ふさ)” の例文
「毎日ふさぎ込んで途方に暮れてゐる様子です。然しあの宝物の送り主に就いては、一層の想ひを寄せてゐるかに見うけられますな。」
フアウスト (新字旧仮名) / 牧野信一(著)
「あら、そうお! すみませんでしたわね。けど、『あたしのフランク』はきょうどうかしてるの? すこしふさいでやしないこと?」
字で書いた漫画 (新字新仮名) / 谷譲次(著)
「オヤ、禁句ですよ旦那。おかみさんは、とても亭主運が悪いんで、武大の武の字を思い出しても、すぐ気がふさいで来るんですとさ」
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
朝からぢつとふさぎ込んで、半日位は口をきかない樣なこともある。さう云ふ時に限つて、女の様子は一面そは/\して居るのであつた。
計画 (旧字旧仮名) / 平出修(著)
ワーニャ伯父さんはふさぎの虫にとりつかれてめそめそしてるし、お祖母ばあさんもあのとおり、それから、あなたのままおっ母さん……
内へ帰ると、お蔦はお蔦で、その晩出直して、今度は自分が売卜うらないの前へ立つと、この縁はきっと結ばる、と易が出たので、大きにふさぐ。
婦系図 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ミルハはその情人という言葉じりをとらえて、冗談に怒ったふうをした。クリストフはそれ以上何にも知り得なかった。彼はふさぎ込んだ。
名を兵蔵といって脊の高い眉の濃い、いつもふさいだ顔付かおつきをして物を言わぬ男である。彼の妻は小柄の、饒舌しゃべる女で、眼尻が吊上っていた。
蝋人形 (新字新仮名) / 小川未明(著)
妻が自分を面白からず思い気味悪るう思い、そしてふさいでばかりいて、折り折りさも気の無さそうな嘆息ためいきもらすのも決して無理ではない。
酒中日記 (新字新仮名) / 国木田独歩(著)
すると、その人は又、夕焼した空と黄ばんだ雑木林とを背景にして、さっきと同じような少し気のふさいだ様子で、向うむきに佇んでいた。
菜穂子 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
ある時、出入の男が長次郎氏が五銭銅貨のやうに青い顔でふさぎ込んでゐるのを見て、気晴しにめかけでも置いたらうかとお追従ついしようを言つてみた。
「私は子がないので真実ほんとうにつまらない。」お庄と二人で裁物板たちものいたに坐っている時、叔母は気がふさいで来るとしみじみ言い出した。
足迹 (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
さう云ふ私に、ふさいでゐるから酒でも飲めと、無理にも勧めてくれるその深切は、枯木に花が咲くやうな心持が、いえ、うそでも何でも無い。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
夫では和郎あなたはあの所とちがつて上野か向島「イヤ矢張やつぱり行先は王子にてしかも音羽へ出て行くつもり「ヲヤ/\夫では昨日きのふおなじだとふさ丁稚でつちに錢を ...
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それは娘の返辞のそれからふさぎ込んだのではなく、きゅうにやはり詰らない退屈さと所詮なささが、唐突にかれを心から脅かしたからである。
みずうみ (新字新仮名) / 室生犀星(著)
ふさいでばかりいらっしゃるから、ういう冗談でもしたら少しはお気晴きばらしになるだろうと思い、主人のためを思ってしたので。
気にするからいけない。それだから気がふさいだり、からだが悪くなったりして、お父さんやおっ母さんも心配するようになるのだ。そんなことを
影を踏まれた女 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
若衆わかいしゅさん、お前さん、また何かふさぎ込んでいますな、いけません、一人鬱いでいると、室内がみんな陰気になりますから、おやめなさい、人間
大菩薩峠:23 他生の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
目科は牢に入るよりもおおいに彼れが気を引立んとする如く慣々なれ/\しき調子にて「おやおや何うしたと云うのだ、其様にふさいでばかり居ては仕様が無い」
血の文字 (新字新仮名) / 黒岩涙香(著)
「時々に起こってくるふさぎの虫! これが、いけないといっているのだ。……無理にも元気にふるまうがいい。さて元気だ! 元気を出して謡え!」
娘煙術師 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「そんなことはかまわないんですけどね、あたしこちらへまいってから、いつもふさいでばかりいて、何一つろくにお手伝いしたこともないんでしょう」
千鳥 (新字新仮名) / 鈴木三重吉(著)
上品な老爺の附いた学生が絶対無言という様子でふさぎ込んで居る。蓄膿ちくのう症でもあるのか鼻をくんくん鳴らして居る。
春:――二つの連作―― (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
民子はただただ少しも元気がなく、やせ衰えてふさいで許り居るだろうとのみ思われてならない。可哀相な民さんという観念ばかり高まってきたのである。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)
馬鹿な事には下宿してから、雪江さんが万一ひょッとふさいでいぬかと思って、態々わざわざ様子を見に行った事が二三度ある。が、雪江さんはいつも一向ふさいで居なかった。
