上手かみて)” の例文
(あさ)(買って来た魚のはいっているかごやら、角巻かくまき——津軽地方に於ける外出用の毛布——やらを上手かみての台所のほうに運びながら)
冬の花火 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その階上で歓迎の茶菓を饗せられて、『樺太要覧』という小本と絵葉書とを一同が貰って、また少し上手かみての新築の小学校へ入った。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
上手かみてから一人の着物の前をはだけてひきるように着た痩せた男が路いっぱいにふらりふらりと大股に左右に揺れて降りてくるのを見た。
石ころ路 (新字新仮名) / 田畑修一郎(著)
この間に、帆柱からやや離れて上手かみてへ廻った背の高いのが、諸手もろてに斧を振り上げて、帆柱の眼通り一尺下のあたりへ、かっしと打ち込む。
大菩薩峠:18 安房の国の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
そしてにぎやかなはやしの音につれて、シャン、シャンと鳴る金棒かなぼうの音、上手かみてから花車だしが押し出してきたかのように、花魁道中おいらんどうちゅうしてきた。
間諜座事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
……(あたりを見まわして)まるでこりゃ生世話物きぜわものだな。……上手かみてはおあつらえむきの葦原、下手は土手場で木場につづくこころ、か……。
金狼 (新字新仮名) / 久生十蘭(著)
ちょうど、同じくらいの距離を上手かみてに行くと、旧藩暗代の名高い土木家が植えたという杉並木がある。次郎は、そのどちらも好きであった。
次郎物語:01 第一部 (新字新仮名) / 下村湖人(著)
上から落ちる光は少し上手かみてを照らしてはゐるが、恐らく先生の背中までは届いてをらぬであらう。そして先生の前方は無論闇の塊りであつた。
群集の人 (新字旧仮名) / 坂口安吾(著)
見ることにし、あとの半分は、木戸の外に飛び出して、上手かみて下手しもてから、溜池のあたりまで調べましたが、曲者が逃げた樣子もなかつたのです
舞台は、上手かみて障子内に蚊帳かやを吊り、六枚屏風を立てて、一体の作りが浪人住居ずまいの体。演技はすでに幕切れに近かった。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
その男は自分の上手かみてに坐つた禿頭が石黒氏だと知ると、懐中ふところから大きな名刺を取り出して、石黒氏の膝の上に置いた。
五月下旬のある日、ふと東海道の木橋の上手かみてにある沈床の岸に立って瀬脇をながめると、遡りに向かった若鮎が盛んに水面に跳ねあがるのを発見した。
想い出 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
太陽の第一せんが雲間を破って空を走った。このとき、次郎の愛撫あいぶに身をまかせていたフハンが、両耳をキッと立てて鼻を鳴らすと、河岸かし上手かみてへ走った。
少年連盟 (新字新仮名) / 佐藤紅緑(著)
上手かみての清水はゆたかに湧きながれて、朝日は浅いながれの小砂利の上を嬉々と戯れて走っているようであった。
庭をつくる人 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ところで、おれには叔父がひとりあって、村の上手かみてを支配していた。たいへんな長者だが、ひどく意地の悪い人で、おそろしい欲ばりだという評判だった。
五人たおれた血煙の霧だろう——と見れば刹那に弦之丞の姿、逆風剣ぎゃくふうけんさきを、上手かみての者の足もとにぎつけて、まっしぐらに坂の上手へ踊り進んでいる。
鳴門秘帖:03 木曾の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
下手しもての背景は松並木と稲村の点綴てんていでふち取られた山科街道。上手かみてには新らしく掘られた空堀、築きがけの土塀、それを越して檜皮葺ひわだぶきの御影堂の棟が見える。
取返し物語 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
一つは上手かみてのアンタン大道の方へ、一つは下手しもてのサン・タントアーヌ郭外の方へと、厳重に監視していた。
かこひの中の上手かみてにある花壇や果樹床の間を歩く内、私の足は止つた——物音がしたのでもなく、何か見えたのでもなく、前知らせをするやうな匂ひの爲めである。
さっ浴衣ゆかたをかなぐりてると手拭てぬぐい片手かたてに、上手かみてだんを二だんばかり、そのまま戸袋とぶくろかげかくした。
おせん (新字新仮名) / 邦枝完二(著)
不図ふとがついてると、下方したながるる渓流たにがわ上手かみては十けんあまりの懸崕けんがいになってり、そこにはばさが二三けんぐらいのおおきな瀑布たきが、ゴーッとばかりすさまじいおとてて
水は早し、川幅かわはばは一丁には越えぬ。惜しと思うまに渡してしまって、舟は平等院上手かみての岸についた。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
と、上手かみてより一人の老人、惣菜そうざいの岡田からでも出て来たらしい様子、下手しもてよりも一人の青年出で来たり、門のまえにて双方生き逢い、たがいに挨拶すること宜しくある。
半七捕物帳:10 広重と河獺 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
堆肥つみごえぎようさん入れて一寸でも二寸でも甘土あ肥やすし、上手かみての方さ土手作つて雨降つても大丈夫でえぢやうぶのやうな工夫もした。そしてやつとこさ四俵はとれるやうになつたんや。
黎明 (旧字旧仮名) / 島木健作(著)
兩國といへばにぎわしきところと聞ゆれどこゝ二洲橋畔けうはんのやゝ上手かみて御藏みくら橋近く、一代のとみひろき庭廣き家々もみちこほるゝ富人ふうじんの構えと、昔のおもかげ殘る武家の邸つゞきとの片側町かたかはまち
うづみ火 (旧字旧仮名) / 長谷川時雨(著)
いつもいつも上手かみての年古りた柳の影で、不断に轟々然たる物凄まじい響きを挙げて回り続けてゐる水車であつたから、このあたりの流れは白く泡立ち煮えくり返つてゐるすがたで
