おい)” の例文
若君のお刀は伝家の宝刀、ひとの手にふれさせていいしなではありませぬ。また、拙者せっしゃつえ護仏ごぶつ法杖ほうじょうおいのなかは三尊さんぞん弥陀みだです。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
秋雨あきさめいて箱根はこねの旧道をくだる。おいたいらの茶店に休むと、神崎与五郎かんざきよごろう博労ばくろう丑五郎うしごろうわび証文をかいた故蹟という立て札がみえる。
綺堂むかし語り (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
甲斐かいの国を遍歴している時、某日あるひある岩山の間で日が暮れた。そこで怪量は恰好かっこうな場所を見つけて、おいをおろして横になった。
轆轤首 (新字新仮名) / 田中貢太郎(著)
……おいも笠も、用意をしたと、毎日のように発心ほっしんから、支度したく、見送人のそれぞれまで、続けて新聞が報道して、えらい騒ぎがありました。
甲乙 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
それにつれなきは方様かたさま其後そののち何の便たよりもなく、手紙出そうにも当所あてどころ分らず、まさかに親子おいづるかけて順礼にも出られねばう事は夢にばか
風流仏 (新字新仮名) / 幸田露伴(著)
そして参勤交代の折には、それをおいに収めて輿側かごわきを歩かせたものだ。その愛撫の大袈裟なのに驚いたある人が、試しに訊いたことがあった。
艸木虫魚 (新字新仮名) / 薄田泣菫(著)
そしてよろいかぶとおいの中にかくして、背中せなか背負せおって、片手かたて金剛杖こんごうづえをつき、片手かたて珠数じゅずをもって、脚絆きゃはんの上に草鞋わらじをはき
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
「まことにそちたちはわたしにとっては、手足でもあれば耳目でもあるよ。……一本の手にても取られてはのう。……おいの中より御旗を出せ!」
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
義経主従のものは、この思いもかけぬ言葉に動揺するが、弁慶は咄嵯の機転でおいの中から一巻の巻物を取り出し、勧進帳と名づけつつ、声高らかに読み上げる。
これから其の修行者に取押えを言い付けた所が、其奴そいつのいうには手前の脊負しょったおいに目方が無くては成らぬから、鉄の棒を入れるだけの手当を呉れと云うから
敵討札所の霊験 (新字新仮名) / 三遊亭円朝(著)
親鸞 良寛、ちょっと私のおいを見てくれ。最前つえがあたった時に変な音がしたのだが、もしかすると……
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
わたくしは少年の時、貸本屋の本を耽読たんどくした。貸本屋がおいの如くに積みかさねた本を背負って歩く時代の事である。その本は読本よみほん書本かきほん、人情本の三種を主としていた。
細木香以 (新字新仮名) / 森鴎外(著)
そのいわれを聞いてみると、源義経が奥地深く下る時に、おいに差して来た柳をとって植えたとか、植えなかったとかいうことで、今は大小高低、何千株の柳の老大樹が
大菩薩峠:37 恐山の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
鼠色の行衣に籠手こて臑当すねあてと見まごう手甲てっこうに脚袢、胡桃の実程もある大粒の水晶の珠数をたすきのようにかけ、手に握太にぎりぶとの柄をすげた錫杖しゃくじょうを突き、背には重そうなおいを負うていた。
木曽駒と甲斐駒 (新字新仮名) / 木暮理太郎(著)
おいの中より観音経かんのんぎょうを取出し、さかさとも知らず押しいただき、そのまま開いておろおろ読み上げる者もあり、瓢箪ひょうたんを引き寄せ中に満たされてある酒を大急ぎで口呑くちのみして
新釈諸国噺 (新字新仮名) / 太宰治(著)
しかし学校の設立を聴いて、全国からあつまってくる学生の数は次第に多くなり、彼等はおいを担って上京するというよりも、むしろ風雲を望んで駈けつけるというかんじの方がつよかった。
早稲田大学 (新字新仮名) / 尾崎士郎(著)
わたくしが帝国劇場にオペラの演奏せられるたびたび、ほとんど毎夜往きて聴くことをたのしみとなしたのは、二十余年前おいを負うて遠く西洋に遊んだ当時のことが歴々として思返されるが故である。
帝国劇場のオペラ (新字新仮名) / 永井荷風(著)
おいを負うて東京の私立中学の補欠募集に応ずるため、ぽつぽつと上京した。
わが童心 (新字新仮名) / 佐藤垢石(著)
おいを負いて上京する遊学者も、伊勢参宮の道者本願寺にもうずる門徒、その他遠路に立つ商用の旅なども、おおよそ半年以上の別離と言えば皆この磧まで送らるるなり、されば下流にかかる板橋は
空家 (新字新仮名) / 宮崎湖処子(著)
下ろし置くおい地震ないふる夏野かな 蕪村
俳句はかく解しかく味う (新字新仮名) / 高浜虚子(著)
諸国を廻る職人の徒弟でも、おいの底に
おろしおくおいになゐふる夏野かな
俳人蕪村 (新字旧仮名) / 正岡子規(著)
やがて龍太郎は、おいのなかから取りのけておいた一体の仏像ぶつぞうを、部屋へやのすみへおいた。そして燭台しょくだいともしびをその上へ横倒しにのせかける。
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
と、網の目の細い戸を、一、二寸開けたと思うと、がっちりとつかえたのは、亀井六郎かめいろくろうが所持と札を打ったおいであった。
七宝の柱 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
頼光らいこうたちはおにのすっかりたおれたところをすましますと、おいの中からよろいかぶとして、しっかりこみました。
大江山 (新字新仮名) / 楠山正雄(著)
紺地金泥の法華経とおい。源義家神馬のくつわ。新田義貞奉納鎧。諏訪法性のかぶとなどは取り分け大切の宝物であった。
神州纐纈城 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
