見遁みのが)” の例文
「親分さん、決して逃げも隱れもいたしません。——が、たつた三日だけお見遁みのがしを願ひます。娘の祝言が濟んで了つたら私は——」
頭髪かみの房々とあるのが、美しい水晶のような目を、こう、俯目ふしめながらすずしゅうみはって、列を一人一人見遁みのがすまいとするようだっけ。
朱日記 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
どんなかすかな音響であっても、彼は見遁みのがすことなく、その音響が何から来るものであるかについて、考えるのが楽しみになった。
西湖の屍人 (新字新仮名) / 海野十三(著)
あの顔色を見給え、彼は気の毒に病気ではあるが、あの無表情な面に深刻な反省があり、決意が溢れきっているのを見遁みのがしてはならない。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
単に石臼が捨ててあるだけで満足せず、その石臼の薄いことを見遁みのがさなかったのは、この句のやや平凡を免れ得る所以ゆえんであろう。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
しかし、その馬子達よりも、彼に取って、もっと注意すべき人間が、今休んだ茶店のあたりからいて来たのを、万兵衛も見遁みのがしていた。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と書いた大きな門札のかゝつたうちを見掛けたに相違ない。幾ら見遁みのがさうたつて、とても見遁す事の出来ない程大きな門札である。
帰郷前よりも一層潤沢うるおいをもって来たお今の目などの、浅井に対する物思わしげな表情を、お増は見遁みのがすことができなかった。
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
屹度きっと新聞に、デカデカと報道されるに違いないし、又雑誌記者という職掌柄、そんな記事を見遁みのがすはずもないからである。
自殺 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
のみならず、彼の神経といえば、それこそ五マイル先の落ちかいさえも見遁みのがさぬという、潜望鏡のそれよりも鋭敏ではないか。
潜航艇「鷹の城」 (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
ですから私共わたしども石器時代せつきじだい遺蹟いせきつても、土器どき熱心ねつしん採集さいしゆうし、ちひさい破片はへんでも見遁みのがさぬように注意ちゆういしてをります。
博物館 (旧字旧仮名) / 浜田青陵(著)
「あやまったと分れば、このたびだけ見遁みのがして遣わす。滝川はひとくせある奴じゃ、よく労って交わるがよいぞ」
備前名弓伝 (新字新仮名) / 山本周五郎(著)
既に哺乳の時を過ぎて後も、子供の飲食衣服に心を用いて些細の事までも見遁みのがしにせざるは、即ち婦人の天職を奉ずる所以ゆえんにして、其代理人はなき筈なり。
新女大学 (新字新仮名) / 福沢諭吉(著)
と云って勿論「サム」のような、名作でも何んでも無いのである。ただ女流の作だけに、全体を通じて曖昧のあるのが、見遁みのがすことの出来ない特色と云える。
日本探偵小説界寸評 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
しかしこの些末さまつな嗜好品の流行の事実もそう軽々には見遁みのがすことの出来ないものではあろうと思われる。
チューインガム (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
彼はある新聞社の主筆が法廷で陳述した言葉を思い出すことが出来る。その主筆に言わせると、世には法律に触れないまでも見遁みのがしがたい幾多の人間の罪悪がある。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
借金方の附くようにと思いまして、ついふら/\と出来心で、へえ、沢山たんと金えるという了簡じゃアごぜえません、貧の盗みでございますから、お見遁みのがしを願います
菊模様皿山奇談 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
この本能を抑圧する必要のある、若しくは抑圧すべき道徳の上に成り立たねばならぬとの主張の上に据えられた人類の集団生活には見遁みのがすことの出来ないうそがある。
惜みなく愛は奪う (新字新仮名) / 有島武郎(著)
しかしその「赦し」というのは悪に対してむとんちゃくなインダルゼンスとは全く異なり、悪の一点一画をも見遁みのがさず認めて後に、そのいまわしき悪をも赦すのである。
愛と認識との出発 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
度目どめさけいくらかはら餘計よけいであつた老人等としよりらはもう卯平うへい見遁みのがしてはかなかつたのである。
(旧字旧仮名) / 長塚節(著)
欺きのがれんと思ふ共かく折込をれこんだら最早佛の仲間入尋常に其懷中の金を渡して行ばいのちと衣類は見遁みのがすのみならず三朱や一分の路用はくれやる又惡く情張じやうはると是非に及ばず此世の暇を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
それ以来、彼は塞の中に何時いつも二つの瞳が、昼も夜もぎらぎらして近寄る気にもならなかったが、ようやく、野伏ノ勝が不浄物の始末をしているのを今は見遁みのがす気になっていた。
けれど、彼方かなた天魔てんま鬼神きじんあざむ海賊船かいぞくせんならば一度ひとたびにらんだふねをば如何いかでか其儘そのまゝ見遁みのがすべき。
しかし、そんな事はまあどうでもいいとして、ただ一つ見遁みのがす事の出来ない事がある。
新秩序の創造:評論の評論 (新字新仮名) / 大杉栄(著)
