魂消たまげ)” の例文
魂消たまげた気の毒な顔をして、くどくどわびをいいながら、そのまま、跣足はだしで、雨の中を、びたびた、二町ばかりも道案内をしてくれた。
河伯令嬢 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それには実に各界名士の署名が綺羅星きらぼしの如く並んでいて、よくもかく万遍なく天路歴程てんろれきていが出来たものだと二人とも魂消たまげてしまった。
西隣塾記 (新字新仮名) / 小山清(著)
しかし、熊城の苦笑は半ば消えてしまい、側のルキーンを魂消たまげたようにみつめていたが、やがて法水の説明を聴き終るとかたちを作って
聖アレキセイ寺院の惨劇 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ところが、何気なく、彼の部屋へ一歩足を踏み込んだ時、私はアッと魂消たまげてしまった。部屋の様子が余りにも異様だったからだ。
D坂の殺人事件 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
「殿下が女にも子供にも御挨拶のあったには私魂消たまげた。競馬で人の出たには——これにも魂消た。君も競馬を終局しまいまで見物しましたかい」
藁草履 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
ところが傍へ寄ってよくよく見れば、確かにイワン・ペトローヴィッチなのだ!『へへえ!』と諸君は内心で魂消たまげるだろう……。
丈夫ぢやうぶなこたあ、魂消たまげほど丈夫ぢやうぶだがなんでも自分じぶんきならはたら容子ようすで、其處そこらほうつきあるいちや小遣錢位こづけえぜねぐれえはとつてんだな鹽梅あんべえしきが
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
彌作も魂消たまげて息を殺していると、𤢖は鶏舎とやの中から一羽をつかみ出して、ぎゅうとくびねじって、引抱ひっかかえて何処どこへか行ってしまったと云いますよ。
飛騨の怪談 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
全く魂消たまげた元三はおずおず近附いて言葉をふるわせた。だがそれはとぎれとぎれで丸で呟きのように小さく唸っただけだった。
土城廊 (新字新仮名) / 金史良(著)
清「おれは今通りがゝって雨にって逃げる処がねえのに、雷様らいさまが鳴って来たから魂消たまげておめえらがうちへ駈込んで、今囲炉裡へ麁朶ア一燻ひとくべしたゞ」
真景累ヶ淵 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
僕はそっちへ曲りこんで、ブラブラと約百メートルも行ったかと思われる頃、何者とも知れず、キャーッと魂消たまげる悲鳴を発したものがあった。
深夜の市長 (新字新仮名) / 海野十三(著)
いかめしい向ふ鉢巻をして、立っ付け袴を穿いた男が十人許り宛、舞台の上に三列に並んで、其三十人が悉く抜き身をげて居るには魂消たまげた。
坊っちやん (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
きのう張飛の姿を見て、きゃっと魂消たまげて逃げた娘も、その娘の恋人の隣家の息子も、ほかの家族も、大勢して手伝いにきた。
三国志:02 桃園の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
健が平生へいぜい人に魂消たまげられる程の喫煙家で、職員室に入つて来ると、甚麽どんな事があらうと先づ煙管キセルを取上げる男であることは、孝子もよく知つてゐた。
足跡 (新字旧仮名) / 石川啄木(著)
私はすつかり魂消たまげてしまつた。香川は私の初恋の娘雪子の姉の子供であつた。私は大急ぎで自分の室を片附け、手足を洗つて香川を招じ上げた。
途上 (新字旧仮名) / 嘉村礒多(著)
「あゝ、おつ魂消たまげた。」農夫ひやくしやうは眼をこすり/\言つた。「おらはあ、何にも知んねえだよ。おめえ様のやうな女子あまつこみたいな男初めて見ただからの。」
監督がぶっ倒れると菊池技師は、魂消たまげた係長とお品を連れて、立ち騒ぐ坑夫たちを尻目にかけ、炭車トロに乗って開放された片盤坑へはいって行った。
坑鬼 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
「キャッ!」と魂消たまげるような悲鳴を揚げ、廊下へ飛び出して、バタバタと馳け出したかと思うと気を失って倒れた。
青い風呂敷包 (新字新仮名) / 大倉燁子(著)
伝馬町の獄門台へ豚尾とんびのついた梟首さらしくび押載おしのせてやるから待っておれ……何を魂消たまげたような顔でおれの面を見ている。
さながらしんとして幾千じんの淵に臨んだ気持がする。私は驚きと怖れに魂消たまげて、覚えず激烈な臭いのため顔を背けた。町や、沙山すなやまは目の下になっている。
暗い空 (新字新仮名) / 小川未明(著)
「アッハッハッハッハッ。ヒドク吃驚びっくりしているじゃないか。アハハハハハ。何もそう魂消たまげる事はないんだよ。君は今、飛んでもない錯覚に陥っているんだよ」
ドグラ・マグラ (新字新仮名) / 夢野久作(著)
一度後に退しりぞいて了ふと、私は、この遲鈍ちどんな、口を開けて魂消たまげてゐる、土臭つちくさい子供らの幾人かゞ、十分に敏感な機智のある娘として眼を醒したのに氣が附いた。
見るより忽ち出で來りて浦嶋太郎の腰を掛けた岩があれで向ふのが猿が踊ををどツた古跡だなどゝ茶かした云立いひたてに一人前五厘と掴み込む田舍の道者魂消たまげた顏にて財布を
木曽道中記 (旧字旧仮名) / 饗庭篁村(著)
だから、——私はそうして浅草の盛り場の近くの部屋から偶然見た雁の姿に、ほう雁だというのと、なんてまあ魂消たまげたところにといった二重の強い印象を与えられた。
如何なる星の下に (新字新仮名) / 高見順(著)
