うら)” の例文
うららかなものうい春であった。その麗らかな自然の中で、相闘っている一方の人間が充分の余裕をもってその対策を考えているのだった。
仮装観桜会 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
村はうららかな日にかすんでいた。麦は色づき始め、菜の花が黄色く彩どっていた。うぐいすが山に鳴き家々の庭には沈丁香じんちょうげの花がにおっていた。
が、大勢の若者たちはうららかな日の光を浴びて、いずれも黙念もくねんと眼を伏せながら、一人も彼の醜い顔を仰ぎ見ようとするものはなかった。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ガラツ八の八五郎が、泳ぐやうに飛込んで來たのは、江戸中の櫻が一ぺんに咲き揃つたやうな、生暖かくもうららかな或日の朝のことでした。
春の日射しの、もううららかと云つてもよいこの一つ時を、初瀬も、戦ふ主婦らしく、ほんの心もちではあるが、人並に眼を血走らせてゐた。
荒天吉日 (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
春の陽ざしがうららかに拡がった空のような色をした竹の皮膚にのんきにすわっているこの意味の判らない書体を不機嫌な私は憎らしく思った。
東海道五十三次 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
うららかに晴れた日が続いた。長く固まり附いていた根雪が溶けて、その雪汁がちょろちょろと方々で流れた。黒い土の肌が久し振りに現われた。
田舎医師の子 (新字新仮名) / 相馬泰三(著)
そして呆然ぼうぜんと立った外国人の前で、くるりと背を見せて何やらまた楽しげに笑い興じながら、うららかなのさんさんと降りそそぐ道を歩んで行った。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
ある夏此児このこが両親と避暑に余処よそへ行つて居升たが、近処に美事な大きい湖水があるので、父は小舟を借りては其児そのこの母と其児を載せ、うららかなる日や
鼻で鱒を釣つた話(実事) (新字旧仮名) / 若松賤子(著)
烏の聲に目を醒ますと、うららかな日が照つてゐて昨夕ゆうべの俄雨は夢であつたやうに、衣服も濡れてはゐなかつた。
(旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
私はまるで新婚の朝のようなうららかな心持に浸って、にわかに世の中の何もかもが面白いものに思いなされた。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
ある春のうららかな日曜日の朝お稽古に行ったら、稽古が済んでから翁は筆者を机の前に招き寄せて云った。
梅津只円翁伝 (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
浅草公園のすみのベンチが、老いて零落した彼にとっての、平和な楽しい休息所だった。或るうららかな天気の日に、秋の高い青空を眺めながら、遠い昔の夢を思い出した。
介三郎は、かれらの性根から、きょうのうららかな春の日にもまさるような光がさしているのを見た。
梅里先生行状記 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
うららかに照らしておる春の光の中に、雲雀ひばりが空高くのぼる、独居して、物思うとなく物思えば、悲しい心がくのを禁じ難い、というので、万葉集の大部分の歌が対詠歌
万葉秀歌 (新字新仮名) / 斎藤茂吉(著)
冬とはいえ、風がなく、空はうららかに晴れ渡って、まるで春のような暖かい日でありました。
深夜の電話 (新字新仮名) / 小酒井不木(著)
うららかにれた紺藍の輝く空に太陽の黄金光は、梅雨あがりの光を熱烈に慄えさせていた。
地上:地に潜むもの (新字新仮名) / 島田清次郎(著)
南半球七月初旬のうららかな朝暾あさひを受けて微笑みつつ穏やかに美しく楽しげに、見果てぬ永遠の夢を語り合いながら接吻くちづけせんばかり相抱き合って、雨の中に眠っているのであった。
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
けては、うららかなる甲板かんぱんに、帝國軍艦旗ていこくぐんかんき翩飜へんぽんたるをあほては、ならず智勇ちゆう兼備けんびりよう海軍大佐かいぐんたいさあたらしき軍艦ぐんかん」と、あたらしき電光艇でんくわうていとの甲板かんぱんにて、なみへだてゝあひくわい
曹長いささか不平のていでしぶしぶ中止、午後三時を合図に気球はするすると秋のうららかな空へ舞い上り、だいぶ風が出て斜めに流されたが、二百尺以上の鋼索がすっかり出切ると
明治世相百話 (新字新仮名) / 山本笑月(著)
うららかな春の昼は、勢いよく坂をけ下って行くくるまの輪があげる軽塵けいじんにも知られた。
山の手の子 (新字新仮名) / 水上滝太郎(著)
上り十間の白扇子しらあふぎうららかなる春の日をかざ片身替かたみがはりの夕時雨ゆふしぐれぬれにし昔の相傘あひがさを思ひ出せし者も有るべし土手八町もうち越して五十けんより大門口に來て見れば折しもなかの町のさくらいま
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
折り折り人の影がかなたの山の背こなたの山の尾に現われては隠れた、日はうららかに輝き、風はそよそよと吹き、かしこここの小藪こやぶが怪しげにざわついた。そのたびごとに僕は目を丸くした。
鹿狩り (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
ゆれる樹の葉に日の光る、うららかさがもう冬のとは違う。そのつややかさ。
宝沢はうららかな日光を全身に浴び、短い脚で伊東に遅れずにどしどし歩きながら、自分のやっている輸出入の商売がとんとん拍子に運んでゆくこと、横浜に近々支店を持つ計画などを語った。
