仇敵かたき)” の例文
太政大臣のことをよい親戚しんせきを持ったようにあなたは喜んでいらっしゃいますが、私には前生にどんな仇敵かたきだった人かと思われます。
源氏物語:31 真木柱 (新字新仮名) / 紫式部(著)
原来彼の黄金丸は、われのみならずかしこくも、大王までを仇敵かたきねらふて、かれ足痍あしのきずいえなば、この山に討入うちいりて、大王をたおさんと計る由。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
「白々しいこと、えい、申すな! 主人の姫をそそのかし、人もあろうに仇敵かたきの子と、不義三昧ざんまいに落ち入らせた事、罪に非ずと抗弁するか!」
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
と私の差し出した茶碗を仇敵かたきのごとくに持ち扱いながら、一口飲んでは首を振ったり顔を背けたり、無理やりに飲み下していた。
葛根湯 (新字新仮名) / 橘外男(著)
(封建時代とはちがつた仕方で、今の資本主義の世の中にも、孝子の仇敵かたき討ちがふだんに行はれて居ることを知るべきである。)
宿命 (旧字旧仮名) / 萩原朔太郎(著)
それからツヤ子さんの仇敵かたきと思って、いつもジロジロ様子を見ていてやったわ。また、誰か殺しに来たに違いないと思って……。
少女地獄 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
……憎ければとて、浅ましければとて、気障きざなればとて、たとい仇敵かたきなればと申して、約束はかえられませぬ、誓を破っては相成りませぬ。
夜叉ヶ池 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
「あの基督の仇敵かたきが言ふことといへば、一つ残らず嘘偽りぢや! 奴のところにやあ、真実といふものは、一文がとこもあることぢやない!」
ばかに交通巡査を眼の仇敵かたきにしてるようだが、全くこんなふうなんだから、自動車にはいつだってかれるほうが悪いんで
(菊龍じゃない、あなたはほんのはしくれ、仇敵かたきのはしくれ)と何処か底に囁くものが彼女を再び沈鬱な柔順に返らしめた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
仇敵かたきを持つ身——芝居や戯作げさくでは面白いが、さて、現実に自分がそれになってみると、あんまり気もちのいいものではない。
魔像:新版大岡政談 (新字新仮名) / 林不忘(著)
第三の瞬間はただちに動揺を伴って来た。彼は先刻からの仇敵かたき様に憎んで居た年増の婦人のたもとへ、今紳士から抜取った二つの品を押込んで了った。
乗合自動車 (新字新仮名) / 川田功(著)
『さう、眞箇ほんとうに!』おそれて尻尾しツぽさきまでもふるへてゐたねずみさけびました。』わたし斯麽こんなことはなしたが最期さいごわたしの一家族かぞくのこらずねこ仇敵かたきおもふ。
愛ちやんの夢物語 (旧字旧仮名) / ルイス・キャロル(著)
そうでなくてさえして年を取った親心には、可愛いうみの娘に長い間、苦労をさした男は、訳もなく唯、仇敵かたきよりも憎い。
別れたる妻に送る手紙 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
今夜、広海屋というのに逢えば、それで仇敵かたきという仇敵の顔が、すっかり見られるわけ。その上で、きっぱり仇討ちの手立てを立てねばならぬ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
刀の在所ありか仇敵かたき匿家かくれがまで教えて呉れた其の功にでゝ、永く苦痛をさするも不便ふびんゆえ、この小三郎が介錯して取らせるぞ
「何を仰有るのです。まだ蠅男との戦いは終って居ないではありませんか。そんな弱気を出しては、貴女のお父さんの仇敵かたきはとても打てませんよ」
蠅男 (新字新仮名) / 海野十三(著)
食堂の食卓にはサレーダインの仇敵かたきが島をめざして一陣の突風のように来襲した時既に晩飯の用意が出来ていたのだ。
さなきだに作品を産出できなかった天才大川は、仇敵かたき米倉三造の盛名日に日にあがるのを見つつ、こうやって惨劇以来の半年を送って来たのであった。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
仇敵かたきのように憎んで居た夫の佐良井には、生前はどうしても自由にさせなかった巨万の富を、此世で一番慕って居た義兄あにの私には、赤鉛筆で印を付けた
死の舞踏 (新字新仮名) / 野村胡堂(著)
「ドバルですか、仇敵かたきですか? いやあれは実に立派な人間です。二十年この方私の宅にいて正直な男でした。」
それのみならず、にくい良人のたねであるかと思うと、お腹の子までが自分の仇敵かたきのように思われてなりません。
印象 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
かまれて暖簾のれんはぢれゆゑぞもとたゞせば根分ねわけのきく親子おやこなからぬといふ道理だうりはなしよしらぬにせよるにせよそれは其方そなた御勝手ごかつてなり仇敵かたき
別れ霜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
幼かつたとき話にきいた、あの仇敵かたきを探す武士も、こんな風に旅していつたのだ、と良寛さんには思はれた。しかし、その武士の探してゐたのは仇敵だつた。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
仮令たとい、そうであるにしても——妾には、月丸様が、憎めない。仇敵かたきとは、仇敵のお息子とは思えない)
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
これは神を嘲弄ちょうろうするものであり、人間に対する冒涜ぼうとくです、私にもしも親の仇敵かたきがあって、そいつを八つ裂きにしてやりたい、と思うほど憎んでいる、としてもですね
山彦乙女 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