東京を笠に被て、二百万の御威光で叱りつくる長屋のかみさんなど、掃除人そうじにんの家に往ったら、土蔵の二戸前もあって、喫驚びっくりする様な立派な住居に魂消たまげることであろう。
みみずのたはこと (新字新仮名) / 徳冨健次郎徳冨蘆花(著)
「何を婆やは魂消たまげてるんだい? お嬢さまの着物を持ってきてあげろ。外套がいとうでもなんでもいい」
恐怖城 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
「さようでございます。わしも於兎吉おときちどんから聞いて魂消たまげておりますところでございますが」
逗子物語 (新字新仮名) / 橘外男(著)
そしてまたその様子は! 襟飾えりかざりも、帽子も、上衣も着ていなさらない。知らない人だったら魂消たまげてしまいますよ。まあこの節は聖者たちも何と妙なことをなさることやら。
観念して、恐ろしさを堪えていた私は、その魂消たまげたような「いた! いた!」と云う絶叫を聞くと水でも浴びたように震えた。走っている列車からは、逃げるにも逃げられない。
私の覚え書 (新字新仮名) / 宮本百合子(著)
んて魂消たまげた話しだ!」と多助は青い顔をして太郎右衛門を見ると、太郎右衛門は今までこんな大金を見たことがないので、きもをつぶしてしまって、がたがたふるえていました。
三人の百姓 (新字新仮名) / 秋田雨雀(著)
暫くすると、表からドヤドヤと人々が帰って来た。「あ、魂消たまげた、度胆どぎもを抜かれたわい」と三浦はゆがんだ笑顔をしていた。……警報解除になると、往来をぞろぞろと人が通りだした。
壊滅の序曲 (新字新仮名) / 原民喜(著)
山鹿が、彼に似合にあわ魂消たまげるような叫びをあげると、ガタンとカンテラを取り落した。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
きっとおれの姿を見てひどく魂消たまげるだろうと思っていると、それでも何の音沙汰もないのだ。手に持っていた書物をぱたりと落とした音で、あべこべにこちらがびっくりしたくらいだった
祭の夜 (新字新仮名) / 平林初之輔(著)
ところが、たったいま引込んだ関守の組子が、得物えものを携えて関屋の前後からバラバラと現われたかと見ると、弁慶の前後をとりかこんでしまったから、道庵が、またもあっと魂消たまげました。
大菩薩峠:24 流転の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
あつと魂消たまげて逃入る襟がみを、つかんで引出す横町の一むれ、それ三五郎をたたき殺せ、正太を引出してやつてしまへ、弱虫にげるな、団子屋の頓馬とんまも唯は置かぬとうしほのやうに沸かへる騒ぎ
たけくらべ (新字旧仮名) / 樋口一葉(著)
伯母は、内心恐れきつてゐたものを面と見せられたやうに眼を円くし、魂消たまげたやうに裕佐の顔とこんたすとを見比べたなり、小皺だらけの耳の根迄赭くして、歯のない口をモグ/\と動かした。
「ヒャア、こいつあぶっ魂消たまげた。でけえ穴が掘ってあるでねえか!」
大鵬のゆくえ (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「あゝ、ほんとに魂消たまげえやした、雪も、どうして馬鹿にならない」
(新字旧仮名) / 津村信夫(著)
早くも団兵衛をみつけた手下の一人が、魂消たまげた声で呶鳴どなった。
だだら団兵衛 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
けれども小鬼どもだからいよいよ魂消たまげました。
東奥異聞 (新字新仮名) / 佐々木喜善(著)
こりやまた事だと魂消たまげ払つて見てやあした。
雨情民謡百篇 (新字旧仮名) / 野口雨情(著)
魂消たまげたか。
沓掛時次郎 三幕十場 (新字新仮名) / 長谷川伸(著)
谷川たにがはからあがつてさしつたとき手足てあしかほひとぢやから、おらあ魂消たまげくらゐ、お前様まへさまそれでも感心かんしんこゝろざし堅固けんごぢやからたすかつたやうなものよ。
高野聖 (新字旧仮名) / 泉鏡花泉鏡太郎(著)
他の客や女はみな驚いて目をみはりこの異様な光景に魂消たまげた。内地人をそんなふうにして果していいのだろうかと気味悪くさえ思うのである。
天馬 (新字新仮名) / 金史良(著)
「座間君、カークが僕になにを見せようというのだね。僕が、アッと魂消たまげるようなものというから船を下りたんだが……」
人外魔境:01 有尾人 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
『あれッ!』『あれッ、新坊さんが!』と魂消たまげつた叫聲さけびごゑが女兒らと智惠子の口から迸つた。五歳の新坊が足を浚はれて、あつといふ間もなく流れる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
男「はっ……あーびっくりした、はあーえら魂消たまげやした、あゝおっかねえ……何かぽく/\くれえ物が居ると思ったが、こけえらはむじなの出る処だから」
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
「そんなことでもしてみたまえ。爺さん、おっ魂消たまげて死ぬかも知れないぞ。あれは御覧の通りの善人で、唯もう仕事大事に勤めているんだからね。」
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
そのとき、谷底から、魂消たまげるような悲鳴がきこえて来た。二人はそれは谷底におちて岩角に頭をうちつけたらしい怪塔王の最期の声であると知った。
怪塔王 (新字新仮名) / 海野十三(著)
たねまでがり/\かぢつちやつたな、奇態きたいだよそんだがもゝかぢつてつとはななかほこりへえんねえかんな、れがぢやれでも魂消たまげんだから眞鍮しんちう煙管きせるなんざ
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)