その小坊主は、誰が見ても盲目めくらで、おまけに身体からだよりも大きなおいを背負っていることがどうにも不釣合いです。この小坊主だけが、どうして馬に乗っているのだろう。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
彼は仏の像を入れた重いおいを背負って、錫杖しゃくじょうをついて、信州の雪を踏みわけて中仙道へ出た。
半七捕物帳:19 お照の父 (新字新仮名) / 岡本綺堂(著)
左衛門は手酌てじゃくでチビリチビリ飲んでいる。お兼は黙って考えている。松若は本を見ている。親鸞、慈円、良寛、舞台の右手より登場。墨染めの衣に、おいを負い草鞋わらじをはき、つえをついている。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
〽元より勧進帳のあらばこそ、おいの内より往来の、巻物一巻とりいだし
「余おいヲ負フテ東ニ来ルヤ星翁既ニ西ニ帰ル。イマダカツテ面識アラズ。癸丑ノ冬翁薩藩ノ士鮫島さめじま正介ニ托シ突然書ヲ恵マル。アヽ余ノ翁ニオケルヤ文字ノ交ニ非ラズ。慷慨こうがいノ意気相投ズル者。」
下谷叢話 (新字新仮名) / 永井荷風(著)
草履ぞうりをはいて、彼は築土の裏口をあけて出た。——と、そこに、待ち設けていたように、おいと杖を置いて、一人の男が手をつかえていた。
新書太閤記:02 第二分冊 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
十二因縁にかたどった十二のひだの頭巾を冠り、柿の篠懸すずかけの古きを纏い、八目やつめ草鞋わらじを足に取り穿き、飴色のおいを背に背負い、金剛杖を突き反らした筋骨逞しい大男。
蔦葛木曽棧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
本堂正面のきざはしに、斜めに腰掛けて六部一人、かしらより高くおいをさし置きて、寺よりいだせしなるべし。
一景話題 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
道庵のいることは不思議ではないが、茂太郎は、弁信が背負って来たおいの中から出たものです。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
杖はおいにあたる。
出家とその弟子 (新字新仮名) / 倉田百三(著)
ふつうの山伏ともちがって、白木綿の手甲脚絆てっこうきゃはんに、白木のつえをもち、不動明王の像をまつったおいを背に諸国をあるく者が江戸時代にはあった。
私本太平記:08 新田帖 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
その与次郎が、弁信と茂太郎に相談をかけられて、暫く眼をつぶって首をひねっていたが、やがて、ずかずかと立って戸棚の中から引出して来たのが、竹の網代あじろおいであります。
大菩薩峠:20 禹門三級の巻 (新字新仮名) / 中里介山(著)
金剛杖をだるそうに突き、おいを重そうに揺りながら、優しい声で範覚は云った。
あさひの鎧 (新字新仮名) / 国枝史郎(著)
……巡礼のおいに国々の名所古跡の入ったほど、いろいろの影について廻った三年ぶりの馴染なじみに逢う、今、現在、ここで逢うのに無事では済むまい、——お互に降ってくような事があろう
第二菎蒻本 (新字新仮名) / 泉鏡花(著)
人ちがいなどするかといったていである。背にはおいを負い、軽捷けいしょうを欠いた扮装いでたちに見えるが、踏んまえている足は木が生えているようにたしかである。
宮本武蔵:08 円明の巻 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
彼は、山伏のすがたではまずいと考えた。おいや杖や服装をすっかり解いて、木樵きこりか農夫かと思われるように身装みなりを代えた。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
宮内はそこにおいをおろして、らしてある落葉おちばのあとをたどっていった。そして、れいなら断崖だんがいから深いところの水面をのぞいてみて
神州天馬侠 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
どこの納屋か、わらが積んである。それへ、おいをおろし、軒先に屈みこんで、足の先に積ってくる雪を見ていた。
雲霧閻魔帳 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
山行者やまぎょうじゃの着るすそみじかな白衣びゃくえに、あかじみた丸グケの帯。おいは負わず、笈の代りに古銅づくりの一剣を負っている。麻鞋あさぐつは、これも約束の行者穿きのもの。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
それは、おいを負い、手に半弓を掻い挟んで、じっと、ふもとの道をさっきから見すましているのだった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
すると、おいを背にして旅支度をした生信房が、息をきって後から追いついてきた。彼は、後に残った裏方の玉日をなぐさめていたために、輿こしの列におくれたのであった。
親鸞 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
行商箱は、太い真田紐さなだひもを両肩に掛けて、ちょうどおいずるみたいな恰好に出来ている。上段の幾重かは、印籠いんろうぶたの段箱に作られ、その下は幾重にも、薄い抽斗ひきだしとなっている。
公孫勝は大いによろこび、翌々日はもう以前の雲遊の道士姿となり、腰に戒刀かいとうかしらには棕梠笠しゅろがさ、そして白衣びゃくえ、白の脚絆きゃはんに、おいを負って、わが故郷薊州けいしゅうへさして立って行った。
新・水滸伝 (新字新仮名) / 吉川英治(著)
烏帽子えぼし、妙法の山ふところ。タクシーの走る村道や山道に、おいずるを負った文覚上人の姿をえがいてみる。山村の軒傾いた家々の文化が、八百年を、どれほど変っているだろうか。
随筆 新平家 (新字新仮名) / 吉川英治(著)