バラルダ物語 (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
片品川が大清水の上手かみてで、ねば沢と三平峠から来る沢とを分ち、三叉状をなしているその中央の本流を指して呼ぶ名であって、それが東北流又東流し、再び東北に転向するに至って
上州の古図と山名 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
芝居の上手かみて下手しもての入口は能楽の切戸きりど臆病口おくびょうぐちともいふ)に似て更に数を増して居る。
病牀六尺 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
ずっと上手かみてに、まるで知らない顔に挾まれ、里栄が一人おとなしく踊っている。
高台寺 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
宿屋に歸り、折柄の自動車に飛び乘り、長篠に出で、折角の奇遇をこのまゝ別るゝも辛く、其處より二三驛上手かみての湯谷温泉まで行つて共にゆつくり話さうといふことになり、電車に乘つた。
梅雨紀行 (旧字旧仮名) / 若山牧水(著)
するといつの間に来たものか鐘ヶ淵の汽船発着所の上手かみてに農科の艇らしいのが休んでいる。急いで望遠鏡を取り出してながめると、舵手の着ている目印の黒マントルがはっきり鏡底に映じた。
競漕 (新字新仮名) / 久米正雄(著)
そこへ村の男が一人上手かみてから来て涼亭の中へ入って来る。竹で編んだ笠を着けて、手の付いたざるうりのような物を入れ、それを左のひじにかけているが、蒲留仙を見つけると皮肉な眼付をする。
其時上手かみての室に、忍びやかにはしても、男の感には触れるきぬずれ足音がして、いや、それよりも紅燭こうしょくの光がさっと射して来て、前の女とおぼしいのが銀の燭台を手にして出て来たのにつづいて
雪たたき (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
上手かみてから流れて来たので、高橋さんはそれに乗りうつり、氏一人を見かねてとびこんで来た河田かわだ軍医と二人で、岸から岸へ綱をわたし、それをたよりに、わずか一そうの船で、すべての患者を
大震火災記 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
上手かみて下手しもての両方からダンシング・チームがさっと舞台へ駆け出て来た。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
上手かみて四分の一がほどを占めて正面の石段により登りぬべき鐘楼そびえ立ち、その角を過れるみちはなお奥に上る。下手舞台のつくる一帯は谷に落ち行く森に臨み、奥の方に一路の降るべきが見えたり。
道成寺(一幕劇) (新字新仮名) / 郡虎彦(著)
人々はそこへ気づくと、いきなり川の上手かみてにむかって走りだしました。
青銅の魔人 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
そのとき眼前にあらわれた光景を見たとき自分をおそったあの驚愕きょうがく、あの恐怖を、どんな人間の言葉が十分にあらわすことができようか? 私がを離していたそのちょっとのまに、へや上手かみて
顔の色はあおざめて、乱髮みだれがみ振りかかれるなかに輝きたるまなこの光のすさまじさ、みまもり得べきにあらず。夥兵くみこ立懸たちかかり、押取巻おっとりまく、上手かみて床几しょうぎを据えて侍控えいて、何やらむいいののしりしが、たきぎをば投入れぬ。
照葉狂言 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
その音源はお園からは十メートル近くも離れた上手かみて太夫たゆう咽喉のど口腔こうこうにあるのであるが、人形の簡単なしかし必然的な姿態の吸引作用で、この音源が空中を飛躍して人形の口へ乗り移るのである。
生ける人形 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
親子、国色こくしょく、東京のもの、と辰弥は胸に繰り返しつつ浴場へと行きぬ。あとより来るは布袋殿なり。上手かみてに一つ新しくしつらえたる浴室の、右と左のひらとびらを引き開けて、二人はひとしくうちに入りぬ。
書記官 (新字新仮名) / 川上眉山(著)
一番上手かみての分を右手に提げて重みを試み、次に一番下手しもての分を試み、終に下手より二番目の首の入りし分を提げて見て首肯うなずき、そのまま提げて花道附際まで来て、左の脇に抱へ、右の手にて桶を押へ
さっき見た川の上手かみて和江わえという所まで往って、首尾よく人に見つけられずに、向う河岸へ越してしまえば、中山までもう近い。そこへ往ったら、あの塔の見えていたお寺にはいって隠しておもらい。
山椒大夫 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そしてそのすぐ上手かみてにおいて、既に雪渓の下端にぶっつかった。
一ノ倉沢正面の登攀 (新字新仮名) / 小川登喜男(著)
つまる。此時このとき上手かみてよりモンタギューの親族しんぞくベンヺーリオーる。
入らんとしつつたちまち門外を上手かみてに過ぎ行く車を目がけ
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
上手かみてのはずれに
捨吉 (旧字新仮名) / 三好十郎(著)
下手しもてのガラス戸から、斜陽がさし込んでいる。上手かみても、ガラス戸。それから、出入口。その外は廊下。廊下のガラス戸から海が見える。
春の枯葉 (新字新仮名) / 太宰治(著)
兵馬は、それを聞きはぐって、その濠端について、ずんずんと上手かみてへ歩き出しました。かなり歩いても濠端には相違ない。
大菩薩峠:21 無明の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
上手かみての眺めにもうち禿はげた岩石層はすくなく、すべてが微光をひそめた巒色らんしょくの丘陵であった。深沈しんちんとしたその碧潭へきたん
木曾川 (新字新仮名) / 北原白秋(著)