祖父そふは弟のする事は何をしても叱らないで、自分ばかりを仇敵かたきのやうにがみ/″\いふのである。
赤い鳥 (旧字旧仮名) / 鈴木三重吉(著)
それから彼はいちいち几帳面に仇敵かたきに、それ相応の復讐を遂げ、自分はわざと恋人の兄の刃にかかって死にます。因果応報の道具にだけこの世に生れて来たような青年です。
仏教人生読本 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
其の心のうちの喜びもつかで、苦痛くるしみの矢はたちまち私の胸に立つたのです、其れは貴女も御聞き及びになりましたやうに、私の父と篠田さんとが、仇敵かたきの如き関係になつたことです
火の柱 (新字旧仮名) / 木下尚江(著)
現世げんせうらみがらせなかったから、良人おっと二人ふたりちからわせて怨霊おんりょうとなり、せめて仇敵かたきころしてやりたい……。』——これがかみさまにむかってのおねがいなのでございますから
ロミオ 二はれいでもはなしませう。仇敵かたきいへ酒宴しゅえん最中さいちゅう、だましうちわしきずはしたものがあったを、此方こちからもはした。二人ふたりけたきず貴僧こなた藥力やくりきればなほる。
はらはらしながら竹二郎が、ばちを合せて行くうちに、一調一高いっちょういっこう、又七の笛は彼の三味を仇敵かたきにしていることが解って来た。そして、満座の中で何度となく彼は糸を切らせられたのである。
助五郎余罪 (新字新仮名) / 牧逸馬(著)
の仮髪事件から乃公を目の仇敵かたきのように思っているらしい。乃公が焼棄てたればこそ、校長はんな新しい奴を買ったのじゃないか。その恩も忘れて唯訳も分らずにがみがみ言っている。
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
ト、一日手を離さぬので筆が仇敵かたきの樣になつてるから、手紙一本書く氣もしなければ、ほんなど見ようとも思はぬ。凝然ぢつとして洋燈ランプの火を見つめて居ると、斷々きれ/″\な事が雜然ごつちやになつて心を掠める。
菊池君 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
それが、俺が正直に告白をして了うと、もう俺を仇敵かたきの様に憎み恐れるのか
パノラマ島綺譚 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
けれど、良人は、神仏を仇敵かたきのように呪っている人である。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
「あいつ泥棒やがな、俺の仇敵かたきやがな!」
乳の匂ひ (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
「さもこそあらめ、よくぞいひし。其方がいはずば此方こなたより、しいても勧めんと思ひしなり。おもいのままに武者修行して、天晴れ父の仇敵かたきを討ちね」
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
そして、こうして自分が乾雲丸を所持していない以上は、もはや栄三郎とも仇敵かたき同士に別れてねらいあう意味のないこと。
丹下左膳:01 乾雲坤竜の巻 (新字新仮名) / 林不忘(著)
あなたの仇敵かたきは討たれたのです。あなたの姿、あなたの容貌、あなたそっくりの女によって。ですからあなたが手を下して、敵を討ったと同じです。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
というわけは、大川竜太郎と米倉三造とは恐らく永久に手を握りあうことのできぬ仇敵かたき同士であったからである。
黄昏の告白 (新字新仮名) / 浜尾四郎(著)
眼病も大きに全快の端緒こぐちおもむき、少しずつは見えるように相成ったが、その八橋周馬とか申して堀切村にる奴は、全く仇敵かたきの大野惣兵衞に相違ないか
仇敵かたきのように思われ、殊に祖母と別れてから数年間、世の荒浪にもまれて、散々苦労をしたので、ついには、世を呪う心が抑えきれぬようになったのだそうです。
遺伝 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
(許して、とか、殺してくれ、とか、月丸と、割無き仲になっているのではないか? 仇敵かたきの倅と——)
南国太平記 (新字新仮名) / 直木三十五(著)
つづまるところ、油断をしてはならぬだけの力のある、一人の敵が、自分がつけ狙う仇敵かたきの味方に立った——と、いうことを、覚悟すれば、それでいいわけなのだ。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
武士の家のしきたりでは、兄さんが殺されると、弟が兄さんの仇敵かたきを討たねばならないのだつた。さういふわけで、その弟は仇敵を討つための旅をしてゐたのである。
良寛物語 手毬と鉢の子 (新字旧仮名) / 新美南吉(著)
しかしお光さん、お前さんだけは、わたしが一生涯かかって今日のこの屈辱の復讐をするために仇敵かたきを逃がさないように、仇敵と共に逃げたことを知っていて下さい。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
不運は天にありて身から出たる罪にもあらぬを親なし子と落しめる奴原が心は鬼か蛇か、よし我等が頭に宿り給ふ神もなく佛もなき世なるべし、世間は我等が仇敵かたきにして
暗夜 (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
でも……でも、白堊館はくあかんの中には、全然あたくしの仇敵かたきばかり居るわけでもないのです。そういう方々のお力によって、多分あたくしは平凡なる理由で辞職できるかも知れません
諜報中継局 (新字新仮名) / 海野十三(著)
そうして今も云ったように、吾輩を君の不倶戴天ふぐたいてん仇敵かたきと思い込ませて、その事実を公式に言明させよう……彼の思い通りに引きゆがめた事件の真相を社会に曝露させてやろう。
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)