)” の例文
それをいぶかる君自身すら、心がただわくわくと感傷的になりまさるばかりで、急いで働かすべき手はかえってえてしまっていた。
生まれいずる悩み (新字新仮名) / 有島武郎(著)
その小家の持ち主というのは、娘と二人暮らしの足のえた老婆で、この町の町人だということは、アリョーシャもよく知っていた。
今日こそ夫人の機嫌きげんを取り返してやろうという気込きごみが一度にえた。夫人は残酷に見えるほど早く調子をえて、すぐ岡本に向った。
明暗 (新字新仮名) / 夏目漱石(著)
捉え難い寂しさはめしいたる眼で闇の中をもなく見廻わそうとし、去り難い悩しさはえたる手でいたずらに虚空をつかもうとした。
語られざる哲学 (新字新仮名) / 三木清(著)
パルプを解く槽のあたりに眼をやると、そこにむらがるとうに盛りを過ぎてえしぼんだ黄水仙が、少し出て来た風に重く揺れている。
和紙 (新字新仮名) / 東野辺薫(著)
だが、かのじょえかけた自分の体を、その薬でやそうとする希望より強く、今の話が胸の底にいろいろな想像のうずを起こしていた。
鳴門秘帖:04 船路の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
気も心もえきった祖母は、しまいにはあきらめたらしく、家の暮しがあまりに苦しいので、お金の工面に帰った母親が、金の工面ができず
抱茗荷の説 (新字新仮名) / 山本禾太郎(著)
それが度重なつたところで、そんな神経がしあつたとしても、いつかえてしまつて、常習的に感じがなくなつてしまつたものだつた。
チビの魂 (新字旧仮名) / 徳田秋声(著)
かくて次の日になりけるに、不思議なるかなえたる足、朱目が言葉に露たがはず、全く癒えて常に異ならねば。黄金丸は雀躍こおどりして喜び。
こがね丸 (新字旧仮名) / 巌谷小波(著)
真中まんなかに際立って、袖も襟もえたようにかかっているのは、よき、琴、菊を中形に染めた、朝顔の秋のあわれ花も白地の浴衣である。
葛飾砂子 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
ついにある安息日に会堂で、そこにいた片手のえたる人をもしイエスが癒したならば官憲に告発しようと、悪意に満ちてうかがっていた。
とても自分などが太刀打たちうちできる相手ではないと思うと、心がえたようになって、何をいうのも覚束おぼつかない気がするのだった。
されど見よかしこに流るゝエウノエを、汝かなたに彼をみちびき、汝の常に爲す如く、そのえたる力をふたゝび生かせ。 一二七—一二九
神曲:02 浄火 (旧字旧仮名) / アリギエリ・ダンテ(著)
ただ、多くの美しい女性が、若くして力がえ、そのためにあの世に旅立たなければならなくなるとかたく信ずるのである。
傷心 (新字新仮名) / ワシントン・アーヴィング(著)
えた白絣の襟を堅く合せて、柄に合はぬ縮緬の大幅の兵子帶を、小さい體に幾𢌞りも捲いた、狹い額には汗が滲んでゐる。
鳥影 (旧字旧仮名) / 石川啄木(著)
うんとお絹の横顔をにらみつけると、例の乳白色の少しえてはいるが、魅力のある白い頬に、白粉をこってりとつけている。
大菩薩峠:36 新月の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
歪みのままに自分の気持をえさせて、どうせ、と云ってしまったら、どこから自分たちの成長の可能がもたらされよう。
それだのに、脚がひどく力がなくえこんだ。脚だけがどうしたのか、つい、五六間も歩いたら、へたばりやしないか、彼は、それを危ぶんだ。
武装せる市街 (新字新仮名) / 黒島伝治(著)
そこを流石さすがは忠三郎氏郷だ、戦の門出に全軍の気がえているようでは宜しく無いから、諸手もろての士卒を緊張させて其の意気を振い立たせる為に
蒲生氏郷 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
ときどき、ひざえそうになる気もした。部屋に入り、電燈を消しすぐ横になったが、どうしてもねむることができない。
一人ぼっちのプレゼント (新字新仮名) / 山川方夫(著)
えたような心を我れから引き立てて行李こうりをしばったり書籍ほんをかたづけたりしながらそこらを見まわすと、何かにつけて先立つものは無念の涙だ。
うつり香 (新字新仮名) / 近松秋江(著)
そして夫が滑かな舌で、道理らしい事を言うのを聞いていると、いつかその道理に服するのではなくて、只何がなしにやされてしまうのである。
(新字新仮名) / 森鴎外(著)
私の身体にも精神にも力がみなぎって来た。えた手足がぴんとなって、わけなく私は立ち上れた、空腹などは永久に忘れてしまったようでもあった。
しかし自分自身に、そして自分の力にずつとしつかりした信頼を持つてゐることを、壓迫に對してえ恐れることの少くなつてゐることを感じた。
長い道中のために両脚がえてかたわになっていたのである。歩卒ふたり左右からさしはさみ助けて、榻につかせた。
地球図 (新字新仮名) / 太宰治(著)
その向うには何でも適中あたるという評判の足和尚おしょうさんが、丸々と肥った身体からだに、浴衣がけの大胡座おおあぐら筮竹ぜいちくしゃに構えて、大きな眼玉をいていた。
いなか、の、じけん (新字新仮名) / 夢野久作(著)
