりとした魂を、うららかな光に包みながら、御北さんの御浚おさらいを聴くでもなく聴かぬでもなく、ぼんやり私の家の土蔵の白壁に身をたせて、佇立たたずんでいた事がある。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
翌日午過ひるすぎ散歩のついでに、火元を見届みとどけようと思う好奇心から、例の坂を上って、昨夕ゆうべの路次を抜けて、蒸汽喞筒の留まっていた組屋敷へ出て、二三間先の曲角まがりかどをまがって、ぶらぶら歩いて見たが
永日小品 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
十一になる男の子は僕は仮名で書くよと断わって、ナムアミダブツと電報のようにいくつも並べた。午過ひるすぎになっていよいよ棺に入れるとき松本は千代子に「御前着物を着換さしておやりな」と云った。
彼岸過迄 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
開会後第一の土曜の午過ひるすぎには大勢おほぜい一所にた。——広田先生と野々宮さんと与次郎と三四郎と。四人よつたり余所よそ後廻あとまはしにして、第一に「森の女」の部屋に這入つた。与次郎が「あれだ、あれだ」と云ふ。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
「うん午過ひるすぎ遅くならゐるかもしれない」
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)