金縁きんぶち)” の例文
福間先生は常人よりもむしせいは低かつたであらう。なんでも金縁きんぶち近眼鏡きんがんきやうをかけ、可成かなり長い口髭くちひげたくはへてゐられたやうに覚えてゐる。
二人の友 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
金縁きんぶち眼鏡の紳士林檎柿など山の如く盛りたる皿を小脇こわきにかゝへて「分捕々々ぶんどり/\」と駆けて来たまふなど、ポンチの材料も少からず。
燕尾服着初めの記 (新字旧仮名) / 徳冨蘆花(著)
鷺太郎は、その厚い金縁きんぶち眼鏡の輝きを、いつになく光々こうごうしく感じながら、自分の「直感」を証明してくれた畔柳博士を仰ぎ見た。
鱗粉 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
折々隠袋から金縁きんぶち眼鏡めがねを出して、手に持った摺物すりものを読んで見る彼は、その眼鏡をはずさずに遠い舞台を平気で眺めていた。
硝子戸の中 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
その張りたるあぎとと、への字に結べる薄唇うすくちびると、尤異けやけ金縁きんぶち目鏡めがねとは彼が尊大の風にすくなからざる光彩を添ふるやうたがひ無し。
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「アハハ。そうかそうか、それは色の黒い、茶の中折なかおれを冠った、背の高い男だったろう。金縁きんぶちの眼鏡をかけた……」
近眼芸妓と迷宮事件 (新字新仮名) / 夢野久作(著)
そういう間にも、その男は金縁きんぶちの眼鏡の奥から、おせいの様子をちらりちらりと探るように見た。やさしいかと思うときゅうに怖くなるような眼だった。
星座 (新字新仮名) / 有島武郎(著)
席上に年若き紳士あり、金縁きんぶち眼鏡めがねを眼の上ならで鼻の上のあたりにせながら眼鏡越しに座敷の隅々まで眺め廻し
食道楽:冬の巻 (新字新仮名) / 村井弦斎(著)
つるりと禿げ上った大きい額と、鼻の先にのせた金縁きんぶちの眼鏡とが、三年前に見た時とちっとも変っていない。
由布院行 (新字新仮名) / 中谷宇吉郎(著)
というあてもないのに、女持ちの雨傘を買って来たり金縁きんぶちの小型の名刺にただ「仲木なかぎ」とだけ刷らしたのを、用箪笥ようたんす抽斗ひきだししまい込んでおいては楽しんでいた。
その本はわれわれが近頃よく見るような立派な装幀そうていの、金縁きんぶちの本みたいになりましたが、指を紙の間に通すと、これはしたり! それは金箔をじたようになって
そのうちに、おとこは、はっとして、びっくりしました。金縁きんぶち眼鏡めがねをかけて、いろしろい、かみのちぢれたおんなひとが、やはり、汽車きしゃまどからかおして、のぞいていたからです。
窓の下を通った男 (新字新仮名) / 小川未明(著)
向うの窓の方に寄せて置いてある、古い、金縁きんぶちの本は、聖書かと思って開けて見ると、Divinaヂヰナ comediaコメヂアEditionエヂション de pocheポッシュ であった。
花子 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
見事に手入れの行き届いている金色のひげ金縁きんぶち眼鏡ごしにじっと見ている落ち着き払った青い眼——医者の美しい、たしなみのいい顔はぴくりともせず、見透し難いものがあった。
金縁きんぶち眼鏡をかけて、細巻ほそまきを用意した男もあった。独法師ひとりぼっちのお島は、草履や下駄にはねあがる砂埃すなぼこりのなかを、人なつかしいような可憐いじらしい心持で、ぱっぱと蓮葉はすはに足を運んでいた。
あらくれ (新字新仮名) / 徳田秋声(著)
彼はがたの、顔色のどす黒い、そして今時金縁きんぶち眼鏡をかけているという人物だった。
密林荘事件 (新字新仮名) / 海野十三(著)
彼の考へは間違つてゐた、実は室内は贅沢に整理された空虚さであつて、大きな金縁きんぶちに何やら青い色が詰めこまれた洋画や、書棚、安楽椅子など、何れも高価でないものはなかつた。
小熊秀雄全集-15:小説 (新字旧仮名) / 小熊秀雄(著)
モデル臺、石膏せきかう胸像きようぞう、それから佛蘭西ふらんす象徴派しやうちやうはの名畫が一まいと、伊太利いたりーのローマンス派の古畫こぐわ摸寫もしやしたのが三枚、それがいづれも金縁きんぶちがくになつて南側の壁間かべ光彩くわいさいを放つてゐる。
平民の娘 (旧字旧仮名) / 三島霜川(著)
空気洋燈らんぷ煌々くわう/\かゞやいて書棚の角々かど/\や、金文字入りのほんや、置時計や、水彩画の金縁きんぶちや、とうのソハにしいてある白狐びやくこ銀毛ぎんまうなどに反射して部屋は綺麗きれいで陽気である、銀之助はこれがすきである。
節操 (新字旧仮名) / 国木田独歩(著)
「ふーむ、これ豪気ごうぎだ。金縁きんぶちだね」
いたずら小僧日記 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