暴風雨に終わった一日 (新字新仮名) / 松本泰(著)
まことに此時このときうららかにかぜやはらかくうめの花、のきかんばしくうぐひすの声いと楽しげなるに、しつへだてゝきならす爪音つまおと、いにしへの物語ぶみ、そのまゝのおもむきありて身も心もきよおぼえたり、の帰るさ
隅田の春 (新字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
うららかにあたままろめて鳥のこゑきいてゐる、といふ心になりにけるかも
雀の卵 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
うらら花は無けれど枝垂梅
五百五十句 (新字旧仮名) / 高浜虚子(著)
うららかに志摩しまくに
孔雀船 (旧字旧仮名) / 伊良子清白(著)
うららかな春の陽ざし、青山長者丸から飛んで來た八五郎は、馬のやうに汗をかいて、馬のやうに鼻息の嵐を吹いて居ります。
だから仲間の若者たちが河上の方へ行くのを見ると、彼はまだしずくを垂らしたまま、うららかな春の日にかげをして、のそのそ砂の上を歩き出した。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
ついこの間までうららかに秋の光の輝いていたそちらの方の空には、もういつしか、わびしい時雨雲しぐれぐもが古綿をちぎったように夕陽ゆうひを浴びてじっとかっている。
狂乱 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
瀬戸通ひの汽船が島々の彼方かなたにはつきり見えて、春めいたうららかな日光ひかりが讚岐の山々に煙つてゐることもあれば、西風が吹き荒れて、海には漁船の影もなくつて
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
だがその昏睡からめた時、彼は昔の青虫とは似もやらず、見ちがうばかりの美しい蝶と化して、花から花へ遊び歩き、春のうららかな終日を、恋の戯れに狂い尽した末
老年と人生 (新字新仮名) / 萩原朔太郎(著)
そうしてその美意識によって春の野の花に調和し、春の日のうららかさを高潮さすべく、最もふさわしい舞い姿にまで、代を重ねて洗練されて来たのが、あの蝶の舞い型であると考えられる。
能とは何か (新字新仮名) / 夢野久作(著)
グリプトテークの美術館脇の、白堊はくあの壮麗な伯爵邸の二階の窓や、広々とした前庭、ルネサンス風の柱廊の向うに見える後庭にも、正午ひる前のうららかな陽が一杯に戯れている頃だと覚えている。
グリュックスブルグ王室異聞 (新字新仮名) / 橘外男(著)
清新な暖かい気流、うららかな陽光。静かに青波あおなみを打つ麦畑。煤煙に汚れた赤煉瓦れんがの建物が、重々しく麦畑の上に、雄牛のように横たわっていた。白い煙突からは黒い煙がうずを巻いて立ちのぼった。
汽笛 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
うららかな十二月の真昼だのに伸子は悪寒がして堪らなくなって来た。
伸子 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
「おう、御住職か。あまりうららかさに、春日かすが御社みやしろまでまいって来た」
剣の四君子:02 柳生石舟斎 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
不尽ふじの山うららかなればわがこころ朗らかになりて眺め惚れて居る
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
うららかな春の陽ざし、青山長者丸から飛んで来た八五郎は、馬のように汗をかいた、馬のように鼻息の嵐を吹いて居ります。
するとそこには三人の女が、うららかな日の光を浴びて、木の上の彼には気がつかないのか、しきりに何か笑い興じていた。
素戔嗚尊 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
前夜積つた薄雪が、きら/\照りつける朝日に見る/\融けてゐるうららかな朝、雪子はお梅の家を訪ねて來た。去年の暮に會つた時とは氣のせゐかぐつと大人おとなびてゐた。
孫だち (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)
スチームに暖められた汽車の中に仮睡の一夜を明かして、翌朝早く眼をますと、窓の外は野も山も、薄化粧をしたような霜にてて、それにうららかな茜色あかねいろ朝陽あさひの光がみなぎり渡っていた。
黒髪 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
彼は心臓に病があった。その危険な兆候ちょうこうが、五十さいえてからしばしば現われて来た。初めて大久保の新居に移った時は、春のうららかな日であって、裏の竹藪でうぐいすがしきりに鳴いてた。
五月さつき晴れのうららかに晴れた青空の下を、馬にも乗らぬ娘二人に案内されて、四頭のたくましい馬のいる馬小屋を見て——そのうち栗毛の馬だけは、今父親が乗って行って留守でしたが、もちろんこれらは
墓が呼んでいる (新字新仮名) / 橘外男(著)
わがこころうららかなれば不尽の山けふ朗らかに見ゆるものかも
雲母集 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
丁子は銅像をめぐった芝生の上に、うららかな日の光を浴びて、簇々ぞくぞくとうす紫の花を綴っていた。
路上 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
正覚坊ふふと笑へりうららかにくすぐらるればうれしきものか
真珠抄 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
風もないし障子に差した朝日は春のやうにうららかだつた。
入江のほとり (旧字旧仮名) / 正宗白鳥(著)