それが、少しむづかしい問題であると、藤野さんは手を擧げながら、若くは手を擧げずに、屹度後ろを向いて私の方を見る。私は、其眼に滿干さしひきする微かな波をも見遁みのがす事はなかつた。
二筋の血 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
川口の平地には普通の漁村に比すればやや繁華な邑落があって、川上へまたは山越に少々の商業運送を経営していると言う、航海者には見遁みのがすべからざる主要な地点であるゆえに
地名の研究 (新字新仮名) / 柳田国男(著)
末造の物馴れた、鋭い観察は、この何物かをまるで見遁みのがしてはおらぬのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
(三)何物をも見遁みのがさゞる敏捷びんせふ 徳富蘇峰の将来之日本を以て世に出づるや、彼れは世界の将来が生産的に傾くべきを論ずる其著述に於て、杜甫とほの詩を引証し、伽羅千代萩めいぼくせんだいはぎの文句を引証し
明治文学史 (新字旧仮名) / 山路愛山(著)
あらゆる感覚器官が一時に緊張し、或る超絶的なものが精神に宿ったことを、私は感じた。どんな錯雑した論理の委曲も、どんな微妙な心理の陰翳いんえいも、今は見遁みのがすことがあるまいと思われた。
光と風と夢 (新字新仮名) / 中島敦(著)
兎に角元就は、一度は陶に味方をしてその悪業を見遁みのがしているのである。
厳島合戦 (新字新仮名) / 菊池寛(著)
二十一歳で博士になり、少佐の資格で、齢上としうえの沢山な下僚を呼び捨てに手足のごとく使い、日本人として最高の栄誉を受けようとしている青年の挙動は、栖方を見遁みのがして他に例のあったためしはない。
微笑 (新字新仮名) / 横光利一(著)
と父親は見遁みのがさなかった。
脱線息子 (新字新仮名) / 佐々木邦(著)
「親分さん、決して逃げも隠れもいたしません。——が、たった三日だけお見遁みのがしを願います。娘の祝言が済んでしまったら私は——」
道庵主催、前代未聞の関ヶ原の模擬戦を見物していたところの一人に、紙屑買いののろま清次がいたことは見遁みのがすべからざることでした。
大菩薩峠:33 不破の関の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
これは舞台が華やかな銀座で演じられたというだけのことで結局く普通の死亡事件として見遁みのがされてしまったことであろう。
流線間諜 (新字新仮名) / 海野十三(著)
さきに見届けに入った旗本たちにはその不審がすぐ不審と感じられなかったのは是非もないが、司馬懿の活眼はそれを見遁みのがしできなかった。
三国志:11 五丈原の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
ただ秋の到るということを著しく感じ、著しく現す習慣のついている人は、この種の平凡な趣を見遁みのがおそれがあるのである。
古句を観る (新字新仮名) / 柴田宵曲(著)
今病人に指さされし時、くだんの男はあおくなりて恐しげに戦慄わななきたり。泰助などて見遁みのがすべき。はらうちに。ト思案して
活人形 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
これは、先刻さっきの、仙次が、述べた口上だったが、観衆は、その瞬間を見遁みのがすまいと、瞬きもしないで、ブランコの振れについて、頸を右に、左に廻していた。
夢鬼 (新字新仮名) / 蘭郁二郎(著)
「いいえ、夜会もございません……けれど……」と云って琅玉は周章あわてて口をつぐんだのであった。何んでホートンが見遁みのがそう! 直ぐ彼は鋭く突込んで行った。
喇嘛の行衛 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
「だけど、お前の目が始終先方むこうを捜していると同じに、先方の目だってお前を見遁みのがすもんか。」
(新字新仮名) / 徳田秋声(著)
手前は主人の供をしながら、とうあだ見遁みのがすとは怪しからん奴だから腹を切れと仰しゃるか、手討にすると仰しゃるか知れませんが、何と仰しゃってもそれまでと覚悟を致して
「なに朝飯さへうまく食べさせて呉れるなら、女房のする事は大抵たいてい見遁みのがしてやるさ。」
しかも自分などの驚いているのは、そういう思い思いの咄嗟とっさの趣向かと思う昔話に、なお見遁みのがし得ない共通の動機のようなものがあって、それがほとんと日本の全国に一貫している事である。
海上かいじやうおこる千差萬別さばんべつ事變じへんをば一も見遁みのがすまじきはづその見張番みはりばんいまなにをかすと見廻みまはすと、此時このとき右舷うげん當番たうばん水夫すゐふ木像もくざうごと船首せんしゆかたむかつたまゝ、いまかすか砲聲ほうせいみゝにもらぬ樣子やうす
以て見遁みのがし遣はさん併ながら手先の者共へ酒代さかだいにても遣はさねば相成らずと申をきゝ文藏は蘇生よみがへりたる心地にて大に喜びこれこそ地獄の沙汰もかね次第と目明めあかし方の兩人へ所持しよぢせし有金三十七兩を
大岡政談 (旧字旧仮名) / 作者不詳(著)
もし当りさわりがあったら勝手ながら屠蘇のせいと見遁みのがしてもらいたい。
新春偶語 (新字新仮名) / 寺田寅彦(著)
「何方も出來さうもありませんね。お勝手には下女のお六が頑張つてゐるが、あの女は野良猫一匹だつて見遁みのがしやしませんよ」
だが、リーマン博士にいわせれば、彼等こそ、わが民族の躍進をこばみ、人類の幸福を見遁みのがしてしまうところの軽蔑すべき凡庸政治家ぼんようせいじかどもです。
宇宙尖兵 (新字新仮名) / 海野十三(著)
だが、当分は見遁みのがしてやら。おれにゃ別の大望があるからよ。けッ! それさえなけりゃ、うぬなんぞ、半日だッてこの人間界へおくもんけえッ!
鳴門秘帖:02 江戸の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)