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
夏は胃の働き弱る故に苦味を用い、秋は気のふさぐ時故辛味にて刺撃し、冬は体温を保つために塩分を要す。
食道楽:春の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
これはもはや一生涯心の斑点となつて残るのではあるまいかと思つたりすると、自然心がふさいで行つた。
間木老人 (新字旧仮名) / 北条民雄(著)
三四郎がうごく東京の真中まんなかに閉ぢ込められて、一人ひとりふさぎ込んでゐるうちに、国元の母から手紙が来た。東京で受取うけとつた最初のものである。見ると色々書いてある。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
草が戦ぐ、また意久地なしの霊魂たましひが滅入つて了ふ。悄気しよげる、ふさぐ……涙がホロホロと頬つぺたを流れる。
桐の花 (新字旧仮名) / 北原白秋(著)
それで、もう毎晩々々たつた一人で坐つて居りましてね、すつかりふさぎ込んでしまつたのでございます。
ちょうど日曜日で久々に訪ねてくれた水産試験所の東屋三郎あずまやさぶろう氏は、折角計画した遠乗りのコースをこのような海岸に変更されて最初のうち少からずふさいでいたのだが
死の快走船 (新字新仮名) / 大阪圭吉(著)
さぞ自分がふさぎ込むとでも父は思っていたのであろう、それなのに自分が一生懸命で勉強しているので父は案外なような顔付で随分いろいろなことを言うと書いてよこした。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
すつかりふさぎ込んで、女嫌ひになつて了つたコックが二階の便所の横、七号室にゐる。
日本三文オペラ (新字旧仮名) / 武田麟太郎(著)
しかるをそれより三、四年にして一夜いちや激しき痢病に襲はれ一時いちじこころよくなりしかど春より夏秋より冬にと時候の変り目に雨多く降る頃ともなれば必ず腹痛みふさぎがちとはなりにけり。
矢はずぐさ (新字旧仮名) / 永井荷風(著)
夫れどころでは無いとてふさぐに、何だ何だ喧嘩かと喰べかけの饀ぱんを懷中ふところに捻ぢ込んで、相手は誰れだ、龍華寺か長吉か、何處で始まつた廓内なかか鳥居前か、お祭りの時とは違ふぜ
たけくらべ (旧字旧仮名) / 樋口一葉(著)
ひどくふさぎこみ、危うく身を滅ぼさんとした悪事に対してもだいぶ熱がさめていた。
やれ懐かしかったと喜び、水はぬるみ下草はえた、たかはまだ出ぬか、雉子きじはどうだと、つい若鮎わかあゆうわさにまで先走りて若い者はこまと共に元気づきて来る中に、さりとてはあるまじきふさよう
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
竦然しょうぜんとした感じでふと思いだされて、自分はペンをいてふさぎこんでしまった。
死児を産む (新字新仮名) / 葛西善蔵(著)
家に居てそんな呻き声や、苦しげな呼吸いきづかひを聞くと、気がふさいで自分も病気に引入れられる様に思ひ、それに伝染の恐れもあつたので彼は食事の外はなるべく家に居ない様に力めた。
厄年 (新字旧仮名) / 加能作次郎(著)
あや子 ただ、あなたが、あんまりふさいでばかりいらつしやるから……。
村で一番の栗の木(五場) (新字旧仮名) / 岸田国士(著)
あることからひどくふさぎ込んで、まあ、神経衰弱がひどくなったんで……
街頭の偽映鏡 (新字新仮名) / 佐左木俊郎(著)
そうして妙にふさいでしまった。
黒白ストーリー (新字新仮名) / 夢野久作杉山萠円(著)
妙に、ねたり、ふさいだりしていた自分が、急に、間がわるくなって、からりと、なたへ出たような幸福感で、体が熱くなった。
松のや露八 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
見渡す限り、人影もなくて、ただ刈りつくされた田や圃は、漠然として目に見えるもの、すべての自然はふさいだ顔付かおつきをしている。
凍える女 (新字新仮名) / 小川未明(著)
かばかりの大石投魚おおいしなぎの、さて価値ねうちといえば、両を出ない。七八十銭に過ぎないことを、あとで聞いてちとふさいだほどである。
貝の穴に河童の居る事 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
致しませんで、にもお構い申しません、何んだかひどふさいで、隅の方へ引込ひっこんで考えてばかり居なさるが、何ういう訳で
それほどあの頃からすべてが変っていた。そしてそれが何もかも自分の責任のような気がされて、私はふっと気がふさいだ。
美しい村 (新字新仮名) / 堀辰雄(著)
浅井は、りものなどのした時、蒼い顔をしてふさぎ込んでいるお増に言ったが、お増はやはりその気になれずにいた。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
姉は鋭くそう言ったものの、弟がすぐふさぎ込んでしまったのでこんなに言わなければよかったと考えた。
童話 (新字新仮名) / 室生犀星(著)
おと顏色がんしよく蒼然あをざめて居ける處へ又七は立出たちいで何故なにゆゑ其樣にふさぎ居るや心地こゝちにてもあしきかとひけるに長助はりのまゝわけを話し涙をながしけるを又七は憫然ふびんに思ひ我等われら其金を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
二人が少しも隔意なき得心上の相談であったのだけれど、僕の方から言い出したばかりに、民子は妙にふさぎ込んで、まるで元気がなくなり、悄然しょうぜんとしているのである。
野菊の墓 (新字新仮名) / 伊藤左千夫(著)