つむぎの綿入に縮緬ちりめん兵子帯へこおびをぐるぐる巻きつけて、金縁きんぶち眼鏡越めがねごしに、道也先生をまぼしそうに見て、「や、御待たせ申しまして」と椅子へ腰をおろす。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
しかし彼はどう云うわけか、誰よりも特に粟野さんの前に、——あの金縁きんぶちの近眼鏡をかけた、幾分いくぶん猫背ねこぜの老紳士の前に彼自身の威厳を保ちたいのである。……
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
金縁きんぶち小型に花模様のついた女持ちの、にやけた名刺に、青年の住所と瀬川という名が記されてあった。
愛子がたすきをはずしながら台所から出て来た時分には、貞世はもう一枚の名刺を持って葉子の所に取って返していた。金縁きんぶちのついた高価らしい名刺の表には岡一おかはじめしるしてあった。
或る女:2(後編) (新字新仮名) / 有島武郎(著)
ただ表の植込みからせみの声が降るように聞こえて来るばかりなので、桃の刺青はチョッと張り合いが抜けたていであったが、そのうちに小松の蔭に吊してある、青塗りに金縁きんぶちの籠を見付けると
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
からぬ口髭くちひげはやして、ちひさからぬ鼻に金縁きんぶち目鏡めがねはさみ、五紋いつつもん黒塩瀬くろしほぜの羽織に華紋織かもんおり小袖こそで裾長すそなが着做きなしたるが、六寸の七糸帯しちんおび金鏈子きんぐさりを垂れつつ、大様おほやうおもてを挙げて座中をみまはしたるかたち
金色夜叉 (新字旧仮名) / 尾崎紅葉(著)
「若様のは金縁きんぶちですな」
苦心の学友 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「学生集会所の料理は不味まづいですね」と三四郎の隣りに坐つた男が話しかけた。此男はあたまを坊主に刈つて、金縁きんぶち眼鏡めがねを掛けた大人しい学生であつた。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
あの猩々しやうじやうの鼻の上には、金縁きんぶちの Pince-nez がかかつてゐる。あれが君に見えるかい? もし見えなければ、今日けふ限り、詩を作る事はやめにし給へ。
動物園 (新字旧仮名) / 芥川竜之介(著)
お医者さんは、白いひげの方のではない、金縁きんぶちの眼がねをかけた方のだった。
碁石を呑んだ八っちゃん (新字新仮名) / 有島武郎(著)
むかふからくるまけてた。黒い帽子をかぶつて、金縁きんぶち眼鏡めがねを掛けて、遠くから見ても色光沢いろつやい男がつてゐる。
三四郎 (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
粟野さんはちょっと当惑とうわくそうに啣えていたパイプを離しながら、四つ折の十円札へ目を落した。が、たちまち目を挙げると、もう一度金縁きんぶちの近眼鏡の奥に嬌羞に近い微笑を示した。
十円札 (新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
が、めしふ時、立つて廊下へ出たぎり、中々なか/\かへつてなかつた。しばらくして、代助は不図振りかへつたら、一軒いてとなりの金縁きんぶち眼鏡めがねを掛けた男の所へ這入つて、はなしをしてゐた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
座敷では佐野が一人敷居際しきいぎわに洋服の片膝を立てて、煙草たばこを吹かしながら海の方を見ていた。自分達の足音を聞いた彼はすぐこっちを向いた。その時彼の額の下に、金縁きんぶち眼鏡めがねが光った。
行人 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
ただ大きく動くものが勝ち、深く動くものが勝たねばならぬ。道也は、あの金縁きんぶち眼鏡めがねを掛けた恋愛論よりも、小さくかつ浅いと自覚して、かく慎重に筆記を写し直しているのであろうか。
野分 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
金縁きんぶちの紳士は、わかい女を顧みて、私のめいですと云つた。女はしとやかに御辞義をした。其時そのとき兄が、佐川さんの令嬢だとくちへた。代助は女の名を聞いたとき、うまけられたとはらなかで思つた。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)
するとまくの切れ目に、あに入口いりぐちかへつてて、代助一寸ちよつといと云ひながら、代助を其金縁きんぶちの男の席へ連れてつて、愚弟だと紹介した。それから代助には、是が神戸の高木さんだと云つて引合ひきあはした。
それから (新字旧仮名) / 夏目漱石(著)