郡兵衛今は魂消え気え、怒りばかりは燃え狂っていたが、頭は乱れ胸は動悸、沈着おちつきことごとく失われてしまった。
血煙天明陣 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
彼は今日も、そうになる気力を奮い起して、早くから登庁した。そして、自席について、今日の捜査方針に思い耽っている所へ、刑事部長からの使だ。
黄金仮面 (新字新仮名) / 江戸川乱歩(著)
えて弱まり、その上都合の悪いことには心の底の方から自分で憎くなるほど相手に対して睦まじげないつくしみやらあわれみが滲み出して来るのでありました。
生々流転 (新字新仮名) / 岡本かの子(著)
母の手紙で一えた気が又振起ふるいおこって、今朝からの今夜こそは即ち今が其時だと思うと、漫心そぞろごころになって、「泊ってかないか?」と私が常談じょうだんらしくいうと
平凡 (新字新仮名) / 二葉亭四迷(著)
浪路は、もだえ狂ったが、何分にも、さっき、あれ程の惑乱のあとで、身もえ萎えと、今は、抵抗の力もない。
雪之丞変化 (新字新仮名) / 三上於菟吉(著)
と、戸板にかかった針先をとろうとし、つるりと滑った途端に、こもり落ちて、皮もえ血もしこり、肉脱した岩の死骸が、ぬるっとばかりに現われた。
人魚謎お岩殺し (新字新仮名) / 小栗虫太郎(著)
たまたま下の洗面所に顔でも洗いにゆくと、目に入るものは、赤錆いろの鉄分の強い坪ばかりの池の水と、えきって生色のないの一、二本である。
フレップ・トリップ (新字新仮名) / 北原白秋(著)
そしてかれらの生活は自分たちの吐いた同じ息をくりかえし呼吸することによってえていく。朝夕のかれらの影はかれらの日中の足取りよりも長くとどく。
こんなことではならぬならぬと思いながら、思えば思うほど腕がえるような気がして、どうにもならない。彼はただ暗がりの中にまじまじと眼をみひらいていた。
四十八人目 (新字新仮名) / 森田草平(著)
その内部にて、用途のないもろもろの力は、使用がはばかられる美徳や悪徳は、えしぼんでゆく。実際的な賢い理性が、卑怯ひきょうな常識が、室のかぎを握っている。
女の肌を恋しいと感じても、わしの心と体とは一つにならず、えうな垂れて、力ないのだ。奈世は蒸しタオルに萎えを包んで支え、尊いものの様にぜさする。
(新字新仮名) / 富田常雄(著)
それにえた揉烏帽子もみえぼしをかけたのが、この頃評判の高い鳥羽僧正とばそうじょうの絵巻の中の人物を見るようである。
(新字新仮名) / 芥川竜之介(著)
店の小さいかまの前には人の善さそうな陶器師のおきなえな烏帽子をかぶって、少し猫背に身をかがめて、小さい莚の上で何か壺のようなものを一心につくねていた。
玉藻の前 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
武男が仙台平せんだいひらはかまはきて儀式の座につく時、小倉袴こくらばかまえたるを着て下座にすくまされし千々岩は、身は武男のごとく親、財産、地位などのあり余る者ならずして
小説 不如帰  (新字新仮名) / 徳冨蘆花(著)
麓のだんだん畑には、霜がれた薩摩芋のつるが、畑一面にえていた。芋蔓が枯れる時には、地中の芋は、まったく成熟し切っていた。私達は、お腹がき切っていた。
あまり者 (新字新仮名) / 徳永直(著)
納屋へしめこまれると思わせようとしたお母さんは、今までの腹立ちがきゅうにえてしまい
赤いステッキ (新字新仮名) / 壺井栄(著)
かへらはゞ我郷訪ひこ見にまかれ足がまたけば手はえぬとも((明治三十七年九月上旬作))
長塚節歌集:2 中 (旧字旧仮名) / 長塚節(著)
それほどになさつても、なんのやくにもちません。あのくにひとれば、どこのもみなひとりでにいて、たゝかはうとするひとたちもえしびれたようになつてちからません
竹取物語 (旧字旧仮名) / 和田万吉(著)
さすがに一同っ! と驚駭きょうがいの叫びを発したが、ピッケルン島南の遭遇以来、死生の間に打ちのめさるることすでに九十六時間! 身心気力ともにえ疲れ、感覚は麻痺し
ウニデス潮流の彼方 (新字新仮名) / 橘外男(著)
郎女は、しづかに両袖もろそでを胸のあたりに重ねて見た。家に居時よりは、れ、しわ立つてゐるが、小鳥のはねとはなつて居なかつた。手をあげて唇にさはつて見ると、喙でもなかつた。
死者の書:――初稿版―― (新字旧仮名) / 折口信夫(著)
ながい病床生活ですっかり足がえてしまった俺は、降り積った雪を踏む足が、まるで雲の中を歩くような頼りなさだった。俺は足で歩くのではなく、いわば気力で歩いていた。
いやな感じ (新字新仮名) / 高見順(著)
それから十一日には二度目の霜が降った。四度目の霜である十二月朔日ついたちは雪のようであった。そしてその七日八日九日は三朝続いたひどい霜で、や、つわぶきの葉がえた。
新生 (新字新仮名) / 島崎藤村(著)
緋の羽二重に花菱の定紋ぢやうもんを抜いた一対の産衣うぶぎへばんではるが目立つてなまめかしい。
執達吏 (新字旧仮名) / 与謝野寛(著)
すすきのえた穂と唐糸草からいとそうの実つきと、残りの赤い色を細かにつけた水引草みずひきぐさと、それにとげなしひいらぎの白い花を極めてあっさりと低くあしらったものである。至極の出来である。